蒼き夢の果てに
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第1章 やって来ました剣と魔法の世界
第13話 学院長登場
前書き
第13話更新します。
ふ~ん、成るほどね。魔法学院の教室と言うのは、大学の講義室のような雰囲気になっているのですか。
先ず、その教室に入って最初に感じたのは、意外に教室が広かった事と、それに、陽光をふんだんに取り入れた明るい室内だった事への感心。
そして、この感想でした。
講義を行う先生が一番下の段にいて、そこから階段状に上に向かって席が続いている形の教室と言った感じと言ったら判り易いかな。
もっとも、この形ですと、コルベール先生を見下ろす形と成って仕舞い、生徒達の目に余計な負担を掛ける事になるんじゃないですかね。
実際に、教壇が有る位置を見下ろしながら、ぼんやりとそう考えた後、少し頭を振って、そのような不敬な考えを排除する。
そう。あの御方は光頭人種に属する御方ですから、上から目線の発言は厳禁でしたか。
素直に反省すべき事柄ですね、これは。
それで、俺達……俺とタバサ。それに何故か食堂で合流したルイズも伴って教室に入って行ったのですけど……。
それにしても何か、教室内の雰囲気が微妙な感じなのですが。
何と言うか、妙にざわざわとした雰囲気で、それに少し重くて不快。ついでに、その俺達……いや、俺に向けられる視線がどうも、好意的と言うよりは、異端者を見つめる視線に似ています。
ただ、それも仕方がない面も有ります。昨夜は級友が一人召喚事故で死亡して、一人は死の淵から生還して来るような、魔法使いの卵たちに取っても、かなり波乱に満ちた一日だったはずですから。
そこで、その混乱を収めたのは俺と、このピンク色の少女が召喚した使い魔の平賀才人でしたから、少々ぐらい微妙な雰囲気でも仕方がないと言う事ですか……。
それでもこれは一時的な事。その内に空気になるでしょう。俺自身がそんなに目立つような容姿をしている訳ではないですから。
もっとも、黒髪が妙に目立ちますから、この部分だけは少し我慢する必要が有るとは思いますけど……。
「それにしても、色々な使い魔が居るな」
いや。あまり、考え過ぎるのも良くないですよね。暗い思考は、堂々巡りを繰り返して、更に悪い思考を導き出す可能性も有りますから。
それで、何故か、複数の男子生徒に囲まれて、現在女王様状態のキュルケを無視して、そう独り言を呟く俺。それに、基本六口な俺は、沈黙は苦手なんですよ。
もっとも、そもそも、漫画や小説の中の登場人物ではないのですから、胸が大きいだけで、周りに男性が集まって来るなんて言う事もないとも思いますけどね。
おそらくキュルケの場合は、その軽妙な会話のやり取りなどが、付き合ってみて楽しい相手、と言う可能性の方が高いのかも知れませんが。
正直、胸の大小に関してはどうでも良い俺らしい思考。
それに、俺としては、そんな事よりもここに集められている使い魔の方に興味が有りますから。
何故ならば、ここに集められた使い魔は、すべて受肉している存在。つまり、誰にでも見える現実の存在と言う事ですから。
もっとも、本当に存在しているのか、実際に触って調べてみたいヤツも居るのですけど……。
例えば、アソコで空中に浮かんでいる大きな目玉の化け物とかがね。
「何、シノブはバグベアーが気になるの?」
俺の視線の先を追っていたルイズがそう聞いて来る。
バグベアー? 反射的に少し否定的に考える俺。確か、地球世界の魔物の分類的に言うと、あれはバグベアードじゃないですかね、アメリカ出身の。バグベアーはイギリス出身の毛むくじゃらで、得体の知れない魔物ですけど、アソコに浮かんでいる目玉のお化けでは、子供を襲って食う事など出来ないと思うのですが。
