| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一部 皇都編
  第二十六章―黎明の皇子―#9


 昼下がりに冒険者ギルドでの緊急会議を終えて、その後も諸々の手配をして────お邸に帰り着いたときには、もう日が沈んでいた。

 いつものように、ラムルとハルド、それにエデルが出迎えてくれる。

「ラムル、忙しいところ悪いが────至急、全員をダイニングルームへと集めてくれ」

 カデアたちは、今頃、夕飯の支度をしている最中だろう。レド様は、少しすまなそうに命じる。

「かしこまりました」

 ラムルは、恭しく礼をすると、ハルドとエデルに目配せをして、二人を従えて歩き出した。

 レド様と私、ディンド卿、ジグとレナスは、連れ立ってダイニングルームへと向かう。

「すまないな、皆───ろくに休憩をとらせてやることができなくて」
「いえ───今は緊急事態なんですから、お気になさらないでください。それに、休めていないのはレド様も同じではないですか」
「リゼラ様の仰る通りです。どうか、そのようなことはお気になさらぬよう」

 そんなことを話しているうちにダイニングルームに辿り着く。ラムルもハルドも伴っていなので、私はレド様のために上座のイスを引く。

「ありがとう、リゼ」

 レナスがレド様の後ろに控えた。ディンド卿は、上座に一番近い位置のイスを自分で引いて座る。

 私は、ティーセットを取り寄せて、ポットに予め淹れてあったハーブティーをカップに注いで───レド様とディンド卿の手元へと置く。

「ありがとう」
「ありがとうございます、リゼラ様」

 レド様とディンド卿のお礼の言葉に頷いてから、私は自分の席────ディンド卿の向かい側に座る。すかさず、ジグが私の後ろに立つ。

 レド様が、さっと私の手元へと視線を走らせた。自分のお茶は淹れるつもりはなかったけど、心配性のレド様が眉を寄せてこちらを見ているので、仕方なく揃いのカップとソーサーを取り寄せて自分の分も淹れる。レド様は眉間を緩めて、カップを持ち上げ口をつけた。

 三人ともが温かいお茶を含み、人心地ついた後───ディンド卿が口を開いた。

「ルガレド様、リゼラ様───確認させていただきたいことがあるのですが」

「何だ?」
「今回の件、お二人が全力を出したなら────殲滅させることができるのではありませんか?」
「そうだな────おそらく…、ただ殲滅するだけならば────可能だろう」

 レド様は考えながら、ディンド卿の疑問に答える。

「俺もリゼも、共有魔力やノルンを通して精霊樹の魔素まで使って、広範囲に及ぶような大規模な攻性魔術を連発するなら────それこそ一人でも殲滅はできるだろう。だが、それは最終手段だ。それをしてしまえば────現状では、俺たちは姿を隠さなければならなくなる」

 私たちが───いえ、第二皇子であるレド様がそんな強大な力を保有していると知られたら、ジェスレム皇子を皇王にしたい皇妃一派が黙っているはずがない。

 その力で皇妃一派を掃討してしまえればいいが────こればかりは、そんな単純にはいかない。

「今の俺たちなら、追っ手をかけられても、撃退することも逃げ遂せることもできるが───それは、国を捨てることに他ならない。リゼの大事な者たちを残していかなければならないし────何より…、本当にそれしか手段がないならともかく、皇子として────こんな状態の国を捨てることはしてはならないと思っている」

 カップをソーサーに置いて、レド様は続ける。

「今日、皇宮での緊急会議に出席して────俺は、改めて…、この国の状況が異常だと思い知った。前世の記憶を取り戻したから猶更だ。この状態のまま、何処かの軍勢に攻め入られたり、大災害が起こったりでもしたら────この国は…、確実に終わる」

