木の葉芽吹きて大樹為す
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萌芽時代・出逢い編<前編>
開き直ってから二年が経過した。
周囲に男だと思われるのは別に構わないんだが、最近では父上でさえも自分の事を男と勘違いしているのではないかと疑ってしまう。
任務先から土産だと言って立派な業物を一振り渡された時は、流石の自分もなんか突っ込みたい気分に成った。
……年頃の娘に刀を一振りって。
自分じゃなければ「お父さんなんか大嫌い!」って罵られても可笑しくないですぜ、父上。
でもまあ、貰い物だし名刀であるのは確かだから、最近のお出かけの時のお供は専ら父上から貰った刀なのだけども。
「さて、と……。空区に来るのも久しぶりだな」
本日の私は黒髪清楚系美人の母上にお使いを頼まれ、非戦闘地域であり忍御用達の店が並ぶ空区に来ていた。
一族の集落やここの様な空区でない限り、この世界のあちこちで戦争は毎日の様に続いている。
忍びの一族同士で鎬を削り合っている状態が現状なので、各一族はどちらかと言えば閉鎖的な傾向にある。
なのでこのような場所に来ない限り、一族でないものと接する機会も少ないのだ。
「よぉ、千手の若君! 良い武器を入荷したから見ないかい?」
「おや。柱間様じゃないかい。そんなあこぎな商売している男の店よりもうちに寄んなよ。お安くしとくよ?」
威勢のいいおじさんに声をかけられたり、婀娜っぽいお姉様に声をかけられたり。
ここ数年で顔なじみとなったお店の人達と挨拶を交わし、人混みの中をすいすいと進む。
空区と言う非戦闘地域であり、各一族御用達のお店も多いせいか、道行く人々の中には同業者の姿も見られる。
「おう、千手の! どうだい、一杯やらないか?」
「折角のお誘いだけど、またの機会にしておくよ! お使いの最中なんでね!」
この間知り合ったばかりの猿飛一族の忍者に声をかけられるが、笑って断る。
そうすると残念そうな顔をしながらも、相手は手を振りながら店の奥へと入っていった。
「注文の品を引き取りに来ましたー!」
「いらっしゃい、柱間様!」
目的のお店に入って、大声で叫んだ。
取り敢えず、一族の者達が頼んだ武具・防具類を受け取れば今回のお使いは終了である。
「よし、買い物終わり。さっさと帰るか」
幾ら非戦闘地域とはいえ、自分以外に誰もいない状況で一人なのはあまり良い事ではない。
確かに自分は木遁と千手一族特有の体質のお蔭で、この歳でも強い部類には入るが、まだ上には上がいる。
ましてや千手特有の身体能力に、私は一族の中でもただ一人木遁が使えると言う突然変異種だ。
下手な事して敵さんに捕まったりでもしたら……正直笑えない事態になってしまう可能性がほんとに高い。
捕まって人体実験の研究材料にされたりとか、細胞取られたりとか……なにそれ怖すぎる。
怖気の走る事を考えてしまったせいか、寒くもないのに鳥肌が立つ。
もうやだ、将来的に細胞単位で狙われる様になっちゃう立場なんて。
「――――!」
そんな事を考えたせいで憂鬱になっていた時、先程まで静かだった森の中で誰かの声が聞こえてきた。
「――――! ――!!」
「――――!?」
どうやら空耳でも、気のせいではないらしい。
話し声の種類からして人数は最低でも二人。声の質からして……子供だろうか?
千手一族は他に比べると緩やかであるそうなのだが、今は戦国時代。
どこの一族でも人員不足を補うために、片っ端から戦場に幼い子供が投入する事が多い。
かく言う自分とて、向こうの世界におけるある種の少年兵みたいなものだ。
そんな事を考えながら、気配を消した状態で声の方へと近付く。
木々の生い茂る隙間から覗いた二つの頭を目にして、ああやっぱり子供だったかと頷いた。
固そうな黒髪とさらさら系の黒髪の……少年達。
背格好もよく似ている事だし――となると兄弟なのだろうか。
しかし、近付いてみて解ったのだが、さらさら髪の少年は怪我している様だ。
血の匂いを消す薬が撒かれた様で匂いこそ失せてはいるが、目視出来るだけでも結構な量の血が流れ出ている。
固そうな髪の少年の方が医療忍術を使えるのであれば兎も角、あのままじゃ出血多量で下手すれば死んでしまう。
気付いた以上、見て見ぬ振りは……出来ないよな。
「――誰だ!!」
わざと物音を立てて姿を現すと、黒髪少年達が振り返る。
揃ってこちらを見つめているから、その面差しが似ているのがよくわかる。やっぱり兄弟か。
「ええ、と。単なる通りすがりだ」
「ただの通りすがりがそんな業物を持っているとは到底思えん」
……ですよねー。
固そうな黒髪少年……おそらくこっちの方が兄だろう。さらさら君よりも大人びて見えるし。
刃が中程で折れた日本刀をこちらに向けた状態で威嚇してくる。
「となると、オレ達の後を付けて来た……敵か!」
「ちょ、待てっ!!」
何、この子滅茶苦茶こえぇ!
