| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

蒼き夢の果てに

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

第1章 やって来ました剣と魔法の世界
  第1話  え? 俺が使い魔ですか?

 突然の浮遊感の後、そのまま大地に転ばされた。
 咄嗟の判断で、周りに目撃者が居た場合にでも怪しまれない程度に生来の能力を発動させ、同時に受け身を取る事に因り身体に対する被害を最小限に抑える事に成功する俺。
 しかし、乗っていた自転車が、後輪をむなしく空回りさせながら俺の横にひっくり返って居た。

 ……って、何じゃこりゃあ!

 などと冗談を言っている余裕は……有りますか、多分なのですが。
 何故ならば、あの時に空中に顕われたあの妙な物体は、おそらく俺が使っている能力と同じ召喚円のような物だと思いますから。
 横を走っていた自動車の騒音や、海から山に向けて吹き込んで来ていた少し強い風を感じる事が無く成り、代わりに妙にざわざわとした、……人が発する少し鬱陶しい雰囲気と若草の発する緑の香り。そして、頬には柔らかい風を感じている。
 これは……おそらくは何らかの魔法に因り、強制的に場所を移動させられたと言う事なのでしょう。

 但し、陽光だけは変わらず、柔らかい春の陽光の様なのだが。

 もっとも、俺を召喚するモノ好きが居ると言うのも驚きなら、俺の真名を知っている召喚士が存在して居る事自体が、かなり不思議な事なのですが。

 そもそも、俺は、そんなに有名人ではないですからね。神話的にも。この世界的にも。
 ……って言うか、所詮は高校二年生なのですから、当然、無名なのですが。

 ただ、そんな細かい事は後回しで良いですか。それに、魔法に因り、強制移動をさせられたのならば、最初に辺りの確認を行うべきですか。

 そのような長くはない思考の結果、至極真っ当な結論に達した俺。そして、上半身だけを起こし周囲を一当たり見回して見る。

 空は蒼。日本の少し霞みが掛かったような空ではなくて、ちゃんとした青空。蒼い空と白い雲を背景にして、長閑にトンビが飛んでいる様子が見て取れます。視線を下げて大地に目を転ずると、其処には短い草が生えているコンクリートやアスファルトで守られていない、自然の大地と言うべき状態。気温や頬に触れる風の感触。若草の成長度合いから想像するに、矢張り春の草原と言う感じですか。
 そして、少し離れたトコロには、ヨーロッパを思わせるようなヤケに尖がった形の塔を持ったお城が見えていますね。

 遠景を見渡してみてから感じるのは、どう考えても日本ではない……と言う事が判るぐらいですか。

 そして、俺の正面には。何やら、アニメの中から飛び出して来たのか、それともビジュアル系のバンドの追っ駆けでもしているのか、蒼い髪の毛を持つ眼鏡を掛けた少女と、その向こう側には光頭人種に当たる西洋の僧服みたいな服装をした男性が一人居ます。
 それに、そのふたりを取り巻くように、その他大勢の皆さん。コチラはギャラリーと言う感じかな。それにしても何か、妙にざわざわとした嫌な雰囲気なのですけど。

 どうも、良く判らない空間なのですが。それでも、あの妙なマントと、魔法使いの杖らしき棒を除くと、何となく学校の課外授業と言う雰囲気が有るような気もしますが……。

 同じ年頃の少年少女が沢山存在して居て、その少年少女が大体お揃いの格好。その傍らにメガネを掛けた光頭人種のおじさんが居るとなると、そう推測するのも強ち(あながち)間違ってはいないと思いますが……。
 そうですね。一番判り易い説明を行うとすると、映画や小説で有名な魔法使い達の卵が通う学園のような雰囲気と表現すればしっくり来ますか。
 但し、西洋風の魔法使いに必要な円錐をイメージさせる三角帽子はなし。これは、マントで円錐を表現している訳では無いと言う事なのでしょうね。

 そこまで考えてから、再び、自らが座り込む足元に視線を転ずる俺。しかし、其処には、召喚作業に必要な……重要な手順を示す物が描かれている事は無かった。

 う~む。しかし、この俺が座り込んでいる地面には召喚円らしきモンは画かれてはいませんね。何らかの召喚作業中に俺を呼び出したのとは違うのでしょうか。

 妙にざわざわとした、少し不快な雰囲気に包まれる周囲を他所に、俺を召喚したと思しきメガネ装備の蒼い少女と、西洋風の僧服を纏った光頭人種のおじさんが何やら会話を交わしているのですが……。

 但し、俺には彼女、及び彼らが何を言っているのか全く理解が出来かった。
 しかし、光頭人種のおじさんとの会話に終止符を打った、俺を召喚したと思しき眼鏡を掛けた少女が、俺の方に近寄って来る。
 そして、自らの身長よりも大きなゴツイ魔術師の杖らしき棒を軽く振った後、俺の方に両手を……。

 まぁ、何をする心算かは判りませんけど、これは、拒否の一択でしょう。

 そう考え、俺の両の頬に、その両手を当てようとした少女をやんわりと否定する俺。
 どうも、状況から察して、俺は悪魔か何かと勘違いされて召喚されたらしいですから。もっとも、確かに似たような存在で有るのは事実ですけど。

 見た目は人間そのものなのですが。

 しかし、それでも尚、俺の方の意志も確認しないで、いきなり式神……西洋風に言うと使い魔(ファミリア)にすると言うのはかなり乱暴な方法だとも思うのですが。少なくとも、待遇の確認と、俺がやるべき仕事の内容の説明ぐらいは為されるのが筋ではないのでしょうか。

「えっと、言葉、通じますかいな?」

 俺は最初に自らの母国語。つまり、日本語で話しかけて見るのですが……。これは、間違いなく無意味だと思いますね。
 少なくとも、目の前の蒼い髪の毛の女の子は日本人には見えません。まして、今まで原住民の方々が話している言葉の内容が、俺にはさっぱり理解出来ていないのです。
 この状況から推測して、彼女の方にも俺の言葉は通じてはいないと推測出来ますから。