 レド様は重々しくそう仰った後、目線を伏せた。

「これまでは────俺は、なすすべもなく、皇妃たちの悪意をやり過ごすだけだった。だが、リゼのおかげで、俺は奴らに対抗する術と縁を手に入れることができた。俺は────これ以上、皇妃たちの好きにはさせたくない。奴らが失脚するのを待つのではなく────ロウェルダ公爵らと共に奴らを一掃して、この国の現状を変えたい」

 そこで言葉を切り、レド様が再び目線を上げた。明け方の空を思わせるその淡紫色の瞳には、強い光を湛えていた。

「リゼ、ディンド、ジグ、レナス────俺に…、力を貸してくれるか?」

「勿論です、レド様」

 私は迷うことなく頷く。レド様がそう決意されたのなら、これまで培ってきたものを────今持てる全てのものを以てご助力するだけだ。

「御心のままに────どうぞ、我が力を存分にお使いください」

 ディンド卿が、引き締めた表情に決意を滲ませて応える。

「そのようなことは、訊くまでもないことです」
「ルガレド様の思うままになさってください。オレたちは────何処までもついて行きますから」

 続けて、ジグとレナスが、当然のごとく答える。

 レド様は、嬉しそうに───どこか安堵したように、口元を緩めた。

「ありがとう。─────頼りにしている」


◇◇◇


「旦那様───皆を連れて参りました」

 私たちがお茶を飲み干したとき、ラムルが仲間たちを伴って現れた。ラムルのことだから、おそらくタイミングを見計らっていたのだろう。

 ラムルがレド様の傍に───エデルが私の傍に控え、他の仲間たちが席に着いたところで、レド様が口火を切った。

「ヴァムの森に造られた集落の件は聴いていることと思う。この件で、俺は皇王陛下より指揮権を与えられ───平定を命じられた。責任を持って平定しなければならない」

 レド様は、集落の様相、そこに住む魔獣や魔物の詳細───そして、私の魔獣たちに関する推察を一通り語る。

「今回、騎士団は当てにすることが出来ない。皇王陛下に“デノンの騎士”6個小隊を借り受け、幾つかの貴族家から協力は得られたが───それでも、人数としては350に届かない。冒険者も、近隣の街から多少の応援を得られたものの───討伐に参加するのは、5つのBランクパーティー、ソロのBランカー4人、後はCランク以下のパーティーおよびチームで───人数としても、100を超える程度だ。正直…、群れの規模を考えると、戦力が足りない。もっと時間に余裕があるなら補充の仕様もあるが、そんな猶予はない。よって────この手勢だけで臨むことになる」

 あのビゲラブナが自分の責務を理解して、一つでも騎士団を待機させていてくれたら────そんな思いが一瞬過るが、もう言っても詮無いことだ。

 彎月騎士団の下級騎士、上級兵士、下級兵士は皇城に滞在してはいるが、まとめ上げ指揮する者がこぞって不在のため、彼らがいると返って戦場が混乱すると考え────今回は、参戦してもらうことは断念するしかなかった。ここまで急ぎでなければ、イルノラド公爵かガラマゼラ伯爵に指揮系統を調えさせて任せることもできたかもしれない。

 まあ────それだけでなく、正直なところ、実戦で使い物になるのかという不安もあった。

「作戦としては───魔獣たちが集落を出て、その枝道に入り込んだところを強襲するつもりだ。枝道はダウブリム方面の街道のようには開けていないため、魔物たちは列を成して進むしかない。そこで、味方を三部隊に分けて───まず中心部を奇襲する。魔獣たちを出来る限り引き付けてある程度数を減らした後、列の前方と後方から同時に攻める。前方は冒険者に、後方は“デノンの騎士”と貴族の私兵に任せることになっている」

 騎士・貴族の私兵と冒険者とで分けると、数に偏りができてしまうが───何せ、戦い方や考え方の違いを摺り寄せる時間がない。無理に数を揃えることによって、現場が混乱して力を発揮できないなんて事態になっては困る。

