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東方守勢録

作者:ユーミー
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第六話

数十分前


出入り口のゲートから数分進んだところにあるテントが設置された場所。

普段はけがをした兵士や捕虜・疲れて体調を崩した兵士が休息を取る場所なのだが、今は二人の少女が轟音とともに争い続けていた。烏天狗の文と白狼天狗の椛である。


「せやっ!」

「おっと!それじゃあ当たりませんよ!」

「くっ!」


素人からみれば接戦の状況ではあるが、よくみると椛の方が防御に専念しており、あきらか不利の状態だった。


「大口を叩いた割には……ですね……こんなことで上司に勝てるんですかっ!!」

「ぐっ……そんなの……やってみないとわからないじゃないですか!」


椛は反論しながら文に攻撃をしかけていく。しかし、文はまったくひるむことなくすべてをよけきると、椛から軽く距離を離した。


「まだまだですねぇ……こんなことで妖怪の山を守れるんですか?」

「少なくとも、あなた方よりかは守れると思います」

「……言ってくれますね……でも、今の状況がそれを物語れると思いますか?」

「……実力じゃああなたには勝てません。ですが、私には能力があります」


椛の能力は千里先まで見通す程度の能力。

その名の通り、椛が視認可能な距離は千里よりも遠く、聴覚も他の白狼天狗よりもすぐれていた。


「それはそうですね」

「それに白狼天狗は全体的に視覚聴覚が発達しています。烏天狗には負けません」

「……確かに。それは私も同感です」


しゃべり続ける二人。どちらも攻撃をしようとはしなかった。


「山を守るのは私たちの仕事です。文さんはいつも通り取材に行っていただければいいんですよ」

「それはいつもそうさせてはもらっていますが……」

「……文さんはいいですよね。いつも自分のやりたいことがやれて」

「何をいきなり……」

「だってそうじゃないですか。いつもあなたが帰ってきてから新聞の作成を手伝っているのは誰だとおもってるんですか?私たちは二十四時間交代しながら山を守ってるのに、あなたは自分の書きたい新聞だけを書いてばらまいてるだけじゃないですか」

「……」


椛はどんどんと普段の不満をぶちまけるかの様にしゃべり続けていった。



文の表情がどんどん変化しているにもかかわらず。


「それに、私たちが必死に山を守っても、文さんは勝手に人間を連れ込んではいろいろと問題を起こすし、その後責められるのは私たちなのに……」

「そうですね……椛」


そう言った文は普段とは違うオーラを醸し出していた。

椛もそれに気付いたのか、一瞬体を震わせるとすぐさま強気な姿勢を取り戻し、再び文を睨みつけた。


「……なんですか?」

「椛も大口をたたくよううになったなと思ったんですよ」

「なにをい……!?」


反論しようとした椛は、異変を感じしゃべるのをやめてしまった。

目の前には文の姿はある。だが、さっきのような異様なオーラは出ておらず、それどころか生命感を感じさせられなかった。

椛はそんな文を見ながら、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。




そんな彼女の首元に、残像を出しながら近づく手があるにも関わらず。




「うぐっ!?」


突然、衝撃が彼女の首元を襲い、その勢いで椛の体は思いっきり壁に打ち付けられた。


「あ……あが……」

「……」


首元をつかまれ苦しそうにもがく彼女を、文は冷酷な視線で見ていた。


「私のことを悪く言うのはかまいまわない。けど、私たちがやっている仕事を侮辱するのだけはやめなさい」

「う……ぐ……あ……あや……さん……だって……そうじゃ……ない……で……すか……」

「……なにを」

「だって……いつも……私たち……白狼……天狗のこと……侮辱す……るような……言い方をして……るじゃない……ですか」

「……」


文は無言のまま椛をじーっと見つめると、ふと何かを思ったかのように表情を元に戻し手を放した。

解放された椛は、大きくせき込んでいたが文をずっと睨みつけていた。


(白狼天狗を侮辱するですか……前にはたてにも同じようなことを……言われましたね)


