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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第6章】ベルカ世界より、いよいよ新世界へ。
   【第7節】各人の兄弟姉妹に関する雑談。


 さて、18時から談話室で夕食を取っている間にも、一同はテーブルごとにいろいろな雑談をしていた訳ですが……その最中(さなか)に、中央のテーブルにいたフェルノッドが向かいの席のザフィーラに突然こう問いかけました。
「ところで、ザフィーラさん。自分は先程の『エドガーさんには、すでに妻も子供もいる』という話を聞いて、ふと思ったのですが……ひとつお訊きしてもよろしいですか?」
 左右のテーブルでも、何名かの男女が思わず聞き耳を立てます。
 そして、ザフィーラが(口の中にはまだ食べ物が入っていたので)無言のまま軽くうなずくと、フェルノッドはいきなりこんなバカなコトを言い出しました。
「八神家には、随分と小柄な(かた)が三人もいらっしゃるようですが、あの人たちは、ザフィーラさんか誰かのお子さんなんですか?」

 ザフィーラは危うく吹き出しそうになりましたが、それをグッとこらえて素早くコップの水を飲み、口の中の物を無理矢理に胃袋の中へと流し込みます。
 そして、他のテーブルの者たちも(ひそ)かに聞き耳を立てていると知った上で、ザフィーラはその頓珍漢(とんちんかん)な質問にも(つと)めて冷静に、よく通る声でこう答えました。
「いや。あの三人は、ああ見えて、いずれも成人で、局での階級もすでに尉官だ。八神家の各人の年齢や血縁関係に関しては、特秘事項も(から)んで来るので、基本的にはノーコメントなんだが、オレ自身の話としては、『(あるじ)』や『命を預けられる仲間たち』はいても、『妻子』や『血のつながった親兄弟など』は一人もいない。だから、血筋という意味では、オレは天涯孤独の身の上だ、とだけ言っておこう」
 ザフィーラ自身は『まあ、これぐらいの情報ならば、公開しても別に構わないだろう』という考えのようです。


 そして、夕食後の会話は、今夜もまた現地語の練習となりました。
「あまり専門用語を使わずに済み、かつ、誰もが普通に発言できるような話題ということで、今夜はまず各人の兄弟姉妹の話でもしてみようか?」
 ザフィーラの提案に、全員が賛同します。
 それを確認すると、ザフィーラは軽く右手を()げながら、随分と流暢(りゅうちょう)なローゼン首都標準語でこう言って、皆々に発言を(うなが)しました。
「では、オレ以外で、血のつながった兄弟姉妹の一人もいない者はいるか? 自己紹介と言ってしまうと今さらな気もするが、多少は自分自身の話も(まじ)えて構わないぞ」
(以下、肉声の言葉はすべて、ローゼン首都標準語となります。)

 それに(こた)えて手を()げたのは、割と愉快な性格をした18歳の凸凹(でこぼこ)コンビ、やや背の高い「細マッチョ体型」のワグディスと、それとは対照的な「豆タンク体型」のレムノルドでした。
 他には誰も手を()げていないのを確認した上で、まずワグディスがこう語り出します。
「僕たちは二人そろって孤児で、生まれて()も無い頃からずっと孤児院で育ちました。もしかすると、何処(どこ)か僕たちの知らない場所(ところ)で、血のつながった両親とか兄弟姉妹とかが今も生きていたりするのかも知れませんが、僕たちには全く見当もつきませんし、正直なところ、今さら知りたいとも思いません。だから、少なくとも僕たち自身の主観としては、僕たちは二人とも一人っ子なのです」

