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Fate/WizarDragonknight

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ホムンクルス

 兄貴(・・)がいる公園を離れ、パピヨンは見滝原の空を滑空していた。
 まだまだ空は明るい時刻。地上を見下ろせば、人間たちそれぞれの目的のために忙しなく動き回っている。

「聖杯戦争の真っただ中だというのに、人間は変わらずに活動か」

 手頃なビルの屋上に着地し、パピヨンはその端に腰を落とした。
 顎に手を当て、地上の人間たちを眺めていると、それが目に入った。

「あれは……?」

 遠目ながら、それは間違いない。
 あの特徴的なバイク。フロントの部分にはルビーを思わせる装飾が埋め込まれており、パピヨンの体内にある本能が、それはエンジン動力ではないことを教えてくれる。
 ウィザード。
 聖杯戦争の参加者にして、ライダーのマスター。今は人間の姿だが、簡単な手順で参加者の中でも指折りの実力者に変貌する。
 だが、いずれ願いのために聖杯戦争へ参加するならば、彼と敵対することは避けられない。
 パピヨンは翼を再展開。飛び上がり、落下していく彼を見落とす。
 ヘルメットの中から、ウィザードの変身者は叫ぶ。

「お前は……パピヨン!」
「決着を付けようか、ウィザード!」

 さらに、パピヨンは手刀でウィザードの変身者の肉体を貫く。
 だが彼は、体を捻ってそれを受け流す。さらに、ハンドルを握ったまま空中でバイクを振り上げ、重い質量のバイクを振り下ろす。
 だがパピヨンは、即座に自身の能力(武装錬金)の力を駆使する。
 全身を蝶に変換し、バイクの攻撃を避けさせる。さらに、彼の背後で肉体を再生成し、叫ぶ。

「ニアデスハピネス!」

 無数の蝶が、ウィザードの変身者へ向かう。
 だが彼は、魔法陣にバイクを投げ入れ、叫ぶ。

「変身!」
『ハリケーン ドラゴン』

 落下中の彼の体が緑の魔法陣と風に包まれ、翡翠のローブを纏っていく。
 その形態の情報は、パピヨンも持ち合わせている。
 風のウィザード。聞き及んでいた情報とは若干異なる姿に思えるが、パピヨンがこれまで遭遇してきたウィザードの姿は、全て情報とは異なっている。これもその一環だろう。

『ビュー ビュー ビュービュー ビュービュー』

 ウィザードは体を反転させ、空中で停止した。その足元を見れば、緑の風が竜巻となって足場となっている。
 そして、翡翠の体より広がっていく竜巻が、牽制として放ったパピヨンの蝶を巻き取り、粉々に砕いていく。

「ほう……」
「パピヨン……!」
「突然悪いな、ウィザード。見かけたもので、ちょっかいをかけにきた」
「こっちにも用事があるんだけどね……」

 彼は銀の武器、ウィザーソードガンを構えながら呟く。
 ウィザードは風を足場に、一気に急上昇。
 にいっと笑みを浮かべたパピヨンもまた、翼を広げてウィザードへ急降下。手刀が、ウィザーソードガンと激突する。
 そのまま、空中で激突を繰り返す。だが攻撃は互いに打ち合いになるだけで、進展はなかなか見られない。

「だったら……!」

 痺れを切らしたのか、ウィザードは新たな指輪を取りだした。
 ベルトを操作し、即、指輪をベルトに当てる。

『チョーイイネ スペシャル サイコー』

 ベルトを操作、指輪を翳す。
 たったそれだけのプロセスで、多種多様な魔法を発動できる。
 どんな出鱈目(でたらめ)だと思いながら、パピヨンは周囲に多くの蝶を錬成していく。
 一方、ウィザードが発動した魔法はより強い風の魔法。翡翠色の風はウィザードの背中に集い、まさにドラゴンの如く翼となる。

「化け物のような姿だな……ウィザード」
「……そうだね」

 ウィザードは頷き、二本に増やした剣を逆手に持ち替えた。
 翼を大きく羽ばたかせ、その周囲に翡翠の風を放つ。
 すると、パピヨンを遥かに上回る機動力を発揮された。パピヨンの倍はありそうな動きで、一気にパピヨンに肉薄。手刀など簡単に掻い潜り、パピヨンの体にダメージを与えていく。