 その上、俺は、あんなゴッツイ……自らの身長よりも大きな魔術師の杖をデフォルトで装備している女子中学生などには、生まれてこの方、出会った事は有りませんから。

 案の定、俺の言葉が通じないのか、俺の正面の蒼い髪の毛の少女も、そして彼女の後ろに立つ光頭人種の僧服姿の男性からも、意味不明と言う雰囲気しか発せられませんでした。

 ……やれやれ。少し面倒なのですが、これは仕方がないですか。
 まして、言葉が通じないのでは、交渉の方法が無いのは事実ですから。

 他の言語を試してみる。……無理。そもそも、俺の英語力は壊滅的。中学一年生の二学期以降、定期テストで二桁の得点をたたき出した事がない。
 一番身近な他国の言葉の英語でもこの体たらく。その他の言語となると……。
 術を行使して他の言語を瞬時にマスターする。
 これは可能。但し、その術を使用可能な式神をこの場に召喚する必要がある。

 逡巡は短く。まして、俺を召喚した、と言うのなら周りも召喚士か、最悪でも魔法の世界に生きる同士。少なくとも俺の術を見た程度でパニックに陥る事はないでしょう。

「アガレス」

 何時までも大地に座り込んだままでは余りにも無様なので、相手を刺激しないようにゆっくりとですが立ち上がりながら、俺は式神を封じたカードから自らの契約を交わした式神の一柱。魔将アガレスを召喚する。

 魔将アガレス。ソロモンの七十二魔将の一柱で地獄の公爵。職能としては、静止している物を走らせ、逃亡したものを引き戻す事。それに現在使用されているすべての言語を教授する事が出来、あらゆる威厳を破壊し、地震を引き起こす力を有している。
 もっとも、このアガレスは、元々ナイル川流域の農耕神だった存在で、それと同時に時間を司る神でも有った存在。それが、創世記戦争の際にルシファー率いる軍に参加してヘブライ神族との戦いに敗れ、天の土星宮へと落ち延び、その後に堕天使として認定されたと言う経緯を持つ古き神の一柱で有る存在なのですが。

 呪符(カード)に封じた状態からの召喚なので、ド派手な演出と共に大地に召喚円が描き出され、次の瞬間、俺の目の前には、翡翠の甲冑を身に纏い、大剣を持つ女性騎士姿の地獄の公爵が姿を顕わせていた。

「呼んだかな、シノブくん」

 魔将アガレスが俺の方を、その騎士に相応しい鋭い。まるで冷たい炎とでも表現すべき瞳で見つめながらも口調自体は穏やかな口調でそう聞いて来る。……って言うか、相も変わらずのシノブくん扱いなのですが。

 それと同時に、俺が魔将を召喚した事により、何故か周りのギャラリーから驚愕したような気が発せられたのですが……。
 しかし、これは良く判らない反応ですね。

 特に、何故か、俺を召喚したと思しき蒼い髪の毛の眼鏡少女までが少し驚いて居る事実が、非常に不可解なのですが。
 これは、もしかすると俺の能力。先ほど、大地に叩き付けられようとした際に発した生来の能力や、式神使いの能力も知らずに彼女は俺を召喚したって言う事なのですかね。

 ……つまり、これは、ランダム召喚のような、ギャンブルに引っ掛かったと言う感じなのでしょうか。もしくは、純然たる意味での召喚事故。

 成るほど。これは、どちらにしても非常にしょうもない事態に巻き込まれたと言う事ですか。しかし、だからと言って、普通に考えると、この手の召喚の場合はミッションをコンプリートしない限り、俺が元居た世界には帰る事が出来ないと言うルールが有る事の方が多いと思いますから……、最悪の場合は……。

 そこまで考え掛けて、しかし、少し頭を振って、暗い未来を予感させる思考を振り払う俺。
 そう。これは今考えても仕方がない事。それに、取り敢えず、余り深く考えると知恵熱が出て来るような気もしてきますし。俺のオツムの出来はそんなに良い物ではないですからね。
 更に言うのなら、陰の思考から組み上げた仮説は、悪い答えを導き出す可能性の方が高いでしょう。今は、そんな事よりも情報収集の方が先です。暗い未来を嘆くのは、その後でも出来る事ですから。

 まして、一応、アガレスほど物質度が高い式神なら見えるらしいですから、このレベルの相手なら交渉は可能だと思います。
 姿は見えるけど、声を聴く事が出来ない、などと言うオチが用意されていない限りは。

「えっと……。そうしたら、アガレス。あの娘と会話をしたいから、取り敢えず、通訳をしてくれるかいな?」

 取り敢えず原住民の召喚士とは、お話しをして置かなかったら話は始まらないでしょう。
 俺を名指しで召喚したのか、それとも偶々、ランダム召喚に引っ掛かったのか。
 もしくは、完全な召喚事故で、意図しない存在を引き当てて仕舞ったのかも、現状では判りませんから。

 俺の言葉に首肯くアガレス。そして、蒼髪の少女の方に向き直り、何事かを話し掛ける。
 ……って言うか、間に通訳が入ってもやり辛い事には、あまり変わりはないですか。

 これは、さっさとこの現地の言葉を、アガレスの職能を使用して頭に叩き込んで貰わなかったら、メンド臭くて仕方がない。

 そう考えながらも、改めて俺を召喚した蒼い髪の毛を持つ少女を見つめる俺。

 見た目は小学校の高学年程度の身長。大体、百四十代前半程度だと思います。体型に関してはかなり華奢なイメージ。細見の身体に、白い繊細な手足が付いている、と言う感じ。髪の毛の色は蒼。クセのない髪質みたいですけど少し毛先が整っていない感じになっていますね。所謂シャギーカットと言う感じだと思います。長さは、ショートボブと言う感じかな。紅いフレームのメガネを掛けた瞳の色も蒼。肌は、西洋人に多い白磁の肌と表現するべきですか。
 服装に関しては、白のブラウス。黒のミニスカート。黒のマントを羽織って、そのマントを五芒星を象ったタイピンで止める。周囲の少女とは違い白のタイツを履いて、靴はハーフサドルの黒のローファー。典型的な真面目な女子学生の洋装。但し、故に彼女の纏った気と相まって、清楚な雰囲気を演出している事は間違いない。