「え? じゃあ、あなたたちって、その孤児院で兄弟も同然に育った(なか)だったの?」
 ゼルフィが思わずそう訊き返すと、ワグディスは一瞬、『あ、しまった!』という表情を浮かべて、こう答えました。
「ああ、すいません! 言葉がちょっと足りなかったようですね……」
「それぞれに別の孤児院で育った孤独な二人の少年は、地元の訓練校で『運命の出逢い』を()げたのです!」
 相方(あいかた)が言葉を探している一瞬の隙を突いて、童顔のレムノルドは「茶目っ()たっぷりの笑顔」でそう言いながら、いきなりワグディスの胴体にがっしりと抱きつきます。
「ヤメロ! お前がそういう(たち)の悪い冗談をかますから、マジでゲイカップルかと誤解されるんだぞ!」
「実際には、二人とも、フツーに女性の恋人を募集中でーす。(笑)」
《だったら、どうしてそういう「捨て身のギャグ」をかますのよ……。》
《これを見て彼等のことを好きになる女は、ちょっといないわよね~。》
 ゼルフィとノーラは、表情に出さぬよう笑いをこらえながらも、二人だけの念話で(ひそ)かにそう語り合いました。

 続けて、カナタが不意に、少し奇妙なことを言い出しました。
「主観的な話で良いのなら、ボクらもどちらかと言えば、『二人で一人』の一人っ子みたいなものだったよねえ」
(どうやら、『自分たちは幼い頃、二人だけで完結してしまっていた』ということが言いたいようです。)
 ツバサはそれにうなずきながらも、『は?』という表情を浮かべている一同のために、こう言葉を足しました。
「一応は、カナタの方が『姉』ということになっていますが、私たちは物心つく前から、双子として()くも()しくもしばしば『二人きりの世界』を作り、もっぱらその中で生きて来ました。ですから、私たちは普段、『どちらが姉で、どちらが妹』などといった区別は全く意識していませんし……むしろ『二人で一人』という一体感の方が強く、感覚的な面で、普通の姉妹とは相当に異なっていただろうと思います。
 また、私たちは母方の祖父母の家に預けられて育ったのですが、私たちの母は実家では末っ子でしたから、母方のイトコたちはみな、私たちよりも年上で、そのイトコたちのうちの二人が同じ家で育てられていたので、私たちは感覚的には『二人で一組の一人っ子』か、あるいは『二人で一組の末っ子』という感じでした」
 他の陸士らはローゼン首都標準語で、口々に『へえ~』とか、『なるほど、双子って、そうなるんだね~』などといった納得の声を上げました。どうやら、みな、現地語の発音にもだいぶ慣れて来たようです。

「では、カナタとツバサの他に、末っ子の者はいるか?」
 ザフィーラがそう呼びかけると、まずはノーラとディナウドとジェレミスが手を()げ、少しだけ遅れて、意外にもバラムが手を()げます。
 三人の陸士は揃って陸曹に順番を譲り、バラムはそれを受けて、ごく丁寧な口調でこう語り出しました。
「自分には、兄が二人、姉が一人おりまして、血筋の上では、自分は末っ子になります。しかし……母は40歳にもなってから『全く想定外の妊娠』をしてしまったのですが、それで、年が明けてから生まれた子供が自分でして……その時に、いろいろあって、自分は最初から、敷地内の質素な別棟(べつむね)に移され、そこで『母方の叔母』と『引退した老メイド長』とに育てられました」

「あ。その叔母さんって、さっき言ってたセディーゼさんですか?」
 バラムは、カナタの指摘に大きくうなずいて、また言葉を続けます。
「彼女はIMCSを引退した後、早くに両親を()くすなど、さまざまな不幸が重なって、ついに無一文の身と成り果てたため、両親の生前に『玉の輿(こし)』に乗っていた美人の姉を頼って、その(とつ)ぎ先に『やむを得ず』身を寄せました。
 そして、自分が生まれた頃には、彼女はもう『姉夫婦の使用人』のような立場に立たされていたのですが……自分は何の疑問も(いだ)かずに、彼女を母親と信じ、老メイド長を祖母と信じて、三人きりの家庭で(つま)しく育ちました。
 ですから、個人的な感覚としては、自分は一人っ子です。実のところ、ドルガン家はエルセアでは有数の名家なのですが、自分には今もその一員だという感覚が……正直に言うと、あまりありません。そもそも、7歳になるまで、自分は『使用人の子供』なのだと信じて育ちましたし、結果として、今でも心情的には、実の父母や兄たちや姉とは疎遠なままとなっています」

