魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第7章】アウグスタ王国の王都ティレニア。
【第4節】運命の出逢い? ユリア、登場!
そうして、カナタとツバサはさらに先へと進んで行ったのですが、王宮区の側から数えて「5番目の環状道」に入る手前で、二人は不意に王国軍の魔導師の三人組とバッタリ出くわしてしまいました。
面構えからして、なかなかに年季の入ったメンバーのようです。
魔導師A(年配者)「おや? 坊やたち、こんなところで何をしてるんだね?」
カナタ《あちゃ~。ツバサ、どうする?》
ツバサ《ここは、取りあえず、迷子の男の子の振りをしましょう!》
魔導師B(堅物)「ここから上は〈中央区〉だ。もう貴族のお屋敷ぐらいしかないぞ」
魔導師C(お調子者)「はは~ん。さては、お前ら、迷子だな~」
ツバサ「すみません。私たち、都には今日、初めて来たものですから」
カナタ「なんだか、大通りをジグザグに進んでたら、いつの間にか、こんなトコロまで来ちゃいました」
魔導師B「ジグザグに来たのだと解っているのなら、来た道をまたジグザグに戻りなさい。貴族の中には、気むずかしい人たちも沢山いるんだ。平民が用も無いのにこんな場所をウロウロしていたら、人によっては、ただそれだけで難癖のひとつも付けて来るぞ」
ツバサ「はい、解りました」
魔導師C「親御さんはどうした? 探してやろうか?」
カナタ「いえ! ボクらは、大丈夫ですから!」
ツバサ「叔父とは、昼下がりに南の門で待ち合わせ、という約束なんです」
魔導師B「それなら、特に心配は無いな。……隊長? 何かありましたか?」
ふと気がつくと、魔導師Aは左耳に手を当てて、何やら「魔法による通信」のようなものを受け取っています。
魔導師A「……解りました。我々第14警邏分隊も、これより現場に急行します。〈誘導路〉と通常型の〈円盤〉を三枚、こちらへお願いします」
魔導師B「何か事件ですか?」
魔導師A「うむ。下町の南西区で赤毛の女性と黒髪の女の子が暴れているらしい」
魔導師B「また、南西区ですか?」
魔導師C「と言うか、女性と女の子って……それ、ホントに『事件』なんですかぁ?」
魔導師A「赤毛の女性が馬車の轅をへし折って馬たちを放した上で、黒髪の女の子がその馬車を丸ごと持ち上げてブン投げたそうだ。おそらく、身体強化系の魔導師だろう。南西区と言えば、朝方の一件もある。外見が女子だからと言って油断はするな。……よし、行くぞ!」
上下道の幅広い「中央分離帯」が、不意に淡い光を放ち始めました。その〈誘導路〉が大通りの中心線に沿って、サーッと事件の現場まで道なりに伸びて行きます。
魔導師B「君たちも騒ぎに巻き込まれないよう、注意して帰るんだぞ」
ツバサ「解りました」
カナタ「お仕事、頑張ってくださ~い」
魔導師C「おう。任せとけ!(調子の良い笑顔)」
三人の魔導師は順番に、その〈誘導路〉の端に低く浮かび上がった三枚の「光の円盤」の上に一人ずつ飛び乗りました。すると、彼等の体は急斜面を滑り降りるスノーボーダーのような速さで、淡く光る〈誘導路〉の上を走り始めます。
そして、三人は重心移動で巧みにバランスを取り、ほとんど直角のコーナーもきれいに右へ曲がって行きました。これには、双子も思わず感心してしまいます。
カナタ「へ~え。何だか、スバルさんのウイングロードとウェンディさんのライディングボードを組み合わせたような感じの魔法だねえ」
ツバサ「まあ、あの誘導路と円盤を作っているのは、誰か別の人のようですが……。いや、あるいは、この石畳の下に何か『仕掛け』が埋められているのでしょうか?」
カナタ「う~ん。何だか、それっぽい造りだなあ。……それより、ツバサ! 今の人たちが言ってた『赤毛の女性と黒髪の女の子』って、ヴィータさんとミカゲさんのことだよネ?」
ツバサ「それ以外には、まずあり得ませんね。(キッパリ)」
カナタ「ヴィータさん、何やってんだヨ! ボクらに対してはさんざん『お前ら、あまり暴れるなよ』とか言ってたくせに!」
ツバサ「まあ、ここは『わざわざ王国軍の注意を引き付けてくれたのだ』と善意に解釈しておきましょう。……で、これからどうします?」(と、不敵な笑み。)
カナタ(にやりと笑い返して)「現地の人から情報を得るにしても、やっぱり、貴族の方がいろいろ知ってると思うんだよね~」
