俺様勇者と武闘家日記
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第3部
グリンラッド〜幽霊船
ジョナスの家族
「おーい、ジョナス、いる?」
スーの里はここの土地特有の文化が築き上げられており、家の形も様々だ。ドーム型のテントや、束ねた藁や動物の皮などを円錐状にして中で生活できるようにしたものなど、初めて来た人にとっては本当に家なのかと疑問に思うものも多々ある。ジョナスの家もその中の一つで、やはり円錐形の家を成していた。ただ他の家と違うのは、一際大きな動物の毛皮が家の前に何枚も吊るされていたことだ。
以前はここから家の中に入ったので、それらをかき分けながら私は主に向かって声をかけたが、結局返事はなかった。
「どっか出かけてんじゃねえのか?」
ナギの言う通り、家の中には誰もいなかった。そもそもスー族の里にお店などはなく、食料や生活用品はすべて自給自足で成り立っているので、家にいることの方が珍しいのかもしれない。
「もしかしたら狩りにでも行ってるのかも。どうしようか?」
「行き違いになるかもしれないし、しばらくここで待ってみようよ」
ルークの言葉に従い、私たちはしばらく家の前で待つことにした。
すると、ものの十分もしないうちに、誰かがこちらに近づいてきた。しかも一人ではない。私よりわずかに背の低い人影と、隣にニ~三歳くらいの幼い女の子が並んで歩いてくる。
――あの人影は、もしかして……。
「あーっ!! みお!!」
先に声を上げたのは、幼女の方だった。彼女は私に気が付くと、まっしぐらに私に向かって駆けだしてきた。けれど途中、足元にあった小石に躓いてしまった。
「危ない!!」
私はとっさに駆け寄り幼女を抱きとめる。ほっと一安心して目を落とすと、幼女は私と目が合った途端、転んだことなど忘れたかのように満面の笑みを浮かべた。
「みお!!」
「テスラ、久しぶり!!」
その愛くるしさに、思わず私はぎゅーっと抱きしめる。実家にいる幼い弟妹のことを思い出しながらテスラとの再会を喜んでいると、彼女がやってきた方向からもう一人、私と同じくらいの年頃の女の子がやってきた。
「こら、テスラ! いい加減、離れる!」
少女はテスラを抱き上げると、強引に私から引き剥がした。そして交代とばかりに今度は少女の方が私に抱きついてきた。
「久しぶり、ミオ!!」
「久しぶりだね、メイリ!!」
ジョナスと同様、再会の抱擁を交わす私たち。違うのは、普通のハグだということである。
「ミオたち急に来る、ジョナスから聞いて驚いた。でも、とても嬉しい! でも今ユウリ、ここにいない。別れたか?」
「ユウリもここに来てるよ。今はちょっと別行動してるだけ。それよりジョナスは? 家に来るように言われたんだけど」
「ジョナス、今狩り行った。ミオたちにごちそう振る舞う、張り切ってた」
「え、あれからすぐに狩りに行ったの?」
ジョナスは、戦いだけでなく狩りの腕も超一流だ。ということは、もう少ししたら戻ってくるかな?
「それよりミオ。この人たち、ミオの仲間か?」
メイリが興味津々で三人を見ていたので、私はあわてて紹介した。
「紹介が遅くなってごめん。三人とも私たちの仲間で、前も言った通り魔王を倒す旅をしてるんだ」
「初めまして、あたしはシーラだよ♪」
「よろしく! 私はメイリ。あなた、とてもきれいな髪! とてもかわいい!!」
「へへ、ありがと☆」
メイリに褒められ、シーラはまんざらでもないようだ。
「オレはナギ。盗賊だ。よろしくな」
「トー族? スー族とは別の部族か? あなたもきれいな髪してる! よろしく!」
『トー族』という言葉に、私だけでなくシーラとルークも思わず吹き出してしまった。
「僕はルーク。ミオと同じ、武闘家だよ。よろしくね」
ルークが自己紹介を終えると、メイリはおもむろにルークの腕を触り始めた。
「なっ、何!?」
「あなた、ジョナスには負ける、でもとても強そうな体してる!! きっと女の子、モテモテね!! ジョナスには負けるけど!!」
「はは……、確かにジョナスには勝てないかもなあ」
苦笑するルークに対し、屈託のない笑みを浮かべるメイリ。こういうところが憎めないのだ。
「ねえ、この子がジョナりんの奥さん?」
興味津々でシーラが尋ねてきたので、私は「そうだよ」と頷いた。
「マジで!? めちゃくちゃ若くねえか?」
ナギも目を丸くしながら驚いていた。ジョナスと同じ色の髪に、浅黒い肌。私と同い年だが、目鼻立ちは私よりも幼く見える。実年齢より大人びて見えるジョナスと比べると大分年の差があるように思えるが、実は二人の年の差は三つしか変わらない。