「そして…、中心部の奇襲は────俺たちが担当する」

 レド様は、仲間たちを改めて見遣った。

「中心部の奇襲────この役割は作戦上とても重要だ。戦力不足を補うためにも、ここで出来る限り敵の数を減らさなければならない。勿論、危険を伴う。だからこそ、力を有する俺たちがやらなければならない」

 仲間たちは神妙な面持ちで、レド様の言葉を静聴している。

「それともう一つ、この奇襲を俺たちが担当しなければならない理由がある。それは、この枝道に奇襲部隊が潜むことができる個所がないということだ。俺たちならば、少人数である上、潜むことなくその場に転移することができる。奇襲には【転移門(ゲート)】を利用するつもりだ。すでに奇襲を行う予定の地点に設置してある。目標がそこに到達次第、転移して襲撃を開始する。
奇襲を担当するのは、俺、リゼ、ディンド、ラムル、ヴァルト、ハルド、セレナ、アーシャ───そして、ジグ、レナスとする。カデア、ラナ、エデルは邸で待機だ。ノルンもこの邸に留まり、遠隔で俺たちのサポートをしてくれ」
「解りました、(マスター)ルガレド」

「カデア、ラナ───ケガで退避した者の回復とノルンの護衛を頼む」
「かしこまりました」
「承りました」

 カデアとラナ姉さんが、それぞれ応えた。

「それから、この緊急事態にないとは思いたいが、皇妃一派がこの邸に何か仕掛けて来ないとも限らない。カデアとエデルにはその対応を頼みたい」
「はい、お任せください」
「かしこまりました」

 カデアに続き、私の傍に佇むエデルも恭しく頭を下げて応える。


「皆には────負担をかけることになる。相手は多くが魔物で、地下遺跡で対峙した魔獣よりは強くはないとはいえ、数が比べ物にならない。
そこで────幾つか策を講じようと考えている」

 レド様は言葉を一旦区切って、また続ける。

「現在、セレナは別として────俺たちは、人目がある場では魔術を行使しないようにしている。有用な魔術を幾つも行使できることを皇妃一派に知られたくなかったというのもあるが────俺の立場では、高価である魔術陣を手に入れることが不可能な状況だからだ。だが、今回は国という後ろ盾がある。魔術陣を貸与されてもおかしくはない状況で、魔術を行使しても不自然ではない。よって、幾つかの魔術の使用を解禁しようと思う。それと、魔力についてだが──────リゼ」

 名を呼ばれ、レド様に代わって説明すべく私は口を開いた。

「地下遺跡で戦った際、【身体強化(フィジカル・ブースト)】や【防衛(プロテクション)】を行使したせいで魔力が減少し、【魔力循環】の効果が低下して、戦闘に支障を来たしたと報告を受けています。それを踏まえ────レド様と私の魔力を使うことのできない、ディンド卿、ヴァルトさん、セレナさん、ハルド、アーシャの【魔力炉(マナ・リアクター)】をノルンに連結させようと考えています。ノルンを通じ、地下遺跡の【魔素炉(マナ・リアクター)】から魔術行使に必要な魔素を得れば────【魔力炉(マナ・リアクター)】で透過したときよりは全体量は減ってしまいますが、本来持つ魔力をすべて【魔力循環】での身体能力強化だけに充てることができます」

 地下遺跡の【魔素炉(マナ・リアクター)】で捻出した魔素なら、レド様や私の魔力───それに精霊樹の魔素よりもかなり密度が低いので、そう簡単に【魂魄の位階】は上がらない。それに、せっかく【魔素炉(マナ・リアクター)】を稼働させているのだ。これを使わない手はない。

「それから、皆さんの腕時計に施した魔術【往還】で跳べる【転移門(ゲート)】を、このお邸のものに限定するつもりです。そうすれば【往還】の発動時間も短縮できますから、離脱も容易になります」

