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コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
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第一部 皇都編
  第二十七章―双剣―#8


※※※


 ヴァイスが放った大量の魔素の(つぶて)が、一斉に2頭の変異オーガを襲う。1頭の変異オーガが一歩前に出て、もう1頭はその影に隠れる。前に出た変異オーガは漆黒の棍棒を振り回して────魔素の礫を薙ぎ払った。

 そのうちの幾つかは棍棒を潜り抜け、変異オーガに着弾して傷をつけられたものの、腕や足を浅く抉っただけで致命傷には至らない。

 そこへ、セレナの魔術が発動して───無数の氷刃が、棍棒を振り切ったばかりの変異オーガへと降り注いだ。しかし、今度は隠れていた方の変異オーガが躍り出て、氷刃はその黒い棍棒に弾かれた。


 先程から、この繰り返しだ。ヴァイスの魔法も、セレナの魔術も、あの黒い棍棒に阻まれて────変異オーガを討つには至らない。

 この状況を打開するためにヴァイスと共闘してみたが、それも同じような結果に終わってしまった。

 まずはヴァイスの魔法をぶつけ、追い打ちのようにセレナの魔術を浴びせるという────こちらの作戦に対して、まさか変異オーガが1頭ずつ対応してくるとは思いも寄らなかった。

(変異種とはいえ、魔物にしては知能が高いような気がする…。それに、動きも素早い…。そもそも────あの黒い棍棒は何なの…?)

 あれだけの魔術を弾き続けてなお、損壊する様子がないことに加え────その見た目からも、まったく素材の見当がつかない。

 ヴァイスが魔法を放ち、またしても変異オーガの棍棒に掻き消される。

 無駄だとは思いつつも、セレナは魔術を発動させた。変異オーガをこちらへ近づけさせないために、届かなくても魔法や魔術を撃ち続けるしかない。

 だけど、これでは、変異オーガを討つことはできないまま────(いたずら)にルガレドの魔力を消費することになる。

(どうにかしなければ─────)

 ヴァイスの魔法は、ぶつける魔素の形態を変えられるらしく────リゼラが使う【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】のような魔素の刃を放つこともできるようだ。
 ヴァイス曰く、さっき変異オーガに対して放ったときには棍棒に掻き消されてしまったみたいだが────武具を扱えないヴァイスとセレナでは、その魔法、もしくは氷刃で致命傷を負わせるしか方法はない。

(ほんの少しの間でいい、あの棍棒を押さえるか、変異オーガたちを出し抜くことができれば─────)

 氷塊の形を変えてみる?────いや、形を変えたところで、あの棍棒に弾かれるだけだろう。

 では、規模を変えてみる?────あの棍棒で捌ききれないほど大規模な魔術を放てば、確かに致命傷を負わせることはできるかもしれない。
 だが、問題は発動速度だ。魔術は規模が大きければ大きいほど発動に時間がかかる。その間、あの2頭の変異オーガをヴァイスだけで足止するのは難しい。

 それなら、別の魔術を使ってみる?────セレナの【魔術駆動核(マギ・エンジン)】には“氷姫”が手元にない、あるいは使えない場合を考えて───リゼラがピックアップしてくれた魔術式が幾つかインストールされている。何度か発動させたことはあるから、行使することもできる。
 でも────どれも“氷姫”の魔術と大差はなく、条件は同じだ。あの棍棒を押さえることも、変異オーガを出し抜くこともできそうにない。

「…っ」

 それ以上は何も思いつかず────セレナは、自分の無力さを痛感する。

 これまでは、“氷姫”を発動させて────ただ氷塊をぶつけていればよかった。弱い魔物なら群れですら壊滅させることができたし、傷つけることはできなくても牽制にはなった。

 だけど────それは、ヴァルトとハルドがいてくれたからこそだ。無防備になっても護ってもらえるから魔術を発動できて────致命傷を負わせることができなくても(とど)めを刺してもらえた。

 地下遺跡のときだって────そうだ。あのときはラムルがいてくれたから、あの男を無力化することができた。

(私一人では何もできない……)

 “落ち零れ”────(ぬぐ)いとれたはずの、セレナをずっと苛んできた言葉が不意に頭に浮かんだ。

 あの男の言う通り、やっぱり自分は“落ち零れ”なのではないか────そんな考えに囚われそうになって、セレナは、縋りつくように、初めての友人からもらった大事な短杖を握り締める。