「メイリはね、私と同い年なんだよ」
『ええっ!?』
かつて初めてジョナスの家に来た時の私と同じ反応をする三人。三人の反応が面白くて、つい私は得意げになる。
「さらに言うと、ジョナスって私やメイリと三つしか変わんないんだよね」
『えええええっっ!!??』
まさかこんなに驚いてくれるとは。てことは、テスラのことを話したら、もっと驚くかも知れない。
「あのさメイリ……、まさかとは思うけど、この子ってもしかしてメイリの妹?」
なんて思ってたら、さっそくルークが遠慮がちにテスラのことを尋ねてきた。
「違う! テスラ、ジョナスと私の子供!!」
『ええええええっっ!!??』
ああ、やっぱりそうなるよね……。三人とも今日一番のリアクションだ。
「え、だって、ミオと同い年……」
「テスラ産んだの、私、三年前! スー族、このくらいの年で結婚、出産、珍しくない」
『……』
三人はもはや驚きを通り越して、絶句している。特にルークはあまりの衝撃だったのか、うわ言のようにぶつぶつと何かを呟き始めた。
「嘘だろ……。世の中には僕よりも年下の子が家庭を持って子供までいるのに、この十八年間ずっとつまらない人生を送ってきた僕って一体……」
負のオーラをまとい卑屈になるルークを、私は必死で元気づける。
「ルークは住んでた国の事情が事情だし、人生なんて人それぞれだよ。とにかく、気にしちゃ駄目だって!」
「ミオ……」
私の励ましに、ルークが縋るような目で私を見つめてくる。いや、そんな目で見つめられても困るんだけど。
たまらず目を逸らすと、メイリたちが来たのとは別の方向から、ジョナスが狩りから戻ってくるのが見えた。彼は背中に数匹の仕留めた獣を背負っている。よく見ると、先程アナックさんが担いでいた獣よりも何倍も大きい。
「ミオたち、よく来てくれた。これから皆で宴会開こうとしてた。この獣、今から捌いて焼く」
「え? 捌く?」
ジョナスの言葉に、目が点になるシーラ。早速ジョナスが獣を地面に置き、腰に提げているナイフを鞘から抜こうとした時、突然シーラが悲鳴を上げた。
「いやあああ!! ここで捌くの!? 待って待ってあたし帰る!!」
「どうしたの、シーラ。徒歩で旅してた時も時々、ユウリが生きてる獣を捌いてたのを見てきたじゃない」
「基本的にそう言うの苦手だからあんまり見てないようにしてたの! それにユウリちゃんが捌いてたのはウサギとか野ネズミでしょ? それどう見ても猪じゃん! グロさが違うよ!!」
「獣はみんな同じ構造だと思うけど……」
「無理無理無理!! しょーじきジョナりんの家にあった毛皮もめっちゃ怖かったし!!」
まさかシーラがそこまで怖がっていたとは。きっと今までの旅でも私たちに悟られないよう隠していたのかも知れない。でも、逆に言えば、今こうして素直に嫌だと言ってくれるということは、それだけ私たちに気を許してくれてるのかも、なんて思ってしまう。
それはさておき、そこまで彼女が嫌がることを強制させるわけには行かないので、私は今にも猪のお腹を切り開こうとするジョナスを呼び止めた。
「ごめんジョナス。私たちそんなにゆっくりしている時間ないんだ。ユウリが戻ったらすぐに戻らないと……」
「そういえばユウリ、アナックの家いた。知らない人、一緒だった。ミオ、知り合いか?」
「その人、白い馬のエドだよ。私たちが彼女を人間の姿に戻したんだよ」
私の言葉に、ジョナスは最初、ピンとこない様子でいたが、やや時間を置いたあと、満面の笑みを浮かべた。
「エド、人間に戻れた!! よかった、とても嬉しい!!」
「そうだね、エドも喜んでたよ!!」
素直にはしゃぐジョナスの様子に、私もつられて笑顔になった。
「だったらさ、その猪、エドが人間に戻った記念ってことで、里の皆で食べればいいんじゃね?」
ナギの提案に、すぐさま目を輝かせるジョナスとシーラ。いや、シーラは全く別の意図で目を輝かせたのだろうが。
「いいのか? 皆も一緒、その方が盛り上がるが?」
「私たちも、里の皆で食べてもらったほうが嬉しいからさ。気持ちだけ受け取っておくよ」
「それは残念……。でも、ミオが言うなら、仕方ない」
私がそう言うと、ジョナスは少し寂しそうにしながらも、すぐに引き下がった。
「ミオたち、私たちと違って、忙しい。無理に引き留める、よくない」
メイリもしょんぼりしているジョナスを慰めるように頬を撫でる(きっと背が届かないので頭を撫でる代わりに頬を撫でているのだろう)。それを真似て、テスラもジョナスの足をいい子いい子している。そのしぐさが滅茶苦茶かわいい。
