コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第二十一章―ファルリエムの忘れ形見―#2
エル、ウォイドさん、ベルネオさんが───レド様を前にして、片膝をついて首を垂れる。
「ティエラ、ウォイド、ベルネオ───其方らの命、このルガレド=セス・オ・レーウェンエルダが預かる。必ずや、その忠義に報いることを誓おう」
「「「有難き幸せ」」」
レド様が厳かに宣言すると、三人は一層、首を深く垂れた。
【配下】を認識───発動条件クリア───【契約魔術】を発動します…
【主君】ルガレド=セス・オ・レーウェンエルダ/リゼラ=アン・ファルリエム───
【配下】ティエラ/ウォイド/ベルネオ───契約完了
<主従の証>───新たな【配下】に転送───
装着───アクセスを開始します…
限定能力【念話】の使用が可能になりました───
限定能力【把握】の使用が可能になりました───
オリジナル魔術【魔力循環】の使用が可能になりました───
【特級支援】を始動します…
【魔力経路】を開通───完了
新たな【配下】に【魔力炉】を設置します───転送───設置───完了
【魔力炉】起動───正常───
【管理精霊ノルン】に【連結】───成功
新たな【配下】に【魔術駆動核】を設置します───転送───設置───完了
【魔術駆動核】起動───正常───
【管理精霊ノルン】に【連結】───成功
ノルンのアナウンスが止み、魔術式の光が収まると───エル、ウォイドさん、ベルネオさんは、三者三様の表情を浮かべていた。
「これが────古代魔術帝国の魔術…!」
好奇心にキラキラと瞳を輝かせているのは、エル。
「おお…!これは────すごい体験だ…!」
感極まっているのか、歓声を上げているのが、ウォイドさん。
「これは…、すごいな」
ただただ驚愕している、ベルネオさん。
何か、この雰囲気の中で私が祝福を授けるとか、やりにくいのだけど…。古代魔術帝国の魔術に比べたら、地味な感じだしな…。
でも───祝福は皆の援けになる。絶対に授けておきたい。
そういえば、ベルネオさんの【魔剣】しか用意していないから、エルとウォイドさんの分はこの場で創らないと。
私がそんなことを考えていたら────エルは私が何かをすることを察したようで、口を噤んで、表情も改めた。
そんなエルに気づいたウォイドさんとベルネオさんも、エルに倣って表情を引き締める。
エルは私の正面に立つと、流れるような動作でまた片膝をついた。そして、私の右手を取ると───手の甲に額を押し付ける。
これは、ラムルからどう行動すべきか通達があったに違いない。
「わたくしティエラは────この命尽きるまで、誠意をもって貴女様にお仕えすることを誓います」
そう厳かに誓いを立てるエルは────さすが巷で人気を博す女優だ。少年の格好をしていることもあって、まるで物語の中の騎士のようで、舞台さながらに感じる。
だけど、その言葉が演技ではなく────本心からのものであることは、感じ取れた。
「貴女のその気持ちに感謝を────ティエラ」
身体の───心の奥底から湧き上がる仄かに温かいものを、エルに流し込む。その温かいものが、エルを包み溶け込んでいった。
私は、【遠隔管理】でアイテムボックスから魔石を取り寄せ───手の中の魔石を創り替えるべく、【創造】を発動させた。
エルは、確か────ナイフを扱っていたはず。
アーシャのために創り上げたような月銀製の対のナイフを創り上げる。
手の中の魔石は、光を迸らせて形を変えてゆく。一度創り上げているので、時間はかからない。
「その忠誠への感謝と信頼の証として────貴女に、この【魔剣】を授けます」
「有難き幸せ」
私が差し出した【魔剣】のナイフを、エルは両手で恭しく受け取った。
◇◇◇
「本当にすごいわね、古代魔術帝国の技術もリゼの魔術も…!」
エルに続いて、ウォイドさんとベルネオさんにも祝福を施し、魔剣を授けてから、祝福や【契約】について一通り説明が終わると────エルは興奮冷めやらぬ感じで言う。
「ところで、この【念話】って、配下同士でも使えるの?」
「勿論」
「それは助かるわ。ベルネオが商談するとき、こっそり指示が出せる…!」
「確かに、エルに指示を仰ぐことができるのは、俺としても助かります」
「なるほどね。私も何かあったら、エルに意見を仰いでもいい?」
「勿論よ!いつでも、頼って頂戴!」
得意げに胸を逸らすエルに、私は小さく笑みを零す。
「それにしても────惜しいわね。リゼがいれば、劇団も商会も飛躍できるのに…。私────本当は、リゼには、実家と絶縁したら、私のビジネスパートナーとなって欲しかったのよ」
エルが、残念そうに息を吐く。
レド様の肩が、ぴくりと揺れたが────エルは気づかず続ける。
「リゼが主役を務めた公演、今も“幻の舞台”として囁かれてるのよ。あの女優は誰だったんだって、未だに問い合わせがあるし」
「…リゼが────舞台に立った、だと?」
レド様が、重く低い声音で────エルに訊く。
「ええ、そうなんですのよ。わたくしがケガをしてしまったとき、リゼを代役に立てたのですけど────ヒロイン役もヒーロー役もこなして────本当に、うっとりするくらい素晴らしくて…。特に、ヒーロー役!殺陣も完璧で────格好良かったわ…」
「あのときは、皆が困ってたから引き受けたけど…、二度とやらないからね」
恍惚とした表情で語るエルに、私は釘をさす。
あれは非常時だからこそやれたことなのだ。通常時に自主的にはやれない。
思えば、あのときエルと出会って────あれがきっかけで、親しく交流するようになったんだった。
ケガを押して、それでも舞台に立とうとしていたエルの横顔を思い出す。真っ直ぐで────澄んでいて、その決意に圧倒された。
「ええ~」
「そんな悲し気な表情をしても、やれないからね」
「エル、一つだけ忠告しておく」
「え、ちょ───レド様?」
レド様が私を後ろから抱き込んで、エルに宣告する。
「リゼは俺のだ。お前には譲らない」
エルは一瞬目を丸くしたけど、次の瞬間には瞳をキラキラと煌かせる。
「それなら───ルガレドお兄様、リゼと共にわたくしの劇団に入りませんこと?一緒なら、問題ないのではなくて?麗しき姫君を護る凛々しい隻眼の騎士────ありきたりだけど、いい!普遍的で凄くいいですわ…!女性に人気出ること間違いなし…!」
「リゼを護る騎士…」
何で、ちょっと満更でもない表情になってるんですか、レド様…。私は、絶対いやですからね?