いや、もしかすると、ウオッチャーと呼ばれる正体不明の魔物の可能性も有りましたか。
「珍しい生き物が居るものですね、この世界は」
次に視線の先に捕らえた六本足のトカゲ。おそらくアイツはバジリスクだと思うのですが、あれはかなり危険なヤツでは無かったのでしょうか。それに、その先に居る蛸人間……多分、スキュラに関しても、簡単に使い魔に出来るようなヤツではないと記憶しているのですが。
似ているけど違う存在なのか、それとも、使い魔契約時に何らかの精神支配を行っていないと、とてもではないけど危険で使い魔に出来るとは思えないのですが。
もっとも、俺が知っているのは、俺の世界に伝承として残っているバグベアー、バジリスク、スキュラの事ですから、この世界に関しては違っていて、もっと大人しい魔獣の可能性も有りますから何とも言えないのですが。
少なくとも、俺は次元の壁を越えて居るのですから。
そんな俺とルイズの会話をまったく気にする事のない様子で適当な席に腰を下ろすタバサ。そして、彼女の左隣に俺、そして、その隣にルイズが順番に腰を下ろして行ったのでした。
……って言うか、矢張りルイズも付いて来るのですか。
確かに、ルイズもあまり友人が多いような雰囲気ではないですし、才人がいないから話し相手がいないのも事実なので、これは多少、仕方がない事ですか。
俺は、タバサ相手でもそう話し相手に不足している、と言う気はしないのですが。
彼女が、半人前分しか話さないのなら、俺が一人と半分だけ余計に話せば良いだけですから。
「珍しい生き物って言っても、シノブが連れているシキガミだっけ、そっちの方があたしからして見たら、よほど珍しい存在だと思うのだけど」
そうルイズが更に会話を続ける。確かに彼女の言葉も理解出来ます。ですが、俺が珍しいと言った理由は、見た事が無いと言う意味の珍しいでは有りません。
そう思い、周囲の雰囲気を感じる俺。
大丈夫。授業が開始されるには、未だ時間が有るみたいです。それに、先生も来てはいません。
ならば、少々の説明を行う時間ぐらいは有りますか。
「ヴァリエール嬢は、昨日、私が召喚した花神の事は覚えていますか?」
俺の一見、無関係なような台詞に、少し意味不明と言う雰囲気ながらも、ルイズが素直に首肯いた。
尚、この会話に関しては、タバサの方からも興味有りと言う雰囲気が発せられています。
「ならば、あの花神が見える人間と、見えない人間に分かれていた事も覚えていますね。
あれは、花神が、魂と魄のみで存在している精神体とも言うべき存在だからです」
もっとも、魂は無理ですが、魄の方は、ある程度の物質化も可能なのですが。
おっと、矢張りルイズは意味不明と言う雰囲気で俺を見つめているな。
「普通の生物と言うのは、肉体と魂、それに魄によって構成されています。
そして、私が契約を交わしている式神と言う存在は、すべて魂魄のみで構成された存在です。
その私の式神達と違って、この世界の使い魔達はすべて受肉した存在です。
故に、見鬼の才に恵まれていない存在にも見えると言う事なのです」
つまり、俺は受肉した使い魔と言う存在が珍しい、と言う意味で言ったのです。
もっとも、元々、霊的な親和性の低い人間にも行使可能な魔法を使用する魔法使い用の使い魔ですから、誰にでも見える使い魔で無ければ、呼び出せたとしても見えない可能性が有りますから、当然と言えばそれまでの事なのですけどね。
そう、ルイズに対して説明を行った俺の右の頬に、少しの気の集中を感じる。
この感覚は……。
【もし、魂魄のみの存在が見えない人間に、貴方の使い魔の様な魂魄のみの式神を襲わせた場合はどうなるの?】
少しの違和感を覚えたその直後、俺の横顔を見つめて居たタバサが、【指向性の念話】のチャンネルを開いてそう問い掛けて来た。
