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その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~

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#04 "What do you think about?"

 
前書き
正常位じゃ誰もイケねえんだよ。







 

 
Side ロック

「俺さ、考えてたんだ。ずっと。
レヴィが出ていった後、部屋に独り残されてた時にさ。
切っ掛けになったのは、やっぱり艦長、アーベさん、とそのご家族が写ってた写真なんだよ。
まあ、俺も家族が日本にいるわけでさ。
それもあって同情したっていうのもあるかもしれない。
それに、さ。
暗い船底でアーベさんの頭蓋骨と向かい合ってたら、何か責められてるような気になっちゃんたんだよね。
何も見えてないはずの眼窩の奥からこう、覗き込まれてるような気分だったよ。俺の心の中をね。
それで、そんなことをウダウダと考えて、いい加減煮詰まっちゃって、もう思いきって吐き出しちゃえって、レヴィにぶつけてみたんだよ。俺の意見ってやつを。
それに対する返答がこれから話すレヴィ様の特別講義ってわけさ。
今日ここに来たのはその話をするためなんだ。
どうしても君の意見が聞いてみたくってね。
正直どう受け止めていいのか分からないんだ。すごく大事な話をしてもらったっていうのに。
俺自身がこの街でどう生きてゆくかを決めるためにも、このままじゃ嫌なんだ。
このままじゃ………」


























「ロック、アンタに一つ聞こうか」

そう言ってレヴィは床に両手を伸ばしてそこにあった何か、二つあったようだ、を持ち上げ、自分の顔の前まで持って来た。

右手に持ってるのは勲章、だろうか。
唯一の光源であるライトの明かりを受け、僅かながらに輝く。
輝いたのは恐らく宝石の部分か。
ダイヤが付いてるっていう艦長さんの勲章。
戦利品………って事になるんだよな。

左手に持ってるのは………
骨、か?頭蓋骨。

顔の前で勲章と骨を持ったまま此方に向けてくるレヴィの様子に、少しうすら寒いものを背中に感じながらも俺は絞り出すように質問に答えた。

「勲章と、骨だろ」

俺の言葉は届いているだろうにレヴィはじっと此方を見たまま、何も答えようとはしてくれなかった。
本当に僅かな明かりの中で、闇の中で浮かび上がるように見えてくる彼女の表情に映し出されていたのは一体何だったのだろう。
淡々と話す彼女の言葉にどんな思いが乗せられていたのか、それだって俺にはとても読み取れるものではなかった。
にも関わらず、俺と彼女の会話は続いていく。
この場の主役は彼女。ロアナプラにその名を轟かす二挺拳銃(トゥーハンド)。ラグーン商会のレヴィその人なのだから。

「勲章と、骨か。まあ、その通りだね。
けどな、そんな言葉に意味は無いんだよ。突き詰めて言えばな、コイツらは"モノ"だよ。
"モノ"ってのはただそこにあるだけじゃ駄目なんだ。
"モノ"に改めてどういう価値を付けるか。その"モノ"には一体どんな価値があるのか。
大事なのはそこなんだよ」

レヴィの声は暗く、低く、部屋の空気と俺の鼓膜を震わせてゆく。

「アンタはこの"骨"に同情した」

レヴィの声が俺のところまで届いてくる。
左手に掲げられた頭蓋骨の、存在しないはずの視線と共に。

「そしてこの"勲章"にも情を移した」

今度は右手。
視線が骨、レヴィの顔、勲章の三つの間を揺れ動く。

「アンタが思い出なんてもんに、価値を見出だすのは自由だ。"骨"に同情するのも結構さ」

レヴィは俺から視線を外そうともしないまま、両手に持った物を床に置く。

「………」

「………」

先に視線を逸らしたのはレヴィだった。
俯き床に置いていた煙草の箱から一本抜き出し、ライターで火を点ける。

再び話を始めた時には煙草は(くわ)えたままだった。
煙を燻らせながら語る彼女の表情からはさっきまでと同じもので。
俺にはただ黙って見つめ続ける事しか出来ないでいた。

「けどな。アタシにはアタシの考えってもんがある。そこらに転がってる骨なんざ、道を歩く時の石ころと一緒さ。歩くのに邪魔なだけなんだよ。
後何だったっけ?勲章は艦長の物?だからアタシらが持っていっちゃいけませんって?
はっ!
石ころが石ころの持ち主だってのかい? どんな笑い話だい、そりゃ」

