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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第111話 第一〇二四哨戒隊 その2

 
前書き

結局、こんな感じになってしまいました。頭がグシャグシャです。

次回は辺境にすっ飛びます。 

 

 宇宙暦七九一年 九月より ハイネセンポリス

 それから二日後。やはりチェンジは利かない(当たり前だ)とのことで、真にやむを得ずイブリン=ドールトン中尉の着任を了承し、全艦長及び旗艦副長の全員を集めて顔合わせを行った。

「隊司令、入室されます」

 先に会議室の扉を開け少し脇に逸れてからドールトンが、踵を合わせた直立不動の姿勢で声を上げる。それに合わせるかのように、会議室の喧騒も収まり全員が起立する。俺がドールトンの目の前を掠めるように室内に入ると、一斉に俺に向かって敬礼してくる。

 ざっと見て欠員はないし、容儀に乱れはない。いずれも履歴書通りの顔つきをしている。俺が上座から答礼してから着席すると、合わせるように無言で一斉に着席する。ただし旗艦副長と副官のドールトンの二人は、司令部要員として俺の両脇の席に座る。

「この度、第一〇二四哨戒隊隊司令兼同隊旗艦戦艦ディスターバンス艦長を拝命したヴィクトール=ボロディン中佐だ。これからよろしく頼む」

 そう言い切ってからしばらく面々の顔を見る。俺を含めた艦長三〇人のうち、女性は五人で、俺より年齢の若い艦長は三人。専科学校出身と兵卒叩き上げが半数以上を占める。当然ながら俺よりも前線での経験を積んでいる人間が多い。

「ただ俺の悪い癖でこういう会議では話は長くなることが多い。なので他所の連中が居ない限り、こういう場では気楽にしてくれて結構だ。短い足を組んでもいいし、頬杖をかいてもいい。なんならドリンクバーで飲み物を取って来てもいい」

 年配の艦長達は戸惑ったような視線をお互いに交わす。若い艦長達も首を傾げているが、一人だけ何度も何度も納得したように頷いている。履歴書を頭の中でめくれば、彼は士官学校同期で戦術研究科出身の巡航艦艦長だった。

「ちなみに俺の副官イブリン=ドールトン中尉は、残念ながら貴官らのウェイトレスにはなれない。コレは俺と旗艦副長専用だ。悪いが各自セルフサービスで頼む」

 行ってくれと俺が座ったまま右手で会議室後方にあるドリンクバーを指し示すと、とりあえず行くかという感じで三々五々席を立ち、列を作って飲み物を獲りに行く。

「ドールトン、俺には珈琲を頼む。副長は?」

 俺を挟んでドールトンとは反対側に座る、会議室で唯一髭面をした三〇代の少佐に俺が顔を向けると、あ゛~と訛り声を上げつつ無精髭を擦りながら天井を見つめ「じゃあ、小官もそれで」と応える。ドールトンが無言で小さく頭を下げて、ドリンクバーの列の最後尾につくのを見てから、副長が体を寄せてきて囁く。

「もちっと厳しくやってもいいと思いますが、ホントにこんな緩くていいんですかい?」
「気取ったところで、化けの皮が剝がれればどうせ同じさ。面従腹背されるより気負わず言うだけ言って、すっきりしてくれた方がやりやすい」
「士官学校首席卒っていうからもっと杓子定規でパリッとしてると思ったのになぁ……ここずっと調子崩されっぱなしだわぁ……」

 ちょっとぞんざいな口調の入った旗艦副長……ダニエル=ビューフォート少佐は、海賊のような顔を歪めつつ肩を竦める。

 事前に統合作戦本部の喫茶店に呼び出した時、『なんだよ、このクソ生意気な若造』と言わんばかりの態度だったが、親愛度チェック(握手)で少しは納得してくれたらしい。俺は隊司令の仕事に専念するから、よほどのことがない限り操艦は任せると言うと、いかにも不承不承の表情ではあったが、黒い瞳には僅かに歓喜が浮かんでいた。

 以降、口は悪いがとりあえず俺の指示に協力的に従ってくれているし、代わりに艦の準備を進めてくれている。名前だけで言えば大親征時に補給線へのゲリラ戦を実施して、黒色槍騎兵の進撃を一時的でも遅らせた准将と同じだが、アニメでもゲームでもその顔を拝むことはなかったので、本人かどうかは分からない。