確かに、先ほどの俺の説明を受けたら、こう言う疑問を得ますか。それに、質問の内容が内容なだけに、【念話】を使用しての質問を行って来たと言う事ですね。
……って言うか、タバサさん、【念話】をいともあっさり使いこなしていますが。
【為す術もなく殺される】
俺もあっさりと答えた。まぁ、相手が見えないのですから、それは仕方がないでしょう。
それに、これが呪詛……の中でもかなり高度な、相手を確実に殺すタイプの呪詛と言う物ですから。
もっとも、俺が簡単に為せるからと言って、呪詛などと言う事を行う事は有り得ないのですが。
何故ならば、俺が仙術を行使出来るのは、陽の気を集め清徳を積んでいるから。
その俺が陰の気に塗れた呪詛などに手を出せば、濁業を重ねた事となり、俺が持っている加護を全て失って仕舞う事と成りますから。
【但し、最初は見えなかった人間も、異界に近づけば近づくほど、関われば関わるほど相手が魂魄のみの存在だったとしても見えるように成って来る。
俺やって、最初から全ての存在が見えていた訳やないからな】
俺は、そう言った後、中年のおばさんと、コルベール先生が教室に入って来たのを契機に【念話】を終わらせる。それに、こんな話は授業の合間に話したら良い事ですから。
まして、タバサは、その内に自ら経験する事になると思います。
俺のような、この世界に取っての異分子を使い魔にする事になって仕舞いましたから。人は、異界に近付けば近付くほど。関われば関わるほど、その血の中に宿した異界の因子が活性化するようになるモノですから。
タバサの目的の為には、もしかすると、その方が良い可能性も有りますが……。
そう思った俺が、タバサの方から教室に入って来たふたり組の方に視線を移す。それに、何時までも彼女の方を見つめている訳には行きませんからね。一応、俺の立場は使い魔とは言え、学院生徒に扱いを準ずる以上、授業が始まる時に、教壇以外の場所を向いている訳には行かないでしょう。
それに、周りから見ると、ただ黙って見つめあっている使い魔とその主人と言う、何とも微妙な雰囲気を醸し出す二人組になって仕舞いますから。
そんな、周りから見ると、妙な雰囲気を醸し出している若い男女。その実、非常に事務的な【会話】を交わして居た俺とタバサに向かい、教室に現れた二人の教師の内、コルベール先生の方だけが真っ直ぐに近付いて来る。
やがて、俺達の前に立つコルベール先生。そして、
「シノブくんとミス・タバサ。昨日の使い魔召喚の儀の事で、シノブくんの意見を聞きたい事が有りますから、学院長の部屋まで来て貰えますか」
……と告げて来たのだった。
☆★☆★☆
しかし、矢張りエライ人と言うのは高いトコロに居たがる物なのでしょうか。
ひときわ高い尖塔の長い階段をえっちらおっちらと昇って行った先……最上階に、このトリステイン魔法学院の学院長室は有ります。
確かに、ここは学校ですからエレベータなんてないのでしょうけど、それにしても、この長い階段を昇らされるのは、流石に不満ばかり口にするように成ると思うのですけど。
そもそも、その学院長さん。毎度毎度、こんな長い階段を使って移動しているのでしょうか。
重そうなドアの前に立ち一呼吸。そして、おもむろにノックを行うコルベール先生。
……って、何故に、そんなに呼吸を整える必要が有るのでしょうか? そんなに、その学院長と言う人の前に出るのは覚悟が必要と言う事なのでしょうかね。
そんなクダラナイ感想が俺の頭を過ぎった瞬間、
「学院長。ミス・タバサと、その使い魔のタケガミシノブを連れて来ました」
……と、室内に向かって告げる。
「入って宜しい」
そのコルベール先生の問い掛けに対して、学院長らしき声がドアの向こう側から聞こえて来た。
その声は……。