 う~む。これは、かなりの美少女ですね。未だ化粧っ気もない内からこの素材なら、この娘は、将来とんでもないレベルの美人になるかも知れないな。
 しかし、元々の素材が良いのですから、もう少し顔のラインを出す感じの髪型でも良いとも思うのですが……。

 ……って、俺の好みなど、この場ではどうでも良い事ですか。

「どうやら、この少女が言うには、シノブくんを使い魔にする為に召喚したらしいのだが、どうする、シノブくん?」

 そんな、現状では割とどうでも良い事を、召喚士らしい蒼い少女を見つめたままウダウダと考えていると、現在、俺の代わりにその蒼い少女と交渉中のアガレスが、俺の方を向いて状況の説明を始めた。
 ……って言うか、どうするもなにも、そんなモン、拒否するの一択でしょうが。
 そもそも、俺を名指しで召喚したのなら仕方がないですけど、ランダム召喚なら、別に無理に使い魔になる必要はないはずです。

 さっさと送還の呪文でも唱えてくれたら良いだけですから。

「それは出来る事なら拒否したい。まぁ、アホみたいに次元孔(じげんこう)に落ち込んだ俺の方も悪いからあまり強くは言わんけど、これは立派な拉致事件や。こんなランダム召喚はやったらアカン。
 そもそも、召喚したいのなら、最初の段階で相手の意志の確認ぐらい為さなアカンやろうが」

 内容は少しキツイ表現ですが、口調は意識して柔らかい雰囲気を維持してそう告げる俺。内容も、そして、口調までも厳しい雰囲気を漂わせると、流石に問題も有りますから。
 尚、正確に表現するのならば、自転車に乗って下校途中だった俺の目前に突如開いた次元孔に巻き込まれての、この異常事態なので、俺の方に非はまったくないとは思いますが。

 その俺の言葉を聞いたアガレスが、再び、蒼い髪の毛の眼鏡少女の方を向いて交渉を開始する。
 そうしたら、その間に俺は身体の各部位の調査は、……必要ないか。受け身を取った際に、少し派手に擦りむいているだけで大きな不都合は有りません。汚れて仕舞った黒の詰襟の制服とズボンに関しては、まぁ、仕方がないですか。

 流石に、俺ですかね。運の良さだけが取り柄ですから。

 ……って、本当に、そう思っているとしたら、ソイツはアホ。ほぼ、全速力で走っていた自転車から宙に投げ出されたら、余程の幸運に恵まれない限り、擦りむいただけで終わる訳は無いでしょう。
 いくら叩き付けられた先が、土と柔らかい若草に覆われた地面だったとしても。

 これはつまり、俺の生来の能力を咄嗟に発動させたから、擦りむいただけで終わったと言う事ですから。

 そうしたら、次は……。

「ウィンディーネ」

 俺は、再び式神を封じたカードを取り出し、水の精霊ウィンディーネを召喚する。
 今度は空中に描き出される召喚円。そして、そこに集まる小さき水の精霊達。それにしても、悪魔や精霊と呼ばれる連中は、イチイチ派手な演出を行う連中ですね。俺を相手に、そんな示威行為のようなマネをしても仕方がないと思うのですが。
 もう、二年以上の付き合いと成る間柄ならば……。

 彼女ら……式神たちとの出会いなどから、少し昔の嫌な思い出が頭の中で再生されかけ、慌ててリセット。今はそんな感情など必要はない。

 それに、古より悪魔の召喚と言うのはこの形。昔からのスタイルと言うのは、それ自体に神話的な(ちから)が籠められていますから、これはこれで仕方がない事なのですが。

 無理矢理に前向きな方向へと思考をリセット。その間に派手な演出を伴った召喚は終了。
 そして……。
 そして、その派手な演出の納まった後に立つのは一人の女性。銀と蒼を基調としたアール・デコ調のアンティーク・ドレスに身を包んだスレンダーな女性。水の精霊ウィンディーネの姿が其処には存在して居ました。

 詰襟の学生服の俺と、アール・デコ調のドレス。脇から見ているとどちらが主で、どちらが従なのか分からない取り合わせの二人。
 しかし――

「すまんけどウィンディーネ。ちょいと怪我したみたいやから、治してくれるかいな」

 そう依頼を行いながら、周囲の雰囲気の確認を行う俺。尊大な……如何にも命令して居ます、と言う雰囲気ではない。しかし、明らかに俺の方から何かを依頼していると言う事は分かる雰囲気を醸し出しながら。

 良し。俺に対する感覚は、驚愕以外の物は存在しては居ませんね。少なくとも侮るような雰囲気を感じる事はないようです。この雰囲気の中でならば、俺は、俺に取って有利な形で交渉を行う事が出来るでしょう。

 そう。実は、これは原住民達に対する俺の示威行為。何故ならば、俺は、俺の能力を示す以外に、交渉のやりようがないですから。交渉事には常にハッタリ。つまり、ブラフは必要でしょう。ここで、俺の能力を多少、明かして、アガレスの行っている交渉をこちらに有利な形に持って行く。これぐらいの事はやって置く必要は有りますから。
 流石に、ここに存在するすべての召喚士たちを相手に戦う事と成るのは勘弁して欲しいですからね。

 俺の依頼に、無言で首肯くウィンディーネ。
 そしてその後、彼女が俺の、見た目だけ派手に擦りむいた傷痕に片手をかざす。
 刹那、どんどんと傷痕が縮小して行き、やがて、元通りの綺麗な肌となって、派手に血を流していた痕跡さえ消して仕舞う。

 その瞬間、微かな違和感。

 これは……。アガレスが交渉している蒼い髪の毛のメガネ美少女から、今、微妙な気が発せられたような気がしたのですけど。
 もっとも、そんな細かい事は、今はあまり関係ないですか。それに、衆人環視の中の現状では、個人から発生する微妙な気はかなり掴み辛い物なのです。その微妙な内容が何を意味するのかまでは、流石に判らなくても仕方がないですか。

「シノブくん。悪い情報だ」

 再び交渉を終えたアガレスが、俺の方を向いてそう話し掛けて来る。
 但し、悪い情報だと言う割には、何か妙に嬉しそうな雰囲気が漂って来ているのですけど……。

 コイツ、どう考えても、俺の置かれている状況を面白がっていますね。

「元の世界に帰る術はない。彼女、タバサ嬢が言うには、そう言う事らしい」

 …………はい?
 送還の魔法がない?
 それって、俺は、この場所に終生遠島の刑に処されたって事ですか?