「だとすると……バラムさんが7歳の時に一体何があったんですか?」
 ツバサの疑問にも、バラムは必要以上に丁寧な口調で答えました。あるいは、『なるべく感情を(まじ)えずに、淡々と話そう』と心がけて、意図的にそうしているのかも知れません。
「新暦75年度の大事件と言えば、首都圏の方では、当然に〈ゆりかご事件〉が一番の大事件なのでしょうが、エルセアでは、むしろ翌年の2月に起きた『列車事故』の方が有名な事件です」
 エルセア出身のマチュレアとフォデッサは、咄嗟(とっさ)に『ああ! そう言えば、聞いたことがある!』という顔をしました。
「実際、それは『歴史に残るレベル』の大事故で、一度に百人以上もの乗客が死亡したのですが、その中には、ドルガン家の老当主とその奥方(おくがた)も含まれていました。
 それで、後日、養母と養祖母からいきなり『お前も葬儀に出席しなさい』と言われた時には、自分も7歳児なりに『どうして「使用人の息子」風情(ふぜい)が「お屋敷の大旦那様と大奥様」の葬儀になど参列を許されるのだろうか?』と不思議に思ったのですが……その際に初めて、自分がドルガン家の人間であることを知らされたのです。
 今ならば、実母の側にも『四人目の子を流産して以来、自分の子供はもう三人だけなのだと思い決めていたから』とか、『思いがけず五人目を(はら)んで以来、ずっと体の調子が悪かったから』とか、いろいろと『仕方の無い理由』があったのだろうと理解することもできますが……7歳の時には、『要するに、旦那様と奥様にとって、僕は()らない子供だったんですね』という程度のことしか理解できませんでした」

《うわあ……。ちょっと「自分語り」が重すぎるんだけど……。》
《私だって、ここまで重い話が返って来るなんて、思ってもいませんでしたよ!》
 カナタとツバサは、バラムの話にちょっと引いてしまっています。
すると、気配でそれを(さと)ったのか、バラムはそこで不意に苦笑しつつ、自分の話を打ち切りました。
「そういう訳で、自分はそれ以降も、それまでどおり『三人での生活』を続け、叔母と同じ苗字を名乗り続けていたのですが、高等科と訓練校を卒業して管理局に入った時点で、いろいろあって、実の両親と同じ苗字を名乗ることになりました。……まあ、一人で長話をするのも良くないので、自分の話はこれぐらいにしておきましょう」

 バラムに(うなが)されて、次は、年齢順にジェレミス(22歳)の番となりました。見るからに筋骨隆々とした、色白の美男子です。
「私には、陸曹のようなドラマは何も無いんですが……私は『男ばかり三人兄弟』の末っ子です。兄たちからイジメなど受けないようにと体を(きた)えているうちに、こんな体格になってしまいました」
「ああ! それなら、僕とまるっきり同じ境遇なんですね!」
 ディナウドは隣の席で、思わず喜びの声を上げました。どうやら、今まで周囲に似たような家庭環境の同僚が全くいなかったようです。
「じゃあ、君も、男ばかり三人兄弟の末っ子なのか?」
「ええ。兄たちからは少しばかりイジメられて育ちました。(苦笑)」
「なるほど、道理で君とは話をしていて妙に波長が合う訳だ」
 二人はそう言って、自分たちの話をさらりと流し、ノーラに順を譲りました。どうやら、バラムの後では、特に語るほどの事柄も見当たらなかったようです。

 ノーラは『自分の念話がそのままに翻訳され、発声されること』を意識し過ぎているのか、あまりいつもの彼女らしくはない、やや硬い口調でこう述べました。
「わたしは末っ子で、姉が一人と、兄が二人おり、この二人は一卵性の双生児なのですが、幼児期にはこの兄たちが揃って三年ほど大病を(わずら)っていたため、父も母もそちらに付きっ切りになり……他方、わたしは生まれた時から健康そのもので、性格的にも『あまり手のかからない幼児』だったので、基本的には放置されて飼い犬とともに育ちました。だから、感覚的には少しばかり一人っ子に近いものがあるかも知れません。
 いや! 決して家族と仲が悪い訳ではありませんし、今では、兄たちももう人並み以上に元気になっているのですが……正直なところ、普通の家庭で育った末っ子と比べると、バラムさんほどではないにせよ、家族との間には少しだけ距離がある感じですね」
 実際には、『少しだけ』というのは、やや控えめな表現だったのですが、ノーラの語り口は、皆にそれを意識させないものでした。あるいは、それを意識させないためにこそ、わざとそういう口調で話していたのかも知れません。