男性の声ですね。それも、そんなに若い雰囲気では有りません。確か、声と言うのは老化が始まるのはかなり年齢を重ねてからの事に成りますから、この声の持ち主はそれ相当の年齢の人物と言う事に成りますか。
「失礼します」
重い、そして、それなりの装飾を施された校長室の扉を開き、コルベール先生を先頭にして、悪の魔法使いの工房……では無く、魔法学院の学院長室に侵入する俺達。
尚、魔法学院の学院長室などと言うのですから、見るからに怪しげな器具と、不気味な湯気を立てた毒々しい色の魔法薬のヤバ気な臭いが充満した、既にイっちゃっている空間を俺は想像していたのですが、実際に入って見るとまったくそんな事はなく、高そうなアンティーク家具の如き執務用の机が窓を背にした形で置かれた、地球世界の何処の学校にも有る普通の校長室で有りました。
もっとも、明かり取り用の窓を背負っている段階で、ある程度の心理的威圧感を考えた配置になっている事は間違いないとも思うのですが。学院長の方を見ると、自然な形で太陽を背負う形と成りますから。
それに、その執務用の机に向かって座っている白い置物も、尋常な代物では無い雰囲気が有りますな。
「えっと、それで、何の用事じゃったかのう、コルベール君」
白い置物……いや、白髪と白い髭に覆われた何か。多分、人語を話したから人間だとは思うのですが、その学院長らしき老人が白い髭を揺らしながら、そうコルベール先生に聞いた。
……って言うか、ついにお爺ちゃんも来ちゃったみたいですよ。
取り敢えず、妙なボケをかますクソジジイには、素直に大阪名物ハリセンチョップでツッコミを入れて、少し配線の切れかかった頭を正常に戻してやるのが俺的には正しい選択肢なのですが、流石にここは俺の生まれた世界では有りません。
ちなみに、斜め四十五度の入射角がもっともスタンダードな角度ですか。
それでも、今回に関しては素直に無視するのが無難な選択肢ですか。そう考え、コルベール先生と、白髪、白い髭の老人のやり取りを見つめる俺。
尚、当然のように、タバサは魔法学院の教師と学院長の演じる小芝居を、彼女に相応しい視線で見つめるのみ。更に、彼女の発して居る雰囲気も、明らかに無関心と言う気を放っていた。
「学院長。学院長が昨日の使い魔召喚の儀で起きた召喚事故について聞きたい事が有る、と言うから、昨夜の事件を解決した内の一人にわざわざ来て貰ったのですぞ。
ボケた振りなどせずに、ちゃんとして下さい」
少しイラついた雰囲気でコルベール先生がそう答える。
う~む。このお爺ちゃんの所為で、中間管理職のコルベール先生の頭が、あの様な無残な状態に成った可能性が有りますか。
このコルベール先生は、見た目通り真面目な方みたいですから。
少しいい加減な校長と、生真面目な教頭、もしくは学年主任。横から見ていると面白い組み合わせだとは思いますよ。でも、コルベール先生の方からしてみたら、面白い組み合わせ、とは言って居られない可能性は有りますから。
何にしても少し心に余裕を持つ方が万事上手く行く可能性が高いとも思うのですが……。
「おぉ、そうじゃったな。
昨日の使い魔召喚の儀は、哀しい事に一人の有望なメイジの命が失われたのじゃったな」
死者を悼む心を感じさせるオスマン学院長の言葉。その言葉からは、彼が心からそう思っている事が強く感じられる。
これは、表面上を取り繕う為の言葉や、体面を気にしての言葉ではない事は間違いない。
確かに、人の生命が失われたのは哀しい事。
しかし、あの形の召喚……召喚した使い魔を結界の内に閉じ込める事すら行わないランダム召喚など、事故が起きない方が珍しいと思います。
少し……いや、かなり否定的な感想。流石にこの瞬間だけは泰然自若とした鷹揚な表情を維持する事が難しく、少し眉根を寄せて仕舞う俺。
何故ならば、あの召喚事故は、起こるべくして起きた事件だと考えているから。
