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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第3部
サマンオサ
  変化の杖

変化の杖


「ルーク!!」
 私は悲鳴に近い声を上げる。そして愕然とした。
 シーラの目の前には、かばうように立ちはだかっているルークの姿。しかし今の彼は、肩口からお腹にかけて、思わず目を背けたくなるほどの深い傷を負っていた。
 そのあまりにも凄惨な出来事に、すでに私の頭の中は真っ白になっていた。
「おい、あれ見ろ!!」
 ナギが叫ぶ方向にはっとなり目をやると、ユウリが今しがた倒したはずのボストロールの両断された身体が、みるみるうちに別の姿に変わっていった。
 それはなんと、先ほど襲いかかってきたシャドーだった。
『本当に貴様ら人間は愚かな人間だ。こんな罠も見抜けないとはな』
 侮蔑するような口調で、ボストロールが喋る。手にはこれみよがしに、変化の杖を携えていた。
「——変化の杖で、俺たちの隙をついて姿を変えたんだな」
 ポツリと、ユウリが言った。その答えに、満足そうに口角を上げるボストロール。
 その答えに、私は先ほど耳元を通り過ぎた翼のはためく音を思い返した。おそらくボストロールが姿を変えたのは回復していた時。一瞬光で姿がはっきりと見えなかったのだが、そのときにでも入れ替わったのだろう。そしてボストロールは再び姿を変えてルークの傍まで近づき、元の姿に戻ったのだ。
『そう、この杖があれば、あらゆるものを別の姿に変化させることが出来る。当然、お前たちもだ』
 にやり、と不気味に笑みを浮かべて変化の杖を私たちに向ける魔物の姿に、戦慄が走った。
「来るぞ!!」
 ユウリの声に、私は再び我に返る。ルークたちの目の前にいたはずのボストロールは、すでにそこにいなかった。
『次は貴様だ!!』
 視界の端から私に向かってくるボストロール。血にまみれた鋭い爪が、私目掛けて襲いかかる。
「はっ!!」
 だがしかし、すんでのところで攻撃をかわすも、バランスを崩して倒れそうになる。その間にも魔物は、立て続けに攻撃をしてきた。
 避けられない!!
「こっちだ!!」
 声と共にいつの間にか拾ったのか、背後からナギの放ったチェーンクロスがボストロールの足に当たる。その衝撃で、私に当たるはずの一撃は紙一重でかわすことができた。
「ボサッとするな!!」
 ユウリの鋭い一声に、私は何とか体勢を立て直すも、ルークの容態が気がかりで目の前の戦いに集中することが出来ずにいた。
『フン、下らぬ戯れだな』
 ボストロールは今度はナギに視線を向けると、彼を標的に狙いを定めた。魔物の腕から繰り出される鋭い爪の攻撃が、恐るべき早さでナギに差し迫っていく。
「へっ、そんな虫が止まりそうな攻撃、当たんねーよ!」
 ナギは強気な発言で煽ってくるが、けして余裕とは言えない表情を見せながら避け続けている。対するボストロールは、まだ余力を残しているかのような力の差を見せつけていた。
 私がしっかりしないと、今度はナギがやられちゃう……!
「ベギラマ!!」
 そう考えている間に、別の方向からユウリの放った炎が魔物に向かって襲いかかる。だが直撃するはずの魔力の炎は、振り向き様にボストロールが自身の爪で払い除け、掻き消されてしまう。
『邪魔だ!!』
 その攻撃を皮切りに、今度はユウリ目掛けて攻撃を仕掛けてきた。それを予想していたのか、ユウリは次々と繰り出される魔物の攻撃を難なくかわしていく。
 ダメだ……。二人がしっかりしてるのに、私は立ち尽くすことしかできない。このままじゃ私ばかり足手まといになってしまう。
「ミオちん!! こっちは大丈夫だから!!」
 などと弱気な考えが態度に出ていたのか、突然シーラが私に向かって叫んだ。
 振り向くと、シーラの持っている賢者の杖が淡く光っている。
「絶対にるーたんを治すから!! あたしを信じて戦って!!」
 見ると、シーラの目の前に横たわるルークの身体が、回復呪文による光につつまれている。私がグダグダと考えている間に、シーラはルークを治療していたのだ。
 何てバカなんだ、私は。こんなにも頼もしい仲間がいるのに、一人で思い悩んでるなんて。
 私は大きく頷くと、すぐにボストロールの方に向き直った。ルークはシーラに任せよう。私は私に出来ることをやらなければ。
 とは言えどうやって魔物を攻撃するか。現にユウリに攻撃している間もなかなか隙を見せることはなく、ナギですら応戦できずにいる。
 ボストロールも図体の割に素早い動きをしているし、鋭い爪による攻撃をユウリに向けて放って……。
 そのとき私は、ふとある異変に気がついた。
 確か最初にボストロールが姿を現したときは、手に棍棒を持っており、それを使って攻撃をしていたはずだ。だが今は棍棒などなく、代わりに片手には変化の杖を持っている。要するに今は片手に杖、もう片方の手に爪を生やしユウリを攻撃しているのだ。
 もしかしたらあの杖は、手とか身体の一部分でも姿を変えることが出来るのでは!?