「ぐあっ!」

 さらにウィザードは、そのままパピヨンの腕を掴まえる。パピヨンの反撃を許すことなく、ウィザードはパピヨンの体を押し出すように押し出していく。
 やがて、パピヨンの位置は、見滝原南まで到達した。
 工業地帯だったが打ち捨てられて、今はスラム街になっている地帯。美しい自身とは正反対の場所だと思っていたパピヨンに対し、ウィザードは顔を傾けた。「あそこだ」と何かを決めたかと思えば、体を大きく傾かせ、建物の屋根をパピヨンの体で突き破った。

「ぐおおおっ!?」

 地面に投げ出されたパピヨン。やがて周囲を見れば、ウィザードが戦場をどこかの寂れた施設に選んだことを理解する。

「ここは……?」
「何年か前に放置された工場らしいよ。俺も詳しいことは知らない」

 その言葉を聞いて施設内部を見渡せば、確かに残っている機器は埃を被っており、長年人の手に触れた形跡がない。
 だが、それに合わせて最近破壊されたような重機もある。大きくひしゃげたそれは、まるで高熱で歪んだかのようだ。

「以前ここで、戦ったことがあるのか?」
「……あるよ」

 あっさりと。
 ウィザードは答えた。

「トレギアって奴がコヒメちゃん(荒魂の女の子)を攫ったときにね」
「荒魂……その情報は聞いていなかったな」
「あの戦いを経た参加者は今、俺と可奈美ちゃんだけだからね。情報がないのも当然だよ」
「ほう……どうやら、まだ俺の知らない戦いもあったようだな」
「そうだね」

 ウィザードはそう言って、トパーズの指輪を取りだす。

「でも、もう知る必要はないよ」
『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 ウィザードのベルトから、あの奇怪な音声が流れだす。
 そして指輪から、琥珀の光が漏れ出す。

『ランド ドラゴン』

 この音声パターンの意味は、調べがついている。
 ウィザードの形態(エレメント)変化。
 同時に翡翠は琥珀となり、風の魔力は大地のそれとなる。

『ダンデンズン ドゴーン ダンデンズン ドゴーン』
「聖杯戦争関連の戦いは、これで最後だから」
『チョーイイネ グラビティ サイコー』

 琥珀のウィザード、ランドドラゴンは、即座にその魔力を新たに発動させた。
 重力(グラビティ)。その意味を察し、パピヨンは即飛び上がる。すると、さっきまでパピヨンがいた空間を重力の魔法陣が通り抜けていく。

「強気な発言の割には、空振りばかりじゃないか。空を飛ぶ蝶を落とすのも、中々苦労しそうだな、ウィザード」
「意外とそうでもないかもよ? 虫取りって結構好きな子多いからね!」

 ウィザードは続けて、グラビティの魔法を発動。
 だが琥珀の魔法陣の速度はそれほど早くない。パピヨンの飛行能力でも回避が可能だった。
「その姿だと、どうやら機動力はないようだな。果たしてそれで、俺のニアデスハピネスを防げるのかな!?」

 パピヨンは無数の蝶を放つ。
 だがウィザードは、新たな指輪を発動させた。

『ディフェンド プリーズ』

 土のウィザードが、防御力に優れている。
 そのイメージ通り、出現した土壁にパピヨンの蝶たちは阻まれていく。例え爆発を繰り返したとしても、土の壁は聳えたその存在感を放ち続けていた。
 やがて土の壁は崩壊する。だがウィザードはすでに、壁の向こうで次の手を打っていた。
 両手にドラゴンの鉤爪(ドラゴヘルクロー)を構えており、その爪先は琥珀の弧を描く。

「!?」

 ウィザードの遠距離の斬撃は、そのままパピヨンの両翼を切り裂いた。

「何!?」

 翼の再生成が間に合わず、そのままパピヨンは重機の上に落下。
 重低音が響き、パピヨンの肉体が重機のアーム上部をひしゃげる。あの重力の魔法は、果たして囮で、本命は遠距離の斬撃だったのだろうか。そんな疑問さえ過ぎってしまう。
 ドラゴヘルクローを消滅させたウィザードは、そのまま吐き捨てた。