「そうしたら、先ずは、自己紹介からじゃな」
白髪と白い髭に包まれた学院長が俺を一瞥した後に、そう言う。おそらく、この飄々とした爺さんは俺の感情を読んでいる。しかし、その感情を読んで居ながらも、この態度を続けている……と思う。
もっとも、俺としては、タバサの学んでいる魔法学院の学院長と言う以外の存在ではないので、彼の固有名詞などは、ほぼ必要としてはいないのですが。
「このトリステイン魔法学院で学院長を務めて居るオスマンと言う者じゃ」
そう自己紹介を行う学院長。
……なのですが、これでは本名なのかどうなのかも判らないですし、苗字なのか、それとも、名前なのかもよく判らないのですが。
ただ、そんな事はどうでも良い事ですか。実際、学院生徒の使い魔に過ぎない俺と、その魔法学院の学院長とでは接点が無さすぎて、これからの俺の生活に早々、関わって来るとも思えない相手ですし。
「日本と言う国出身の武神忍と言う者です。以後、宜しくお願い致します」
それに、昨日の使い魔召喚の儀については言いたい事も有るし、言わなけりゃならない事も有る。それならば、この状況は渡りに船と言う状況ですから。
「いやいや、コチラこそ宜しくお願いします、じゃな」
割とフランクな性格なのか、勿体ぶった話し方でも無く、そう話すオスマン学長。
そして、更に続けて、
「それに、既に君には、昨日の使い魔召喚の儀の際に呼び出された危険な魔獣に因る被害を最小限に抑えて貰った経緯が有るのじゃったな。
改めて儂からも御礼を言わせて貰う。ありがとう」
割と現実的な御方ですね。あっさりと感謝の言葉を口にしましたよ。
普通は、あっさりと感謝の言葉を口にする人間とは多くないモンです。エライ人たちは特に。
それに、御礼の言葉を口にするだけならば、別に自分の腹は痛みません。ただ、言葉を口にするだけで終わる話ですから。この部分を指して、現実的な対応と言ったのです。
まして、この台詞の所為で、以後の俺の質問の切り口から鋭さが失われて仕舞った事も有ります。
飄々として居て、捉えドコロのない喰えない爺さんだと言う事ですか。
「いえ、人として当然の事を行った迄の事です。
それに、あの場で自分に出来る事を為しただけですから、そんなに感謝される謂れは有りません」
実際の話、俺はあの召喚作業の危険度に気付いていながら、結局、ちゃんとした形では、その危険な召喚作業を止めようとはしませんでした。
もっとも、積極的に召喚作業を止めなかった理由は、俺が部外者であり、更に、あの使い魔召喚の儀が、この世界の……か、どうかは判らないのですが、少なくとも、この魔法学院の重要な通過儀礼でしたから。
この世界のルールを、客人で有る俺に止めさせる権限は有りません。
但し、その躊躇いが、一人の人間の死亡に繋がった事は悔やんでも悔やみ切れない事実なのですが。
「うむ。ミス・タバサは良き使い魔を得たようじゃな」
オスマン学院長の言葉。もっとも、俺は厳密に言うと、『魔』ではないと思いますけどね。
人の場合だと、サーヴァント。才人とルイズの関係はこれに当たります。俺が連れている神の場合は式神。
そして、タバサと俺の関係は、もしかすると識神と、その知る神に好かれた人間、と言う関係に成るのかも知れません。
何故ならば、俺はタバサと正面から戦っても負けるとは思えませんから。
そして、俺が連れている式神達は、その気になれば、俺は、俺の実力でねじ伏せる事も可能だと言う事でも有ります。
もっとも、俺の式神はすべて分霊ですから、それぞれの魔界にいる本体達を相手に戦って勝てるかどうかは、かなり微妙と言うか、無理クサい奴も居るのですけどね。
「確かに、今までも危険な魔物を呼び出して、その魔物を制御出来ずに暴走させた例も有る。例えば、火竜を召喚して仕舞った例などがな」
