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コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
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第一部 皇都編
  第二十四章―妄執の崩壊―#5


 約250年前に歴史研究家ビオドによって書かれた『魔術考』の最後のページまで読み終えた私は、鞣革で包まれた分厚いハードカバーを閉じた。

 古代魔術帝国の地下遺跡を出て昼食を摂ってから────私は図書室に籠って、ノルンに手伝ってもらいながら、ディルカリダ側妃や【青髪の魔女】について調べていた。

 遺跡に遺されていた記録を確認した後は、【記録庫(データベース)】から再現した『エルダニア王国正史─中期─』、『エルダニア王歴』、『バナドル記』、『カイバルス王国興亡記』、『エルダニア魔術史』、『魔術考』などの要所を───気になった箇所や不明な箇所を【記録庫(データベース)】で検索しつつ、ひたすら読み漁る。

「やっぱり…、【青髪の魔女】は────ディルカリダ側妃じゃない…」

 歴史研究家ビオドは───レーウェンエルダ皇国の実力主義がだいぶ浸透してから───つまり、エルダニア王国が瓦解して数百年過ぎた時代に生まれた人間で───手に入った文献を繋ぎ合わせて、ディルカリダ側妃が【青髪の魔女】であるという説に辿り着いたようだ。

 『バナドル記』と『カイバルス王国興亡記』での【青髪の魔女】に関する記述は、曖昧である上に少なく、ディルカリダ側妃だと決定づけるような表現ではなかった。

 それに───ディルカリダ側妃が()()()()()()()()記録も見つけた。

 それは、エルダニア王国時代からレーウェンエルダ皇国初期までの宝飾品に関する研究書の───エルダニア王国の王族に代々受け継がれてきた宝冠の一つである“愛妃のティアラ”についての一文だ。

 そのティアラは、バナドル王が最愛の妃ディルカリダのために特別に創らせたもので───『ディルカリダ側妃の()()()()()に合うように創られた、当時の技術の粋を凝らした逸品』と記されている。

 これが正しいなら、ディルカリダ側妃の髪色は青ではなく、亜麻色───黄色がかった淡い栗色ということになる。

 それから───地下遺跡に遺されていた、“下級(ローグレード)魔導師(ウィザード)ディルカリダ=バイレウム”に関する記録。

 ノルンに地下遺跡の【記録庫(データベース)】を検索してもらったところ、彼女は、制御システムへのアクセス権限を持つ“(マギ・)術式構築士(システム・エンジニア)”らしい。

 称号を与えられるほど優秀だったようだが、魔力量がBクラス相当しかなかったために“下級(ローグレード)”と冠されたみたいだ。

 『エルダニア王国正史─中期─』、『カイバルス王国興亡記』、『バナドル記』を読む限りでは、【青髪の魔女】は膨大な魔力を持っていたことが覗える。ディルカリダ側妃がディルカリダ=バイレウムであるなら───やはり、その正体がディルカリダ側妃である可能性は限りなく低い。

 ただ───気になるのは、ディルカリダ=バイレウムがディルカリダ側妃だったとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()どうかだ。

 【記録庫(データベース)】に遺された記録によれば───制御システムが手動に切り替えられる以前に、“下級(ローグレード)魔導師(ウィザード)ディルカリダ=バイレウム”がアクセスしたのは658年前。

 要するに────658年の開きがある。

 白炎様に問い合わせたら、魂魄の位階が上がって延びる寿命は、数十年から二百年ほど人によって差があると仰っていたので───ディルカリダ=バイレウムが生き延びていた可能性はある。

 ディルカリダ側妃は56歳で亡くなり、大々的に葬儀が行われたと記録には残されているけれど───不老長寿になっていたとしても、すでに側妃になった時点で晩年の域に入っていただろうし、矛盾はしない。

 だけど、それなら───何故、地下遺跡の制御システムを手動に切り替えたのかが解らない。

 ノルンが言うには、制御システムは壊れたわけでなく───切り替えられていた。ディルカリダ=バイレウムにはアクセス権限があった。手動に切り替える必要はなかったはずだ。

 制御システムの動力の問題かとも思ったが、地下遺跡は、地中の魔素を取り込み、【魔素炉(マナ・リアクター)】で濾過された魔素を動力としている。ノルンに調べてもらったところ、そのシステムはちゃんと活きていた。