ツバサ「解りました。いつもの『大物狙い』ですね」
こうして、カナタとツバサは当然のごとく、魔導師Bの忠告を無視して、さらに先へと進んで行ったのでした。
さて、カナタとツバサはそのT字路を右折して5番目の環状道に入り、また次のT字路を左折して上下道に入りました。
確かに、ここから先はもう貴族の居住区のようで、壁の色合いや高さからして、ここから下の街並みとは随分と様相が異なっています。
ところが、その上下道を何歩か進むと、いきなり何か重たいモノが体の上にのしかかって来たような気がして、双子は思わず足を止めました。二人は互いに顔を見合わせてうなずき合い、試しに何歩か下がってみると……また不意に重苦しい感触が消えます。
ふと周囲を見渡すと、ずっと右の方にもずっと左の方にも背の高い柱が建っていて、二人は今ちょうど、その全く同じ形をした二本の柱を結ぶ直線の上に立っていました。
柱の太さはせいぜい1メートルあまりで、高さの方は10メートルちょっとといったところでしょうか。よく見ると、そうした柱は数百メートル間隔で〈中央区〉一面に並んでおり、全体では何十本も林立しています。
カナタ「あの柱って、もしかして……」
ツバサ「ええ。多分、『抑制結界』の発生装置ですね。これほどの規模の結界を何日も張り続けるなんて、とても人間業じゃ無い、とは思っていましたが……なるほど、こういうカラクリでしたか」
カナタ「あれって、ロストロギアの類なのかな?」
ツバサ「さあ、どうでしょう? まあ、800年前の古代ベルカと実際に交流があったんですから、何が存在していても決して不思議ではありませんけどね。……で、これからどうします?」
カナタ「少し重苦しいだけで簡単に引いてたんじゃ、『高町』の名がすたるってモンじゃないの?(笑)」
ツバサ「まあ、12歳の頃の母様たちなら、間違っても、ここで引き返したりはしなかったでしょうね」
カナタ「じゃ、ボクらも負けずに行こうか」
「結界」と言うと、普通は(魔導師の全身を包む球形のバリアのように)その土地全体をすっぽりと包みこんでいるものなのですが、この「抑制結界」は(魔導師が「攻撃の来る方向」に張る、平面的なシールドのように)もっぱら上空からの攻撃に備えているだけで、横方向からは割と自由に出入りをすることができました。
「ミッド式魔法」の中では、まず見られないタイプの魔法です。双子が少し戸惑ったのも無理はないでしょう。
ともあれ、カナタとツバサはこうして、いよいよ王都ティレニアの〈中央区〉へと歩を進めたのでした。
しかしながら、これもまた軍事的な観点から考えた結果なのでしょうか。貴族の屋敷はみな、出入り口を街路の少し奥の方に設けていました。どの区画でも、大通りから直接に目にすることができるのは、無表情な白塗りの高い壁ばかりです。
しかも、双子はあれ以降、大通りの両脇にある歩道をどれだけ歩いても不思議と誰にも出くわしませんでした。4番目の環状道を過ぎても、馬車ひとつ通りません。
カナタ「……変だなあ。もしかして、今日って何か特別な日なの?」
ツバサ「下町の様子を見た限りでは、特にそうは見えませんでしたが……。この国の貴族階級には、毎日たっぷりと時間をかけて昼食を取る習慣でもあるんでしょうか?」
カナタ「あ~、それはあるかもネ~。そ~か、時間帯が悪かったのか~」
ツバサ「もしそうだとすると、私たちは急いで降りて来て、かえって損をしたのかも知れませんねえ……」
と、その時、大通りをはさんだ向こう側のお屋敷から、何やら悲鳴のような声がかすかに聞こえて来ました。
カナタとツバサは思わず駆け出し、車道を横切ってそちら側へ行こうとしたのですが、二人が中央分離帯の辺りまで来た時、正面の高い壁を大きく跳び越えて、宙にいきなり人影が現れます。
それは、何やら「エンジンのついたスケートボード」のようなモノに乗った女の子でした。女の子は、自分が着地するあたりに双子が立っていることに気づくと、思わず空中で『どいて~!』と声を上げます。
しかし、風にあおられたのか、咄嗟にスカートを押さえようとしてバランスを失ったのか、女の子は空中で不意に体勢を崩してしまいました。
今、双子がその場から逃げると、女の子は背中から(下手をすれば、後頭部から)石畳の上に落ちてしまいます。それでも、『抑制結界』のせいで魔法はろくに使えません。