オスマン学院長が短いため息の後に、そう続けた。
確かに、あのランダム召喚の場合、その時の術者の気の持ち方によって、陰に属する存在が現れる可能性も有れば、陽に属する存在が現れる可能性も有る。正にランダム召喚になると思います。
ただ、そうだとすると、人間を召喚したルイズは、あの才人を召喚成功した時には、気分的には陰陽拮抗している中庸だったと言う事になりますか。人間は、陰陽のバランスが取れた存在ですから。
故に、陽の気を取り込み仙人と成る事が出来るのです。
但し、陰の気を取り込む事に因って、簡単に邪仙や鬼、妖怪に堕ちる事も出来るのですが。
「少し、質問なのですが、何故、そんな危険と判っている通過儀礼を行うのでしょうか。
使い魔召喚の儀式と言う物は、私の国でもかなりの危険が伴う為に、その準備はかなり慎重に行います」
一応、最初から不思議だった質問を行って見る俺。
それに、今までにも召喚事故が起きた事が有るのなら、流石にその対策も立てられていたと思うのですが……。
「それは、この使い魔召喚の儀が、トリステインの貴族に取って、重要な通過儀礼じゃからじゃな」
かなり重い内容の言葉を、それでもかなり軽い雰囲気でオスマン学院長は答えた。
そして、その答えは、俺の想像通りの答えで有った。
それに俺の記憶が確かならば、地球世界でも成人の儀式として、バンジー・ジャンプを行う地方とか、ハチの巣を取って来る地方。その他、単独で狩りに出掛けさせられる例なども有りましたか。
「この使い魔召喚の儀は、使い魔を一人で召喚して、その使い魔を一人で御して契約を結ぶ。それがルール。
これを一人で為して、初めて、一人前のメイジとして認められるのじゃ」
オスマン学院長が、淡々と事実のみを積み上げるかのように、そう続けた。
そう言えば、確か、この世界は、魔法が使える事が騎士に成る必須条件らしい。
いや、おそらくは、それ以外にも……。
【タバサ。もしかすると、この世界では魔法使いで有る事が貴族の条件でも有る、と言う事なのか?】
おそらく、かなり初歩的な質問でしょうから、【念話】で質問を行う俺。
そして、その初歩的な質問に対して、少し首肯いて答えてくれるタバサ。
成るほど。ならば、使い魔召喚の儀式はかなり重要な通過儀礼で有り、この儀式の際に使い魔を召喚出来なかった人間は、魔法学院を退学させられるだけでは無しに、貴族としての身分すらも失う可能性が有る、と言う事になるのでしょうね。
少なくとも、貴族の後継者候補が一人しかいない、と言う事は考えられないですから。
それに、その呼び出す使い魔の質が、その人間の評価に直結する可能性も有る、と言う事でも有ります。
これは、良い使い魔を召喚する為に、多少では済まない無理をする人間が現れたとしても不思議ではない、と言う事ですか。
この世界には、一人に一体の使い魔、と言う決まりが有る以上は。
そして、俺はこれ以上、この使い魔召喚の儀を否定する事は出来ない、と言う事にもなって仕舞いました。
これを否定して仕舞うと、この世界の制度すべてを否定して仕舞う可能性も有りますから。
まして、封建領主が支配している世界で有る以上、魔法と言う攻撃力は必要とされている可能性が高い。
何故ならば、何時、エルフ相手に聖戦が起きるか判らない。領民に対する支配にも必要。更に、エルフ以外を相手とする戦争だって起きる可能性も有りますから。
冷静に質問をして良かったと言う事ですか。俺が、俺の論理や倫理観を居丈高に主張して、攻撃的な態度で臨んでいたのなら、俺の人間性を自ら貶めるような結果となっていたと思いますから。
「ただ、今回の召喚失敗は、今までの召喚失敗とは、少し事情が違うみたいなのじゃ」
俺の質問が終わった事を確認してから、オスマン学院長はそう続けた。
ん、今までの召喚失敗と事情が違う?