「どうぞ」

 一方でコツンと珈琲の入った紙コップを置くドールトン中尉の顔は、仮面のように無表情だ。着任してまだ数日だが、今のところ俺の命令に反するようなこともなければ、仕事上のミスもない。情報分析科出身の副官が多い中、異色の航海科出身としては十分すぎるほど有能なのだが、彼女の腹積もりがまったく分からない。志願の辺境勤務、俺の部下になることを喜んでいたとは到底思えない、あまりにドライでビジネスな関係……

「司令」

 ドールトンが席に腰を下ろすと、ビューフォートが軽く肘で俺を小突く。艦長達は飲料を手に全員席についているし、何人かは言った通り足を組んでリラックスしている。俺が一口珈琲を口に含んでから立ち上がると、その全員の視線が俺に集中した。いずれも緊張と好奇心と諦観の入り混じった視線だ。

「まずは自己紹介だ。艦と顔と名前が一致していないと、お互い迂闊に罵倒もお悔やみも言えなくなるだろう?」
 ハハハッと乾いた笑いが会議室の中に沸き起こる。
「第一分隊から番艦順に立って話してくれ。艦名と自分の名前、階級は言わなくてもいい。それと好きな酒だ。禁酒家だったらソフトドリンクでもいい。ただ個人的にはお奨めはしたくない」

 理由が分かるベテラン勢を中心に含み笑いが漏れるが、若い艦長達は何言ってんだコイツと言った表情だ。明らかに二派に分断された艦長達だが、最初の一人……第一分隊二番艦艦長の初老の中佐が立ち上がると、ざわめきは自然と収まっていった。

「一分隊二番、戦艦インプレグナブル艦長のファルクナーです。好きな酒はカッシナのピュアモルトですな」
 ちょっと普通過ぎないか? と誰かの声がしたが、ファルクナー中佐が微笑んで肩を竦めて応えた言葉で、若い艦長達の顔色は明らかに変わる。
「『おくり酒』ならこれくらいが丁度いいだろう?」
「確かに」

 俺の横でビューフォートが、俺がやっと聞き取れるくらいの小声で呟く。『おくり酒』とは僚艦が撃沈した時、生き残った他艦乗員が手向ける酒のこと。まだ飲酒に関しての規則が緩い時代、特に部隊間に強い結束力が求められた、長期遠征任務に就いていた小部隊で語り継がれる因習だ。僚艦の艦名と識別コードが打ち込まれたドックタグを下げた『未開封キープボトル』の並びはいつ見ても壮観だったと、マーロヴィアの営倉にいたバーソンズ元准将は懐かしそうに話していた。
 なお各艦に配備される酒の代金は『隊司令』か『最先任艦長』が支払うのがルールで、これはは絢爛たるダゴン星域会戦後にリン・パオが首都星に送った祝杯のシャンパン二〇万ダースが変質していたものと思われる。

 ちなみに現在の制式艦隊ではこの因習は廃れていて(一万三〇〇〇本もの酒を全ての艦の酒保にはおけないから当然だ)、個人的なレベルでの献杯に留まっている。爺様もモンシャルマン参謀長も間違いなくこの因習は知ったいただろうが、第四四高速機動集団ではやらなかった。

「一分隊三番、戦艦アーケイディア艦長のジョン=ガーリエンスです。好きな酒はハイライフ社のドラフト・ライトなんですが……」

 それは低所得者層向け格安ビールの定番。もちろん瓶詰めが無いわけではないが、キープボトルとして並べるにはあまりにも場違いで、俺もビューフォートも他の艦長達も笑いを隠せなくなっている。

「一分隊四番、戦艦グアダコルテ艦長のロマナ=スリフコヴァーですわ。好きなお酒はアクタイオン・アスコナのアガベ・エクストラ・アネホ一八五〇。ボロディン司令、ちゃんとご用意してくださいね」