「娘、何を呆けている!」

 ヴァイスの声にはっとして顔を上げたときには、変異オーガの1頭がすぐ目の前にいて、セレナに向かって棍棒を振り下ろしていた。

 恐怖を感じる間もなく、セレナはただ迫り来る棍棒を見つめる。視界を占めるほど棍棒が間近に迫ったそのとき────セレナは右側から衝突してきた何かによって吹き飛んだ。一瞬前までセレナが立っていた場所を黒い棍棒が抉って、土砂が舞う。

「う…」

 右脇腹と最初に着地した左肩に鈍い痛みを感じながらも、何とか身を起こすと───変異オーガが振り下ろした棍棒を避けるために跳ぶヴァイスが目に入った。

 セレナがいる方とは反対側に跳んだヴァイスに、もう1頭の変異オーガが間合いを詰め棍棒を振り下ろす。ヴァイスは、それも跳ねて回避する。

 ヴァイスを先に片付けることにしたのか、変異オーガは2頭とも、ヴァイスを追って棍棒を振り回す。間合いに入られてしまったヴァイスには魔法を放つ余裕がなく、敵が2頭であることと体格差もあって、防戦一方となった。

 ヴァイスが一方の棍棒を避けて跳び、着地したところを狙って、もう一方の棍棒が振り下ろされる。

「ヴァイスさん…!」

(私のせいだ…!何とか────何とかしなきゃ…!)

 セレナは、吹き飛ばされても離さなかった短杖に魔力を流そうとして───止める。これでは間に合わないと思い、咄嗟に杖の先端部分を開けて魔術陣を取り出す。

 直接メダルに魔力を流せば、発動時間は短くできる。だけど、問題は規模だ。地下遺跡のときのようにただ少ない本数をぶつけても、あの巨大な棍棒には意味がない。

(さっきと同じ規模の魔術を、さっきよりも速く発動させる…!)

 リゼラは、自分で魔力を流すことで、魔術陣本来の威力を発揮できたのだと言っていた。【魔力操作】ができるようになった今なら、セレナにも同じことができるはずだ。

 セレナは掌に“氷姫”を載せて、しっかりと握った。そして、【魔力炉(マナ・リアクター)】から供給されるルガレドの魔力を掌に集めて、魔術陣へと一気に流した。

 “氷姫”から眩い光が迸って、セレナの正面に展開した無数の魔術陣から次々と氷刃が飛び出し───今まさに棍棒を振り下ろしている変異オーガに向かって飛んでいく。

 それに気づいたもう1頭の変異オーガが棍棒を振るったが、魔術の軌道上からずれていたために、すべては弾き返せない。
 ヴァイスを襲っていた変異オーガは、迫り来る氷刃を迎え撃つために、強引に棍棒の軌道を変える。

 その機を逃さず、ヴァイスは大きく跳び退って変異オーガたちから距離をとった。ヴァイスは着地してすぐに、魔法を放つべく、周囲の魔素を引き寄せ始めた。

 それに倣って、セレナが掌に魔力を流し始めたとき、視界の端を青い何かがふわりと過った。それは────後ろに流していた自分の髪の毛だった。

(髪が────青く染まってる…?リゼラさんが言っていたことは、本当のことだったの…?)

 セレナには自覚がなかったが────地下遺跡で“氷姫”を直接発動させたとき、セレナの髪色が青く変わっていたのだという。

 リゼラにそう聴かされ、何か心当たりがないか訊ねられたが────それまで一度もそんなことはなかったし、髪色が変わっていたらしいときも自覚がなかったために半信半疑だったのだ。

(青い髪────【青髪の魔女】…)

 手の中の“氷姫”に視線を落とす。

 リゼラは時間がない中、セレナの髪色が変わる原因について、できる範囲で検証してくれた。その際、この“氷姫”も分析してもらった。

 ディルカリド伯爵が所持していた魔術陣をリゼラが分析してみたところ、どの魔術陣も、“魔術式”に似通ってはいるものの、“魔術式”よりもかなり簡略化されているとのことだった。
 使い手の魔力量によって規模が自動的に決まるようで、使い手によって規模は変動するけど、魔術の形態や規模を自在に変えることはできないらしい。

 だけど────この“氷姫”は違う。これらの魔術陣よりも“魔術式”に近いみたいで、氷系統という括りはあるが、魔術の形態も規模も決まりはなく、すべて使い手のイメージで決まる。

