木の葉芽吹きて大樹為す
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萌芽時代・発覚編<前編>
前書き
転載前の複数話を一つの話に纏めております。
自分が俗に言われる転生者であると気付いたのは、六歳の頃だった。
時折脳裏に浮かぶ見た事のない景色や、見知らぬ人々の姿、読んだ事のない書物の内容など――確かに識らない筈の事を、自分は何故か幼い頃から知っていた。
ただ、複雑かつ大量の記憶を処理するには脳が幼すぎたのか、精神が無意識にそれを拒んでいたのか。
それは分からないが、どちらにせよバラバラにしか浮かんで来なかった訳の分からない記憶の数々が、分解されたパズルのピースが一つの絵を作る様に、綺麗に纏まったのが六歳の時。
綺麗に記憶が統合された際に、成る程これが前世の記憶なのかと、一人納得が言ったものだ。
「父上、父上。我々の一族の名前はなんと呼ぶのですか? センテですか?」
「いいや。センテではない。我らは忍宗の開祖たる六道仙人の系譜に連なる誇り高き『千手』一族である」
舌足らずの口を動かして、父上に一族の名を聞いたのが確か三歳ぐらいの頃。
何処ぞからの仕事帰りだという事で汚れた武具を手入れしていた父上に一族の名を聞いた際、思わず頭を柱にぶつけてしまった。
痛くなる頭を抑えながら、尚も父上に話を聞き出したところ、ダンディな壮年男性の見本の様な今生での父上は、にっこりと笑って千手一族の歴史とやらを教えて下さった。
その際に「忍術」「チャクラ」「六道仙人」などと、どこかで聞き覚えのある単語の数々に、甦らない記憶を甦らせそうとして、頭がオーバーヒートしてしまったのは余談だ。
「忍術」「チャクラ」「六道仙人」……そして「千手」
聞き覚えがあるようでない言葉の数々を必死に紙に纏め、警鐘を鳴らし続ける本能に蓋をして、千手一族としての修行に励む毎日。
当時の自分の脳みその中には、それらの言葉を触媒にして前世の自分が楽しんでいた某・忍者漫画の世界観がぐるぐると巡っていた時期であったと思う。
何故嫌な予感を覚えたのか? ――その理由も六歳の頃に判明した。
前世の自分の記憶が綺麗に統合され、もう一人の自分とでも言うべき存在が生前楽しんでいた娯楽作品の数々。
その一つにオレンジ色の少年忍者が活躍する話があり、自分の生まれた千手とは物語内にちょくちょく出てくるあの「千手」と同じではないか、という疑問を私は抱いた。
そしてそれはどうやら事実であったらしい。
忍宗の祖、六道仙人の血を引く千手一族。
自分が属する千手と記憶の中の「千手」は全くもってぴったりと合わさった。
そして「千手」となると“千手柱間”と言う人名が連鎖反応で出てくる。
――もしかしたら、彼も一族の中にいるのではないか?
そう思ってから、六歳になった時点で一族の中にそれらしい存在を探しては見たものの、残念ながら見当たらない。
となるとこれから生まれてくるのかと高を括り、取り敢えず世の中は戦国時代なのだから自分を鍛える事を第一に、いずれ生まれてくる柱間を待とうと木遁に付いて調べながら、来年の命名の儀式を楽しみに二歳年下の弟を可愛がりながら過ごしていたのだが。
――――そんな暢気な事を思っていた自分をぶん殴ってやりたい。
「どうした。その名前が気に入らないのか?」
目の前には微妙に眉根を下げた父上。今日も相変わらずダンディですね……ではなく。
厳めしい顔付きはそのままに、どこか心配そうな父上を見つめて、慎重に自分は口を開いた。
「……あの、父上。この柱間と言う名を持つ者は、私の他にいるのですか?」
お願いだからいると言ってくれ!!