 だとしたら、次に魔物はどう行動するか。一か八か勝負に出た私は、星降る腕輪の力を引き出した。
 ガギンッ、キィン!!
 ユウリの剣とボストロールの鋭い爪の激しい鍔競り合いが続く。だが、ユウリの何倍もある体格のボストロールの攻撃が、徐々にユウリの体力を奪っていく。じわじわと後退しながら、余裕だったユウリの顔に一筋の汗が伝い落ちる。
 そのとき、ボストロールの持つ杖が一瞬輝いたのを、私は見逃さなかった。いや、腕輪の力がなければ見過ごしていたかもしれない。
「変化!!」
 魔物の轟く声と共に、ユウリと対峙している魔物の爪がみるみるうちに変化していく。突然のことに、ユウリの反応が一瞬遅れた。
「ぐっ!!」
 ユウリの鳩尾に、突然触手のようなものが打ち込まれた。強い衝撃に、たまらずユウリは後ろに吹っ飛ばされる。
 見るとボストロールの腕の先にあった鋭い爪はなくなり、代わりにホイミスライムの触手が生えていた。
『くっくっ、バカめ。油断したな』
 油断してるのはそっちの方!!
 私はボストロールの死角に入り込み、変化するとわかっていたその触手目掛けて、鉄の爪を装備していた利き手を思いきり振り下ろした。
 ザシュッ!!
『ぐああっ!!??』
 確かな手応え。ルークに教えてもらった鉄の爪の使い方が身に付いてきた証拠だ。
 触手を両断されたボストロールは、悲鳴を上げながら数歩後ろに下がる。意表を突かれたのか、背後にいるナギに気づいていないようだ。
 ガンッ!!
 再びナギの放つチェーンクロスが、見事にボストロールの後頭部にヒットした。その衝撃で魔物の身体が、今度は前によろめいた。
『こ、この……!!』
 プライドを傷つけられたかのように、顔を真っ赤にさせて憤怒の形相を見せるボストロール。いつの間にか触手ではなく元の腕に戻っているが、斬られた場所からは紫色の血が噴き出している。
「よく気づいたな、あいつがあの杖で身体を変化させてるって」
「もしかしてナギも気づいてたの?」
 声をかけてきたナギに、私は少し驚きながら返す。心外だと言わんばかりに、ナギは口を尖らせた。
「さすがにミミズみたいな腕に変わる瞬間は見抜けなかったけどよ。お前が気づいてなかったら、あいつやられてたかもな」
 そう言って吹っ飛ばされたユウリに視線を向けると、幸い受け身を取ってたのか、平気な様子ですぐに立ち上がっていた。
 そしてナギの視線に気づき、私とも目があった。一瞬ではあるが、睨み付けられたような気がした。
「けど、お前のおかげで確信したぜ。あいつは変化の杖に頼った戦い方をしてる」
 耳打ちされたナギの言葉に、私は小さく頷く。
「きっとユウリもわかってたはずだ。それを踏まえたうえで、『作戦B』をやろうぜ」
『作戦B』。それはここの部屋に入る前に打ち合わせをしていたときに思いついた作戦の一つだ。万が一に備えて、牢屋を出るときにユウリが発案した。その場しのぎの作戦のため、ネーミングが安直なのは仕方がない。
「ユウリにも伝えた方がいいかな?」
「できればな。無理ならあいつが自力で気づいてもらうしかねえ」
 そう言い終わるとナギは、私から離れた。チェーンクロスを振り回し、再度ボストロールに向かって突っ込んでいく。
 私も作戦を実行するために、ナギとは別の方向からボストロールに近づくことにした。
『貴様ら……、ただで済むと思うなよ!!』
 するとボストロールは、今度は自身の顔に向かって変化の杖を振りかざした。光を放つとともにボストロールの顔が、別の魔物の姿に変わっていく。
——あれは、ドラゴン!?