「一人っ子や末っ子は、これで、もう全部かな?」
 ザフィーラが視線を(めぐ)らせると、ふとヴィクトーリアと目が合いました。ヴィクトーリアはそれを何かの合図とでも勘違いしたのか、唐突にこう語ります。
「私は執務官だから、詳しい家族関係は内緒だけど、『私には兄も弟もいて、私は真ん中だ』とだけ言っておくわ」
 実際には、弟は二人いるのですが、彼女もそこまで詳しくは語りませんでした。
「では、ヴィクトーリアの他に、真ん中の者はいるか?」
 ザフィーラの声に、今度はフェルノッドとオルドメイ、ゼルフィとガルーチャスの四人が手を挙げます。
 そして、今回もまた、三人の陸士たちは陸曹に順番を譲りました。

 フェルノッドは、バラムとは対照的に感情を込めて、わざと「ぞんざいな口調」を使いました。
「あ~。オレは、兄と妹が一人ずついて真ん中なんだが、ガキの頃からどちらとも仲が悪いからな。正直に言うと、オレは一人っ子が(うらや)ましいよ。兄は4年前に24歳で、妹も昨年に19歳で早々と結婚してくれやがったせいで、オレにとって、実家は今や相当に居心地が悪い」
「え~。生まれつき、兄や妹がいるなんて、ありがたいことじゃないですか~」
 レムノルドは割と本気でそう言ったのですが、妙ににこやかな口調のためか、フェルノッドは、むしろ茶化されているかのように受け止めてしまったようです。
「何が、ありがたいものか! 純朴(じゅんぼく)な弟を平然と(だま)して、独り笑い(ころ)げるようなクソ野郎と、背後から音も無く駆け寄り、温厚な次兄の背中に全力で飛び蹴りをかますような暴力女だぞ!」
 フェルノッドは感情も(あら)わにそう吐き捨てました。どちらも小児(こども)の頃の話でしたが、今もなお当時の(うら)みは消えていないようです。

《うわ~。純朴とか、温厚とか、自分で言っちゃってるよ、この人。》
《まあ、本人の主観としては、そうなんでしょうねえ。》
 カナタとツバサは、二人だけの念話になると、割と平気で辛辣(しんらつ)なことを言います。

 フェルノッドは、もうしばらく愚痴めいたことを言ってから、自分の話を終えました。年齢順で、次はオルドメイ(21歳)が話をします。
 彼は、まず「キルバラ地方には今も〈外1キルバリス〉からの移民の末裔(まつえい)が数多く住んでおり、自分の肌が浅黒いのもその血筋のせいであること」を述べた上で、『自分には、姉と弟が一人ずついて、自分は三人姉弟の真ん中である』と語りました。
 すると、先程の「ジェレミスの話に乗ったディナウド」のように、ガルーチャスもオルドメイの話に乗っかって、こう続けます。
「ああ! それなら、オレと全く同じ家族構成ですね。ウチも、父と母と姉と自分と弟の五人家族なんですよ」
「そうなのかい。こんな偶然って、あるんだねえ」
 ガルーチャスは両親がキルバラ地方の出身なので、オルドメイには最初から一定の親近感を(いだ)いていたのですが、この話でなおさらそれが(つの)ったようです。
 二人はもう少しだけ「自分と姉弟との年齢差」などについて語ってから、ゼルフィに順を譲りました。