まだ何にもしてないのに、こっち目がけて襲いかかって来たぁ!
「落ち着け! オレは敵じゃないって!」
「黙れ!!」
「敵じゃないんだってば!」
両手を上げた状態で、俗に言うホールドアップをしてみたんだが、文化の違いのせいか火に油を注いだだけのようだった。
もうやだ、この子怖い!
「吐け! 何が目的だ!!」
「いーから落ち着けって! この分からず屋!!」
ぎらぎら光る日本刀を振り回しながら赤い目で睨んでくる少年の聞き分けの無さに、思わず怒鳴る。
滅多に怒らない分、自分が怒ったら怖いんだぞ! 大きくなった扉間が涙目で「ごめんなさい、姉者」って土下座して謝ってくるぐらいだからね!
本気の怒りを込めた一喝に、少年が驚いた様に動きを止める。
そこを突いて距離を詰め、一本背負いの要領で少年の片手を掴んで地面へと放り飛ばした。
驚いた様に目を見張っている少年の両手を押え付け、馬乗りになって視線を合わせる。
ここ一番の極上の笑みを浮かべ、少年へと殊更ゆっくり囁いてやった。
「頭は冷えたか、黒髪少年?」
「お前、一体……」
惚けた様に少年が何かを呟いているが、無視だ無視。
さっさと怪我をしている黒髪少年(弟)の方へと足を進めると、少年の前で腰に差していた刀を黒髪少年(兄)の方へと放る。
刀への乱暴な扱いに少年達が驚いた様な声を上げる中、その場に膝を付いて黒髪少年(弟)の怪我をしている箇所に手を翳した。
「何を……!」
掌に緑色を帯びたチャクラを集めての医療忍術。
後に掌仙術と呼ばれるであろう医療忍術の基礎を自分用に改造しまくった物である。
流石は仙人の血を引く一族なだけあって、千手のチャクラ量はかなり多い。
おまけに自分は一族の中でも随一のチャクラ量を秘めていると言われているだけあって、この程度の術であれば乱用しまくっても問題ない。……乱用する気はないけどさ。
見る見る内に血を流し続けていた少年の傷口が塞がっていく。
その光景を目にして、ほっと一息を吐いた。
「よし。これでひとまず怪我の方は大丈夫だろ。それと……これを使え」
腰に紐で結わえていた竹製の水筒から少しだけ水を沁み込ませた布を持って黒髪少年(弟)の方へと差し出す。
幾ら匂い消しを使っていても、そのままでいたらそのうち匂いを嗅ぎ付けた森の獣や敵の忍びに見つかってしまうかもしれない。
少年の手に無理矢理濡れた手巾を持たせ、軽く一息を吐いて立ち上がる。
そうしながら先程黒髪少年(兄)の方へと放り投げた刀を回収しようとして、目がバッチリ合ってしまった。
…………黒髪少年(兄)の赤い目と。
あれ? 赤い目?
*****
何度確認しても、こちらに向けられている黒髪少年(兄)の目の色は赤のままだった。
き、気のせいな筈だ。
赤い目を持っている奴なんて、そうごろごろと転がっている筈が無い……よし、瞬きをしてみよう。
……変わらなかった。目を擦ってみても赤いままだ。
「その、先程は済まなかった……弟を助けてくれて感謝する」
「え? あ、ああ」
なに暢気に返事してんだ、自分!! 嫌な予感しかしないんだけど、この状況!
黒髪に赤い目っていったら、某・戦闘一族しか思い当たらないし。ここはさっさと離れるのみだ、うんそうしよう!
表面上は落ち着き払った表情を浮かべているが、背筋には冷や汗がだらだらですよ。
自分の名が柱間であった時と同じ位混乱してますよ、ほんとに。
――待て待て待て。落ち着け、自分!