 確かランシールの『地球のへそ』で遭遇した、炎を吐くドラゴンだ。確か『スカイドラゴン』って言ってたっけ。
 ボストロールは顔だけスカイドラゴンに変化させると、思い切り息を吸い込んだ。
 まさかこんな室内で、炎を吐くの!?
 対象物に向かって燃え続けるベギラマとはわけが違う。いくら広い王様の寝室でも、広範囲に広がる炎を放てば、たちまち部屋は火に包まれ、しまいにはお城全体が火事になってしまうだろう。
 そうこうしている間に、ドラゴンの顔をしたボストロールは私に向けて息を吐き出した!
 ビュゴオオオオオオッッ!!
「きゃああああっっ!!」
 熱い……と思いきや、ものすごい冷気が全身に吹き付けてくる。
「冷たっ!!」
 冷気とともに、冷たくて硬い氷の礫が体のあちこちに当たりまくる。手足はかじかみ、思うように動かない。
 よくよく見ると、スカイドラゴンに似てはいるが、皮膚の色が微妙に違うような気がする。もしかして別の種類のドラゴンなのだろうか。
「この馬鹿!! 何呑気に突っ立ってるんだ!!」
 ぐいと後ろから体を引っ張られ、冷気から免れる私。いつの間にかユウリが、私の傍までやってきていた。
「ベギラマ!!」
 ユウリのベギラマが、ボストロールの放った冷気とぶつかって、辺り一面水蒸気に包まれた。
「ありがとう、ユウリ!」
 返事をする間もなく、ユウリは私の顔の前に手のひらを広げた。
「ホイミ!」
 短い声で呪文を唱えたと同時に、氷の礫によって傷つけられた私の身体が、あっという間に治っていく。
「お前に助けられたと思ったが、相変わらずだなお前は」
 そう言いながらため息を一つつく彼を、私は腕を掴んで引き留めた。
「ユウリ、ナギが『作戦B』だって!!」
 手短に作戦を伝えると、ユウリはすぐにナギに視線を向けた。
「ちょうどバカザルと同じことを考えていた。おそらくだが、あの杖は自分の姿を変化させているときは、相手の姿を変えることはできないみたいだな」
 確かに、ボストロールが自身の腕を変化させる前は他の魔物の姿を変えていたのに、今はそれをしていない。私たちの姿を変えるチャンスは何度もあったのに、あえてそれをしていないのは、きっとそういう理由があるのだろう。
「行くぞ!」
 その言葉を合図に、私とユウリはそれぞれ別の方向からボストロールに向かって走り出した。
 三方向から襲い掛かられたボストロールは、今度は自身の足に変化の杖を振りかざした。
——一体何回姿を変えれば気が済むの!?
『変化!!』
 トロールの皮膚だった足は、瞬く間に艶やかな鋼色に変わる。そしてボストロールは私たちの一斉攻撃を、俊敏な動きで素早くかわした。
 あの速さと足の色はもしかして、メタルスライム!?
 メタルスライムの俊足、氷の息を吐くドラゴンの顔、そしてでっぷりと肥えたままの胴体は、明らかに異質だった。色んな魔物の一部分を無理やりあちこちにくっつけたようなその姿は、もはや魔物というより異形の化け物だ。
「気持ち悪い姿してんじゃねーよ!!」
 ナギの声もむなしく、彼の一撃はメタルスライムの足を持ったボストロールに難なく避けられる。次いでユウリの一振りが繰り出されるも、ドラゴンの顔から放たれる冷たい息によって防がれる。
 攻撃をするごとに特性を持つ魔物の一部分に変化させられ、ボストロールの弱点はなくなってしまった。
——いや、まだある!!