「もう、充分だろ」
「な、何……?」

 パピヨンは痛む体を起こす。
 ランドドラゴンのウィザードは、ゆっくりと首を振った。

「これ以上無駄に命を削る必要なんてない。お前の願いが何かは知らないけど、聖杯以外の手段を探してくれ」
「充分?」

 パピヨンはゆっくりと目元に腕を当てる。天井から差し込む陽の光が、自らの腕に遮られ、視界が闇に覆われた。

「誰が……何が、満ち足りたというのだ……!」
「え?」
「俺は欲しい……俺は足りない……!」

 暗い中、目に残った残像が、やがて別の映像に書き換えられていく。
 一枚、また一枚と増えていくそれ。それは間違いなく、さきほど兄貴(・・)が処刑人から手に入れたメダルだった。

「もっと……もっと……!」

 メダルはさらにその数を増していく。そして、それが山のように積みあがっていくごとに、パピヨンの声色も力強くなっていく。

「もっと!」

 そして、叫ぶ。
 すると、工場内の重機たちが、その性質を大きく変貌させていく。
 複雑な機構を持つ機械たちが、積み上げられたメダルという至極簡単なものに変化していく。
 重機だけではない。
 廃工場内に置かれているあらゆる機器が、次々にメダルへ変換され、パピヨンの頭上へ舞い上がっていく。

「な、何が起こっているんだ!?」

 ウィザードは、その現象を理解することができない。
 パピヨン自身、自らの目を疑っている。なまじ原因足り得るものが、兄貴からもらったあの銀のメダル一枚なのだから、より信じられなくなっている。

「これは……?」

 パピヨンはメダルの渦を見上げながら、茫然としていた。
 すでにパピヨンの体を支えていた重機も、メダルの塊となり、頭上のメダルたちと合流している。

「何が何だか分からないけど、止めた方が良さそうだな……」

 一方ウィザードはそう判断したのだろう。
 トパーズの指輪をサファイアと入れ替え、発動させている。

『ウォーター ドラゴン』

 琥珀から瑠璃。
 変幻自在な魔法を自在に操る彼の特性を示すように、ウィザードは属性も特性も真逆の姿に変化した。

『バシャバシャバシャーン ザブンザブーン』

 ウィザード最大の魔力を誇る、ウォータードラゴン。それは、ホルスターから即青い指輪を取りだす。

『チョーイイネ ブリザード サイコー』

 彼は破壊していくだけではキリがないと判断したのだろう。
 フロストノヴァにも匹敵する冷気の魔法が、工場全体を凍らせていく。魔力でコーティングされた氷は、どうやらメダルに変換されないらしい。これ以上のメダルへの変換は防がれたが、メダル本体を凍らせようとしても、すでに工場内の空間を埋め尽くそうとする量のメダルを凍らせることはできない。

「そうだ……俺は欲しい。もっと欲しい!」

 パピヨンが欲望を口にすると、メダルはさらにそれに呼応する。あたかもメダルは生きているかのように蠢き、増殖していく。

「おお……! おお……っ! 兄貴もいい拾い物をしてくれたものだ! こんなもの、無数にあればあるだけ力となるのだからな!」

 パピヨンは自らが手にしている、たった一枚のメダルを取りだす。

「このメダル……俺の武装錬金に反応して、凄まじい力を与えてくれると……!」
「お前、あんなものを使ってまで聖杯戦争に参加したいのか……! 一体何のために……!?」
「俺の願いか?」

 パピヨンは笑みを浮かべ、自らの胸元……丁度、タイツが分かれている部位に両手を当て、迷いなくその皮膚を引き裂く。
 当然ウィザードにとっては狂気に思えたのだろう。
 だがパピヨンは、その中心……自らの中心部を見せつける。
 周囲を薄く、赤く灯していくそれ。ウィザードからすれば、人間の内臓にあたる部位に、赤く輝く宝石が見えているはずだ。

「あれは……!?」
「賢者の石、モドキだ」

 パピヨンは答える。

「俺は色々と作られた人間……所謂ホムンクルスというやつでね。もっとも、この石は粗が多く、長い間機能はしてくれない」
「ホムンクルス……?」
「錬金術により生み出された、偽りの人間さ……」