 第一分隊唯一の女性艦長。俺より一回り年上のスリフコヴァー中佐の自己紹介で、会議室は笑いが止まらない。格安ビールから最高級テキーラ。値段だけで三〇〇倍を超えるし、それを三〇本用意しなければならない俺の財布は間違いなく火の車だ。俺の頭の中にラージェイ爺の顔が浮かばずにはいられない。

「一分隊五番、戦艦ハストルバル艦長のアル=シェブルです。私は酒が飲めないのでバラ水でお願いしたいが、部下達には別の良いものを用意してくれるとありがたい」

 そうかといえば宇宙に出てもそういう戒律を厳格に守る人もいる。会議室の笑いは収まるが、アル=シェブル少佐を小馬鹿にするような態度を取る人間はいない。

 これだけ見ればここにいる艦長達の『質』はわかる。よくいる捻くれた『DummyBoy』達 ではない。もしかしたら『誰か』が差配してくれたのかもしれないが、今は取りあえず運が良かったと言うべきだろう。ならば、と俺はアル=シェブル艦長に話を振る。

「了解した。正直バラ水を買ったことがないから、良いメーカーがあったら教えてくれ。紹介料はなしで頼むよ」
「天国に紹介料は不要ですからご安心を」
 左胸の艦長章に手を当てて軽くお辞儀しながら、上目遣いで俺を見るアル=シェブルの顔には笑みが浮かんでいる。この艦長は『アタリ』だ。俺は眉を歪ませて、皮肉っぽく続けた。
「まさかとは思うけどアル=シェブル艦長。戦艦の艦長が死んだら天国に行けると思っていらっしゃる?」
「ボロディン中佐がこれから我々を連れて行く場所は地獄でしょうから、それ以外のどこもおそらくは天国と呼ばれることでしょう」

 新編成の部隊において重要なのは、死を軽視するのではなくまた過剰に恐れることでもなく、ただ胸を張って立ち向かうぞという言葉を、部下の口から無理なく言わせるような雰囲気を作ること……少数の戦闘集団の背骨となる戦艦の艦長が言えば、巡航艦や駆逐艦の艦長達もその気になってくる。これもまたバーソンズ老がマーロヴィアの営倉で常々言っていたことだ。

「七分隊一番、駆逐艦母艦(AD)アルテラ一一号艦長のユミ=シツカワです。特に好きな酒はありません」

 だが巡航艦や駆逐艦という戦闘艦の艦長達の威勢のいい自己紹介の後。支援艦分隊の先頭となった黒髪で小柄の女性艦長は、俺に対して敵意に近い視線を向けて言う。

「支援艦乗組員は戦って死ぬことになんら価値を見出してはおりません。何しろ自衛以外の……自衛と言えるほどの武装すらないのですから、戦いようがないので」

 先程までの会議室の高揚した雰囲気が一気に冷却される。空気が読めない奴め、と言った悪意すら他の艦長達から湧き上がっている。だが彼女のいうことも当然の理だし、後に続く補給艦や給兵艦・工作艦の艦長達も、先任の彼女と大なり小なり同じような雰囲気を纏っている。

 常時護衛艦艇を貼り付けておくことができる独立機動部隊や高速機動集団とは違い、数の少ない哨戒隊ではほぼ全ての戦闘艦艇が戦闘行動に従事することになる。つまり支援艦は見捨てられたり、置き去りにされたり、分隊退避航行中の奇襲等を受ける確率は高くなる。故に支援艦の損害比率は、戦闘艦のそれより高い。

「シツカワ艦長の自己紹介はちょうどよかった。俺から幾つか言わせてくれ」
 俺が口を挟むと、艦長達全員の視線が俺に向けられる。この若造指揮官は、叛逆とも取れる意見に対して、どう答えるのか。
「辺境星域管区の戦況にもよるが、基本的に俺の戦術方針は『不利になれば逃げることに躊躇はしない』だ」

 哨戒隊の第一目的は帝国艦隊の動向を現地で把握すること。機動哨戒隊は『カナリア』であることを軍上層部は十分理解しているから、会敵した敵全てに立ち向かえなどという非人道的な命令を下すことはなく、前進・後退の裁量はある程度隊司令に委ねられている。