「二人とも!! 『私』を!!」
『!!』
 私の『声』に、二人は否応なく頷く。『作戦B』の合図だ。
「あいつのお腹に集中攻撃して!!」
 返事はせずとも、二人とも私の指示通りボストロールのお腹に狙いを定め、攻撃を仕掛ける。さすがのボストロールも二人の存在を見逃すはずもなく、臨戦態勢を取る。
 その間に私は、ボストロールの死角に回り込んだ。
「ライデイン!!」
 ユウリの雷撃呪文が、ボストロールのわき腹を掠める。その隙にナギがチェーンクロスで追撃するが、メタルスライムの足となったボストロールは回避率も上がり、攻撃が当てられないでいる。
 それでも二人はしつこく猛攻し続け、ボストロールの顔にわずかに焦りの色を生み出した。
『しつこい奴らめ!! こうなれば……』
 ボストロールの変化の杖を持つ手に力が入り、かすかに杖に光が灯る。
『変化!!』
 ボストロールが自身の腹部に向けて杖を振り下ろす。その瞬間、ボストロールの胴体が亀の甲羅のような姿へと変わっていく。今度は防御力を強化するつもりだろうか。
 だがそれよりも、この時を待っていた!!
 ボストロールの傍まで近づいていた私は、星降る腕輪の力を最大限に引き出すと、瞬時にそいつの杖を持つ腕めがけて鉄の爪を振り下ろした。
 ザンッッ!!
『ギャアアァァッッ!!』
 変化の杖を握り締めたままのボストロールの腕を斬り落とすと、私はそのまま床に落ちた変化の杖を拾い上げた。
「ナイス、ミオ!!」
 『作戦B』、つまり一人が敵の懐に入り込み、あとの二人がおとりになって気をそらせる。その間に一人が敵に攻撃する。今回は合図を言った私が敵に近づいたという訳だ。
 そして私が狙いを定めたのは、唯一変化の杖で変化できない場所、つまり杖を持っている方の腕だ。さらに杖を奪えば、これ以上体を変化させることはできない。
『き、貴様あああ!! 人間の分際で!!」
 我を失ったボストロールは、脇目も振らず私……いや私が持っている変化の杖を奪おうと迫ってきた。だが、私だけにとらわれるあまり、周りの様子に気が付いていない。
「確かスノードラゴンはラリホー系が効くんだったな」
 先回りして私の隣に立ったユウリが、ボストロールの顔めがけて呪文を唱えた。
「ラリホー!!」
 睡魔を誘う呪文を放った途端、ドラゴンの瞼がゆっくりと閉じた。
 すっかり眠ってしまったボストロールは、ズシンと大きな音を立てて倒れ込んだ。そこへ、チェーンクロスから毒針へと武器を持ち換えたナギが迫る。
「メタルスライムには効いたが、姿を変えたてめえだとどうなるんだろうな?」
 皮肉を込めた言い回しで、ナギは横たわるボストロールの足めがけて思い切り毒針を打ち込んだ。
『ガハアッ!!』
 急所に当たったのか、身体をびくつかせて目覚めたボストロールの鋼の足は、元のトロールの足へと戻った。腕の時といい、どうやらダメージを与えると元の姿に戻るらしい。
 いや、別にダメージを与えなくても元に戻せばいいんだ!
「ナギ!! ラーの鏡を!!」
「ああ!!」
 ナギも気づいたのか、すでに鞄から鏡を取り出し、ボストロールの顔と胴体に向けていた。
『グアアアアッッ!!』
 鏡の効果により、顔と胴体も元の姿に戻ったボストロールは、両腕と足にダメージを負いながらも、こちらをギロリと睨み付けながらゆっくりと身体を起こした。
『この……、たかが虫けらの分際で……!! よくも、よくもよくもよくも!!』
 もはや怒りの感情しかない魔物は立ち上がると、巨大な体躯を自ら武器にするかのごとく、物凄い早さで私たちに向かって突進してきた。それは魔王軍四天王としての生き様をまざまざと見せつけられたような気がして、思わず怖気が走ったほどだ。
「ふん。それがお前の散り際の台詞か? 随分と無様な最期だな」
 私とナギの前に立ちはだかったユウリが、稲妻の剣を構えて言い放つ。
「せめてもの餞に、俺の最大の力を以てお前を地獄に落としてやる」
 その瞬間、ユウリの鳶色の瞳に燃え盛る炎が映し出された。構えた稲妻の剣からは、チリチリと小さな雷のような光が迸っている。
「くらえ!!」
 まさしく稲妻のような素早さでボストロールに向かっていくと、ユウリは次々と剣撃を浴びせた。その太刀筋はまばゆい閃光となって、ボストロールの身体を貫いたのである。



 

 
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