 これまでずっと、“氷姫”が無数の氷塊をぶつけるだけの魔術だと思われていたのは、どこかの時点でその伝承が途切れて────おそらく、セレナがそうだったように、代々の使い手が、先代の魔術を参考にしてきたからだろう。

 リゼラは、もしかしたら、“氷姫”はディルカリダ側妃が創ったものかもしれないと言っていた。ディルカリド家の始祖サリルの────【青髪の魔女】のために編み上げた魔術なのかもしれない、と。

 攻め寄せるカイバルス王国の大軍を瞬く間に氷漬けにして、たった一人で鎮圧したという────【青髪の魔女】。地面から生やした氷の槍で、敵部隊を一瞬で串刺しにしたこともあったという。

 もし、この“氷姫”が本当に【青髪の魔女】のために創られたものだとしたら────記述にある【青髪の魔女】が放ったという魔術が、この“氷姫”で発動したものだとしたら────セレナにもできるかもしれない。

(今までのように氷刃を降らせるだけでは、あの棍棒で弾かれる。でも、地面から────下からなら…?)

 この状況を打開できるかもしれない策を見出したセレナは、目線を上げた。ヴァイスの魔法を掻き消した変異オーガが、セレナを見遣る。

 セレナは、掌に集めていた魔力を握ったままの“氷姫”に流した。イメージする氷刃の形も規模も先程と同じにしたので、発動にそう時間はかからない。

 無数の氷刃がこちらへ近づこうとしていた変異オーガに向かう。変異オーガは、もう慣れたもので、難なく氷刃を弾き返していく。

 時間が惜しいセレナは、魔術陣が発動したことだけ確かめると、次の───先程思いついた魔術を発動すべく準備に入る。掌に魔力を集めて、“氷姫”に流し込む。

 籠める魔力量、規模は変えない。発動時間が長くなってしまっては意味がないからだ。

(形もそのままで、大きさは変えて────本数を少なくする代わりに、密集させて────発動する場所は、変異種の足元の地中…!)

 魔術を完成させたセレナは、ヴァイスの魔法を弾き終えた変異オーガたちの足元に発動させる。地面が波打ち、黒い棍棒に匹敵する巨大な氷刃が、土砂を押しのけて次々に飛び出した。

 しかし、地面が波打った時点で感づいたらしく、変異オーガに跳び退()かれてしまった。それでも、幾つかの氷刃が変異オーガの足を掠めて、ケガを負わせることはできた。

(避けられてしまったけれど、これなら討つことができるかもしれない。今のは、思ったよりも、少し発動時間がかかってしまった。もっと発動時間を短縮できれば─────)

 何となく魔素が多い地中を発動の起点にしてしまったけれど────次は、地中ではなく、もっと表層にした方がいいだろう。

(後は、“氷姫”にもっと速く魔力を回らせることができれば─────)

 セレナは、両手に魔力を流して────掌を魔力で満たして、両手で“氷姫”を握る。両面から魔力を一気に流せば、もっと速く魔力を行き渡らせることができるはずだ。

 できるだけ掌に“氷姫”を密着させようと、両手の指を組む。そうやって、“氷姫”に流し込みながら、セレナは、より明確に───詳細にイメージをするために、無意識に俯いて眼を閉じた。

 そう────あたかも、祈りを捧げるかのように。

 そして、“氷姫”に刻まれた魔術陣に魔力が行き渡った、その瞬間────手の中の“氷姫”から、瞼を透かしてしまうくらいの眩い光が迸って、セレナを呑み込んだ。

「っ?!」

 セレナの身体を、光が浸食していく。

 身体が光にあまねく満たされたとき、セレナは妙な感覚に襲われた。それは、つい数時間前に経験したばかりの────自分を取り巻く空間が塗り替えられていくような感覚だった。

 リゼラから加護を授かった際、【魂魄の位階】が上がったことにより、【魔力感知】が技能として昇華されて────突然、自分の魔力だけでなく、周囲に漂う魔素をはっきりと認識できるようになった。あのときは────本当に、自分がいる空間が変わってしまったようだった。

 それが、もっと顕著になって、魔素を認識できるだけにとどまらず────まるで、感じ取れる範囲の魔素と同化してしまったかのような────手足のごとく、セレナの意思で動かせそうな─────

「!」

 セレナは、不意に魔術が完成したのを悟った。想定よりも、かなり速い。

 瞼を開けると、2頭の変異オーガは、ヴァイスが放った魔素の礫を弾いているところだった。

(今なら避けることはできないはず────!)