 それを受けて、ゼルフィ(19歳)は、こう語り出します。
「私の家の家族構成は、フェルノッドさんと同じです。私にも、兄と妹が一人ずついて、兄にはすでに妻と1男があります」
「ああ。その1男が、ホールで言ってたクラウス君ですね?」
 カナタが思わず口を差し(はさ)むと、ゼルフィも笑ってうなずきました。
「まあ、ファーストネームは別にあるんだけどね。……私の両親は、自分たち自身の経験から『兄弟姉妹も、(とし)が近いとケンカになりやすい』と考えて計画的に出産したので、私は兄とも妹とも、7歳も(とし)が離れています。
 おかげで、ケンカの起きる余地も無く、三人ともとても仲良しです。ただ、妹は……兄とは14歳も(とし)が離れているので、昔から『共通の話題』が何も無かったようで……結果として、私にベッタリになってしまいました」
「そうか! 4歳差では、まだ足りなかったのか!」
 フェルノッドはいかにも(くや)しげな口調で、そんな感想を述べました。

「ということは、残りの者たちは、みな長兄や長姉なのか?」
 ザフィーラの言葉には、エドガーやコニィも含めて、七人全員がうなずきました。
 エドガーとコニィは『自分たちは最後で良いですから』と他の五人に順を譲り、四人の陸士らは、例によって陸曹に順を譲ります。
 そこで、ジョスカナルザードはひとつ(せき)払いをしてから語り出しました。
「オレは四人兄妹の長兄で、妹が二人と弟が一人いる。ウチは代々、漁師の家系で、オレも親父(おやじ)の後を継ごうと、一度は漁船の船長の資格まで取ったりもしたんだが、今時(いまどき)は漁師もなかなか(もう)からない商売でなあ。管理局員の方が稼ぎも良さそうだったから、オレは親父の(すす)めもあって局員に転職したのさ」
「え? ちょっと待って! その船長資格って、何歳から取れる資格なんですか?」
 ゼルフィの疑問も、もっともです。
「一定の操舵経験さえあれば、試験の内容そのものはそれほど難しくも無いんだが、受験資格が『18歳以上』ってコトになってるからな。オレはいろいろあって、1年遅れの19歳になってからその資格を取ったんだよ」
「え? じゃ、一体何歳の時、局員に? 年数の計算が微妙に合わないような気がするんですけど?」
 ゼルフィは、引き続き驚きの声を上げました。
 陸士を「普通に」やっていれば、いくら順調に昇進を続けたとしても、2年目で二等陸士、4年目で一等陸士、6年目でようやく陸曹のはずなのです。

「オレは二十歳(はたち)の春に、遅ればせながら訓練校に入った。周囲は年下ばかりだったから、変な苦労も一杯させられたけどな。正式に局員になったのは21歳の時だから、今年でまだ5年目だ。つまり、勤続年数に関しては君たちともさほど変わりが無い。ただ、オレは3年目の秋には捜査官試験に受かって、昨年から現地で捜査官をやっているから『その資格で陸曹待遇になっている』というだけのことなんだよ」
「え~。本業が捜査官とか、初めて聞いたんですけど~」
 ノーラが『もう随分と親しくなったつもりだったのに~』とばかりに、いささか不満げな声を上げました。
「ああ、ごめんな。同室の三人には、昨日のうちにここら(へん)の話もしておいたんだが、そのせいで、なんかもう全員に話したようなつもりになってたわ」
 ジョスカナルザードは、ごく軽い口調でノーラに一言、そんな()びの言葉を入れました。

 次は、マチュレアとフォデッサの番です。
 実のところ、この二人は家族構成も家庭環境も本当によく似ていました。二人はともに長姉で、三歳下の弟と七歳下の弟と十歳下の妹がいます。
「故郷が田舎で、実家が貧乏」というだけでも、もう共通点としては充分なのに、驚くなかれ、父親と母親の年齢まで一致していました。
 お互いに『とても他人とは思えなかった』のも無理はありません。
 中等科の頃には、二人して『あの父親たちは、実は「生き別れになった双子の兄弟」か何かで、あの母親たちも、実は「生き別れになった双子の姉妹」か何かではないのか?』と、本気で疑ったこともあるぐらいです。
 しかし、実際に調べてみると、当然ながら「ただの一般人」にそこまでドラマチックな背景は用意されていませんでした。本当に、単なる「偶然の一致」だったのです。
 なお、マチュレアの父親もフォデッサの父親も「稼ぎの悪い、飲んだくれ」で、マチュレアの母親もフォデッサの母親も『あの(ひと)には、この私がついていてあげないとダメなのよ!』と本気で思っている「共依存、丸出し」の女性でした。
 四人ともただ人格的に歪んでしまっているだけで、決して根は悪人ではないだけに、なおさら始末に()えません。本人たちはあれで幸福なのかも知れませんが、まったくもって、子供たちにとっては「いい迷惑」です。