 その為に俺は任務においては移動と索敵に念を入れるが、戦闘はさほど重要視しない。発見できればとにかく何が何でも生き延びることを優先する。

 だからと言って無分別な任務放棄・敵前逃亡が許されているわけでもない。それを許せば戦時の統制が取れなくなり、平時でも脱走が起きかねない。それが想像できるだけに、司令の臆病風のせいで功績を上げるチャンスを奪うつもりかと、現に複数の艦長達、特に若い士官学校卒の艦長達の顔には不満が浮かんでいる。

「したがってやむを得ず戦う時は、上級司令部から戦域維持の指示がない限り、極力短期決戦を目指す。具体的に言えば、二四時間以内で勝負がつかないような戦いは回避する方向で指揮する。故に各艦には激しく厳しい運用を求めることになるし、訓練は過酷なものになるだろう。それは第七分隊であろうと変わらない。『死んだ方がマシだ』という程度は覚悟してくれ」

 俺の言葉に会議室の空気がさらに重くなったのが明らかにわかる。話の分かる司令だと思っていたら当てが外れた、という思いか。失望と諦観が雲となって天井に現れてきた中で、中列辺りに座っていた一人の艦長が手を上げた。毬栗頭にやや大きい碧い眼。席から立てば意外と身長は低く、胴周りが太い。

「五分隊二番スノウウィンド一〇二号のテンプルトンです。司令に質問、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「死んだ方がマシだと思わせるような訓練をするということですが、具体的にその結果としてどのような戦術の達成を目標とされているのですか?」

 勝利に固執するあまり、麾下の艦艇に出来もしないようなこと求めるような指揮官なら、サボタージュも厭わない…… これまで艦長経験のない若造に隊司令など務まるのか。そういう根源的な不安を呼び覚ますような質問に、俺は笑顔で答える。

「各分隊が第一戦速で移動しながら一点集中砲撃し、分隊有効射程八〇パーセントの距離にいる敵艦を、三斉射内で確実に撃沈できるようにするのが、最低限の目標だ」
 ううん、という呻きが各所から洩れる。編成されたばかりの分隊にとってみれば高すぎる目標で、達成は困難ではある。だが全く不可能というレベルでもない。
「休暇時間と俺が『一切訓練なし』と決めた時間以外は、全て訓練が行われると考えて行動してほしい。実際マーロヴィアに駐留していた巡航艦分隊は、僅か二週間のうちにこの目標を達成している」
「……」
「この哨戒隊より旧式艦の、ド辺境の駐留部隊ですら達成可能だったのだ。まさかハイネセンで手厚い整備を受けている君達にできないとは言わせない」
「……どのような訓練プランをお考えか。もしよければお教えいただきたい」

 俺の挑発的な物言いにテンプルトン艦長が太い眉を寄せながら問う。そこまで大口叩くなら当然準備しているんだろうなという彼らの懸念は当然だが、そう言われることは百も承知の上で俺は準備している。伊達に査閲部とマーロヴィア軍管区司令部と第四四高速機動集団で鍛えられてきたわけではない。

「いいとも。ドールトン、照明を消してくれ」

 俺の指図にドールトンが席を立って会議室の照明を消し、俺と艦長達の間に在る三次元投影機を起動させる。俺は鞄からやや大きめの画面端末を取り出し、投影機に接続して訓練プランを映し出した。

 固定静止目標・移動目標への射撃訓練、航行補給訓練、隊列組換・陣形変更訓練等々。編制当初に予定している訓練宙域での規定訓練以外に、任地移動中の期間も目一杯利用する。項目だけで一〇〇を超えるその内容に、暗闇の中にある艦長達の顔は渋くなる。

「訓練は何事においても分隊単位で評価する。故に分隊各艦は互いを兄弟か家族と思って、一丸となって訓練に励んでほしい。そしていずれかの分隊が目標を完全達成するまで同じ訓練を続ける。平均が九〇点を超えなくても同様だ。出来るまで同じ訓練をひたすら繰り返す」
「それじゃあ訓練は、いつまで経っても終わりませんよ」
 暗闇の中の不規則発言で、誰が言ったのかは分からない。だがそれは艦長達の偽らざる本音だろう。だからこそ俺は、より挑発的な口調で艦長達に応える。
「『死んだ方がマシ』だと言ったはずだ。出来なければ、生き残れない。敵は貴官らのレベルには合わせてはくれないのだから」