レヴィ………

「アタシにはただの石ころに、余計な感情を持つ事なんて出来ないね。
コイツらに改めて意味を持たせるとしたら、そりゃあな」

レヴィ……
君、何だってそんな目を………

「"金"だよ、ロック。
万人が認める世界共通の価値だ。金に変わるんなら石ころにだって意味はある。金にならないんだったら、そりゃ、ただの石ころのままさ」

金。

価値。

「アンタだって、日本にいた頃は金の為に働いてたんだろ。誰かの思い出の為になんぞ働いちゃあいなかったはずだ。違うっていうのかい?」

日本。

会社。

……裏切り。

「確かに日本にいた頃は、いや今だって働いてるのは金を稼ぐためだよ。生きていくためにも金は必要だ。
でも、金が全てじゃないだろ」

「全てだよ」

俺の振り絞るように発した答えは、一言で斬って棄てられた。

「金が全てじゃなきゃ、 他に何があるっていうんだ? 愛か?神か?笑わすなよ」

レヴィは口元を歪めて笑ったんだろうか。
その表情は笑顔というよりは、むしろ…

「アタシがまだ糞ガキで地べたを這いずり廻ってたあの街じゃあ、そんなもんケツ拭く紙ほどの価値も無かったよ。
中にはそんなもんに泣いて縋るやつもいたさ。大抵はどこかの時点で気付くけどね。
この糞溜めじゃあ、そんなもん意味がないと。
どんだけ祈っても、泣いても無駄だと。気付かなきゃあ、おっ死ぬだけさ。
アタシはまだ運がいい方さ。結構早い時期にキッチリ気付かせてもらったよ。
無実の罪でアタシを半殺しにしてくれたお巡りのクソ野郎どもにね」

レヴィの、過去か。全然違うんだな、俺の過ごしてきたそれとは。
当たり前と言えば、あまりに当たり前な話だけど。

「連中がアタシをシバキまわしたのはな。スラム街に住んでる、ただそれだけの理由だよ。
クソ溜めに住んでる中国人のメスガキにはな、頼れるものなんざなかった。 神の愛なんて胡散臭えもんより、一粒の痛み止めの方が有難えってもんだよ。
結局それを買う金すらないんだけどな」

知識としては知っていた。常識として知っていた。
世界では多くの子供達が過酷な環境におかれていると。
平和な日本じゃあ考えられないような事態が日常化していると。

けど、

「それからアタシは"金"を求めた。"銃"っていう"力"と併せてな。"金"と"力"。この二つを手に入れてからだよ。アタシが漸く生きられるようになったのは」

…金

……銃

………力

「それで、君は満足なのか?」

「ああ、満足だよ。 アンタには分からないかもしれないけどね」

レヴィの言葉は常に真っ直ぐだ。真っ直ぐに俺に届く。
あまりに真っ直ぐ過ぎて、とても俺には受け止められそうにない………

「ロック。アタシとアンタは違う。色んなもんが違う。過去も考え方もな。でも今は仲間だ。そうだろ?だからこんな話をしたのさ」

過去、か。

「君の過去は…」

「喋んな」

俯きながら発した俺の言葉は途中で遮られる。
俺の話は聞く価値も無い、か?

「まさか、同情してくださろうなんて思ってねえよな。そんなもんアタシが欲しがってると思うか」

同情。

「同情ってやつはね、人を傷付けるんだよ。
そりゃ同情する方は気持ちいいだろうさ。 哀れで惨めで可哀想な連中にお恵みを分け与える。それこそ神様にでもなった気分でも味わえるんじゃねえの?
だけどよ。同情をされた方はどうすりゃいいんだ? 地面に頭擦りつけて、靴でも舐めて、 お礼でも言やあいいのか?」

「アタシは仲間のアンタにね。
世の中に溢れかえってる腐れ偽善者みたいな事はして欲しくないんだよ。そんな事はパームビーチに住んでる金持ちのクソデブや、自分を着飾る事しか頭にねえクソ女どもに任しときなよ」

「アタシの言いたい事が分かるかい? 綺麗事をほざくなんざ止めちまいな。少なくともアタシの前では止めてくれ。アタシはな」

次に発せられたレヴィの言葉は、何より真っ直ぐに、重く、俺の胸を(えぐ)った。













"アンタを撃ちたくはないんだよ"











 
 

 
後書き
パームビーチ:アメリカフロリダ州南東部に位置する街。富裕層の別荘地・リゾート地としての性格を持っている。 
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