そこで、双子は両腕を伸ばし、二人がかりで女の子の体を物理的に受け止めました。
一方、あらかじめ着地用の逆噴射がプログラムされていたのでしょう。空中で女の子の足から離れたスケートボードは、自動姿勢制御で底面をまた下に向けると、その底面から少女の体重をも丸ごと持ち上げられるほどの勢いで火を噴き、あちらの壁の向こう側にまで一気に飛んで行ってしまいました。
それから、カナタとツバサは女の子の体をそっと地面に下ろしました。
一見して、年齢は二人と同じぐらいでしょうか。ごく淡い色合いの金髪に、鮮やかな群青の瞳。貴族としては比較的簡素な服装で、肩からは斜めにお出かけ用の小さな(いささか質素な外見の)バッグを下げています。
ツバサ「お嬢さん。お怪我はありませんでしたか?(ニッコリ)」
女の子「えっ? ……ああ。はい!」
カナタ「なんだって、また、あんな危ないコト、したのサ?」
女の子(周囲をきょろきょろと見ながら)「えっと、あの……わたし、追われているんです! 早く、わたしを連れてここから逃げてください!」
カナタ「はあァ?」
女の子「ボードも何処かへ飛んで行ってしまいました。自慢になりませんけど、わたし、走るの、あんまり速くないんです!」
カナタ《ええっと……何? この『自分の「お願い」は聞いてもらえて当たり前』みたいな喋り方は? 『平民は黙って貴族様の言うことを聞け』ってコト?(怒)》
ツバサ《いえ、特に傲慢な感じはしません。おそらくは、ただ単に『今は本当に切羽詰まっていて、心に余裕が無い』というだけのことなんだと思いますよ。……カナタ、ここはひとつ聞いてあげませんか?》
カナタ《……まあ、別にいいけどサ。他には手がかりも無いんだし……。》
ツバサ「解りました。それでは、お嬢さん。どちらへ逃げたいですか?」
女の子「えっ?!」(本当に助けてくれるの? と言わんばかりの意外そうな表情。)
ツバサ「と言っても、私たちも今日、田舎から初めてこの都に来たばかりなので、あまり具体的な地名を言われても解らないのですが」
女の子「あの! じゃあ……下町の南西区まで、お願いします!」
女の子はしきりに、自分が今、逃げ出して来た屋敷の方を気にしていましたが、双子もやがて、そちらから何やら慌ただしい物音がすることに気がつきました。どうやら、本当に誰かが追いかけて来るようです。
「解りました。南西区ですね。カナタ、先導をお願いします」
「よぉし。太陽の方角からして……あっちだな!」
「さぁ、私たちも」
カナタは軽快に走り出し、ツバサも素早く少女の手を取ったのですが、その途端、少女はビクリと体を震わせ、その場に硬直してしまいます。
「どうしました?」
「あの……すみません。わたし……人と手をつなぐのとか、ゼンゼン慣れてなくて……」
「でも、ここで固まっていたら、すぐに捕まってしまいますよ?」
「そっ、そうですよね! すみません!」
「じゃあ、走りますよ。とにかく、今はこの場から早く離れましょう」
「はい!」
そうして、ツバサと少女もカナタの後を追って走り出しました。少女は何やら妙にドキドキしてしまっています。
しかし、〈中央区〉を出て、上層市民の住む「閑静な住宅街」に入ったあたりで、少女は早々と息を切らしてしまいました。仕方なく、三人は一旦、人目を避けて少し街路の奥に入り、そこで休憩を取ります。
カナタ《うわあ。まだ丸1キロも走ってないのに……。この子、体力、無さすぎ!》
ツバサ《まあ、普通のお嬢様はこんなものでしょう。普段から陸士隊で鍛えている私たちと比べるのは、さすがに可哀そうですよ。》
カナタ《これなら、ボクが背負って走った方がまだしも早いんじゃないのかなあ?》
ツバサ《いや、それはダメでしょう。彼女はあまり「身体的な接触」に慣れていないようです。先程も、私が手を取っただけで、ビックリしてましたからね。》
カナタ《いや、それは……。まあ、そうなんだろうけど……。》
ツバサ(カナタの微妙な反応に、内心では首を傾げながらも)
《それより、この機会に、少し聞き取り調査を進めておきましょう。》
ツバサ「ところで、お嬢さん。お名前をお訊きしてもよろしいですか?」
女の子「えっ? ああ、はい! あの……わたし……何て言うか、その……この都では本当によくある、その……平々凡々な名前なんですけど……ユリアといいます」