 照明の明るさが戻った会議室の沈黙は重い。だがそれを気にすることはない。

「訓練に際し、俺から注意する点は二つ。一つは上官が目標を達成出来なかった部下に対し、暴力による私的制裁を加えることを禁止する。事実関係を確認の上、速やかに降等処分とする。上官が俺に報告を隠した場合も同様だ。もう一つは私的制裁でなく指導として手が出てしまった場合。本来その場合でも降等処分だが、部下に万全の治療を施した上で理由を説明し、必ず謝罪の上、上官に報告すること。処分については俺が判断する」

 この辺りはヤンのイゼルローンにおける新兵指導と同じだ。暴力による支配は、暴力を生業とする軍ならではの悪癖だが、暴力による怨恨は平時の円滑な軍務の阻害という以上に、危機になった時の秩序崩壊の要因になりやすい。

「俺は基本的に私生活にとやかく言うつもりはない。二つだけ。指示された任務に際し、やむを得ない理由を除いて軍務を怠ることと、公的私的問わず禁止薬物を使用すること。これらを行った際は、即座に不名誉除隊とする。未報告も同様だ」

 飲酒も公共ギャンブルも、身を滅ぼさない程度なら構わない。敵といつ遭遇するか分からない長期哨戒任務だ。息抜きは当然必要だろう。だがそれで軍務を怠れば、報いは命によって償われる。一人のミスが艦と哨戒隊と、最悪は辺境星域全体の問題になりかねない。

 薬物はカイザーリンクの例を挙げるまでもなく、容易に部隊の秩序を崩壊させる。度を越えた大金の遣り繰り、身体・運動能力の劣化、依存症、精神錯乱。何一つ良いことがない。ついでに言えば、せめて自分の職権範囲内では悪霊の動きを封じ込めておきたい。

「俺からは以上だ。話は長くなったが、七分隊の自己紹介が途中だったね。それじゃあ、二番艦から再開してくれ」

 にっこりと笑顔で促す俺に、第七分隊二番補給艦(AOE)ディーパク五〇号艦長の顔は、「今このタイミングで俺に振るか、普通?」といった困惑とツッコミで満ち溢れているのだった。





「ヴィンセント査閲部長から聞いたぞ、ヴィクトール。キベロンではだいぶ派手にやらかしたようじゃないか」

 あの会議室から一ヶ月。新編制部隊に施される最初の集団訓練からハイネセンに戻ってきた俺が、レストラン『楢の木』で食事をしていると、『偶然』よく見知った黒人大将閣下が店に入ってきて、何故か俺の座るテーブルの向かいに座り、悠然と白ワインを片手に、ステーキ二人前を前にして満面の笑顔でそう宣いやがった。

「一哨戒隊が二週間の訓練期間で破壊した稼働標的の数は過去最高で、消費した燃料も一個戦隊(一五〇隻相当)分とか。ついでに訓練中に処分された士官下士官合わせて二五名というのも、過去最多らしいな」
「お褒め頂き、恐縮の至りです」

 正直言えば溜息しか出てこない。訓練内容に不満が無いわけではないが、とりあえず移動中は出来ない砲撃訓練に関しては全て終えることができた。

 ただしその結果黒い腹黒親父の言うように、一哨戒隊が通常使用する訓練資材の優に五倍を消費した為、訓練宙域管理部部長に俺は名指しで呼びつけられ散々どやされた。訓練結果を巡っては士官と下士官と兵の間でトラブルが頻発。それを漏れなく報告して来た各艦艦長とは連日連夜の言い争い。

 下級幹部による私的制裁も初日三件報告され、俺が例外なく即座に降等処分・ハイネセンへ強制送還にすると、手足を捥がれては不味いと思った各艦艦長は、すぐに暴力禁止指示を徹底するようになった。密告を奨励するわけではないが、兵卒が直接俺に連絡できる手段がある以上、隠し事はできない。虚偽の報告も当然あったが、軍医による診察等で当然バレるわけで、虚偽報告者も漏れなく降等処分ないし減俸(二等兵はそれ以上降等できない)処分とした。

