コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第二十二章―明かされる因縁―#3
「黙って席を立つような無礼をしてしまい、申し訳ありませんでした。お申し付けの件、ご協力させていただきます」
連れ立ってダイニングルームに戻ると、ハルドはレド様に向かって頭を下げた。
「いや。もっとお前の心情を考えるべきだった。だが───協力してくれるのは助かる」
レド様が首を横に振る。ヴァルトさんが、一瞬安堵したような表情を浮かべたが、すぐに落とした。
「ところで───リゼ」
レド様が、ハルドから私に顔を向ける。
「先程の魔石の件だが───もう少し、詳しく聴かせてもらえるか」
「はい」
「リゼが見つけた2つの【純魔石】は、偶然にできたものではないんだな?」
レド様にそう訊かれて、私は説明不足だったことに気づく。それと、【純魔石】とは別の───もう一つの魔石を見せていなかったことも。
「すみません、レド様。説明不足でした。偶然に魔素が均等に凝固した魔石───それは【純魔石】とは別物なんです」
私は、【遠隔管理】で、二つの魔石を取り寄せる。
その一つを、先程取り寄せてテーブルに出したままになっていた魔石の隣に置く。その二つから少し空間を開けて、もう一つを置いた。
「こちらの二つが【純魔石】で、こちらが、その───偶然に魔素が均等に凝固した魔石になります」
【解析】してもらおうとして、思い直す。
皆の様子を見るに、おそらく────これを確認したかったのは、レド様ではなくディンド卿だ。
レド様やラムルは私の引き寄せる性質を知っているけど、ディンド卿やヴァルトさんにしてみれば、これだけの情報で繋ぎ合わせるのは性急に感じるかもしれない。
それなら、人伝より直接見てもらった方がいいだろう。
「ノルン、この魔石の分析結果を投影してもらえる?」
「はい、主リゼラ」
ノルンの身体が淡い光を発して、直後、それぞれの魔石の上空に説明書きが現れる。
【魔石:レア度A】
魔物や魔獣の体内で魔力が凝固したもの。この魔石は魔素が均等になった状態で凝固しているため、レアリティが高い。魔法を扱う魔物や内包する魔力が少ない魔物から採れることが多く、魔力が多過ぎると魔素が均等にはならないため、魔獣化した個体からは採れない。
【純魔石】
魔物に大量の魔素が注がれることによってできた魔石。魔物の魔力のみが凝固された通常の魔石より、含まれる魔素の量が多い。注がれた魔素のみで構成されており、また時間をかけずにできたらしく、魔素が均等になった状態で凝固している。この魔石を構成している魔素は、自然の魔素のように亜精霊を含んでおらず、【魔力炉】により濾過されたものと思われる。
「なるほど…、これは───確かに、ディルカリド伯爵家が関係している可能性が高い」
ディンド卿が、唸るような低い声で呟く。
現時点では、【魔力炉】は私たちか、ディルカリド伯爵家の血筋のものしか持ちえない。
それに───ディルカリド伯爵家には、そういったことを仕出かす動機になりそうな事情もある。
初めから、この分析結果を見せるべきだったな。だけど、この【純魔石】の件は、セレナさんの【魔力炉】のことがあったから、ディルカリド伯爵家に結び付いたので、どう説明したらいいか考えている時間がなかったのだ。
「ルガレド様────リゼラ様の危惧される通り、これは早急に調べるべきです」
「ああ、そうだな」
ディンド卿の言葉に、レド様は何だか嬉しそうに応える。
「ラムル」
「心得ております」
レド様に名を呼ばれ、ラムルは再度一礼した。
「ヴァルト、ハルド────セレナは、何か知っていることがあると思うか?」
「ワシは、お嬢の───セレナ様の護衛をしておりました。ワシが知る限りでは、先程ワシがお話しした以上に知っているとは思えません」
「そうか…。セレナに、この件を話しても大丈夫だと思うか?」
「お嬢なら───大丈夫でしょう」
ヴァルトさんは、レド様から視線を外して───表情を和らげて、そう答えた。
「解った。誰が話すのが、一番いい?」
レド様が、セレナさんを思いやってくれているのが、判ったからだろう。ヴァルトさんは、嬉しそうにちょっとだけ目元を緩める。