「いや、それは流石に問題が有るでしょう。そもそも、こんな言葉の通じない訳の分からない場所で、俺のような幼気(イタイケ)な少年がどうやって生活して行けると言うのですか?」

 流石に、少し慌てた雰囲気でそう問い返す俺。
 但し、幼気な、と言う部分には少し問題が有るような気もするのですが……。
 もっとも、あまり細かい事を気にしたら負けですか。まして、その内に何とかなるとも思いますし。

 そもそも、一度繋がった以上、再び、向こうの世界に次元孔が繋がる可能性はゼロでは有りません。
 まして、俺自身が奇門遁甲陣を極めたら、帰還用の術式を構成する事も不可能ではないはずです。

 確かに、現状の俺にはまだ無理ですし、向こうの世界に強く因果の糸を結んだ存在が居る訳ではないですから、確実に帰還用の次元孔を開ける訳ではないのですが、簡単に諦めるよりはマシでしょう。
 希望は常に持って置くべきですからね。

「あぁ、その点に関しては問題ない。シノブくんのここでの生活に関しては、全てこのタバサ嬢が面倒を見てくれるそうだ。
 良かったな、シノブくん。ヒモは永遠の漢の浪漫だぞ」

 益々、面白そうにアガレスが続ける。
 ……確かに、ヒモと言うのは、永遠の漢の浪漫なのですが、その為だけに彼女の使い魔になると言うのも、問題有りでしょうが。……と言うか、使い魔に成っている段階で既にヒモじゃねえし。
 ましてその使い魔に成る方法に因っては、帰還用の術の構成に影響を与える可能性だって存在するのですから。

「それにな、シノブくんが使い魔に成るのを拒否した場合、彼女には辛い現実が付きつけられる事となる」

 普通に考えると当然の事なのですが、使い魔に成ると言う事を拒否し続けている俺に対して、それまで、確実に状況を面白がっていた雰囲気のアガレスが急に真面目な雰囲気となって、そう言い出した。
 ……って、一体、何でしょうか。その辛い現実って言う物は。

「この使い魔召喚の儀と言うのは、魔法学院の進級試験を兼ねたモノらしくてな。シノブくんがもし、彼女の使い魔に成る事を拒否した場合、彼女は二年生に進級出来ない事となって、彼女は退学処分となって仕舞うらしい」

 本来の騎士に相応しい雰囲気で、そう告げて来るアガレス。そして確かに、彼女(アガレス)の話す内容は、俺を召喚した少女の未来に、少し厳しい現実を突き付ける物と成るのは確実でしょう。
 俺が、アガレスから視線を外して、蒼い髪の毛のメガネ装備の美少女……タバサ嬢とか呼んでいたな。
 そのタバサ嬢の方を見つめる俺。

 その視線に気付いたのか、タバサと呼ばれた少女が小さく首肯く。
 ……まさか、俺とアガレスの会話の内容が理解出来るとは思わないけど、話の流れを類推する事は難しくは有りませんか。

 ここで俺が我を通して使い魔契約を拒否する方法も有るし、俺の人権を主張するなら、それも間違った方法ではないと思います。
 但し、どちらにしても元の場所。……いや世界と言い直すべきですか。元々暮らして居た世界に帰る事が出来ないのなら、ここで妙に我を通すよりは、ある程度の譲歩はしても問題ないですか。

 まして、使い魔契約と言うのなら、これから先にも細かな契約に付いて詰める作業が存在しているはずですから。

「それで、その使い魔とやらに俺がなったとして、俺は何をしたら良いんや?」

 もっとも、魔法学院と言っていたから、彼女は学生なのでしょう。ならば、やらされる仕事と言っても、大したレベルではない可能性が高いですか。
 少なくとも、日本で退魔師として活動している俺に出来ない事はないはずです。

「普通の使い魔の仕事。つまり、魔法使いの護衛だな」

 アガレスが告げる仕事の内容は、ごく一般的な使い魔の仕事内容で有った。そして、それは当然、アガレス自身が、俺と交わしている式神契約ともイコールで繋ぐ事の出来る内容でも有ります。

 俺は、その言葉を聞いた後、再び、タバサと呼ばれた蒼い少女の方へ視線を移す。
 成るほどね。もっとも、護衛と言っても、所詮は見た目アンダー十五の彼女ですから、大して危険な事もないとも思いますね。
 それぐらいなら、衣食住……と言うか、一時的に住の方さえ保障してくれたら、使い魔ぐらいにならば成ったとしても問題は有りませんか。

 それに、俺の見た目から言うのなら人間ですから、使い魔と言うよりは、専属のボディーガードと言う種類の存在に成るのでしょう。その役割……と言うか仕事ならば、元々暮らして居た世界で生業としていた職業と大きな違いは有りません。
 依頼者の身辺警護は退魔師としても当然、仕事の範疇に入る物ですから。

