無限の成層圏 虹になった男
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十話
その後、昼食を終え午後の授業へと入った。
昼食は途中、一夏と二人きりになろうとして当てが外れた箒が不機嫌になったりセシリアがイギリスらしい料理を出し一騒動あったが概ね楽しく過ごせた。
午後の授業はISの整備がメインだ。リヴァイヴの前に立ち、各部の説明をしていく。
「此処の部分は特に消耗が激しい。ダメージが蓄積するとISの根幹たる飛行に支障が及ぶので気を付けた方がいい」
私の言葉にメモを取るクラスメイト達。整備科志望の子もいるのだろうか、熱心な取り組み様だ。
「具体的にはどういった状態になるの?」
「スラスターの駆動にばらつきが出る。通常飛行では少し動きが渋い程度で済むが、高速機動中になると機体のバランスが崩れる事態にもつながる。十分注意した方がいいだろう」
私の言葉に全員が頷いた。どうやら皆ついてこれている様だ。
「では次に、私の機体を見ていこう」
そう言って、今度はプロト・ブルーティアーズの前に立つ。
「私の機体もやはりスラスター関連と、特に関節部の消耗が目立つ。これは高速機動を繰り返す機体には多い症状らしい」
「あの、スラスターの消耗は解るんだけどなんで関節部まで消耗がいくの?そこまで使わないのに」
「それが実は大いに使うのだよ、全身を」
「全身を?」
クラスメイトの一人が声を上げた。まあ普通は解らないだろう。
「無重力状態で腕や足を振ると体の向きが変わるのを知っているか?」
「ああ、宇宙飛行士がやってる奴!それをPICで!」
合点が言った様子のクラスメイトが何人か。やはり進学校、よく気が付く。
「そうだ。PICを使いながら飛行中、体の向きを変えるため腕や足などを振る。機体の進行方向を変える時などに皆も無意識にやっていただろう」
「成程、それで関節部に負荷がかかっているのね」
「その為、関節部にも最新のコーティングが施されることが多い。整備には細心の注意をはらってほしい」
因みに、この腕や足を振る動作は宇宙世紀ではAMBACと呼称されほぼすべてのモビルスーツに用いられていた。私も大分お世話になったものだ。
「アズナブル君高速機動得意だからその分負担掛かりそうだね」
「ああ、実際に各部の交換部品も足りなくなってきた。少々まずいな」
この機体は私にとっての生命線ともいえる。が、もしかしたら見かねて新しい機体をよこしてくれるかもしれない。中々悩ましい。
「他、何か質問はあるか?」
「外傷を負いやすい部分ってどこ?」
「腕部だな。人間は衝撃を受けるとき思わず腕で守ろうとする。その点もあってか外装では腕部が一番ダメージがいく」
「パイロットもそれなりに整備の知識は必要?」
「あるに越した事は無い。メカニックと共同でISの新規武装などの発案にも役立つだろう」
そうして、一人ずつ質問に答えていく。
整備は専門ではないがここに来るまでに一通り覚えて来たので、間違える事は無いだろう。
そう考えながら、引き続き指導と整備を行った。
「それじゃあ改めてよろしく、一夏、シャア」
「おう、よろしくな」
「こちらこそよろしく頼む」
授業と夕食が終わり、夜。自室で我々は語り合っていた。
「いやぁ、それにしてもシャワー先に済まさせてくれてなんか悪いな」
「ううん、僕が一番最後でいいよ」
「そっか、それなら俺、シャア、シャルルの順番で入るか」
そう言って、シャルルと一夏は緑茶を飲んだ。
「……紅茶とは全然違う味わいだね。独特の苦さが風味を引き立てている」
「なんだ、緑茶は初めてかシャルルは」
「私もお気に入りだ。やはり日本の食は面白い、ラーメンなんかもおすすめだ」
「おすすめって、シャアはまだ啜る事が出来ねえのに」
私の言葉に一夏がそう返した。実際彼の言う通りなのだがどうにもな。
「啜る、という行為に抵抗感があるのだよ。欧米人にはね」
「あ、それ僕もわかるかも」
実際、何かを啜る事に抵抗感のある留学生は少なくない。何なら隣で啜られること自体がだめな子もいるくらいだ。それくらい、日本の啜るという行為は特異なのである。
「海外じゃ、パスタも巻いて食べるよな。……いや日本でも巻くが」
「さすがにスパゲッティは啜らないのか」
「そこは正直ほっとしているよ」