そんなテスラの視線が、ふとジョナスの背後に注がれる。何かあるのかと思って彼の身体越しに覗いてみると、向こうからユウリがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「わぁ!! ゆうりだあ!!」
いち早く彼に気づいたテスラが駆け足でユウリの足に抱きついてきた。それを見たジョナスがショックを受けた顔をした。
「お前ら、勝手にあちこち行きやがって……。ずいぶん探したぞ」
さっきより大分くたびれた様子を見ると、大げさに言っているわけではないのだろう。申し訳ないとは思いつつも、私はエドのことをユウリに尋ねた。
「どうだった? エドは大丈夫?」
「ああ。どうやらエドは、アナックと一緒に住むことにしたようだ」
「アナックさんと!?」
言われてみれば年もそんなに離れてなさそうだし、二人で住むのなら意外にこれはこれでよかったのかもしれない。
「アナック、エドと一緒に暮らす? それは良かった。いつもエド、馬小屋でひとりぼっち。里の皆、心配してた」
ユウリの足にしがみついているテスラを半ば強引に剥がそうとするジョナスが言った。
「そっか。それなら、これからはアナックさんと一緒だから安心だね」
エドが人間に戻ったあとも、アナックさんを始め里の人たちは彼女を受け入れてくれるようで、私はホッとした。
ようやくユウリから離れたテスラを抱き上げると、ジョナスは私たちを見回しながら言った。
「そういえば、ルカは元気か? ここにいない、今どうしてる?」
「あ……、実はルカ、グレッグさんと一緒に町を作ってるんだ」
「町!? ルカ、商人違ったか?」
驚くジョナスに、私は慌てて説明する。
「えーと、グレッグさんが今いる場所に町を作りたいって言って、それを手伝うためにルカが残ったの」
そこまで言って、自分のあまりの説明下手さに後から羞恥心が襲ってきた。心なしか隣にいたユウリも呆れているように見える。
「そうか……。グレッグ、アナックの兄。二人とも、一度決めたら考え曲げない。でもルカ、グレッグと二人だけ、町作る、大丈夫か?」
「二人とも元気そうだったよ。お店とか開いてたし」
安堵するジョナスを見て、ちゃんと話が伝わったのだと確信し、私もほっと胸を撫でおろす。
「それなら良かった。私、この里守る。簡単にルカの様子、見に行けない。だけど、アナックには、ルカたちのこと、伝える」
「ありがとう、ジョナス。そうしてもらえると嬉しいよ」
一人でも気にかけてくれる人がいれば、私も姉として安心できる。心強い味方ができた気分だ。
「よし、もう用事も済んだし、そろそろ出発するぞ」
お約束とも言うべきか、唐突にユウリが出発を促した。今回はシーラのためにも、ユウリに従わない選択肢はなかった。
「じゃあジョナス、メイリ、元気でね」
帰ろうとした私が手を振ると、二人は残念そうに手を振り返した。
「皆、また来て欲しい。今度はゆっくりできるといい」
「うん! またメイリのノロケ話聞かせてね」
「!? ジョナスの前、言わないで!!」
アープの塔に行く前に、私と二人で夜通し話をしたことを思い出したのか、メイリの顔が赤くなる。
「ノロケバナシ? ミオ、メイリ何言った?」
「内緒だよ♪ また遊びに来るね!」
はぐらかすようにそう言い残すと、私たちはジョナスたちと別れた。
そしてそのまま、ルーラを使いポルトガまで戻ろうとユウリが呪文を唱えようとした時だ。
「待ってユウリちゃん、帰りはあたしがルーラを唱えるよ」
意外な申し出に、ぴたりと動きを止めるユウリ。
「早く帰るようになったの、あたしのせいでもあるしね。それにユウリちゃん、行きだけでも相当魔力消耗したよね?」
「ふん。お前に心配される筋合いはない。それよりお前の方こそ途中で魔力切れするんじゃないのか?」
「お生憎さま! なんたってあたしは三賢者様に認められたんだから! 五人分飛ばすくらいどうってことないもんね!」
ユウリの皮肉にも動じることなく、えっへん、と大きく胸をそらすシーラ。
「へっ、どっかの勇者様は三賢者様にぞんざいに扱われてたけどな」
「ベギラマ」
「あちちちっっ!! 火力がっ、火力があっ!!」
おしりを燃やされ暴れ回るナギを横目に、私は呆れてため息をついた。
「ああもう、相変わらずだなぁ、二人とも……」
「相変わらずなやりとりなの? あれ」
「うん。」
「……」
なぜかルークがそれきり無言になってしまったが、私はこれ以上深くは説明しないことにした。きっとルークもそのうちわかるだろう。私たちのパーティーがこういうものなのだと。
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