文は数年前のある出来事を思い出していた。




数年前 妖怪の山


「なんでまた人間を勝手に中にいれたんですか!?」


森の中には、大きく腹をたてた白狼天狗と怒られながら反省の色がない烏天狗、そして、その二人をみながら呆れる烏天狗の姿があった。


「いや~すいませんね~急ぎの用事だったものでして」

「どれだけ急ぎでもまずは了承を得るようにと前に言いましたよね!?」

「あはは……」

「なんで文さんと言い他の烏天狗の方々と言い……勝手なことばかりするんですか?あとで責任を負うのは私たち白狼天狗ですよ!?そこはわかってるんですか!?」

「だからいまこうして誤ってるじゃないですか」

「反省してるなら、今後一切勝手な行動をとらないでください。これは文さんだけでなく、烏天狗みなさんに共通することなんですからね!」

「……はいはい」

「……失礼します」


一通り言うべきことをその場から去って行った。

「む~、ちょっと人間を中にいれただけなんですがね~はたて」

「あれ……気づいてたの?」


文が木の陰に向けてそう言うと、別の烏天狗が姿を現した。文と同じ新聞記者でありライバルでもある、姫海棠はたてである。


「でもまあ、椛の言うことは正論よ。あそこまで怒るのはちょっとどうかと思うけど」

「それはそうなんですがねぇ……私だけのことを言うならまだしも、烏天狗全員に向けて言うんですから……」

「まあ、文以外にも勝手なことをする烏天狗は少なくないしね。でも、文が一番問題を起こしてるって思うけど」

「ぐっ……まあそうですが……」


文は軽く表情をひきつらせながらそう言っていた。

だが、彼女にとって椛に対する不満はそれだけではなかった。


「だいたい……椛はどこか烏天狗を見下してる感じがするんですよね……」

「? そうかしら?」

「はい。言い方がなんと言うか……」


不満そうにする文を見ながら、はたては何か考えてるようなそぶりを見せていた。


「椛はそんなこと思ってないんじゃないかな?」

「ええ~、根拠はあるんですか?」

「まあ、私としゃべってるときは普通だもの。それに、彼女も同じことをいってたしね」

「どういうことですか?」

「文は白狼天狗を見下してるってことよ」


はたてがそう言うと、文はびっくりした目で彼女を見ていた。


「私がですか!?冗談言わないでくださいよ」

「文が白狼天狗のことを見下してないことなんて、私にはわかるわよ。でも、椛はああ見えて直感で判断しやすいから……」

「むー何でですかね……」


まるでふてくされた子供のように、文は思いっきりうなだれていた。


「大丈夫よ、椛もきっとわかってくれるときが来るわ」


はたては文にフォローを入れるように声をかけ、その場から去って行った。





現在


「……」

「……なにをぼさっとしてるんですか!」

「椛は……私が白狼天狗を見下してると……思いますか?」


急にそう言って、文は椛の前にしゃがみこんだ。

いきなり変なことを言われ呆気にとられていた椛だったが、急に表情を暗くし口を開いた。


「……はい。そう思っています」

「……なぜですか?」

「言い方ですよ!まるで私たちを全否定してるかのように……私に話しかけてるじゃないですか!それがどれだけ私を苦しめると思ってるんですか!」

「……」

「何をやってもほめようとはしない。上司だったらありがとうの一言やふたこと……!?」


パン!