「ワシが、お嬢に話します」
「そうか。それでは、頼んだ」
「お任せください」
ヴァルトさんは、ラムルのように優雅ではなかったが、丁寧な仕種で一礼した。
◇◇◇
とりあえず、話が済み────ラムルとカデアが、ディンド卿、ヴァルトさん、ハルドを伴って、ダイニングルームを出て行った。
残っているのは、レド様、私───ジグとレナスに、ノルンだ。
「ご苦労だったな、リゼ」
「いえ」
レド様が労いの言葉をかけてくれたので、私は表情を緩めた。
「少しだけ休んだら、ギルドへ行くか」
「はい」
お邸の改修も終わり、待機していた仲間たちも迎えられたので───今日からは、レド様には冒険者の技能を身に着けることに専念してもらうつもりだ。
それだけではなく、Bランクチーム『氷姫』とBランカーであるディドルさんが、レド様の配下となってしまったので、その分まで、魔物の間引きや魔獣討伐を引き受けなければならないという事情もある。
「ところで────ジグ。ハルドは、大丈夫だったのか?」
あれ、何で私ではなく、ジグに訊くんだろう?
「…信者になったのは確実かと」
はい?信者って何?一体、ジグは何の話をしているの?
「そうか。ジグ、レナス────注意しておけ」
「「御意」」
ジグの意味の解らない答えを、レド様は理解しているようで普通に頷き、ジグとレナスに指示を出す。レナスも、ちゃんと理解しているようだ。
私って、自分で思っているよりも、理解能力がないのかもしれない…。
「しかし、この───魔素が均等に凝固した魔石、だったか。これは、稀なものなんだろう?よく手に入れられたな」
レド様は、レア度Aとやらの魔石を手に取り、感心したように言う。
「今回は、私ではなく、アーシャのお手柄です。これは───先の集落潰しで、アーシャが討伐した魔物の魔石なんです」
「そうなのか?」
「はい。ちょっと前に創って渡した腕時計と武具、それにその集落潰しのときにあげた懐中時計のお礼にと───自分の討伐分の魔石を全部、私に譲ってくれたんです。これは、そのうちの一つなんです」
あのときのアーシャの気持ちが嬉しかったことを思い出して、ちょっとほっこりとした私は笑みを零す。
「そうだったのか…。ラムルの言う通り、リゼは、本当に───引き寄せる」
「そうですね」
「本当に」
レド様がしみじみ呟き、ジグとレナスが頷いたけれど────あれ、今回引き寄せたのは、アーシャでは?
◇◇◇
「それにしても────リゼの分析は、俺の【解析】に比べ、随分詳しく解るんだな」
「ええ。霊視能力を使っての解析なので、より詳しく分析できるようです。ただ、その分だけ魔力は使いますが」
表面だけでなく、奥底まで深く分析しようとすればするほど、魔力が必要になる。
「ほう…、魔力を」
レド様の声音が低くなったことに気づいて、私は慌てて言葉を付け加えた。
「魔力を使うと言っても、固有魔力を使い果たすほどではありませんよ?」
レド様はにっこり笑って、ノルンへと顔を向ける。
「ノルン───リゼは、今、魔石を幾つ所有している?」
「はい、主ルガレド。主リゼラの魔石所有量は、92個です」
先日の集落潰しの分が、40個プラス12個。それに、ブラッディベアの変異種の1個。
残りは、ここ最近の狩りで手に入れたもので───いつの間にか、凄い数になってしまっていた。
「それは、いつ───分析した?」
「昨日の夜です。昨日、ブラッディベアの変異種の魔石を持ち帰ったので、夜に魔石の分析をしました」
ギルドに持ち込まれた獲物が多く、解体が遅れたため、ブラッディベアの報酬の受け渡しが昨日となってしまったのだ。
昨日の夜に分析して────だから、レド様にもまだ報告ができていなかった。【純魔石】のことは今日の空いた時間にでも相談するつもりだった。
「92個の魔石全てを一遍に?」
答えようとするノルンを止めるために、身を乗り出したところをレド様に押さえ込まれる。
「むぐ…!」
「はい。ブラッディベアの変異種の魔石の分析結果を確認した後、念のため、持っている魔石を一通り分析し直しました。更にその後で、そのブラッディベアの変異種のものと、そのレアリティの高い魔石をもっと詳しく分析しました」
「魔力は間に合ったのか?」
ああ、ノルン、お願い…!答えないで…!