一夏の言葉に私とシャルルが返す、文化の違いとはこうもままならない物なのか。ニュータイプがどうと言っていた時期もあったが、こんな小さな文化の違いで時にはいざこざとなったりもする。もっと小さな目線でも物を見るべきだったと今更ながらに後悔した。
結局私は器ではなかったのだ。
「せっかくだしさ、今度皆で抹茶でも飲み行こうぜ」
「マッチャ?あの畳の上で飲む奴?」
一夏が言うとシャルルが聞き返す。私も抹茶は本で読んだことはあるが実際に飲んだ事は無い。
「いまならそんな畏まらなくても飲めるんじゃないかな。今週末とかどうよ」
「僕行ってみたいかも!シャアは?」
「……そうだな、私も連れて行ってくれるか?」
「勿論!」
シャルルと私の言葉に一夏が元気よく返した。……そうだ、今の私は学生だ。そこまで気負わなくていいだろう。未来は彼らと共に作ればいい。
……決して、新たなる日本の美食に惹かれた訳では無い。
「そういえばさ、一夏はシャアと一緒にISの特訓をしているんだって?」
「おう、やっているぞ。なあシャア」
「ああ、ああいうものは継続しなければ意味がないからな」
「それさ、僕も混ざっていい?こう見えて結構やるんだよ?僕は」
シャルルが言った。三人目の実力を見れるいい機会だ。
「勿論構わないとも。だろう、一夏君」
「ああ、俺もいいぜ」
一夏も乗り気だ。やはり同じ男性IS起動者という事もあってライバル視しているのもあるのだろう。
しかし、結構やる、か。IS学園への入学が遅れたのは本国で訓練を行っていただからだろうか。
「そろそろ消灯時間だよね、僕が電気消すよ」
「ああ、ありがとな。お休みシャア、シャルル」
「助かる。お休み一夏君、シャルル君」
「大丈夫だよ、お休み」
そう言って、電気が消える。
期待と少しばかりの不安を抱えて、私は眠りについた。
「凄いね一夏、そんなに動けるなんて」
「シャルルこそ、春に初めて乗ったとは思えないよな」
翌日。一夏とシャルルと何時もの面子でISの研究会を行っている。
いる、のだが……
「……シャルル君。一体なんだというのかねその目は」
「シャアはね、きっと。人間やめてると思うんだ」
「なんてことを言う」
私にそう言ったシャルルの目は、遠くどこかを見ているようだった。
「俺もシャアはなぁ。ちょっと擁護できないかも」
まず最初に軽く腕試しといったところで高速機動を皆で行った。その結果がこれだ。
「まあシャアは置いとくとして、あそこまで機動出来てもオルコットさんと鳳さんに勝てないのはやっぱり相手の上手さもあるけど、一番は一夏が相手の射撃特性を理解してないからじゃないかな」
「そこは、まあねぇ」
「素人に負けるほどではありませんわよ」
シャルルの言葉に、鈴とセシリアが返す。
「経験の差はやはり大きいな。……どうしてそんな目で私を見る」
「理不尽の権化が経験云々を語るんじゃないわよ」
私が話すと、鈴が応えた。そこは、まあ。軍人としての視点も経験の差もあるのでな、宇宙世紀でだが。
「そうだね……一夏の機体って、後付武装が無いんだよね」
「ああ、何回か調べてもらったけど拡張領域が空いてないらしい。だから量子変換は無理って言われた」
「それなのだが、どうして量子変換する必要があるのだ?」
私の言葉に、皆がきょとんとした顔を浮かべる。
「いや、量子変換しないと武器持てないのでは……」
「何故量子変換しなくてはならないのだ?外付けして持ってしまえばいいだろう。それが出来なくても最初から持っていればいいだけの話だ。弾が切れるなり、必要なくなったら捨ててしまえばいい」
私の言葉に、全員がはっとした顔を浮かべた。
「たしかに、ラックかなんかつけてそこに遠距離用の武器を積めば拡張領域なしでも行けるわね」
「逆に近距離用の武器でも良いのではありません?」
「まあ、よく考えれば普通の軍人はプライマリーウェポンにセカンダリーウェポン、対戦車装備まで担いで持ってる人も普通にいるよね」
鈴、セシリア、シャルルがそう返す。逆に言えば宇宙世紀には量子変換なんて便利なものは無かったので、皆持てる武器を選んで戦場に赴いた。そこから考えれば外付け装備というのは妥当な選択肢だ。
「その話は後で改めて詰めるとして、一夏。銃撃ってみたくない?」
「えっ撃てるのか?」
「ほら、これ。五五口径アサルトライフル、ヴェントだよ」
そう言ってシャルルはライフルを一夏に渡した。
「普通は打てないけど、所有者が使用許諾すれば登録している人が全員撃てるようになるんだ。よし、今一夏と白式に使用許諾を出したから、試しに撃ってみて」