カナタ《この子は一体何と戦ってるんだろう? ……もしかして、偽名なのかな?》
ツバサ《もしそうだとしても、今は、それは特に問題ではありませんよ。》
「ユリアさんですか。いいお名前ですね」
ユリア「あの……では、あなたたちのことは、どうお呼びすれば?」
カナタ「ボクはカナタ。そっちはツバサだヨ」
ユリア「……何だか、とても珍しいお名前ですね?(吃驚)」
カナタ《あ、しまった! こちらも、何か偽名とか使った方が良かったのかな?》
ツバサ《いいんじゃないですか? どうせローゼン風の名前なんて解りませんし。》
「ええ。私たちの母は村でも少し変わり者でして。同じ名前の子が一人もいないようにと、わざわざ珍しい名前を選んでつけてくれたのだそうです」
ユリア「そうなんですか……。あ、でも、どちらも子音と母音が交互に並んでいて、何だかとても響きの良いお名前ですね」
ツバサ「ありがとうございます」
カナタ《なぁんだ。普通に社交辞令とか言える子じゃん。》
ツバサ《ようやく気分が少し落ち着いて来た、といったところでしょうか?》
ツバサ「それでは、ユリア。もう幾つかお訊きしてもよろしいですか?」
ユリア「……はい?」
ツバサ「まず、どうしてあんな危ないコトをしてまで逃げ出したりしたんですか?」
カナタ「て言うか、あそこは君の家なの?」
ユリア「いえ! あそこは、その……公爵様の、お屋敷です。昼食会に招待されて、侍女たちとともに出向いたのですが、実は、わたしの知らないところで、その……公爵様のお孫さんとの、軽い『お見合い』が仕組まれておりまして……」
カナタ「ええ~っ! お見合いって……君、今、何歳?」
ユリア「今年で11歳になります」
ツバサ「私たちより一つ年下でしたか」
カナタ「この世(界では)……じゃなくて! 貴族の人たちって、そんな年齢でもう結婚しちゃうの?」
ユリア「いえ。結婚は法律で15歳からですけど、婚約なら10歳から可能なので」
ツバサ《その辺りは、古代ベルカと全く同じですね。》
「しかし、あなたが逃げ出してしまって、御実家の方は大丈夫なんですか?」
カナタ「逃げ出したくなるほど、嫌な相手だったってコト?」
ユリア「えっと。その……わたしの実家なら別に大丈夫です。相手も、その……決して悪い子じゃないんですけど……まだ10歳で、わたしに対しても、あまり興味が無い感じだったので、特に怒ったりはしていないと思います。それに……わたしも今日は、最初から『隙を見て逃げ出す』つもりで、自作のボードを内緒で持ち込んでいた訳ですから……ある意味、この状況は予定どおりと言うか、何と言うか……」
カナタ《なぁんだ。見た目より、ずっとオテンバなんだ。》
ツバサ「あのボードは、自分で作ったんですか?」(と、少し驚いた表情)
ユリア(とても嬉しそうに)「ええ! 実は、わたし、ああいうモノを作るの、得意なんです!」
ツバサ「それは、珍しい御趣味ですね?」
ユリア「ええ、よく言われます。(苦笑)でも、わたし、将来は魔導師用のデバイスとかも自分で組めるようになりたいんです!」
カナタ《……あれ? ちょっと待って、ツバサ。公爵って、中世の社会じゃ、すごく偉い身分なんじゃないの?》
ツバサ《そうですね。普通は、王家の分家に与えられるような爵位です。》
カナタ《そこから、お見合いの話が来るってことは……もしかして、ユリアの家も、かなり偉い身分なの?》
ツバサ《ええ。少なくとも、伯爵以上でしょう。どうやら、私たちはいきなり「当たりくじ」を引き当てたようですよ。》
カナタ《いやあ。やっぱり、日頃の行ないが良いと、いざって時に幸運が舞い込むものなんだねえ。》
ツバサ《それって、普通、自分で言いますか?(呆れ顔)》
ユリア「ああ……。やっぱり、ちょっと呆れちゃいますよね?」
(彼女はツバサの呆れ顔を何やら誤解してしまったようです。)
ツバサ「あっ、いえ! その……ただ単に、驚いたんです。魔法のこととか、私たちにはよく解らないので」
カナタ《Aランク魔導師がよく言うよ。》
ツバサ《すみませんが、カナタ。少し黙っててもらえますか?(軽い苛立ち)》
カナタ《はい、はい。(笑)》
ユリア「そうだったんですか。……ああ! すみません。突然ですけど……そう言えば、まだお礼も言っていませんでしたね」
ツバサ「はい?」