 マチュレアは最後に、孤児院出身の二人組に向かってこう述べました。
「だから、親なんて、『ただ()さえすれば、必ず、()ないよりはマシだ』と決まってるモンじゃないからね。絶縁が必要になるほどの毒親じゃなくても、居ない方が良い親なんて、いくらだっているんだからね」
『だから何なのか』については、マチュレアは一言も述べませんでしたが、その隣では、フォデッサが『うんうん』と、しきりにうなずいていました。
 もしかすると、随分と「言葉足らず」ではありますが、親の居ない二人を何かしら元気づけようとしていたのかも知れません。

 次は、カナタとツバサを除けば最年少者となる、17歳コンビのドゥスカンとサティムロです。
 二人は、ともに一人だけ妹がいました。その上、『母親同士が姉妹で、(つまり、本人同士は従兄弟(いとこ)で)さらに、父親同士が同じ会社の同僚』という、なかなかに密接な間柄です。
 なお、その会社は、トゥヴァリエ地方の土地開発業者でした。
「トゥヴァリエの東部には自然保護区も多く、また、70年代の末までは、現地では割と有名な『トゥルーウィッチ』の一族が、先祖代々その土地に住みついていたので、会社もその一帯の土地には下手に手を出すことができなかったのですが、その一族の転居を機に、80年代になってから、ようやく開発が進んだのだそうです」
【カナタやツバサには知る(よし)もありませんでしたが、彼が言っているのはクロゼルグの一族のことでした。】

 それに続けて、サティムロが「いささかオタクっぽい早口」で次のようにまくし立てました。
「ミッド中央を斜めに横断する『新たな幹線レールウェイ』の工事は、もう何年も前から続いていましたが、来年の初めには、ついに全線が開通する予定です。
『東の大海廊(だいかいろう)に面したリガーテ地方の港湾都市(みなとまち)から、ザスカーラ地方やトゥヴァリエ地方を経由して、ヴァゼルガム地方の南東部から『北の大運河』の下を大きくくぐって首都圏地方の北西部をかすめ、さらにフォルガネア地方やメブレムザ地方を経由して、西の大海廊(だいかいろう)に面したソルダミス地方の港湾都市(みなとまち)に至る』という、ミッド中央における『ヒトとモノの移動』に革新をもたらすと期待されている幹線です。
 この開通に合わせて、現地でも各種訓練場などを整備しておりますので、皆さんもオフトレなどの際には、ぜひ利用してやってください」
「何だ。お前ら、父親の会社の回し者かよ」
 ガルーチャスは思わずそんな茶々を入れましたが、フォルガネア出身の凸凹(でこぼこ)コンビは、何やら念話で話し合い、小さくうなずき合っていました。

 エドガーとコニィは順番が最後になりました。二人で少しだけ念話を()わしてから、まずエドガーがこう語り出します。
「私も、今のお二人と同様、兄弟姉妹は妹が一人だけです。いろいろあって、妹は早くにミッドを離れてしまったのですが、幸いにも、向こうの世界で(あるじ)とするに相応(ふさわ)しい人物を見つけ、私と似たような人生を(あゆ)んでいます。
 つまり、すでに1男と1女があります。(あるじ)に仕えながら、自分の身体(からだ)で出産や育児までこなすとは、まったくもって頭の下がる思いですよ。我が身内ながら、よくできた妹です」
 それから、コニィは次のように語りました。
「血縁者に限定すれば、私は長姉ですね。私の実母と継父との結婚は、『最初の配偶者と死別した者』同士の再婚でしたから、継父の連れ子たちは『私とは血のつながっていない二人の兄』ということになります。血のつながった弟妹は、母が生んだ(たね)違いの弟が二人と妹が三人、合わせて五人います」