 地下遺跡でのように、時間稼ぎのために誰かが身体を張る必要もなくなる。

「奇襲予定地点に【転移門(ゲート)】を設置してありますので、離脱しても回復したら戻って来ることもできます。だから、ケガをして戦闘を続行することが不可能になったら、無理をせず、すぐに離脱してください」

 これは、また戻って来れることが判っていれば、躊躇わずに離脱できるのではないかと考えてのことだ。仲間を戦場に残して自分だけ退却するというのは、やはり気が引ける。


 奇襲に参加予定の仲間たちが私の言葉に頷くのを見届けてから、再びレド様が口を開いた。

「おそらく、魔獣たちは夜陰に乗じて農村へと向かうはずだ。だが、それでは闇の中で戦うことになる。今夜は二つの月が上っていて比較的明るいが、それでも日中に比べたら視界が暗い。騎士や貴族の私兵、冒険者たちは、なるべく夜が明けてから戦わせたい。できれば俺たちもだ。そのために、ヴァムの森周辺───特に街道を、“デノンの騎士”に巡回してもらっている。日は暮れたが、今のところ魔獣たちは警戒して、集落から出る様子はないようだ。夜半を過ぎた頃、巡回する“デノンの騎士”を徐々に減らす。それを好機と見て魔獣たちが集落から出てきたら、退却することになっている」

 魔獣たちの列の後方から攻める部隊に“デノンの騎士”を組み込んだのは、このためだ。

 マセムの村へは距離としては東門が最短だが、今回は北門からマセムの村へと回り込み、村を経由して前方───農村側の待機場所に向かうことになっている。“デノンの騎士”には巡回を任せているので、そちらへ向かうには時間がない。

 前方を担当する冒険者たちは、間に合うように、すでに皇都を発っている。馬車と馬に分乗してマセムの村まで行き、そこからは徒歩で向かう予定だ。

 馬車と馬をマセムの村に置いて行くのは、場所をとるからだけでなく、何かあった場合に村の住民が避難するのに使うためでもある。

 馬車と馬は、サヴァル商会とベルロ商会が快く提供してくれた。それと、ベルネオ商会に頼んで確保しておいた馬も提供している。


「ですが…、魔獣はそれに乗ってきますかね?」

 ヴァルトさんが疑問を口にする。レド様の案を疑っているというよりも、可能性を挙げたという感じだ。

「確かに乗らない可能性もある。相手は、理性を保った魔獣だ。前世の記憶を持っていることも考えられる。だが、奴らは食糧であるゴブリンをすでに食い尽くしている。今夜は警戒して出てこないとしても────常に周囲を巡回させ続けて、食糧調達の機会を与えなければ、一両日中には必ず行動に移すだろう。今夜が駄目なら────明日、また同じことをするだけだ」

 農村側から攻め込む部隊が冒険者なのは、明日まで延びる可能性があるからという理由もある。延期となった場合、待機場所で野営する予定となっているからだ。

 今回討伐に協力してくれる貴族の中には、当主自ら指揮を執る者もいる。騎士であるイルノラド公爵やガラマゼラ伯爵はともかく、慣れない野営させて体調を崩されたら支障が出る。

「集落を監視していた冒険者たちは、全員引き揚げさせたため───今、集落の監視を行っているのは精霊獣だ。奇襲予定地点は、ネロとヴァイスに監視してもらっている。魔獣たちが動けば、直接リゼに連絡が来る。早ければ数時間後────遅くとも明日の夜半、討伐に赴く。そのように心得ておいてくれ」


 レド様がラナ姉さんに目を向ける。

「ラナ、無理をさせて悪いが────急ぎ、皆が俺の配下だと一目で判るような揃いの服を作ってくれないか」
「かしこまりました」

 応えるラナ姉さんの緊張に強張っていた表情が、職人のそれへと変わる。どんなデザインにするか────もう考えを回らせ始めているのだろう。

「それでは、話はここまでにして────準備に取り掛かる前に、まずは夕食を済ませることにしよう」
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