◇◇◇
「さて───わたくしたちは、これでお暇をさせていただきますわ」
「待ってくれ、エル。その前に確かめておきたいことがある」
用事は済んだとばかりにウォイドさんに目配せしたエルを、レド様が呼び止める。
「……ディンド卿の行方は判っているのか?」
レド様が意を決したように訊くと、エルは世間話でもするかのように、さらりと答える。
「お父様は、ドルマ連邦を拠点として傭兵をしているらしいですわ」
「逢っていないの?」
その言い方に思わず口を挟むと、エルは苦笑して頷いた。
「私に迷惑かけたくないからって────逢ってくれないのよ。根が真面目過ぎるのよね」
「…エルは、お父様を見習った方が良いと思う」
「私の何処が不真面目だというのよ?」
…例えば、この部屋に入って来たときの貴女の言動ですね。
ベルネオさんが私たちのやり取りに苦笑しながら、後を続ける。
「ディンド卿は、ファルリエム辺境伯を継ぐに相応しい剣術の腕を誇るお方でしたからね。向こうでも剣客として名が知れているようです。確か───『バルドア傭兵団』という最強の傭兵団に所属しているとか…」
“バルドア傭兵団”────?
ベルネオさんの言葉に、一瞬、周囲の時が止まったように思えた。
私の頭を、先日見たばかりの灰色の髪と緑眼をした壮年の男性の姿が過る。
「もしかして─────“戦闘狂のディドル”…?」
そういえば、あの人の振るう剣────レド様が使う剣術に、太刀筋が似ていた気がする。
「そうです、リゼラ様。よくお判りになりましたね」
私が呟くように零した言葉に驚いたようで、ベルネオさんは眼を瞬かせた。
「…レナス?」
私が呼ぶと、レナスが【認識妨害】を解いて、姿を現す。
「レナスは、ディンド卿とは会ったことがなかったんですか?」
「…“影”として、セアラ様が側妃となる前────辺境伯領にいるときに、壁を隔ててでなら何度か…。────申し訳ございません、気づくことができませんでした」
レナスが落ち込んだような声音で謝罪を口にしたので、私は慌てて首を振る。
「いえ、責めているわけではないんです。ただ───ちょっと疑問に思っただけで────」
「リゼ?どういうことだ?────ディンド卿に遭ったのか?」
レド様が私たちの会話から察したらしく、口を挟んだ。
「はい。ディドルさん───ディンド卿は、現在、Bランカー冒険者として、この皇都に滞在しています」
私が答えると、レド様だけなく───エル、ベルネオさん、ラムル、ウォイドさんまでもが目を瞠った。
特に、エルは本当に驚愕したようで───口まで大きく開けて、珍しいことに素の表情を曝している。
「リ───リゼ、それ本当なの…!?」
「うん。一昨日、集落潰しで共闘したから、確かだよ」
「何で…、そんな近くにいながら────あの人は、私に連絡の一つも寄越さないのよ…!!」
エルが、吠えるように叫ぶ。
普段は大人びているエルの年相応の様子に、私はちょっと微笑ましくなる。
「教えてくれてありがとう───リゼ。後でこちらから連絡してみるわ」
ウォイド劇団は、小規模ながらも各地で人気を博す劇団だ。
今回の演目も、この皇都で2ヵ月に渡って公演を続けられるくらいロングランとなり───観劇は貴族の娯楽だけど、ウォイド劇団の名は庶民の間でも有名だし、皇都に滞在していることは庶民の口にも上っている。
ディンド卿も、エルたちが近くにいることは知っているはずなのだ。
それなのに、連絡して寄越さないとは────
「私も、ギルドで会ったりしたら、話してみるね」
「お願い」
「確かに────ラムルの言う通り、リゼラ様は引き付ける性質のようだな」
「でしょう?」
「なるほど…。これは────相応しい」
後ろでウォイドさんとラムルが何やら話していたが、私は聞いていなかった。
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