「コニィさんを含めて六人姉弟ですか? お母さん、頑張りましたねえ」
「家督を継げるのは、どうせ、先妻が(のこ)した息子たちの方なのにね」
 ゼルフィの感嘆の声には苦笑で返しながらも、コニィはさらにこう続けました。
「ちなみに、私の実父は、私が生まれる前に()くなったのだそうです。いろいろあって、母と継父の正式な入籍は、互いに『最初の配偶者の1回忌』を済ませてからのことになりましたが、当時、母はまだ十代で、母乳の()もあまり良くなかったため、私は、その1回忌よりも先に乳母(うば)(もと)に預けられました。
 ですから、私も今でこそ『コニィ・モーディス』と名乗っていますが、正直なところ、モーディス家の当主である継父や彼の血を引く子供たちに対しては、同母の異父弟妹も含めて、今ひとつ愛着が()きません。
 また、私は『6歳児の集団検診』で、それなりの魔力の持ち主だと判明すると、そこでようやく乳母(うば)(もと)から引き取られたのですが、継父から見れば、私は所詮、『血のつながらない養女』です。その後も、モーディス家には特に居場所が見当たらなかったので、私は早くからダールグリュン家にお仕えすることとなりました」
 実際には、コニィは当初、ヴィクトーリアにではなく、その「上の弟」に仕えるはずだったのですが、彼女もそこまで詳しい内情は語りませんでした。

「ちなみに、乳母(うば)と言っても、決して身分の低い女性という訳ではありません。今でもなお、ベルカ系の人々の間で乳母の身分が相当に高いのは、古代ベルカの『(ちち)()に準ずる』という考え方に由来するものですが、ちょうど私が生まれる半年あまり前に『私の母の実兄の妻』が長女ブルーナを産んだところだったので、母はその『義理の姉』に頭を下げて、私をドスタル家に預けたのです。そのため、私は6歳の夏になるまで、実際には『母方の従姉(いとこ)』であるブルーナを実の姉のように思って育ちました」
「え? ちょっと待ってください。……もしかして、そのブルーナというのは……」
「はい。先程お話しした、私の妻です」
 ゼルフィの質問に、エドガーはあっさりとそう答えます。

「ええっと……すいません。何だか、全体的な人間関係が今イチ把握できないんですけど……」
「そうですね。コニィとブルーナはイトコ同士で、ヴィクトーリアお嬢様から見ると、この二人はともにハトコで、また、私から見ると、三人とも揃ってマタハトコということになります」
《出ました! マタハトコ!(笑)》
《カナタ。茶化すのは、やめなさい。》
 どうやら、カナタは、普段はあまり耳にする機会の無い「その親族用語」が妙に気に入ってしまったようです。
 一方、エドガーの説明は(彼にしては珍しく)あまり解りやすい説明にはなっていなかったため、ゼルフィは引き続き、心の中で頭を(かか)えることになってしまったのでした。


 その後も、一同はしばらく雑談形式で現地語の練習を続けていたのですが、20時半には一旦、その練習は終了となりました。
 総員ともに現地語での会話はかなり上達し、思念と発声の間のタイムラグももうそれほど目立たないようになっています。これならば、おそらく、現地の人々と実際に会話をしても、あまり『ぎこちない』という感じにはならずに済むことでしょう。

 カナタとツバサは真っ先に談話室から退室して、まずは手荷物を隣の(ヴィクトーリアとコニィの)部屋に移すと、昨日と同じようにシャワーを浴びてから、改めてその部屋に入りました。昨夜はマチュレアとフォデッサが寝ていたベッドで、21時前には早々と眠りに就き、そのまま朝まで熟睡します。
 なお、ヴィクトーリアとコニィがその部屋に戻って、静かに自分たちのベッドに入ったのは、22時を少し過ぎてからのこととなりました。
(当然ながら、ヴィクトーリアが上の段を、コニィは下の段を使っています。)

 
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