コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第二十七章―双剣―#10
ノルンに、代替の剣をディンド卿とヴァルトさんのアイテムボックスに送ってもらって───ディンド卿とヴァルトさんにその旨を【念話】で報せてから、私はレド様と共に、目の前で繰り広げられる戦いに参入するべく、隙を窺っていた。
魔獣が振り下ろした棍棒を、ラムルが弾く。棍棒を弾かれても体勢が崩れなかった魔獣は、すぐに再び棍棒を振り下ろそうとする。
そこへジグが【疾風刃】を放ち、棍棒にぶつけた。少しだけ、棍棒の速度が落ちる。
ラムルは大剣を横薙ぎに振るって、また棍棒を弾くと────今度は体勢を崩して、たたらを踏んだ魔獣に向かって奔る。無防備になった腹部を目掛けて、大剣を叩きつけようと振り被った。
魔獣は、棍棒を弾かれた勢いを利用して右足を引き、上半身を捻って、それを躱す。
ラムルは今、特殊能力を行使しているから、【身体強化】は使えない。勿論、【魔力循環】による身体能力強化はしているけれど────それだけで魔獣の膂力に対抗できていることに、私は感心してしまった。
しかし、代わりに、いつものあの常人には目に捉えることができないような素早さはない。
普通に棍棒を打ち付けるには、ラムルの位置が近過ぎるからか────魔獣は棍棒を一旦下ろして、まるで掬い上げるように、ラムルに向かって棍棒を振り上げる。
ラムルは大剣を振り下ろして、棍棒を叩き落とすと────右足を踏ん張って、そのまま棍棒を押さえつける。
棍棒を封じられた魔獣に、ジグが両手の短剣、それから【疾風刃】を時間差をつけて放つ。
「行くぞ、リゼ」
「はい、レド様」
私はレド様と共に奔り出しながら、【疾風刃】を発動させる。
立て続けに襲い来る攻撃を捌くために、魔獣は棍棒を強引に振り上げた。さすがに押さえきれなかったようで、大剣を弾き返されて、ラムルが後ろによろめく。
自由になってしまった棍棒を再び押さえ込むために、レド様が左方向から奔り込み、大剣を振り被った。
【聖剣】を携え、レド様に続いて奔り寄る私にも気づいたらしく────魔獣は、後方へと跳んで攻撃を回避しつつ、私たちから距離を開けた。
「ラムル、ジグ───待たせた」
「いえ」
ラムルが首を振り、【回帰】を解除する。ラムルの身体が光を帯びて、体形が目に見えて縮む。
そして────大剣を戻して短剣を両手に出現させたときだった。
突如、耳を劈くような雄叫びが響き渡った。一瞬、魔獣から発せられたのかと思ったが────違う。
不意に、右方向にオーガの変異種2頭が現れる。雄叫びを発したのは、この2頭だ。
2頭の変異種が魔獣に近寄っていく。どちらの手にも────漆黒の棍棒が握られていた。
やはり、あの棍棒はあの3本だけではなかったのだ。
「?!」
オーガの変異種は、こちらへは見向きもせず、魔獣の後方へと逸れていった。魔獣の巨体に塞がれ、オーガの変異種は視界から消える。
「まさか───貴族たちの方へ向かったのか…?!」
レド様が、焦りを隠せない口調で呟く。
変異種の持つ黒い棍棒は、“霊剣”だ。おそらく、“デノンの騎士”や貴族家の私兵に支給されている武具では、太刀打ちできない。
だけど────私たちは魔獣を相手にしている。それも、前世の知識と経験を兼ね備えた魔獣だ。レナスが欠けている今、助けに向かう余力はない。
「…っ」
あちらの陣営には、ファルお兄様がいる。ようやく和解して、また言葉を交わせるようになった────私の兄が。
それから、共に魔獣討伐をして────笑い合ったこともあるオルア様。もしかしたら、もう嫌われてしまっているかもしれないけど────それでも、死んで欲しくなどない。
それに─────
「リゼ───至急、助けに向かってくれ」
レド様の言葉に驚いて、私はいつの間にか俯いていた顔を上げる。
凛とした声音とは裏腹に、レド様の眼差しは優しい。
レド様は、きっと、私が助けたいと思っていることを解っている。きっと────それを慮って、仰ってくれている。
「ですが…」
「言ったはずだ───俺はこの国の現状を変えたいと。それには、今回参戦してくれている貴族家の協力が欠かせない。たとえ当主でなくても、死なせるわけにはいかない。だから────助けに向かってくれ」
確かに、レド様の言うことには一理ある。
参戦してくれた貴族家は、反皇妃派か中立派だ。当主は勿論、子息や親族だけでなく、大事な私兵たちを死なせてしまっては────協力は得られないかもしれない。