そんな切なる願いを込めた私の眼力をどう読み取ったのか、我が父上様は素敵に微笑まれた。
「安心なさい。我が一族の中で柱間という名を持つ者は、これからもこの先も、お前一人だけだ」
……聞きたかったのはそう言う言葉じゃないのです、父上。
*****
「千手柱間」
この度、七歳になった自分が父上から拝命したばかりの、ありがたい名である。
しかしながら、あれほど望んでいた自分だけの名前と言う物を私は素直に喜べなかった。
それは偏に私が持っている前世の記憶の中に、同姓同名の人物が居たからに他ならない。
――某・忍者漫画に出てくる“千手柱間”と言う人物を私なりに纏めるのであれば、彼は色々な意味で人生はプラマイゼロであると証明した人だった。
全忍の頂点に立ち、類い稀な戦闘能力と圧倒的なカリスマ性を備え、数多いる忍びの中で唯一木遁忍術を操ったとかいう凄い人物であった――その一方で。
仙人の肉体に木遁という珍しすぎる血継限界のせいで、死して尚その能力を求められ、細胞やら何やらを盗られた挙げ句、物語の後半には誰かは忘れたが他所の男の体に顔だけ張り付いて登場する羽目になるのだ。
……何が悲しゅうて、他所の男に顔だけになってくっ付かなにゃならんのだ。
もしそんな立場に置かれたら断固として拒否させて頂きたい、と前世の私は色々な意味で報われていない「柱間」を哀れんでいたのだが。
――――それが悪かったのか。
一歩譲って、ここがNARUTO世界である事は認めよう。
百歩譲って、自分が千手一族に生まれた事も認めよう。
――だがしかし。
千歩どころか一万歩譲っても、自分が「千手柱間」である事は認めたくない。
何故なら。
「“千手柱間”って、男だっただろう……」
「どうしたのですか、姉者?」
思わず縁側に座ってそんな事を呟くと、隣にちょこんと座っている銀髪の少年が不思議そうに首を傾げてくれる。
そうなのだ。私はこの度「千手柱間」としての名前はいただいたものの、性別は歴とした女。
「なのになんで私が柱間なんだ……!」
「おれは姉者にお似合いの名前だと思いますが」
隣で銀髪少年改め、弟が慰めの言葉をくれるが、お姉ちゃん悪いけどそれどころじゃないんだよ。
思わず意味も無く走り回りたくなるのを必死に堪えながら、前世の記憶を必死に探る。
“千手柱間”は男であった筈だ、それは間違いない。
しかし、この度「柱間」の名を貰った自分は女。
確かに他の女の子に比べても背の高い部類に入るとは思うし、言動だって女の子っぽくないし、お洒落やら綺麗な着物を着るよりも、外で修行する事を好んではいるし、女物を着るなんて面倒だから専ら男物で過ごして、時折「元気のいい若君ですね。将来は一族を支える立派な頭領となられる事でしょう」とか言われたりもしちゃったが――自分は歴とした『女』なのである。
「なのになんでだーー!!」
「あ、姉者!? 何故、柱に頭をぶつけ始めるのですか!?」
弟が焦った声を上げているが、もうそれどころではない。
何が悪かったんだ! 注意されても一向に女らしい事をしなかった事か!? それともインドア派だった前世とは違い、体を動かす事への楽しさに目覚めて一族の男子に交じって修行に明け暮れていたせいなのか!?
ぐるぐると頭の中に言い訳じみた事ばかりが思い浮かぶ。
けど、よりにもよって柱間はないだろう、柱間は!!
父上の命名センスを疑いたくはないが、幾ら自分が前世の記憶持ちであったとしても、まさかの“柱間”だと誰が思うかよ!
……と口に出すかわりに、胸中で叫ぶ。
「母上、母上〜! 姉者が先程からおかしな事をーー!」
自分の言動に恐れを抱いたらしい弟が母上を呼びに廊下を走っていってしまったが、生憎とお姉ちゃんは君の事を気にかける事が出来ない程混乱しているのだ。すまん、弟よ。
……待てよ?
幾ら何でも同姓同名だからと言って、自分が“千手柱間”に成り代わったと考えるのは時期尚早すぎるのではないだろうか?
――――では、どうしたら「自分≠“千手柱間”」になるのか?
考えに考えて、それは天啓の様に私の頭の中で閃いた。
木遁、木遁だ! あれ以上に私が“柱間”ではない事を証明するに相応しい手段は無い!
前世知識が正しければ、木遁忍術を使えたのは千手の中でも彼一人だけ。
つまり、木遁を使えなければ“千手柱間”ではない!
六歳になる以前から、時折浮かんでくる前世の記憶に翻弄されながら手をつけていた木遁忍術。
前世を自覚してからは、いずれ生まれてくる千手柱間の役に立つ様にと、密かに研究を進めていた木遁忍術だがその開発を早めよう。
「…………早いとこ木遁を完成させないと」
そんでもって、自分が“柱間”でない事を証明するんだ!
柱に打ち付けていたおでこを離して、小さく呟く。
我ながら中々良いアイデアではないか、と一人悦に入ってしまう。
「姉者……。大丈夫ですか?」
「なんだ、弟よ。そんな心配そうな顔をして」
何処ぞに行っていた弟が、救急箱片手に走り寄ってくる。
短く揃えられた綺麗な銀髪に、ちょい吊り目な美少年だが、今回ばかりは顔色も悪く普段よりも幼く見える。
「――弟よ」
「なんでございましょう、姉者」
「お前の命名の儀は後何年後だ?」
「三年後でございますが、それがなにか?」
――確か“千手柱間”には弟がいたはず。
某・忍者漫画内でおねえ口調の蛇忍者の手によって、ゾンビとして兄弟仲良く穢土転生されていたのを覚えている。
あれ? あの弟も目の前の自分の弟同様に銀の髪に吊り目な顔をしていなかったっけ?
「如何なさいましたか、姉者。顔色がますます悪くなっておりますが」
「……大丈夫だ」
黒目黒髪のアジエンスヘアーな自分と違い、弟は銀髪。――そう、銀髪なのだ。
え? これってやばくない?
「うぇ……。なんだか吐き気がして来た」
「ええ!?」
考え過ぎて気分が悪くなって来た。
心配している弟の声を右から左に流しながら、必死に頭を回転させる。
自分が「柱間」という名だったとしても、自分が“千手柱間”であると決定づけるにはまだ早い。
ひとまず私がすべき事は、木遁の研究と弟の名前が「千手扉間」でないことを天に願うだけだ。
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