 以降はそちらのトラブルに悩まされることはなくなったが、訓練結果が出ないイライラからか、今度は艦長達の査閲報告会議の空気は実に悪くなった。全ての訓練に付き合わされた挙句、会議に列席せざるを得ない査閲官達から、俺に「もういいんじゃないですか、これだけ出来れば……」と逆に泣き言を言われる始末で。

「あまり部下に厳しくし過ぎると、後で痛い目にあうことになる。ま、言うまでもないことだと思うがね」
「勿論です」

 俺も隊司令ではあるが、同時に第一分隊の指揮官であり、さらに言えば旗艦である戦艦ディスターバンスの艦長でもある。第一分隊のふがいない結果は全て俺の責任だから、他の分隊からのキツイ指摘は甘んじて受けなければならない。共通の悩みがあるおかげで、ビューフォート副長との仲は極めて良好だ。

 それでも猛訓練の結果、同時に編制された二〇の哨戒隊の中で、第一〇二四哨戒隊が最も精強な部隊になったことは間違いないことだろう。俺が本当に求めるレベルにはまだまだ達してはいないが、俺がヘマをしない限り、同数の敵と相対して一方的な敗北になることはまず考えられない。俺は上級幹部から一兵士に至るまで散々に恨まれているが、そんなことは彼らが命を失うことに比べれば大したことではない。

「あと必要なのは成功体験だけだと思います。それでみんな理解してくれるでしょう」
「いきなり万の艦隊に遭遇して、蒸発することもあるのにかね?」
「一隻でも逃げ切れれば勝ちです。それが哨戒隊の存在意義ですから」
「成算があるようだな」
「秘密です」

 俺が豚ハラミのソテーを切り刻んで口に運ぶと、シトレも一度大きな両肩を竦めてから厚切りのステーキを処理にかかる。二口、三口と口に放り込みつつ、二人とも無言でワインを傾け続ける。

 俺にとってシトレは三人目の父親といっていい。前世も入れれば四人目だ。シトレ自身、結婚はしているが子供はいない。部下であった父を指揮下で失った負い目もある。必要以上に俺のことを、シトレは事あるごとに贔屓してきた。そんな俺が機動哨戒隊を『志願した』ということが、気が気でないのかもしれない。

「今更というわけではないが、哨戒隊の任期が終了したら軍を辞めるつもりはないか?」

 士官学校校長の頃から一〇年間、ずっと言われ続けたこと。自分でも前線指揮官というよりは、後方勤務の方が向いているのではないかと思わないでもない。だが俺がこの世界に転生してからの最低限の目標は、宇宙暦八〇一年七月二七日まで同盟を存続させることだ。その前でも可能なら機会を逃すことなく、金髪の孺子と赤毛のノッポを始末しなければならない。

「繰り返すようで申し訳ないのですが、二年後に小官が仮に軍を辞めて政治家に転身したところで、政府内部で力を発揮するどころか、地方議会議員にすらなれませんよ。まずもって地盤がありません」
「地盤は君が尊敬して止まないヨブ=トリューニヒト氏が用意してくれるとも」
 そんなところはトリューニヒトを信用しているのかと、俺は呆れた目でシトレを見るが、シトレはいつになく真剣な表情を浮かべている。
「選挙資金は三三億ディナールを片手間のように用意できる『年配のお友達』に頼めばいい。たとえその一〇〇〇分の一でも、圧倒的な資金力と言えるだろう」
「もしそうだとしても、『大佐で卒業』ではダメなのです。シトレ大将閣下」

 同盟が人口の絶対数において帝国を凌駕することは出来ない。その上で同盟を叛徒とみなす帝国の侵略に対抗しつつも辛うじて四八対四〇の国力比を維持できるのは、フェザーンの干渉があるにしろ生産性において優位に立っているからに他ならない。

 その優位は優秀な生産基盤と中堅技術層によって現在まで支えられているが、度重なるイゼルローン攻略戦の失敗、アスターテ星域会戦での大敗北、そして帝国領侵攻という、あと残り僅か四年で二五〇〇万人の軍人を失うことで完全に崩壊する。