「でも…」
それでも、私は頷けなかった。
だって────それでは、レド様のお傍を離れることになる。地下遺跡での後悔が過った。お傍を離れて、レド様の身にまた何かあったら────そう考えると、幾らファルお兄様たちを放っておけなくとも、レド様のお傍を離れるなどできない。
「心配するな、リゼ。剣が通用するようになった今────俺は、あの程度の魔獣にやられるほど軟じゃない」
レド様は私の迷いなど見透かしているようで────そう言って、不敵に笑った。
「旦那様の仰る通り、そのようなご心配は無用です───リゼラ様。旦那様は、それほど軟ではない。それに、今回は私がお傍についております。リゼラ様の分まで、私がこの身を以て旦那様をお護りすると誓いましょう。ですから────どうか、心置きなく」
「ラムル…」
レド様に続いて、ラムルがそう言ってくれる。
「もう迷っている時間はないようですよ、リゼラ様」
ジグの言葉に、はっとして前方に視線を向けると────棍棒を構えた魔獣が、こちらに踏み出すところが目に入った。
ジグの言う通り、もう迷っている場合ではない。迷っていては────何も成せない。
私は心を決めて────レド様に視線を戻す。
「私は────騎士・貴族連合軍の援護に向かいます」
そして、あの2頭の変異種を討伐して、即座に戻る────レド様の許へ。
「ああ、頼んだ」
レド様は私に頷いて────大剣を構える。ラムルが、まずは右手の短剣を、続いて左手の短剣を投擲する。
初めに投げたラムルの短剣が魔獣の【結界】を崩した直後に、ジグが両手の短剣、それから【疾風刃】を立て続けに放つ。
私は【聖剣】を対の小太刀に替えつつ、【疾風刃】を発動させて────奔り出す。
「ジグ───共に行け!リゼを護れ!」
「御意!」
背後で、レド様とジグのそんな遣り取りが聴こえる。
正直、ジグにはレド様についていて欲しいけど、今はそれについて押し問答している暇はない。それなら、ジグを連れて、とっとと2頭の変異種を討伐して戻って来る方が建設的だ。
追いついたジグを従え、左方向に軌道をずらして───魔獣の右脇を駆け抜ける。魔獣は、すれ違う際こちらに目を遣ったが、一拍遅れて駆け込んで来たレド様に意識を引かれたらしく、私たちから視線は逸れた。
前方を見上げれば、背を向けて佇むオークの群れの向こうに、変異オーガ2頭の姿が小さく見えた。
そんなに長く話し込んではいなかったはずだが────変異オーガたちは、すでに騎士・貴族連合の陣地に入り込んでしまっているようだ。
「速度を上げる」
「御意」
ジグに告げて、【身体強化】を発動させる。
すぐにジグも【身体強化】を発動させて速度を上げ、並走する。
私とジグはオークの群れに、それぞれ最大規模の【疾風刃】を放って────各々の得物を手に突っ込んだ。
◇◇◇
左方向から繰り出されたオークの両手剣の刃を左手の小太刀で砕き、右方向から突き出されたオークの槍の穂先を右手の小太刀で斬り落とす。
足は止めない。
オークすべての相手をする時間が惜しく、間合いに入った武具あるいはオークだけを返り討ちにする。
私たちの進行を阻止するべくオークが行く手を塞いだので、私は再び最大規模の【疾風刃】を放った。両腕ごと胸を切断されたオークが、崩れ落ちる。
命を失ったオークたちが地面に倒れ込む直前、強風が吹き抜け───オークの死体を吹き飛ばした。前方がぽっかりと開き、2頭の変異オーガが見える。
その強風を起こしたジグに目線を遣る。魔獣が放った土砂を吹き飛ばしてくれたときといい────明らかに、ジグの魔法の精度と威力が上がっている。魔術もだ。
それに、先程は【身体強化】を発動させたまま【疾風刃】を発動させていた。
以前はできなかった魔術の同時発動をしている。
この戦いから────いえ、おそらく地下遺跡での戦いの後からだ。
考えられるとしたら、ジグの前世の記憶が関わっているのではないかということだけれど────今は追及している場合じゃない。この件が落ち着いてから、レナスの前世と合わせて確認しよう。
私はそんなことを考えながら────前方に視線を戻して、ジグと共にオークの群れを奔り抜ける。
騎士と貴族の私兵たちは、変異オーガ2頭を取り囲んでいるようで────変異オーガの手前に、こちらに背を向ける騎馬隊が列を成し───その左右に、鎧を纏った騎士あるいは私兵たちが群れ成している。
大分近づいたとき────突然、2列に並んでいた騎馬隊とその左側で横一列に並んでいた部隊が、さっと左右に退いた。