レド様に抱き込まれて、声を出せない状態で祈る。だけど、非情にもそれはノルンには届かない。
「はい。ギリギリでしたが、間に合いました」
「ほう、ギリギリ」
「あ、でも、大丈夫です!主リゼラは、ベッドの上でやりましたから。ベッドの上で倒れて、今朝には全快してました」
嬉々として話すノルンに、私はがっくりと力が抜ける。【念話】を使えば良かったと考えが浮かんだが、時すでに遅しだ。
「リゼ?」
レド様は私を拘束する腕を緩めたけど、離してはくれず、逃げられない。
「はい、レド様…」
「俺は────言ったはずだよな?無理はするな、と」
「はい、仰っておりました…。ですが───レド様、分析は私にしかできません。あれは、必要な行為だったんです」
私は最後の抵抗を試みた。
「そうだな。分析はリゼにしかできない」
レド様の言葉に、私は一縷の望みを持って顔を上げたが────すぐに打ち砕かれる。
「だが────全てを分析する必要はないはずだよな?誰かに【解析】を頼み、選り分けてから分析することもできたはずだ」
「はい…、仰る通りです…。申し訳ありません…」
有罪判決を受けた犯罪者のごとく項垂れる私を見て、レド様は深い溜息を吐いた。
「リゼ────どうしても俺に遠慮してしまうなら、ジグでもレナスでも、ラムルでもカデアでもいい。もっと周りを頼ってくれ」
「いえ、その…、頼りたくなかったとか、頼れなかったとかではないんです…。翌日にやるべきだとは思ったんですけど、どうしても…、すぐにしなければいけないような気がして────」
「それでも、誰かに手伝ってもらうことはできただろう?」
「いえ、だって…、声をかけるには、時間も遅かったですし…」
「それを、『頼れない』と言うんだ」
レド様は、また溜息を吐いて────再び、ノルンに顔を向ける。
「ノルン、今度、このようなことがあったら、すぐに俺に知らせてくれ」
「主ルガレドに───ですか?」
「そうだ」
「駄目です」
意外にも、ノルンにきっぱりと断られ、レド様は眼を見開く。
「何故だ?」
「配下カデアに言われています。主ルガレドを、主リゼラの部屋に入れてはいけないと。特に、夜は絶対に駄目だと」
「…………」
「それなら、オレが手伝いますよ」
「自分も手伝います」
レナスとジグが、そう言ってくれるが────
「お前らは、もっと駄目に決まっているだろう」
レド様は二人にじろりと眼を遣って、即座に却下する。
「それでは、ノルン。そういった場合は、カデアに知らせてくれ。…それだったら、いいだろう?」
「解りました。配下カデアに知らせます」
レド様は三度目の溜息を吐いて、緩く抱き締めていた腕に力を入れ、私をまた抱き込む。
「レ、レド様?」
「ああ、早く結婚したい……」
レド様、そんなこと耳元で呟かないでください…。
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