 二年後、大佐で軍役を終えて評議会議員選(出馬できれば悪霊と同期となるが)に当選するとしても、残り二年で大侵攻を政治側から阻止することはほぼ不可能だ。少なくとも一〇歳年上で現在評議会二期目のコーネリア=ウィンザーを抑え込めることすら出来ない。怪物の威を借りたとしても、結果として与党派閥内抗争を巻き起こすだけで、大侵攻を阻止することは難しい。

 であるならば、機動哨戒隊で功績を上げ早めに大佐に昇進、いずれかの正規艦隊(できれば第五艦隊の)巡航艦戦隊で功績を上げて准将。そこで国防委員会の上級軍事参事官に戻れれば、辛うじて大侵攻前に、サンフォード議長の秘書に持ち込まれる作戦計画を軍政側から握りつぶすことができる、かもしれない。

 特に前線で功績を立てた『将官』というステータスは想像以上に大きい。フォークがサンフォード議長の秘書に大侵攻作戦計画を持ち込めたのも、二六歳の若さでありながら『准将』だったからだ。本人自身が艦長あるいは前線指揮官として武勲を上げたかは正直わからないが、ロボスの参謀として功績を上げてきたのは間違いない。勿論後ろに控えるロボスの影に、議長側が遠慮した可能性は十分あるが……

「ベタ金にならなければ、とても評議会議員選挙で当選できません。それに出馬するとなれば仰る通り偉大なるトリューニヒト氏の与党閥しか選択肢がない以上、大将閣下のご迷惑になるだけではないですか?」
「君は豺狼当路を許すような男ではないと、私は信じているがね」
「私にも私なりの信念というものがありますが、同時にどのような恩であれ、恩を仇で返すような人間と思われるのは心外です」
「トリューニヒト氏を教会に連れてゆるしの秘跡をさせられるのは、君ぐらいしかないだろうに」
「ご存知かとは思いますが、それは人間にのみ通用するお話しです」
「……んん。やはり君はキャゼルヌの薫陶篤い後輩のようだな。温和な表情で辛辣な台詞を吐く」

 太い唇を小さく歪ませながら、小さく鼻で笑うシトレに、俺は表情を変えることなく腹の底で深く溜息をつくしかなかった。
 
 残念なことに現実として原作通りに物事は進んでしまっている。第五軍団がカプチェランカから撤退した途端に、交代した軍団が帝国軍の強襲に遭いほぼ半減し東半球を奪回されてしまった。

 さらには新たに二つの制式艦隊を編成・増強する予算が付けられた。現在同盟には制式艦隊は一〇個でロストナンバーはないので、これが第一一・第一二艦隊になるのは充分想定できる。防衛力強化と迎撃ローテーション運用に余力を持たせることが目的だが、来年中にグレゴリー叔父が第一二艦隊司令官に推挙されるのはほぼ間違いない。そして……

「おそらくは来年。私はイゼルローン要塞を攻略することになるだろう」

 俺から視線を外しつつ、周囲を伺いながら、体に似合わぬ小さな声でシトレは言った。

「少なくとも三個艦隊以上の戦力を用意し、万全の態勢を整えて攻略に臨むつもりだ。前の宇宙艦隊司令長官の轍は踏みたくないからね……準備段階において前線展開する哨戒隊にはいろいろ苦労を掛けることになるが、よろしく頼む」

 攻略ルートの威力偵察。欺瞞・陽動作戦。前衛艦隊の誘導。補給ルートの哨戒。補給船団の護衛。通常の哨戒業務以外の仕事が増える。それに伴って哨戒隊も帝国軍との触接が通常より多くなるのは当然のことだ。

「訓練についてきた部下達は皆優秀です。いずれ閣下がイゼルローン回廊入口に達する時に御用があれば、当哨戒隊にご連絡いただければできる限りのことはいたします」

「それとこれは全く私事の頼みなのだが、聞いてもらえるかね。ヴィクトール?」

 出来ることと出来ないことはありますよと含んでの回答だったが、シトレは理解したのか疑わしいような笑顔を浮かべてグラスを上げると、そう言うのだった。
 
 

 
後書き
2024.11.03 更新

ダニエル=ビューフォート CV:山崎たくみ
イブリン=ドールトン   CV:吉田理保子 
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