「今までは、召喚失敗とは言っても、少なくとも、この世界に存在している魔獣や幻獣を召喚したものの、制御に失敗した召喚失敗だったのじゃが、今回の召喚失敗は、コルベールくんの証言では、異世界の魔獣を召喚した挙句に制御に失敗したようじゃからな」
確かに、他の生徒が召喚した使い魔については、ルイズがすべて説明してくれました。
しかし、レンのクモに関しては、コルベール先生が説明を求めて来ていました。それに、その際に、彼自身が知らないと証言していた上に、タバサやルイズもそれを肯定していました。
「ですが、私や、ヴァリエール嬢に召喚された平賀才人と言う名前の少年は、明らかに異世界より召喚された人間ですよ、オスマン学院長」
一応、俺が知っている事実から、そう反論を行ってみる。間違った、見当違いの出発点から導き出した仮説は、間違った、虚構のゴールを導き出す事の方が多いですから。
そう。少なくとも、それ以前に異世界へのゲートが開いた例がゼロでは有りません。ならば、今までも異世界に召喚ゲートが開いた例がゼロだとは言い切れないでしょう。
「そもそも、その人間が召喚された事もない。少なくとも、儂がこの魔法学院の講師に任じられてからは一度も無い事は事実じゃ」
陽光を背にして、何と言うか、まるで後光が指すかのような雰囲気で話を進めるオスマン学院長。その効果は、話の内容に説得力を持たせる効果が有るのは間違いない。
それに、この爺さんが何時からこの魔法学院の講師をやって居るのかは判らないのですが、見た目から判断すると、最低でも三十から四十年ほどの間には無かったと言う事ですか。
これは、何か起きつつ有る可能性も有りますね。
但し、それが俺に何か関係が有るかどうかは判らないのですが。
確かに、俺の見た目は人間ですけど、その本性は龍。まして、才人のようにルーンが刻まれる事によって、特殊な能力を付加された訳でもない。
それに、うなじの辺りに使い魔のルーンが刻まれた理由も判っています。
おそらく、この世界のルールと雖も、俺に使い魔のルーンを刻める位置が其処にしか無かったと言う事なのでしょう。
そこは、俺に取っての『逆鱗』に当たる位置ですから。
この状況証拠から、俺を召喚したタバサの状況は、この世界の召喚魔法のルールからは大きく逸脱した状態ではない、……と言う可能性の方が高いと思います。
「タケガミシノブくんじゃったかな。何かが起きつつ有る可能性も有るが……」
オスマン学院長がそこまで言ってから、少しタバサの方を見つめる。
えっと、この感覚は……。
いや、魔法学院の学院長なのですから、タバサの事情と言うヤツを多少は知っていても不思議では有りませんか。
「ミス・タバサの事を宜しく頼む」
☆★☆★☆
来た時とは逆に、俺の方が一歩先を歩みながら階段を降りて行く俺とタバサ。
それに、最初は呼び出された理由が判らなかったのですが、結局、オスマン学院長が言いたかったのは、最後の一言だけだったのかも知れないですね。
もっとも、何かが起きつつ有る可能性も有る、と言う警告を俺に発して置く意味も有ったのかも知れないのですが。
但し、おそらく、それでも警告を発しただけだとは思います。
その中で、何かの行動や覚悟を俺に求めている訳ではないでしょう。
何故ならば、俺が異世界から召喚された少年で、タバサも少女でしか有りませんから。
ちゃんとした大人が居て、更に危険な事件が起きつつ有る事が判ったとしても、こんな十代半ばの少年少女に、重要な何かを行う事を求めるとは思えません。
流石に、大人の矜持が許さないですし、それでは、未来を託す相手が居なく成りますから。
大人ってヤツは、少なくとも、自らがチビるほどビビッていたとしても、子供にはそんな姿を見せる事は有りませんし、自分達だけで厄介事を解決しようとする物ですから。
そんな意味もない事を考えていると、突然、後ろを歩いていたタバサが、立ち止まった。
授業中の現在、周囲には人の気配はない。
