戦国御伽草子
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
壱ノ巻
文の山
1
「前田瑠螺蔚。前田喜六郎俊成。面を上げよ」
あたしが頭を上げると、ざわめきが人の上を走る。
「おお・・・」
「すばらしい。蕾殿によく似ておられる」
「まさに生き写し」
「蕾殿は真に美しい女性であられた」
「気高く、聡明でもあった」
「蕾殿を娶られた忠宗殿はほんに幸せ者よのう」
「御歳は確か16。家の息子も19でお似合いではないか?」
「いやいや何を言う。ここはやはり、家の息子と」
そんなものを聞きながら、あたしは内心ケッ、ふざけんじゃないわよと悪態をついていた。
そもそも老いぼれたくせに蕾殿、蕾殿、ってバカのひとつ覚えみたいに全く。からかうのもいい加減にして欲しい。
兄上ならまだしも、才色兼備といわれていた母上が、あたしと似つくわけないじゃんか。
美辞麗句ばっか並べ立てやがって。口だけのくせに。
勢い余ってふん、と鼻を鳴らしたら兄上に肘で小突かれた。
いけないいけない。今はあたしの活躍を若様直々にお誉めいただく、って言う、ありがた~い席なんだったわ。誉めるのが鷹男だから、ありがたみも何もあったもんじゃないけど。
「よって柴田の領地は全て召し上げる。残りの沙汰は、後に。前田、瑠螺蔚」
「はい」
「大儀であった。誉めてつかわす」
「過分なお言葉、ありがたき幸せにございます」
たったこれだけのために、朝からおっもい正装してずっと待ってたのよ。
ホント、あたし城仕えみたいな堅っ苦しいのってキライ。
つくづく、男じゃなくて良かったって思うわ。こんなのが毎日続くって考えたらノイローゼになるわよ!
全て終わってから、あたしは鷹男に個人的に呼び出されて、こってりお説教を食らった。兄上には、先に帰ってもらっている。
「いいですか、姫。もうあんな危ないことをしてはなりません。怪我ならまだしも、命を落としていたら一体どうなさるおつもりだったんですか」
「そのときはそのときよ」
「姫。わたしは冗談で言っているのではありません」
「・・・わかったわ。もう二度とそんな危ないことしないから」
鷹男は溜息をついた。
「姫には口約束だけでは心もとないですね…」
「説教は高彬と父上と兄上でお腹いっぱい。もう耳タコ」
「その高彬に今日は姫を送らせます」
「え?いいわよ別に」
「姫」
「…わかったわよ。気をつければいいんでしょ、気をつければ」
「本当にわかっていてくださるのならよろしいのですが…。高彬」
「は」
板戸の向こうから、声がした。
いつの間にいたのか。
「姫を送ってさし上げろ」
「は」
「若殿も言われていたけれど、本当にもう危ないことはしないでくれよ。僕があの時偶然いたからよかったけれど、そうでなければ…考えたくもないよ」
「わかってるって!悪いと思ってるし感謝もしてる。何度も聞かされたわよ、それ!」
あたしは耳を押さえていった。
高彬のほうを向いて話していたから、どん、と人にぶつかった。
「あ、申し訳ござ…」
「姫?」
げ。
見覚えのある顔。
「亦柾…」
「私の名を、覚えていてくださいましたか、北殿。愛息子の高彬殿と、こちらへは何をしに?」
「やめてよ。もうわかってるんでしょ?」
亦柾は笑った。
「前田の、瑠螺蔚姫でしたとは。これからも、末永いお付き合いを期待していますよ」
あたしに伸ばされた手を、高彬がさりげなくよけさせた。
あら?
「お久しぶりです、亦柾殿」
「これはこれは、高彬殿。貴殿はこんなところで一体何をしておられるのかな?退出するにはまだ早いと思うのだが」
…。
あたしは何か不穏な空気を感じて、そっと後ずさった。
ニコニコと無邪気に笑う高彬。
大人びた笑みを浮かべる亦柾。
「若殿から、許可をいただいたのですよ。瑠螺蔚さんを送っていって欲しいと言われましてね。なにしろ、僕と瑠螺蔚さんは、幼少の頃からの付き合いですからね。あっはっは」
「幼少、ね・・・。と、いうことはお二人はもう姉弟も同然ですか。螺蔚姫にとって高彬殿はきっと弟のようなものなのでしょうね。いや、そこまで仲がよくなられるとはお羨ましい。私など、螺蔚姫の夫とはなれても弟には到底なれませんからね。はははははは」
「あっはっはっはっは」
「ははははははははは」
「あーはははははは!!!」
「はっはっはっはっは!!!」
「ちょっと!高彬!」
あたしは高笑いしてる高彬の頭をぺしりとたたいた。
「あんた、なにをノンキに亦征と遊んでんのよ。帰るわよ」
「いやあ、ははは、残念ですね亦柾殿。もう少しお話したかったのですが」
「ははは、全くですよ。あ、螺蔚姫」
「瑠螺蔚よ!!」
怒鳴り返しながら振り返ったら、不意に亦柾に強く腕を引かれた。
「私の正室の座は、いつでも螺蔚姫のために空けてありますから」
耳元でそう囁かれる。
「結構です!」
あたしが繰り出した平手をひょいっとよけて、亦柾は笑いながら去っていった。
「では、また会いましょう、螺蔚姫」
「瑠螺蔚だってば!」
亦柾の背に、べーっとあたしは舌を出してやった。
後書き
お気に入りどうも有り難う御座います。
こんなやりたいほーだいやっているしっちゃかめっちゃかのものに…。
心から感謝です。
ページ上へ戻る