開いた中央部分には、逃げ遅れた幾人かのクロスボウを抱えた兵士が取り残される。そのうちの一人が足をもつれさせて尻餅をつき────その兵士目掛けて、変異オーガが黒い棍棒を振り被るのが目に入った。
「まずい…!」
【身体強化】はすでに発動しているため、加速する余地はなく────とにかく奔るしかない。
【身体強化】の魔術式が足元に展開した状態だったが、解除することなく、立ち尽くすクロスボウを抱えた兵士の間を駆け抜け────私は、間一髪、振り下ろされた棍棒を対の小太刀で受け止めた。
「…?」
押し負けるほどではないが────変異種にしては、一撃がやけに重い。
それに変異オーガの魔力の動きに妙なものを感じた私は、【心眼】を発動させた。
「!」
変異オーガの魔力が、絶えず身体を巡回している。
これは────私の【魔力循環】と同じだ。変異種の大量の魔力を巡回させることによって、大幅に身体能力が強化されているのだろう。
じっと視続けると、魔力が流れる起点となっているらしき個所がある。それは固定魔法に似ていた。もっと言えば、発生させた霧に魔素を織り交ぜて、巡回させ続ける固定魔法───【迷走】に似ている。
おそらく、この変異オーガが自らかけたものじゃない。あの魔獣によってかけられたもの。
幸い、身体能力が強化されているといっても、魔獣には及ばない。早いところ、変異オーガ2頭を討伐して、レド様の許へ戻らなければ。
【心眼】を解除した私は、両腕に力を籠めて、変異オーガの棍棒を押し返した。棍棒を押し上げられた反動で、変異オーガの右足が浮いて、後ろに倒れ込んだが────もう1頭の変異オーガの背にぶつかって、完全に倒れるには至らない。
私は地を蹴って宙に跳び上がり、胸の位置で止まったままの棍棒を足蹴にしてもう一度跳ぶと、変異オーガの首元に小太刀二刀を食い込ませた。強化された皮膚と肉に阻まれたが、いつかのブラッディベアのときのように、二刀の小太刀を力任せに振り抜いた。
首を失った変異オーガは、ずるずると滑るように仰向けに倒れていった。私は沈みゆくその肩を蹴って、また跳び上がる。
そして今度は、もう1頭の───背を向け、首を捻ってこちらを見ている変異オーガに刃を振るった。
首を落とされて崩れ落ちる変異オーガから飛び降りると、すぐにジグが傍に控える。
取り囲む騎士や私兵たちの大半は、呆然と立ち尽くしていたが────そうでない者も少なからずいる。
ファルお兄様とノラディス子爵子息────それに、オルア様とその配下であるグレミアム伯爵家の私兵たちだ。
ノラディス子爵子息とグレミアム伯爵家私兵の数人はケガをしているようだったが、身体の欠損など大ケガをしている様子はなく────ファルお兄様とオルア様も無事なようで安堵していると、騎乗したイルノラド公爵と公爵の側近であるノラディス子爵が、駆け寄って来た。
「…ファルリエム子爵」
馬を降りたイルノラド公爵が、遠慮がちに私を呼んだ。
感情を削ぎ落として、私がそれに応えようと口を開いたとき────不意に、唖然としていた周囲の空気が、どこか愕然とした動揺を孕んだものへと変わった。
反射的に振り向いて、私はその理由を知る。
そこには────いつの間に出て来たのか、数メートル先に魔物の一団が立ちはだかっていた。
オークだけでなく、オーガ、それにコボルトもいる。数にして、30頭あまり。変異オーガによって戦力が削られたとはいえ、それくらいの数なら、それほど脅威ではない。
だが、問題は────その手に持つ装備だ。剣や斧、槍だけでなく、盾を持つものもいる。それらは、いずれも無明の夜のような漆黒をしている。
それは────今は命を失った、2頭の変異オーガが振り回していた棍棒によく似ていた。
「そんな、まさか────」
誰かが呟く。その声音は勇猛な戦士らしからぬ弱々しいものだった。
無理もない。黒い棍棒の特異さを身を以て体験したばかりだ。それが1本や2本ならまだしも、立ちはだかるすべての魔物が手にしている。
【心眼】によれば────あれらは、やはり【霊剣】らしい。素体が棍棒ではなくて、人間から奪い取った装備であるというだけだ。
だけど────何故、出て来たのがこのタイミングなのだろう。
こんな風に小出しにするのではなく、変異種と併せて一遍に出せば、容易に殲滅できただろうに。
変異種の戦いに手を出さないという、魔物の習性のせい?それとも、何か理由があって、別々に出て来るしかなかった…?