「オッケー、判った。そうしたら契約についてやけど、俺は受肉している存在やから、宝石や呪符などに封じる事は出来ないで」

 一応の了承を示す言葉をアガレスには伝える俺。
 但し、周囲の様子や、彼女らの雰囲気から推測すると、ここは西洋風のファンタジー世界。見えている建物は中世ヨーロッパ風のお城。大地には、舗装された場所は見える範囲内では存在していない。周りに存在している人間たちは、西洋人風の容姿。しかし、俺を召喚した少女に関しては、地球人には有るまじき髪の毛の色を持つ少女。流石に、携帯電話を片手に授業を受ける人間は居ないでしょうが、腕時計ぐらいならばしている人間も居るはずなのにそんな人間もいない。ここまでの状況証拠からのこの推測ですが、そう間違った推測とは思えません。それならば、使い魔契約を交わす方法は、どうせ羊皮紙にでもサインをさせられるのだとは思いますね。一応、その際にも、契約の内容を確認する必要が有りますか。
 流石に、死した後に魂まで縛られる類の契約ならば、交わす事は出来ませんから。

 もっとも、その場合でも、俺の真名を知られない限りは、そこまで強力な契約を交わす方法はないはずです。

 ………………。あれ、何か引っ掛かりが有るような気が……。
 いや、そう言えば、最初に彼女は、俺に対して何か妙な事をしようとしていた気がしますね。あれは、一体どう言う意味が有ったのでしょうか。

 そんな事を考え始めた俺を他所に、俺との会話が終わったアガレスが、タバサと呼ばれた少女の方を向き直り何事か説明を行う。
 そして、その説明に首肯くタバサ嬢。

 そして、そのまま彼女は俺の前まで歩みを進め、ゴツイ魔術師の杖らしき棒を一振りした後に、少し抑揚に乏しい口調で何か……おそらく使い魔の契約呪文でしょうね。契約呪文を唱え始める。

 ……って言うか、こんな強弱もつけない呪文の唱え方で大丈夫なのですか?
 基本的に呪文と言うモノは、自らの精神を高揚させる為に必要なモノの場合が多いですから、こんな唱え方では、そもそも効果を発揮しない可能性の方が高いと思うのですけど……。
 例えば言葉の内容自体には大きな意味はなく、心の底から浮かび上がって来る言葉が自然と口から出て来る。そう言う類の呪文も多いですから。

 其処まで勝手にあ~だ、こ~だと考えた挙句、少し首を振ってそれまでの考えを否定する俺。

 ……いや、一概にそうとばかりも決めつけられませんか。俺は、彼女の魔法が何に分類されるかも知りませんから。
 俺の知らない魔法なら、呪文の一言一句に強い意味が籠められていて、呪文を唱えている術者の精神状態にはあまり左右されない魔法と言う物も存在している可能性も有りましたか。

 その瞬間。

「シノブくん、タバサ嬢の開いた両手を覗き込んでくれるかな」

 少し現実からトリップしていた俺を、こちら側に呼び戻すアガレスの声。その言葉に従い、あらぬ方向を向いて居た視線を正面に移す俺。
 其処には……。
 呪文を唱え終わったらしいタバサ嬢が、何故か俺の目の前……大体、俺の胸の高さぐらいの場所に両手の手の平を上向きにした形で差し出している。
 成るほど、この手の平を覗き込んだら良いんですね。

 一応、上向きにされた手の平を覗き込む俺。整えられた、そのタバサ嬢の指先がかなり儚い印象で、それが彼女により相応しいように思えて来る。

 しかし、この行為自体が良く判らない行為だとは思うのですが。これになんの意味が有るのでしょうかね。もしかすると、ここに契約用の羊皮紙が現れるとでも言うのでしょうか。

「そうしたら、そのまま、少し目を瞑る」

 やや……。いや、かなり疑問符に彩られていた俺に対して、アガレスが、更に儀式の次なる行動を指示して来ました。確かに魔術の儀式ですから、その行為自体に何らかの魔術的意味が有る可能性が高いのは判りますよ。それに、ここの魔法については門外漢の俺は指図に従うしかないですけど……。

 そう考えながらも、指示通り、両の瞳を閉じる俺。その俺の両の頬に、少し冷たい、そして柔らかいものがそっと触れた。
 これは、……手?
 そう言えば、先ほども同じように、俺の頬に彼女は手を添えようとしていたような気が……。

 刹那、甘い、余り嗅いだ事のない香りが鼻腔を擽り、俺のくちびるに、湿り気を帯びた何かとても柔らかい物が触れる。
 ……って、これは、間違いなしに、くちびるですよ!

 慌てて目を開けた俺の瞳に、瞳を閉じて、俺とくちびるを合わせたタバサ嬢の顔が映る。

 いや、慌てるな。落ち着け。確かに、このパターンの契約方法も有る。
 何処の魔法の系統かは判らないけど、くちづけに含まれる誓約と言う意味を魔的に利用しているのでしょう。

 ……と、言う事は、矢張り西洋系の魔法と言う事になるのかな。

 いや、今回に関しても、そうとばかりも言えないか。

 何故ならば、俺もこの手の霊道を開く方法の契約方法しか、受肉した存在に対しては行う事が出来ないから。いや、俺の場合は、間に触媒となる物を必要としているか。
 例えば、俺の血液とかが。

 それに、確かに最初は驚いたけど、判って仕舞えば何と言う事はない。たかがくちづけぐらいで慌てて居てどうしますか。
 妙に心臓が高鳴っているけど、大丈夫。問題はない。

 アガレスとウィンディーネから、明らかに面白がっているような雰囲気が流れて来ているけど、問題はないはずです。

 ほとんど、俺に取っては永遠に近い一瞬の後、契約のくちづけが終了したのか、タバサ嬢から解放される。

 慌てて、能力を籠めてタバサ嬢との間を見つめてみる俺。その、二人の間を繋ぐ淡い光の帯。

 ……成るほど。確かに、うっすらとでは有りますけど、俺とタバサ嬢の間に霊道が開かれているのは、俺の見鬼でも確認出来ますね。
 つまり、霊的な意味で、彼女と俺が繋がったと言う事ですか。