気がつけば、乾いた音が周囲に大きく鳴り響いていた。

椛は一瞬なにをされたかわからなかったが、こっちを睨む文と微かに感じ始めた痛みですべてを把握した。


「……いい加減にしなさい!あなたは組織をなんだと思ってるんですか!」


椛を睨みつけたまま、文は彼女の胸倉をつかんでそう怒鳴った。

「なにをいきなり……」

「あなたが言ってることは白狼天狗としてじゃない!犬走椛個人としての言い方です!」

「そんなことな……」

「私を苦しめるだのありがとうの一言を言えだの、そんなに上司からほめられたいですか?なら、別の組織でもグループでもいいんでそこに行きなさい。天狗の組織はそんな人は必要ありません!」

「……」


鬼のような形相で怒鳴り続ける文。椛は何も言い返すことなく、ただただ文の言葉を聞くことしかできなかった。


「確かに、私はあなたにとっては気分を害するようなことを多々言っています。ですが、それは白狼天狗が嫌いでも、あなたが嫌いだからというわけではありません!もし、あなたや白狼天狗が嫌いなら、あなたを私の部下にしてほしいと、上司に頭を下げようとも思いません!」

「えっ……」

「……」


文はなぜか後悔したような顔をしていた。

上司に頭を下げる。椛にとっては意外な一言だった。目を丸くしてこっちを見てくる椛。文は、何か覚悟を決めて真相を明かし始めた。


「……昔、あなたとまるっきり同じ性格をした烏天狗がいたんですよ。私の部下になった時は、新人でカメラの操作もろくにできない天狗でした」

「……私と……同じ?」

「その頃の私は、今のあなたのような接し方はしてませんでした。ちょっとしたことでも褒めて、彼女の力量を超えた仕事でも、やりたいと言ったらさせてました。たとえ基礎中の基礎ができていなかったとしても……」

「……」


椛は文の話を自分にあてはめながら聞いていた。

確かに、自分がこの仕事をやってみたいと言っても文は「椛にはまだ早いです」と言って反対していたことが過去に何度かあった。しかし、その数ヵ月後だめもとで同じような仕事をしたいと言うと、「……いいですよ」と言われ呆気にとられた記憶もある。

椛はだんだん自分が何を間違っているのかわかってきた気がしていた。


「ある難しい任務を彼女がやりたいと申し出てきたんです。もちろん、私はそれを許可して行かせてあげました。ですが……今思うと、それが指導者としての……私の最大のミスでした……。任務中、彼女は一番やってはいけない最大のミスを犯してしまったんですよ。当然、任務は失敗。上司の私はこっぴどく叱られました」

「……」

「自分がミスしたと思えるだけなら、そこから頑張っていこうと思うかもしれませんが……彼女にとっては、自分が失敗を犯したことよりも、上司の私が怒られたことが一番つらかったんでしょうね……。その後、私に何も言わずに別のチームに異動していきました」

「……その方は……どうなったんですか?」

「今はまあ……普通に行動してます。ですが……私としゃべると挨拶しかせずに……去っていきます」

「……」

「それが……私にとってもすごく痛手になりまして……しばらくは部下をとることもしませんでした。そんな時……あなたを見つけたんですよ」

「……私を?」


椛はすでに泣きそうな顔になっていた。文はだんだんと表情を和らげながら話を続けた。


「それはもう上司に頼みこんで、私の部下にしてもらいました。同じ過ちを二度はしないと肝に銘じて……それが、あなたに厳しく接するようになった理由です」

「……私は」

「でも……これも所詮自分に対する甘えや守りなのかもしれないですね……やっぱり私は指導者には向いていないみたいです。あなたを追い込んだのも事実ですし、この戦いが終わったら配属を変えるように……」

「やめてください!」


椛は目から涙をこぼしながらそう言った。


「そんなことを言っておいて…今更そんなこと言わないでください!それこそ……自分にたいする甘えですよ!」

「椛……」

「いままで……私が未熟だったんです……文さんの考えにこたえられなかったのも……」

「ですがそれは仕方のないことで……」

「仕方ないでくるめないでください!私は……もっと精進します!ですから……まだ……いろいろ教えてください……」

「……いいんですか?こんな上司で」


大粒の涙をこぼしながら椛はコクリとうなずいた。

文はそれを見て優しい頬笑みを返すと、椛を抱きしめた。


「じゃあ……これからもよろしくお願いしますね……椛」

「……はい」

「では……少し……我慢してくださいね」


文はそう呟いて、椛を操作していたチップをゆっくりひきはがした。 
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