「お、おう」
シャルルの言葉に、一夏がライフルを不格好に構える。
「どう?それは無煙火薬式の実弾銃だから反動が来るけど、ISが自動的に反動を制御してくれるから安心して。センサーリンクは出来てる?」
「それが、見当たらないんだ。どこを探しても」
その言葉に、私も思わず驚いた。センサー類は全てのISに取り付けられているはずだ。
「うーん、普通なら格闘機でも入っているはずだけど……」
「欠陥機らしいからな、これ」
「まあでも、撃ってみるだけ損はないと思うからやってみなよ」
「そうだな、でも的があった方がいいのではないかね?」
シャルルと一夏の会話に割って入った。こういう時、何かしら成果があると人は良く学ぶ。
私が高周波ブレードを展開しそのまま軽く離れたところまで飛行、地面に突き刺す。
「これの鍔を狙ってみると良い。まずは構え方からだな」
「うん、そうだね。一夏、もっと脇を閉めて、左手はこの位置ね」
「銃を骨で支える様意識すると良い」
「わかった、ちょっと撃ってみる」
シャルルと私が言うと、一夏が一発発射する。銃弾は高周波ブレードの刃にあたった。
「……なんていうか、すごいなこれ。それに速い」
「銃弾は面積が小さい分少しの力で速く鋭く飛ぶからね」
「速度にして、凡そ秒速六百から千メートル。マッハ二だ。それだけ速度があるものが君を目掛けて飛んでくるというわけだ」
一夏の言葉に、シャルルと私が答える。
「つまり、どれだけ瞬時加速をしても進行方向を読まれたらあたっちゃうってこと」
「というと、瞬時加速を使うタイミングってのもあるわけか」
「そうだ。相手が撃たない、撃てないタイミングで瞬時加速を使い一気に攻め立てるのも手だ」
基本射撃戦というものは、双方の駆け引きで成り立っている。機関銃で銃弾をばらまくのも、レーザーで敵を追い込むのも、一撃必殺に決め込むのも、双方の読み合いからだ。
一夏の場合、自分が射撃兵装を所持していない特性上その駆け引きにはめっぽう弱い。が、その代わりに一撃必殺の武器を渡されている。このアドバンテージは時に双方の読み合いをひっくり返す。
「一夏はその点は確りと理解しきれてないんだ。だから無駄な被弾が目立っているね」
「でも、どうしたらいいんだ?」
「重要なのは相手がどうしたいかを理解する事と自分がどうされたらまずいのかを考える事だ」
この点が最も重要だと言えるだろう。いかにして自分の嫌を押しのけ、自分の好きを相手に押し付けることが戦いの基本だ。
「そうか……相手のやりたいことと自分がやられたくないことが被弾につながるのか。逆に言えば相手にとって嫌なことをすればこっちの攻撃につながるわけだな」
「そういう事だ」
理解が早い。……だからこそ、疑問点がすぐ出るのだ。
「……それで、どんな動きをすれば相手は嫌がるんだ?」
「そこは自分で考えて欲しいものだ」
私の言葉に、一夏はそうだよなぁ……と俯いた。それが出来ればこんなに苦労しないのは一夏もわかっているだろう。
「もうちょっと続けて撃ってみるよ」
「うん、何なら一マガジン使い切っちゃってもいいよ」
そうシャルルが言うと、一夏がライフルを撃ち始める。意外と覚えが良くだんだんと狙いが良くなっている。
私はふと疑問に思ったことをシャルルに聞いてみた。
「シャルル君の機体は確か山田先生のと同じ型式だったが、随分様子が違うな」
私から見ると、シャルルの機体はかなり軽量化を施しているように見える。山田先生のそれとは見てくれからして随分と変わった様子だ。
「ああ、僕のは専用機だからかなりいじっているよ。正式名称はラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。基本装備をいくつか外してそのうえで拡張機能を倍にしたんだ」
「倍か。それは凄いな。装備数は?」
「今しまっているのだけでも二十くらいはあるよ」
「少しくらい分けてくれよ」
私とシャルルの会話に一夏が入ってくる。まあ後付武装も拡張領域もない一夏にとっては羨ましいのだろう。
「あはは、分けられたらいいんだけどね」
「ほう、命中率も初めて銃を握ったにしてはやるではないか」
「おう、何となくだけどコツは掴めたぜ」
シャルルと私の言葉に一夏は笑って帰す。
「だが静止目標だけではな。今度移動式の的でも持ち出すか」
「いいね、それ。一番いいのは、生で人が乗っている機体を撃つことだけど……」