混乱しまくりな自分を胸中で叱咤する。
そもそも、赤い目だからってこの子達があの一族とは限らない。慌てるのは確認してからじゃないと。
「何を深呼吸しているんだ?」
訝し気な声がかけられるが、精神の安定のためにこれは必要な事なのだよ、少年。
最後に深く息を吐いて、目の前の黒髪少年と視線を合わせる。うん、赤いままだ。
揺らめく炎をそのまま移し込んだみたいに赤い瞳に、浮かんでいるおたまじゃくしが、ひ、ふ……みっつ。
…………うん。
これ、間違いなく写輪眼だ。
「兄さん?」
さらさら髪の弟君の方が、立ち上がってこちらに歩き寄って来る音が聞こえる。
出来るだけ自然に、出来るだけ違和感無く……この場を離脱しよう。それがいい。
敵意が無い事を示すために放り投げた刀を持ち上げて、腰に差す。ずっしりとした重みに、内心で一息吐いた。
「あの、先程はありがとうございました。それから、この手巾も」
「いや。別に気にしなくていい」
出来るだけ自然に、自然に。
弟の方の黒髪少年が手にしていた血に濡れた赤い手巾を見つめて、申し訳無さそうに視線を下げる。
その姿からそっと視線を離して、そのまま二人に背を向けたまま元来た道へと歩き出す。
なるだけ自然に、さり気なく……よし、いける。
少年達が声がかけられないように、出来るだけ堂々と、それでいて速やかに。
しめしめ、これで離れられると……と、思った矢先。
「見つけたぞ、うちはの餓鬼共! さあ、その巻物を我らに寄越せ――って、お前は!?」
如何にも悪党です的な忍び装束の男が、草薮から飛び出て来た。なんで今出て来ちゃうかな、君!
おまけに、さっきからずっと目を逸らしていた事実を遠慮なく口に出してくれるし。本当にどうしてくれよう。
「何故千手の木遁使いがここにいる!?」
しかも人の素性をばらしやがって、この野郎!!
黒髪少年達が驚いた様な目でこっちを見てるし、黒髪少年(兄)の目の色が変わるし。
……いや、元から赤い目に変わってはいたけどね。
弟君の方も、こっち見ながら「え、あの人が」とか言ってるし。
「丁度いい! うちはに、あの千手の木遁使いをも倒したとなれば、一気に我らの名が上がるというもの! 運が悪かったな、小僧共!」
「やかましい、これ以上話すな!」
主に人様に関しての情報を!
怒りのままに、何かの術を発動させようと印を組んでいた男を、刀の柄で殴り倒す。
あっという間に相手は地面へと崩れ落ちた。
よし、このまま速やかに戦線離脱だ。
軽く鼻を鳴らしてから、刀片手にその場を離れる事にする。
――ところが、刀を掴んでいる手が後ろから掴まれた。
「待て」
「……まだ、何か用か?」
いやいやいや。今の会話のどこが君の琴線に触れたのかな、黒髪少年(兄)。
私としてはさっさと集落に帰って、これは悪い夢だと思い込みたいんだけど、本気で。
……それにしても力が強いな、この子。びくともしないんですけど。
「――お前、名は?」
ぎり、と腕に力が込められる。
三つ巴の写輪眼が、頭一つ分だけ高い私の目を覗き込む。
「さっきの奴が言ってただろ。千手の木遁使いだ――それ以上言う必要も無い」
というか、うちはという時点で、これ以上興味を持たれても困るんだけどね!
なるべく冷静な口調でそう言って、掴まれた腕を乱暴に振りほどく。
にしても痛かったな、痣出来てるかも。後で確かめてみよう。
「待て! 何故うちはのオレ達を助けた!?」
何で人の事引き止めるのかなぁ、君は!
ちらり、と後ろを振り返ってみれば理解出来ないと言わんばかりの黒髪少年(兄)。
……彼も千手とうちはの始祖に連なる因縁を知っているのか。
「大した事じゃない。子供で怪我人である以上、お前達が誰であろうと助けるつもりだった」
戦争に放り出される様になってから、私が心に決めた事がある。
自分よりも幼い子供には、戦場では手を出さない。
任務についていない時に怪我人にあったら、決して見捨てない。
父上からも母上からも甘いとは言われているし、実際そうなのだけども。
これは一族の忍びとして「柱間」という名を貰う以前から半ば意地で決めて、それからずっと実行し続けて来た事だった。
今日だって、偶々助けた相手がうちはの一族の子であっただけの話だ。
もうこれ以上彼らと話す事はないよねと思って、今度こそ振り返らずに彼らの前から立ち去る。
嫌だな、なんか物凄くシリアスな雰囲気になっちゃった。
帰ったら扉間に修行と言う名の八つ当たりをさせてもらおう。
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