彼女が立ち止まった理由は判らないけど、ついでですから、一応、聞いて置きますか。
それに、実際の話、少し気になっている事でも有りますから。
「流石にオスマン学院長は、ある程度の事情について知っている、と言う事やな」
振り返った俺の瞳と、俺の背中を見つめていた彼女の視線とが交わる。
一応、他者の耳を気にして主語を省略しては居ますが、これでも意味は通じていると思います。このタイミングで、この台詞が俺の口から出て来ると言う事ですから。
それに、オスマン学院長が知らない方がどうかしていますか。少なくとも、ある程度の情報を申告しなければ、留学生など受け入れられる訳はないですから。
但し、それも自己申告で有る以上、虚偽の申告をされていた場合は、オスマン及び、トリステインの方にそれなりの諜報能力が無ければ、裏を取る事は不可能なのですが。
俺の問いに、タバサがコクリと首肯いた。
これはもしかすると、タバサが知らない真相を、あのオジイチャンが有る程度までは知っている可能性も有ると言う事ですか。
但し、ある程度は自らの手で調べ上げなければ、あのオジイチャンが教えてくれる事は無いとは思いますが……。
しかし、何故かタバサは未だその場から動こうとはしない。
俺より階段二段分高い位置に居るから、普段のそれよりもかなり高い位置から彼女の視線を感じる。
う~む。何の用事か判らないけど、矢張り、さっき学院長との会話の内容に関係が有る事なのでしょうね。
「ありがとう」
突然、彼女の口から発せられた感謝の言葉。そして、不意打ちで有ったが故に、心の何処か奥深くをかき乱す台詞。
……冷静な仮面を被った、何処か奥の方を。
「その台詞は少し早いで」
瞬間、彼女から視線を外し、在らぬ虚空を視界に収めながら、そう答える俺。
タバサの台詞の意味は色々と有るとは思いますけど、その感謝の言葉を俺が受けるには、未だ少し早いと思います。
俺は未だ、彼女に感謝されるほどの事を為した心算は有りませんから。
「本当に欲しい感謝の言葉はまだまだ先。これからの俺の働き次第やと思うからな」
もっとも、俺自身が、あまり感謝の言葉を聞き慣れていないから、かなり恥ずかしかっただけなのですが。
特に、予想外の時に投げかけられた感謝の言葉が。
そして、かなりの美少女に、真っ直ぐに見つめられている現在の状況が。
「まぁ、その時までに俺は愛想を尽かされないように気張るから、タバサは、適当だと思う時にその言葉を俺に告げてくれたら良い。
その時は、俺もその言葉を素直に受け入れるから」
そう、答える俺を、未だ真っ直ぐに見つめるタバサ。
そして、小さく、しかし確実に首肯く。その仕草は、ずっと変わらず、彼女のまま。
しかし、彼女の中で何かが変わりつつ有るかも知れない雰囲気を発しながら。
……ただ、これは少し、格好を付け過ぎましたか。
もっとも、漢と言うヤツは基本的に格好付けですからね。
えっと。そうしたら、次は……。
後書き
次回タイトルは、『模擬戦』です。
更に、次回から『第2章 真の貴族』が始まります。
追記。
この物語は、確かに真・女神転生や央華封神を下敷きに置いては居ますが、能力や魔法などはそのまま使用すると言う訳では有りません。
そもそも、伝承に語られる神や悪魔と言うのは戦うだけの存在ではないと思いますから。
なので、この物語内では伝承から読み解く事の出来る能力を与えて有ります。
例えば、ノームが鉱物を集めて来たり、ハルファスが調達能力を持って居たりするのです。
それに……。どうも、数値で表されたステイタスを文章で描き分ける事は、私には難しいので。
正直に言うと、主人公やその他のステイタスの数値設定が出来る作者の方は尊敬します。
魔力のAAAとSの差って、どう表現したら良いのか、私には判りませんから。
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