 それならば、何故か────

 考えられるとしたら…、ディルカリダ=バイレウムは生き延びていたのではなく、転生していた────ということだ。

 魔力の質は、肉親と似ることを鑑みると、おそらく肉体の影響を受ける。

 今は冒険者ライセンスとして利用されるあのコインは、古代魔術帝国では身分証明として使われていた。つまりは魔力が識別に使われていた。

 そして───あの地下遺跡でも、魔力は制御システムへのアクセス・キーの一つとなっている。

 転生していたのなら、魔力の質が変わっていたはずだ。おそらく制御システムにアクセスすることはできなかっただろう。

 だから────魔力以外のアクセス・キーを用いて手動に切り替える必要があった────

「ディルカリダ側妃は────“記憶持ち”だった…?」
 
「ディルカリダ側妃というのは、確か───この皇都の建造を推進した人物だったな。その側妃は────古代魔術帝国に関する記憶を持っていたということか?」
「はい、おそらくは…」

 反射的に答えてから、顔を上げて────向かいに座るレド様を認識して、我に返る。

 あれ───何でレド様がいるの?

 見回すと、いるのはレド様だけではなかった。ラムル、カデア、ラナ姉さん、アーシャ、セレナさん、ハルド───そしてエデルまでが、座る私とノルン、そしてレド様を囲っている。

 皆一様に、困ったような表情を浮かべていた。

「ええっと…、何故、皆さんお揃いで…?」
「まず、アーシャだ」

 レド様が、あの眼が笑っていない笑顔を浮かべ、口を開いた。

「夕飯の支度ができたので、カデアに頼まれたアーシャが、リゼを呼びに行った。だが、リゼは呼びかけても揺すっても、反応せず───困り果てたアーシャは、カデアに相談した。今度は、ラナとセレナが呼びに行ったが、やはりリゼは反応しない。カデア、ラムル、ハルド、エデル、誰が行っても駄目で────最後に俺に回って来たというわけだ」

「………ノルン、今、何時?」
「午後7時12分です、(マスター)リゼラ」

 嘘でしょう…。


◇◇◇


「リゼは根を詰め過ぎる」

 おじ様との面会の約束が午後8時だったので、急いで夕食をいただいた後───姿をくらませたジグとレナスを伴い、レド様と共に、おじ様の執務室へと向かっていた。

 レド様は未だに大変ご立腹のようだ…。

「う…、すみません…」

 いや、だって───自分でも、あんなに集中してしまうとは思わなかったんです…。

「リゼには、補佐をする者が必要だな。誰がいいか…」
「補佐───ですか?」
「ああ。共に作業する者がいて、その者のことを気遣う必要があれば、リゼは無茶できないはずだ」

 確かに、そういう状況なら、休憩をとろうとか考えるかもしれない…。

「リゼの補佐ができそうなのは…、ラムル、ディンド、セレナ辺りだが───リゼ専属となると…、セレナか。だが、セレナだけでは補えないかもしれないな…。そうすると───エデルだな。あまり気が進まないが…、仕方がない」

 レド様は、眉を寄せて溜息を()く。本当に申し訳ありません…。



「ロウェルダ公爵、忙しいところ、時間をとってもらって申し訳ない」
「いいえ、ご足労いただき恐縮です」

 執務の後ということもあって、出迎えてくれたおじ様もロヴァルさんも少々疲れ気味なのが見て取れる。

「お疲れ様です、おじ様、ロヴァルさん。時間をとってくれて、ありがとうございます」
「気にしないでいいんだよ、リゼ。何か、急ぎの用件なんだろう?」

 おじ様の言葉に、私は頷いた。

 執務室の一角に設えられた応接スペースのソファに座ると────私は、“祝福”のことも含めて、今回の一件に関するすべてを打ち明けた。

 おじ様もロヴァルさんも、私たちの事情は知っているので、話に制限をつける必要はない。

「これは────また…、大変な情報だね」

 おじ様は驚いたというより、沈痛な面持ちで呟く。

「ガラマゼラ伯爵は───まあ、いずれ事を起こすのではないかと思っていたから、遂に動き出したかという感じだけど」

 おじ様は、溜息と共に零すように続ける。ガラマゼラ伯爵の弟の件をおじ様が知らないはずはない。ガラマゼラ伯爵がいつか皇妃に復讐をするかもしれないと予想していたのだろう。

「最近、ジェスレム皇子に不審な男が接近していることは掴んでいたんだけどね」
「不審な男?」

片眼鏡(モノクル)をつけた派手な格好の小太りの男がね、ジェミナ皇妃の留守を狙って、ジェスレム皇子邸に出入りしているらしいんだ。貴族か裕福な商人のような身なりだけど、該当する者はいないし───後をつけさせても、いつもある地点で忽然と姿を消すらしくてね。目的や素性、背後にいる者が掴めなかったんだよ」