何気なく、そこまで考えて────思い当たる。
黒い【霊剣】を創るのに欠かせない素材は────魔物の魂魄だ。それは、この戦場に満ち溢れているはずで、【霊剣】を創るのに事欠かない。
現に、私の【夜天七星】やレド様の【マーニ・シールズ】も、周囲に漂っていたと思しき魔物の魂魄を取り込んで、新たな【霊剣】となっている。
魔獣の棍棒も、変異種の棍棒も、立ちはだかる魔物たちの装備も────温存されていた切り札なんかじゃない。それなら、もっと早くに投入していただろう。おそらくは、この戦場で創られたもの。
先程までレド様たちと相手取っていたあの魔獣────あの魔獣はどうして、変異種よりも、この魔物たちよりも、先に出て来たのか─────
ふと過った言葉が、口から零れ落ちる。
「時間稼ぎ…?」
魔獣が私たちを押さえている間に、【霊剣】を増やすため────?
もし、そうなら────【霊剣】を創ったものは、あの魔獣ではなく、他にいるということになる。
そこに倒れる変異種の棍棒も、私たちが魔獣に足止めされているうちに創られたものだとしたら────固定魔法らしきものを施したのも、あの魔獣ではなく、【霊剣】を創ったものである可能性が高い。
それは────前世の記憶と経験を持つ個体が、あの魔獣の他に、もう1頭いるということ─────
「!!」
私は、急いで【立体図】を思い浮かべ、【把握】の情報を重ね合わせる。
スタンピード前方の2頭だけじゃない、ヴァイスが護る私たちの拠点にも2頭────それから、魔獣から少し離れたところに3頭、変異種が存在している。3頭の変異種と戦っているのは───ラムルだ。
「…っ」
レド様は────たった一人で魔獣と対峙している。
私たちは魔獣たちの思惑に嵌り────おびき寄せられ、引き離されたということだ。
ふと違和感が走った。
ここに2頭の変異オーガの死体がある。これではオーガの変異種は全部で9頭いたことになる。
私の【地図製作】とネロの【索敵】─────どちらかならともかく、両方ともに漏れがあったとは思えない。
それならば、後から増えたということ────?
考えてみれば─────そもそも、こんなに変異種がいること自体がおかしい。オークが5頭にオーガが9頭だ。
あの集落では、ゴブリンを繁殖させて食糧としていた。ゴブリンの魔力は、人間よりは多いが、他の魔物に比べたら非常に少ない。それなのに、変異種になるほど魔力が採れるわけがない。
人間に気づかれないように他の魔物を狩っていたとしても────多過ぎる。
オークの変異種と対峙した時に感じた違和感を思い出す。あのオークたちは、5頭すべて同じくらいの魔力しかなかった。まるで────同じ量だけ魔力を注がれたみたいに。
魔物の魔力量は、人間の魔力量を遥かに上回る。魔獣ともなれば、もっと膨大だ。
ディルカリド伯爵は人間にしては魔力が多いが、変異種や魔獣には及ばない。そのディルカリド伯爵が魔獣を造ることができることを考えると────魔物あるいは魔獣が変異種を造ることができても、おかしくはない。
つまり────【霊剣】を創ることができ、魔力を循環させて身体能力を強化することができ、変異種を造り出すことができる魔物、あるいは魔獣が、この戦場にいる─────
ざわり────と、項が粟立つ。
もし…、一人で魔獣の相手をしているレド様が、“それ”に襲われでもしたら─────
私は、近づきつつある魔物の一団に向けて、最大規模の【疾風刃】を放つ。案の定、【霊剣】である剣や斧、盾によって掻き消されてしまったが────魔物は警戒して、足を止める。
「イルノラド公爵、あの魔物たちは私が何とかします。急ぎ体勢を立て直し、他の魔物の討伐をお願いします」
「解った」
イルノラド公爵が頷いて、ノラディス子爵と共に私から離れる。
【転移】で、すぐにでもレド様の許へ戻りたいところだけど────それでは、レド様のお傍を離れてまで私がここに来た意味がなくなる。
だから────あの魔物たちを殲滅して、レド様の許へ戻らなければ。