「なら私が的になろうか?当てたら夕食でも奢ろう」
「ほんと?僕の腕前を甘く見ないでよね」
そんな冗談を交えていると、ふと周りが騒めきだした。
「ねえ、あれって……」
「嘘、ドイツの第三世代機!?」
「本国でトライアル中って聞いたけど……」
皆の視線の先に目をやる。そこにいたのはもう一人の転校生だった。
「…………」
ラウラ・ボーデヴィッヒは彼女は転校してきてから人との接触を嫌がっていた。人懐っこい一夏やシャルルも、ましてや私なんかも話しかけはしなかった。
「おい」
ボーデヴィッヒがオープンチャンネルで話しかける。相手は間違いなく一夏だろう。
「……なんだよ」
一夏の言葉にふわりと飛翔しながら近づいてくる。
「お前も専用機持ちだな。なら話は早い、私と戦え」
「嫌だよ。理由がねえ」
「お前にはなくとも私にはある」
ボーデヴィッヒが言う。彼らには何か因縁があるのだろうか。
「お前がいなければ教官は大会連覇という偉業を成し遂げられたはずだ。貴様という出来損ないがいなければな。だから私は貴様を認めない」
大会というとISの世界大会であるモンド・グロッソあたりか。そういえば第二回は織斑先生は参加していたが決勝戦で棄権していたな。そこで一夏と何かあったのだろうか。
「また今度な」
一夏はまるでやる気がないといった様子で手を振った。それはそうだろう、今回の研究会でだいぶ疲れているだろうしな。
「ふん、なら────戦わざるを得ないようにしてやる!」
瞬間、私の頭に警報が鳴る。
出所はボーデヴィッヒの肩に搭載した大型砲、対象は一夏だ。
まずい、高周波ブレードは遠くにある。スターライトによる撃墜も間に合わない。
しかし、遮るようにシャルルが一夏の目の前に出てくるとボーデヴィッヒの攻撃をシールドで受け止めた。
「……こんな密集空間でいきなり戦闘を始めるなんて、ドイツ人はビールだけでなく頭もホットなのかな」
「貴様……」
シャルルの手には、アサルトカノン砲であるガルムが構えられている。この短時間で一瞬で展開するとは、とてつもない技量だ。
「フランス製の第二世代機が私の前に立ち塞がるとはな」
「いまだに量産の目途が立たないドイツ製の第三世代機よりはいい動きするよ」
ボーデヴィッヒの肩……あれはレールガンか。宇宙世紀では一、二発で銃身が駄目になる欠陥品だったが、ここに持ち出している以上ボーデヴィッヒのそれは実践に耐えうる仕様なのだろう。
……というか、ボーデヴィッヒは誰に喧嘩を撃っているのかわかっているだろうか。
「……ねえ」
鈴の衝撃砲がボーデヴィッヒに向く。
「あんた、あたしらに喧嘩売ってるってことでいいわよね」
セシリアがスターライトを構え、箒がブレードを構える。私はBITを既に展開済み、ボーデヴィッヒに纏わりつかせている。
「…………」
緊迫した静寂を破ったのは、アリーナのスピーカーだった。
『そこの生徒達、何をしている!学年とクラス、出席番号を言え!』
その言葉でやる気をなくしたのか、それとも妙に規律だけは守るのかボーデヴィッヒはレールガンの銃口をそらした。
「……ふん、今日は引こう」
そう言ってアリーナの出口に飛翔するボーデヴィッヒ。シャルルは一夏に寄り添う。
「一夏、大丈夫だった?」
「あ、ああ。助かったよ」
しかし、シャルルの技量はすさまじかった。この武装の切り替えの速さに機体が持ちうる火器類が合わされば、たいていの相手は翻弄されて終わるだろう。
「しかし、もういい時間だな。我々も戻るとしないか」
「わかったよ。みんなは先戻ってて、僕は少し調整して戻るから」
「なんだ、じゃあ待ってるぜ」
一夏の返しに、思わず驚くシャルル。
「なんで!?別に戻ってていいでしょ!」
「たまにはシャルルと裸の付き合いがしたいもんだぜ。なあシャア」
「……一夏君。欧州には裸を見せ合う文化がないとこの前言ったばかりなのだが」
私が言うと、渋い顔をする一夏。なんだってこう裸を見せ合いたがるのか。日本人は皆そうなのか?
「……まあ、そうだよな。じゃあ俺たち先戻っているから」
「ううん、全然いいんだよ」
「じゃ、行こうぜシャア」
「うむ」
そうして私達はアリーナを後にした。ドイツの第三世代機、三人目の乗る機体と彼の技量、色々なことが知れて私としては大いに満足した結果となった。
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