 タバサ嬢が、背後の光頭人種のおじさんの方に何事かを伝える。その言葉に対して答えるように首肯くおじさん。
 そして、そのふたりが。いや、おそらく、この場に居る俺以外の全員が、何故か俺に注目して居る。
 次に起きる、何かを期待するかのような雰囲気を発しながら。

 奇妙な空白。一歩離れて、俺を見つめる蒼い髪の毛の少女は、その晴れ渡った冬の氷空(そら)に等しい瞳に真っ直ぐに俺を映し、まるで次の台詞を待つ舞台上の女優の如き凛とした、しかし、自然な立ち姿で次の何かを待って居た。

「あ、え~と、シノブクンと言う名前だったかな」

 沈黙と春の精霊に祝福された奇妙な空白の後、俺と契約を交わした蒼い髪の毛の少女。タバサ嬢の後ろに控えていた光頭人種のおじさんが声を掛けて来ました。但し、その奇妙な空白の意味は判らなかったのですが。
 ……って言うか、俺の名前はシノブクンではないですよ。
 更に、何故か、現地の住民の言語が理解可能と成って居ますが。

「いえ、私の名前は武神忍(タケガミシノブ)です。くんと言うのは、私の国の敬称に当たる部分です。
 ファミリーネームが武神。ファーストネームが忍。私が暮らしていた国では、ファーストネームよりも、家系の方が歴史的に重要視されましたから、ファミリーネームの方を先に表記するのです」

 光頭人種のおじさんに対して、そう礼儀正しく答えて置く俺。但し、俺自身の思考は日本語使用のままで。この状態でも、おそらく、俺の言葉は通じていると思いますから。

 何故ならば、おそらく、あの契約のくちづけの前に唱えられていた呪文には、お互いの言葉を通じさせる術式が組み込まれていたと言う事だと推測出来ましたから。あの奇妙な空白の時間は、その魔法が効果を現した何らかのサインを待つ時間だったのでしょう。
 ……って言うか、さっきの台詞は俺の台詞ですよ。一応、言って置きますが。
 これでも、オンとオフは使い分ける主義ですから。

 それに、これでも魔法な世界に首までじっくり浸かって百まで数えて来た人間ですから。少々の事では驚きません。
 先ほどのくちづけに関しては流石に少し驚かされましたけど、それでも魔術的な意味が判って仕舞えば、大して不自然な行動だったとも思えませんから、納得出来ましたし。

 それと、一抹の不安として存在していた精神的な支配に関しては、どうやら為されているような雰囲気は有りませんね。今のトコロは表面上からしか判りませんが、ウィンディーネからも、警告のような物は為されて居ませんから、おそらく大丈夫だと思います。

「あ、失礼しました、ミスタ・タケガミ。私は、このトリステイン魔法学院で教師を務めさせて頂いていますコルベールと申す者です」

 光頭人種のコルベールと名乗る男性が俺に対して、そう挨拶を行って来た。
 その際、やや南中高度からは下がった時間帯の太陽の光を俺に直接反射されて、眩しいの眩しくないの。

 本当に、少しは人の……。おっと、彼は光頭人種ですから、色々な意味で頭が下がる人でした。
 少なくとも、敬意は表して置く必要が有る御方でした。上から目線などもっての外。

「あ、言え、ミスタ・コルベール。私は未だ、十六歳の少年に過ぎない未熟な人間です。
 そのような人間にミスタなどと言う敬称は必要ないと思います。どうか、シノブと呼び捨てにして下さい。
 私は、向こうの世界でも、学生に過ぎなかったのですから」

 かなり丁寧な言葉使いで、そう応対を続ける俺。
 しかし、モノローグと実際の台詞がまったく別人のような気もして来ますね。

 もっとも、ミスタなどと言う敬称などは少し恥ずかしいのは事実です。それに、俺が十六歳で、地球世界では学生だった事は事実ですから。
 更に、相手が丁寧な物腰で対応して来ているのですから、こちらも、それなりの態度で応対するのが礼儀と言う物です。まして、どう見ても、相手の方が年長なのは間違いないですから。

「そうですか。それでは、シノブくんは貴族なのでしょうか?」

 あっさりと俺の言葉を受け入れてくれた、コルベールと名乗ったオジサンが引き続き質問を投げ掛けて来た。
 う~む。しかし、相変わらず意味不明ですね。一体、俺の何処をどう見たら、貴族に見えると言うのでしょうか。

「いえ。確かに、明治維新の前までは薩摩藩の武士だったようですが、明治維新の際に士族としての位を捨てて、以後はずっと平民として暮らして来た家系ですよ」

 一応、そう答えて置く俺。尚、これは事実です。母方の方は。
 もっとも、士族としての身分を捨てて、士族の商法で始めた廓が大当たり。ぼろ儲けをした口らしいですけど。
 但し、その勢いに乗って、一族が満州に進出したのが運の尽き。曾じいちゃんは満州鉄道で汽車の運行計画などを行っていたらしくて、実家の方には当時の勲章などが残っていたらしいですけど、戦後、日本の方に戻って来た時には、すってんてんに成っていたらしいです。

 そして父方の方は、徳島で古い神職に連なる家系で……。少し小高い山の中腹辺りに家が有って、其処から上には人家が無く、下に向かって家が立ち並んで来る、と言う感じの家系と成って居りました。
 もっとも、神職だったと言う部分は伏せて置いた方が良いでしょう。ここが異世界で有ったとしたら、俺の父方の家系は、異世界の異教の神を祀る存在と成ります。これは、西洋風の世界だと、非常に危険な存在だと捉えられて、俺と、そして俺と契約を交わしたあの蒼い髪の毛の少女タバサに危険を齎せる可能性が有りますから。

「え~と、良く意味が判りませんが、貴族ではないが、武士と言う家系の人間だったと言う事ですか?」

 俺の答えを聞いたコルベールと名乗ったおじさんが更にそう聞いて来る。ただ、何やら家系に自棄に拘りが有るみたいですけど……。
 まぁ、この辺りに関しては、俺に取ってはどうでも良い事ですか。それに、確かに、悪魔も血筋が重要視される世界でしたからね。
 但し、コルベールと名乗った光頭人種のおじさんや、おそらく、タバサと呼ばれた蒼い髪の少女から見た俺は、矢張り悪魔扱いだ、と言う事だとも思いますが。