ユリア「最初、お二人に受け止めてもらえなかったら、わたしは、きっと背中から落ちてケガをしていただろうと思います。本当に、ありがとうございました」
ツバサ「ああ! いえ。こちらこそ、すみませんでした。あなたもきっと、私たちの姿に気づいて慌てたりしなければ、あそこまで大きくバランスを崩したりはしていなかったのでしょう?」
ユリア「ええ。まあ……そうかも知れませんけど……今日はこんな服装ですから、それでなくても、多分、尻餅ぐらいは突いていたと思います」
ツバサ「では、多少の迷惑はお互い様、ということで」
ユリア「……はい!」(と、とても嬉しそうな表情。)
「さて、それでは、下町の南西区に行く前に、もう一つだけお訊きしておきたいのですが、ユリア。そこへは一体何をしに行くんですか?」
「実は、その……人を探したいんですけど……。あ、そうだ! お二人は、下町でこんな風貌の女性を見かけませんでしたか?」
ユリアはそう言って、バッグのポケットからきれいに折りたたまれた一枚の紙を取り出し、それを拡げて二人に「とある女性」の似顔絵を見せました。一体誰が描いたものなのか、驚くほどに写実的な筆致です。
しかし、カナタはそれを見るなり、思わず驚きの思念を上げました。
《ええっ! ツバサ、これって……。》
《髪型が少し違うだけで、あとは提督にそっくりですね。》
内心ではこれほど驚いているのに、それを全く表情に出さないとは、カナタもツバサもさすがはプロの陸士です。
《じゃ、やっぱり、リインさんの推測が正しかったってコト?》
《ええ。どうやら、そのようですね。》
ツバサ「いえ。私たちは南西区の方には立ち寄っていないので、この人物を見た覚えも無いんですが……。ちなみに、この女性はどういう人なんですか?」
ユリア「わたしの、母なんです。その……もう半年ちかくも行方知れずなんですけど」
ツバサ「行方不明、というと?」
ユリア「聞いた話ですが、昨年の14月に旅先の山道で、馬車ごと崖の下に落ちてしまったのだそうです。父は、もう何だか諦めてしまっているみたいなんですけど……馬車の残骸を調べても、その辺りには御者と馬の死体しか見つからなかったということなので、わたしは、まだどうにも諦めきれなくて……」
ツバサ「なるほど。そうでしたか」
ユリア「それで、『今朝方、下町の南西区で母らしき人を見かけた』という話を聞いたものですから……わたし、居ても立ってもいられなくなってしまって……。昼食会の話さえなければ、もっと早くに動けていたんですけど」
カナタ《ねえ、ツバサ。こういう時って、後々のことを考えると、早目に教えておいてあげた方がいいんじゃないのかな? 『今朝、下町にいた人は、実は、ユリアのお母さんじゃないんだよ』って。》
ツバサ《確かに、それも一理ありますが……。でも、カナタ。今それを言うと、私たちは芋蔓式に、この場で八神提督や管理局のことなど、すべてを白状せざるを得なくなってしまいますよ?》
カナタ《え? ……ああ、そうか! ……正体を隠すのって、難しいなあ。》
ツバサ「解りました、ユリア。それでは、一緒に探しましょう」
ユリア(大喜びで)「いいんですか!?」
カナタ《ちょっと待って! ホントに、それでいいの?》
ツバサ《大丈夫ですよ。私に考えがあります。》
「ええ。それで、お母様のお名前は、何とおっしゃるんですか?」
ユリア(不意に口ごもって)「ええっと、その……何て言うか……これまた、この都では本当に平凡な、その……どこにでもある名前なんですけど……グロリアといいます」
カナタ《え? それって、屋台のおばちゃんが言ってた、あの?》
ツバサ《ええ、そうですね。これは、いろいろとつながって来ましたよ。》
ツバサは、他にも何かいろいろと察しがついたようですが、今はまだ何も語りませんでした。一息ついたところで、三人はいよいよ下町の南西区へ向かうことにします。
すると、ユリアはバッグから、小さく丸められていた薄地のマントを取り出して身にまとい、深々とフードをかぶりました。
見るからに安っぽいマントですが、どうやら顔を隠しつつ「平民に変装」しているつもりのようです。実際には、マント一枚で仕草や気品まで隠すことはできないので、実のところ、今ひとつ「平民らしく」は見えないのですが、ここではあえて本人の気持ちに水を差す必要も無いでしょう。
こうして、カナタとツバサとユリアは仲良く下町へと駆け出して行ったのでした。
ページ上へ戻る