 変異オーガ2頭の足元を狙って、即座に発動させる。

 魔術は、地中の魔素をも巻き込み発動した。先程のように地面が波打つ間もなく、巨大な氷刃が土砂を撒き散らして飛び出す。

 セレナの魔力に加えて、地中の魔素も取り込んで造られた氷刃は、先程よりも大きさも規模も増していた。

 ヴァイスの魔法を対処していた変異オーガは、避けることができず串刺しとなった。串刺しにされて倒れ込んだ変異オーガの全身を、氷刃がさらに貫き────いかに生命力の高い魔物でも、絶命するしかない。

 しかし、それは1頭だけで───もう1頭のセレナに近い方の変異オーガは、セレナの異様さに一瞬気を取られたらしく───ヴァイスの魔法に撃たれてよろめき、魔術の中心から逸れてしまったために───左足に傷を負わせることはできたものの、命を奪うことまではできなかった。

(1頭は避けられてしまったけど、倒せた…!もう一度同じものを────)

 再び魔術を発動しようとするセレナに気づいた変異オーガが、手に持つその棍棒をセレナ目掛けて放った。力ある魔物に投げつけられた棍棒は、距離もそれほど離れていなかったこともあり、次の瞬間にはセレナの視界を塞ぐほどにまで迫っていた。

 これは────もう、魔術も退避も間に合わない。

「ヴァルト…っ」

 セレナの唇から零れ落ちたのは────この世で一番大事な人の名だった。
 思わず閉じた瞼の裏に、見ているだけで胸が満たされるその笑顔が思い浮かぶ。

「セレナ…!!」

 その大事な人の声で、自分の名を呼ばれた気がした。続いて、何か重く硬いものがぶつかるような、鈍い音が響く。

 恐る恐る瞼を開くと────大柄な背中が目に入った。セレナを庇うように佇むその人は、少しだけ顔をこちらに振り向かせる。

「お嬢、無事か?」
「ヴァルト…?」

 それは────ここにいるはずのない、ヴァルトだった。

 状況が呑み込めず、嬉しさよりも戸惑いが勝る。ヴァルトは、ルガレドの命により、ここから離れた場所で戦っていたはずだ。それに、構えたままの両手剣が、いつもの愛剣ではない。

「お嬢、さっきの魔術────まだ撃てるか?」

 また前を向き、そう問うヴァルトに、セレナは我に返る。そうだ────戸惑っている場合ではない。変異種は、もう1頭残っているのだ。

「大丈夫…!」

 セレナの勢い込んだ返答に、ヴァルトが小さく笑いを零した。セレナの位置からではその表情は見えないが────きっと、あの陽だまりのような優しい笑みを浮かべているに違いない。

「ディンドの旦那は先に戻ってくれ。ここは────ワシらが引き受ける」

 ヴァルトは、変異オーガが串刺しにされた変異オーガの落とした棍棒を拾い上げるのを睨みながら、同じくいつもと違う大剣を構えたディンドに告げる。

「頼んだ」

 ディンドはそう応えると、側まで退いてきたヴァイスに目線を向ける。

「ヴァイス殿、引き続き、ここを頼む」
「任せてくれ」

 ヴァイスが頷くのを確認したディンドは、自分の任務を果たすべく奔り出した。変異オーガは、セレナを標的に定めたようで、駆け抜けていくディンドには眼もくれない。

「ヴァイスの旦那───あいつはお嬢とワシがやる。アンタは護りに徹してくれ。お嬢とネロ坊、【転移門(ゲート)】を頼む」
「了解した」
「お嬢───あの棍棒はワシが押さえ込む。隙を見てさっきの魔術をぶちかましてくれ」
「解った…!」

 漆黒の棍棒を構えた変異オーガが、こちらに向かって踏み出す。

「それじゃ、始めるか────お嬢」

 ヴァルトはセレナに背を向けたままだったが────その声音から、ヴァルトがいつものごとく不敵な笑いを浮かべているのが、セレナには判った。

 気負いで強張っていた表情を一瞬だけ緩めてから、また引き締めて────セレナはヴァルトに返す。

「ええ、ヴァルト」

 もう────不安は跡形もなく消えていた。
 
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