「ええ、そうです。武士と言うのは、主君に仕える、西洋風に表現するなら騎士階級と言う事ですか」

 それに、家系に拘りが有るのなら、少しは相手にも判りやすい言葉で説明して置いた方が良いでしょう。そう思い、西洋でも通じ易い言葉で説明を行う俺。
 まして、騎士よりも、侍の方が強いと相場が決まっていますから。

 もっとも、なんの相場かは判らないけど。

「成るほど。騎士階級の出身だったのですが、何かが有って、騎士から平民に身分を落としていたが、元々は騎士階級の出身で有るが故に、シノブくんは魔法が使えると言う事ですか」

 何か、良く判らない理屈で、納得するコルベールのオッチャン。但し、俺に取ってはどうにも釈然としない状況なのです。
 そう。何故、騎士だからと言う理由で魔法が使用可能なのかが判らないのですが。

 俺の式神使いの能力は……。いや、確かに、家系の中に含まれていた血の作用ですから、コルベールのオッチャンの言う事が正解と言えば、正解にはなるのですが。

 そう思い、一応首肯いて置く俺。但し、俺の家系に付いては、自らの主人のタバサ以外に明かす事は出来ないのですが。

「それで、シノブくんは、何処の国の出身なのです?」

 そうして、引き続き、コルベールのオッチャンが質問を続けて来る。
 ただ、そう聞かれたとしても……。実際、彼に日本などと言っても通じるかどうか判らないのですが。

「えっと、日本と言う国の徳島と言う地方都市なのですが、御存じ有りませんか?」

 一応、問われた質問に対しては、誠実に答えを返す俺、なのですが……。
 そもそも、おそらく、ここは異世界だと俺は思って居ます。
 何故ならば、俺が住んで居た世界に表向き魔法は存在していない事に成っていましたから。

 それに、このコルベールのオッチャンは未だしも、あのタバサとか言う女の子の髪の毛は蒼ですよ。こんな人間、少なくとも、地球人には居ませんよ。
 まして、俺の周りに居るギャラリーの一部に、妙な生物を連れた連中が居るのですから。

 あれは、どう考えても魔獣や幻獣と呼ばれる種類の生物。地球にはほとんどいない生命体です。
 まれに、異世界から紛れ込んで来るヤツは居ますけどね。

「残念ながら聞いた事は有りませんね」

 コルベールのオッチャンがそう答えた。それに、これは想定通りの答えですから驚くには値しません。確かに、まさか自分が使い魔にされる事と成るとは思わなかったけれども、これでも俺は式神使い。
 東洋系の召喚士としての修業は積んで来てはいます。有る程度の事態には対処可能ですから。

「ところで、シノブくんの身体を少し確認させて貰って良いでしょうか。
 使い魔のルーンを確認したいのですが」

 俺の考えなど気にして居ない……と言う因りは、少し焦り気味の雰囲気でコルベールのオッチャンがそう聞いて来る。何となく、時間的に焦っているような雰囲気を発して居ますね。
 ……って言うか、彼の言葉の中に存在していた使い魔のルーンと言う単語。これはつまり、ルーン文字を使用する、

「成るほど。ルーンを唱えるか、何かに刻む、書き写す事によって発動させるタイプの魔法の事ですか」

 俺がそう答えた。この言葉から推測すると、矢張り、西洋系の魔法。俺の知って居る魔法の種類で言うとルーン魔法と呼ばれる魔法で間違いないでしょう。
 しかし、普通に考えると、西洋系の魔法は、とある十字教の勢力が強くなるに従って闇に潜って行ったはずなのですが。
 それなのに、こんなトコロで魔法学院などと言う学校まで作って教えていたら、あっと言う間に異端審問官に踏み込まれて、非常に不幸な結果と成るはずなのですけど。

 つまり、この世界には、ルーン魔術を悪魔の魔法として弾圧して行った十字教は存在しないか、それとも、それほど強い勢力を持っている訳ではない、と言う事なのでしょう。

「シノブくんの魔法は、ルーンを使わないのですか?」

 コルベールのオッチャンが少し不思議そうに聞いて来る。
 またもや妙な質問ですけど、おそらく、ルーン魔術以外の魔法を知らないか、そもそも存在していない世界なのでしょう。
 少し歪ですけど、そんな世界が絶対にない、と言う事もないはずですから。

「私の魔法は東洋系に属しますから、ルーンを唱える事は有りません。口訣は基本的に母国語を使用します」

 大体、魔法と言うのは、その地に住む精霊や神の能力を借りて発動する物です。
 それを、イチイチ翻訳しなかったら通じないようなルーン文字を使って発動しようとしても無意味に霊力を消費するばかりで、より効果の高い魔法が発動出来る訳は有りません。
 少なくとも、俺の師匠はそう言って居ましたし、実際、西洋系の魔法使いは、俺の暮らしていた日本では、圧倒的に人数が少なかったですから。

「成るほど。シノブくんは東方の出身と言うことですか」

 何故か、またもやコルベールのオッチャンが納得したかのようにそう言った。
 ……この世界でも、東洋の神秘は存在するのでしょうか。例えば、不思議の国日本とか、サブカルチャーの聖地とか。

 ……って言うか、つまり、俺は東洋産の漆黒の髪の毛を持つ悪魔と言う感じに取られている、と言う事なのですか?
 俺の記憶が確かなら、東方の王と言うとオリエンス。太陽の昇るトコロ。つまり日の本。日本を指す言葉にも通じるな。

 もっとも、そんな大物と取られたとも思わないですが、それなりの名の有る悪魔と思われた可能性は有りますか。物腰は柔らかで多数の眷属を操る魔物。確かに、俺が召喚事故で、正体の良く判らない存在を召喚した時にそんなヤツが顕われたら、そう思いますから。