「ああ、その男なら───今日の午後も、ジェスレムと会っていたと報告を受けている。その男はゾアブラで間違いないとのことだ」


 レド様のその話は、私には初耳だった。私があの状態だったので、報告する時間がなかったのだろう。

 ラムルを手伝ってくれている精霊獣は───栗鼠型やネズミ型の精霊獣11頭だ。

 現在、【限定転移門(リミテッド・ゲート)】6ヵ所に冒険者ギルド、それからガラマゼラ伯爵邸に出入りする者を探るために表門と裏門それぞれに1頭ずつ忍ばせ───1頭は精霊獣たちとの連絡役として常時ラムルに、1頭は私たちとの連絡役としてシェリアの許にいる。

 だから、今日はジェミナ皇妃やジェスレム皇子を精霊獣に見張らせる余裕はなかったはずだ。

 そうなると────この情報をもたらしたのは、エデルしかいない。ジェスレム皇子と会っていたことや、それがゾアブラと断定できたということは───ジェスレム皇子の邸に入り込んで、人相が確認できるくらい近づいたということだよね。

 また───危険なことを…。

 身を護る術を施したものの───正直、エデルには劇団に戻れるまで危険なことは避けて欲しいのが本音だ。いや───劇団に戻ってからも避けて欲しいけれど。


「やはり、そうですか。会っていたところを見たということは───殿下の手の者は、皇子邸の中まで入り込めるのですか?」
「ああ」
「では、会話は聴けたのですか?」
「いや───邸に入り込んだときには、ジェスレムとゾアブラの密会はすでに終わって、挨拶を交わしているところだったらしい」
「そうですか…」

 ジェスレム皇子とゾアブラが、密会していた?
 でも───何のために…?

「ただ───その後のジェスレムたちの動向を見張っていたら、侍従が教会に使いを遣ったそうだ。どうやら、教会に参拝に伺う旨を知らせる内容だったらしい」
「参拝───ですか?」

 おじ様は訝しげに眉を(ひそ)める。

 あのジェスレム皇子が参拝───?
 まさか───教会におびき寄せて、魔獣に襲わせるつもりだろうか。だけど、教会付近には【転移門(ゲート)】の類は設置されていないはずだ。

「…解りました。教会については、こちらで探ってみましょう」
「頼む」

 レド様の言葉に、おじ様は頷く。
 レド様は小さく溜息を吐いてから───話を続ける。

「明日───俺たちは地下遺跡を修復して、【転移門(ゲート)】をすべて封鎖する予定だ。ディルカリド伯爵たちも捕縛するつもりではいるのだが───問題はその後だ。おそらく、ガラマゼラ伯爵たちもディルカリド伯爵たちも────罪には問えないだろう」

「…そうでしょうね。ガラマゼラ伯爵もそのゾアブラという男も、ただジェスレム皇子と接触していただけですし───ディルカリド伯爵たちと魔獣の件も、殿下とリゼの事情をすべて話さない限り、罪を立証するのは無理でしょう」

「下手をしたら────皇妃一派に俺が主犯にされかねない」
「ええ、その可能性が一番高いですね」

 だからといって────罪を犯すまで待ってはいられない。被害を考えると、なおさらだ。

「…殿下は、彼らが表立って断罪されなければならないとお考えですか?」

「いや───俺は、魔獣の件さえ止められればいいと思っている。
正直───ガラマゼラ伯爵やゾアブラ、ディルカリド伯爵の───大事な者を奪われた悔しさや悲しみは…、本当に────痛いほど解る。しかも、相手はあのジェミナとジェスレムだ。あいつらの軽い気持ちで───身勝手な理由で…、大事な者を奪われた彼らの心情を考えると、本当にやりきれない…。
だが───無関係な者が被害を被るのは間違っていると思うから、止めたいだけだ」

「レド様…」

 レド様も、ジェミナ皇妃によって、母であるセアラ様と祖父であるファルリエム辺境伯を奪われている。

 小さく震える膝の上で握り締められたレド様の拳を、私はそっと自分の掌で包んだ。レド様は、拳を解いて私の手を握る。

「リゼはどうだい?彼らが罪に問われないのは許せない?」

「いいえ。私も、魔獣の件を止められれば────それでいいと思っています。罪に問おうとしたところで、今の状況では、正しく裁かれないでしょうし───私は、とにかく、ディルカリド伯爵が魔獣を生み出すのを止めたい。それだけです」

 私の言葉を聴くと────おじ様は、レド様と私に改めて視線を向けた。

「それでは、殿下────今回の件、後始末は私にお任せいただけないでしょうか?」

「いいのか?」
「はい、お任せください」

 レド様は、おじ様のことをじっと視ていたが────意を決したような表情になると口を開いた。

「それでは、ロウェルダ公爵────貴殿にすべて任せる」
「かしこまりました」

 おじ様は、いつもと同じ柔和な笑顔で応えた。
 
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