大規模な攻性魔術を放っても、【霊剣】で防がれて、一度で全滅できない可能性もある。それに、あの【霊剣】をそのままにしておいたら、新たな魔物に使われてしまうかもしれない。
それなら────時間をかけずに、確実に【霊剣】を破壊しつつ魔物を殲滅して、レド様の許へ戻るには─────
「─────【武装化】」
私の身体が眩い光に覆われ、漆黒の戦闘用衣装が純白のドレス姿に替わる。
周囲から息を呑むような気配と、数多の視線を感じる。しかし、今の私には、それを気にしている余裕はなかった。
敵勢力を認識────【正装】起動……
以前のノルンのような───無機質な声が、耳を通さずに脳に響く。私はそれを聞きながら、ジグに告げる。
「今、ラムルは3頭の変異種の相手をしていて────レド様は一人で魔獣と戦っている。私は、ここを殲滅して、レド様の許へ戻る。貴方はラムルの援護を。急ぎ変異種を掃討して────ラムルを連れてレド様の許へ戻って」
「御意」
アーシャとハルドのところには、レナスが加勢しているし───ヴァイスやネロ、セレナさんのところには、ちょうどケガを治して戻って来たディンド卿とヴァルトさんが加勢しているらしく、心配はいらないようだ。
【聖剣ver.9】起動────【連結】────完了
左手に携えた【聖剣】が光を帯びて、形を変える。いや、形はそのままで縮小して────太刀となった。それが合図であるかのように、私とジグは同時に奔り出した。
「まさか────聖騎士…?」
誰が漏らしたのか、そんな呟きが耳を掠めて、一瞬だけ意識を引かれたが────その意味を考える前に、私は眼の前の魔物たちへと意識を移した。
◇◇◇
太刀を振るって、オーガの握る大剣を切断する。返す刀で、柄から切り離された剣身をまた切断して────また手首を返して、その首を切断した。
私は【聖剣】を、太刀から双剣に変えて────左方のオークの盾と右方のオーガの斧をそれぞれ切り刻むと、今度は大太刀に変えて、一振りでオークとオーガの首を刎ねる。
これで────24、25頭目。あと残り9頭。
首元の【認識章】が身体能力を大幅に上げ───ティアラと髪飾りが、五感の処理能力と思考能力の速度を上げてくれるとは聴いていたけれど────まるで、相手の動きが止まっているかのようだ。
魔物たちは私の動きについていけず、なすすべもなく私の【聖剣】によって命を散らしていった。
これなら、そう時間をかけずに、レド様の許へ戻れる。
ただ────魔力の消費がかなり激しい。
イヤーカフが周囲の魔素を取り込んではいるが、消費が上回り、自分の魔力を使う破目になっている。精霊樹の森のような魔素の濃い場所でしか、効果はないのかもしれない。
今日はずっと魔術を発動し続けていたため、【聖騎士】の装備を起動した時点で、すでに魔力残量は半分を切っていたのもあって────起動してそんなに経っていないのに、もう魔力が尽きそうだ。
今回は、【共有魔力】に切り替えるタイミングを逃さないようにしないと。
大太刀で、コボルトの首と胸の位置で構えている片手剣の先端を一遍に斬る。振り切ったところで太刀に変えて、片手剣を再び斬り落とす。これで、残り2頭。
そろそろ、【共有魔力】に切り替えないと────そう思ったとき、ノルンの声が響いた。
───主リゼラ、【共有魔力】に切り替えますか?───
「お願い!」
ほとんど無くなりかけていた魔力が、限界まで満たされる。
地下遺跡での失態を私が繰り返さないよう、ノルンも気を付けてくれていたのだろう。ノルンに後でお礼を言わなければ────そんなことを考えながら、私は最後の1頭に、刃を向ける。
最後の1頭───オーガの両手剣を切り刻んでから首を斬り落とした私は、その首が落ちるのを確認することなく、駆け出す。
前方には、またしてもオークの群れが立ちはだかっていたが────手に持つ武具は【霊剣】ではないようだ。それなら、無理に殲滅せず、イルノラド公爵たちに任せよう。
私は群れの手前で【聖剣】を槍に変えると、間合いを詰めて横薙ぎに大きく振るった。殺してしまうと死体に行く手を阻まれることになるので、穂先ではなく柄の部分を当てて吹き飛ばす。