 賢者の石擬きを見つけたのか、頭上のメダルたちは大挙を上げてパピヨンへ注がれていく。

「お、おおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 メダルの激流が、物理的にパピヨンを圧倒していく。次々に心臓部である賢者の石擬きに吸収され、ちゃぷちゃぷと液体に浸かるような音がパピヨンの鼓膜を揺らした。
 やがて、全てのメダルを吸収し終えた。パピヨンの賢者の石擬き(コア)を中心に、メダル(セル)で肉体が構成されていく。
 足元を見れば、いつのまにか黒いカーテンが敷かれている。あたかも自身を彩る劇場のようなカーテンの存在に舌を舐めずり、「ふむ……」と頷いた。

「なるほど。メダルの力、素晴らしいもののようだ……」

 手にする、肉体を構成するメダルの一枚。それを割り、地面に放る。
 するとどうだろうか。割れたメダルは徐々に巨大化し、ミイラが生まれていく。鈍い動きと呻き声を上げるそれは、ゆっくりとウィザードへ歩みだしていった。
 それも一体や二体ではない。無数のミイラたちが、工場を重機の代わりに埋め尽くしていく。

「くっ……!」
『チョーイイネ スペシャル サイコー』

 ミイラたちに対し、ウィザードは即、強化された魔法を発動させた。
 ドラゴンの尾をその腰に宿し、一薙ぎでミイラたちを打ち落としていく。
 だが、それはパピヨンにとっては好機。ウィザードがミイラたちの相手をしている間に、すでに背後に接近していた。

「ぐっ!」
『バインド プリーズ』

 だがウィザードは、即座に拘束の魔法を発動させた。
 水の鎖が、パピヨンの周囲から拘束目的でウィザードに迫る。
 だがパピヨンは、それぞれの鎖を見切り、回避、小さな蝶の爆発で弾き飛ばした。

「俺の願いなど、君にとってはたかが知れたものだろうよ!」
「何……!?」

 パピヨンの手刀は、ほとんどがウィザーソードガンで防がれてしまう。

「俺が欲しいのは、俺以外の参加者が当たり前に持っているものなのだからな!」
「俺もみんなも、当たり前に持っているもの? ……ぐっ」

 戦闘中に考えに耽るとは、甘く見られたものだ。
 パピヨンは少しだけ憤慨しながら、ウィザードの胸元に手を当てる。
 弾けろ、と心の中で呟く直前、ウィザードのベルトから『リキッド プリーズ』という音声が流れた。
 すると、ウィザードの体が固体から液体に変化する。蝶の爆発は、ウィザードの右肩を弾き飛ばすが、液体となった彼には通じない。
 すぐさま再生したウィザードは、そのまま掌底でパピヨンの体を貫く。
 だが、大量にメダルを吸収したパピヨンには通じない。華奢な体であるのに、パピヨンの体はびくともしない。
 パピヨンは彼の腕を掴む。ウィザードのサファイアの面に迫る。

「俺が欲しいもの……この世界の美しさを真に味わうことが出来る……命だ!」
「え……!」
「俺は本当の命が欲しい……! 親父が作った偽りの命ではない、寿命で苦しむこともない、永遠の命が!」

 パピヨンはその言葉と同時に、ウィザードの胸元へ掌底を放つ。同時に、小さな蝶をウィザードの体内に潜り込ませる。

「吹き飛べ!」

 パピヨンは叫ぶ。
 液体のまま、ウィザードの体ははじけ飛ぶ。同時に、彼の液体になる魔力は限界を迎えたようだ。地面を転がった水のウィザードは、明らかに固体となっている。

「俺に願いを諦めろというのは……俺に、短命のまま死ねといっているのと同じなんだよ!」
「!」

 その言葉に、ウィザードの動きが固まった。
 パピヨンは続ける。

「前も言ったよな? 自らの邪魔になる参加者は、仕方ない名目のもと容赦なく始末する、自分の都合で、救う救わないを勝手に選ぶ……その選択では、俺は間違いなく死ぬ!」

 言葉を紡ぐごとに、パピヨンは自らの体内のメダルがその量を増していく。
 さらに抵抗しようとするウィザードだったが、すでに彼の左右には、ミイラが忍び寄っている。両腕を掴み、ウィザードが魔法を発動するのを妨害した。
 そしてパピヨンは、ただ吐き捨てた。

「俺を救えないなら、黙っていろ。偽善者」

 そして。
 メダルの力で強化された蝶が、ウィザードの顔すぐ近くに到来し。
 爆発した。 
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