「ええ、そう思って貰えば間違い有りません」

 それに、この部分に関しても仕方がないでしょう。誤解はその内に解けるとも思いますし。
 俺は、悪魔と呼ばれるほど邪悪でもないですし、ねじ曲がっている訳でも有りません。
 まして、何処からどう見ても、俺は人間ですからね。

 見た目に関しては……。

 それと、その使い魔のルーンに関しては……。

「その使い魔のルーンに関してなんですが、先ほど、タバサ嬢と契約を交わした直後に、何故か、首の後ろ辺りをチクチクするような感じが走ったのですが、それの事なのでしょうか?」

 俺は、自分の右のうなじの辺りを指差しながら、コルベールのオッチャンにそう告げる。
 それ以外に違和感を覚えた箇所もないですし、少なくとも、タバサちゃんとの間に霊道が繋がっている以上、この使い魔契約は完了しているはずですから。
 それならば、この世界の使い魔契約のルール通り使い魔のルーンとやらも、その辺りに刻まれていると考えて間違いないでしょう。

 俺が指し示したうなじの辺りを覗き込むようにする、コルベールのオッチャンとタバサ嬢。
 えっと、コルベールのオッチャンは問題ないですけど、タバサ嬢はこの身長差が有ったら、その使い魔のルーンを直接見る事は少し難しいですか。

 それならば……。

 俺は、片膝をついて、彼女にも、その使い魔のルーンが見えやすいようにしてやる。

「どうも、見た事がないルーンですが、人間が召喚された事自体が初めてですし、古い文献を調べて見なければ判りませんか」

 そう、独り言のように呟きながら、何やら質の悪そうな紙に羽ペンを使用して書いているコルベールのオッチャン、なのですけど……。もしかして、その紙はボロ布を使った再生紙を使用しているのでしょうか?
 確か、木材パルプが発明されたのは、そんなに昔の話では無かったような記憶が有りますね。

 ……って言うか、この世界の科学のレベルは、どの程度なのでしょうかね。

「ハイ。判りました。それでは、詳しい事情は、ミス・タバサよりお聞き下さい」

 そう言い残して、コルベールのオッチャンは、俺の前から、別の生徒の元へと歩を進めて行く。
 それに、今までの話の流れから、どうやら、ここは魔法学院とやらの進級試験の会場らしいですから、何時までも俺のような存在には関わって居られないのでしょう。最後の方は、流石のコルベールのオッチャンから、少し焦りに似た雰囲気が発せられて居ましたから。
 まして、流石に俺の目も彼に正面に居られると、妙に眩しく……。

 おっと。さっき反省したトコロでしたか。あの御方は光頭人種の方ですから、絶対に上から目線で見たら問題の有る御方でしたね。

 しかし、コルベールのオッチャンは、俺の事を人間と表現しました。
 つまり、俺は悪魔と思われている訳では無く、何処か遠い国か、それとも世界かは判らないですけど、そこからここに召喚されて来た人間だと思ってくれたと言う事ですか。

 但し、この世界の文明のレベルにも因りますけど、俺の扱いが良くなるか、それとも悪くなるかは、全て、この蒼い髪の毛のタバサと言う名前の少女次第と言う事ですね。
 まぁ、それでしたら。ファースト・コンタクトの前に、何故か、ファーストキスを体験させられた相手ですけど、ここはちゃんと挨拶をして俺の立ち位置や仕事の説明をして貰いましょうかね。

 そう思い、俺は件の蒼髪の少女、タバサの方に視線を向け、最初の挨拶を口にしたのだった。

「どうも初めまして。武神忍と申します。取り敢えず、見ての通り、式神使いと言う存在なんで、今後とも宜しくお願いします」

 
 

 
後書き
 初めまして。黒猫大ちゃんと申します。以後、お見知り置き下さい。

 この物語は、一人の少女の召喚によって始まる物語です。春の使い魔召喚の儀式。その時、タバサと名乗る少女がゼロ魔原作小説世界と違い、一人の少年を召喚して仕舞う物語。有りふれた『平行世界』の物語。その少年。韻竜ではない、更に原作知識を持たない東洋風の仙術を操る龍種の少年と原作世界とは少し違う蒼き少女の行く手に待ち受ける世界とは……。かなりの悪意の籠った世界に、御都合主義的な幸運は訪れるのでしょうか?

 ……と言う物語となって下ります。
 尚、この物語は、主人公視点のみで語られる物語です。○○サイドと言う方式は一切行いません。そして、彼は出身が関西ですので、会話文は、基本は全て関西弁風の会話を続けます。
 ただ、地の文に関しては、関西弁風の表現では判り辛いと言う事でしたので、すべて標準語で表記して有ります。その会話文との差の違和感については、ご容赦下さい。

 それではアットノベルスよりの移転作ですが、手直しをしながらと言う事ですから、少しずつ移動させて行く心算です。

 追記。
 この物語は、弱い相手。例えば、系統魔法しか使えない人間や、ゼロ魔の原作小説に登場するエルフを相手に俺様無双する物語では有りません。
 そして、基本的に主人公やタバサは、敗北=死の戦いを強いられて行く物語です。

 アットノベルスの方に挙げられている文章で敵として顕われたのは、レンのクモ。吸血鬼。山の老人伝説にて語られるアサシン。ティンダロスの猟犬。フレスヴェルグ。ショゴス。とてもでは有りませんが、ゼロ魔原作に登場するような連中では有りません。

 次回タイトルは『タバサと言う名の少女』です。

 追記2。
 この物語は、その物語の持っている特性から、原作崩壊を起こす内容となって居ります。
 まして、敵のレベルを下げない為に、原作の流れからワザと排除した部分も存在して有ります。
 故に、原作崩壊と言うタグを入れて有るのです。
 ですので、そう言う部分が容認出来ない方は、今回は縁が無かった言う事で、素直にページを閉じて頂けると幸いで御座います。
 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