槍をくるりとひっくり返して、空いた前方に踏み込む。そして、石突を地面に突き立て、“棒高跳び”の要領で、私は大きく跳び上がった。オークの群れを飛び越して着地すると、すぐさま奔り出した。
もう前方を塞ぐものは何もなく、魔獣と烈しく打ち合うレド様が眼に入る。
私が離れたときと、レド様と魔獣の立ち位置や向きが変わっている。魔獣は、私たちの拠点───つまりヴァイスたちの方に背を向け、レド様はそれに向かい合う形で対峙している。
4m近い魔獣との体格差をものともせず、レド様は棍棒を薙ぎ払い、すかさず大剣を叩きつける。
大剣は折れることなく棍棒と競り合い、レド様も魔獣の膂力に負けることなく渡り合ってはいるが────やはり、棍棒を掻い潜って、魔獣に傷を負わせるのは難しいようだ。
とにかく、【霊剣】を創っていたと思しき個体が出て来る前に、レド様に加勢してあの魔獣を討伐しなければ─────
「?!」
不意に、レド様の背後の空間に亀裂らしきものが走った。それは、ぐにゃりと大きく歪んで────音もなく開いた。
穴のように開いたそこから、両手剣の切っ先が飛び出す。両手剣が柄まで抜け出ると、柄に絡みつく太い指、その先の毛深い腕───それから、2本の鋭い角を持つ牛のような頭が現れる。
「レド様…!」
上半身を完全に潜った“それ”が────足を地に着けて、こちら側に降り立つ。そして、背を向けるレド様に、漆黒の両手剣を振り下ろす。
レド様の背後へと滑り込んだ私は、太刀に変えた【聖剣】で、振り下ろされた両手剣を薙ぎ払った。黒い両手剣が半ばから折れる。
今度はその首を落とすべく手首を返したが────敵は地を蹴って後方へと跳び、私から距離を取った。
私は【武装化】を解除して、元の姿に戻る。
【共有魔力】に切り替えて全快したはずの魔力が、すでに半分近くまで減っている。
ラムルが【回帰】を行使して戦い続けていることもあり、レド様の魔力も残り少ない。
レド様の魔力がなくなれば、ラムルが固有能力を行使できなくなるだけでなく、セレナさんも魔術を発動できなくなる。レド様自身も、身体能力を強化できなくなって、戦力が大幅に落ちてしまう。
私が、魔力を使い尽くしてしまうわけにはいかない。
【聖騎士】の装備を使わずに、魔獣とあの個体を討伐するしかない。
私は【心眼】を発動させて────剣を折った私を睨みつけている、そのオーガを視る。
意外なことに、魔獣化はしていなかった。内包する魔力量は多いが、変異種にとどまっているようだ。
ただ────顔や胸、両腕や両腿を覆う毛と、剥き出しの硬そうな皮膚が、黒ずんでいるのが気になる。毛にも皮膚にも大量の魔力が視えるから、そのせいだとは思うけど────何だか異様に感じた。
それに────あの変異オーガは、魔力を循環させている。先程討伐した変異オーガとは違い、起点は見当たらない。おそらく、自分で魔力を動かしているのだろう。
変異オーガは私を睥睨しながら、おもむろに、折れた両手剣の刃を握った。
魔力で強化された皮膚といえど、【霊剣】なら傷をつけることはできるようで────人間のそれより赤黒い魔物の血が、開いた傷口から滴り落ちた。
極寒の地で外気に触れた水が瞬時に凍り付くように、血が瞬く間に流れ落ちた状態で固まる。
固定魔法【凝固】、会得しました────
ノルンのアナウンスが響く。
あれが固定魔法ということは────私が予想していた通り、あの黒いオーガはエルフの記憶と経験を持っているのか。
黒いオーガは、固めた血を折れた両手剣の断面に繋げると、魔力を注ぎ込んだ。血と両手剣に魔力が満遍なく行き渡ったとき、血と両手剣の境目が溶け合い、まるで初めから一つであったかのように一体化した。
固定魔法【組成】、会得しました────
【霊剣】を創っただけでなく────変異種を生み出したのも、【転移港】に集落を形成したのも、このスタンピードを計画したのも、おそらく、あの魔獣じゃない。この────黒いオーガだ。
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