コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第二十章―見極めるべきもの―#3
「あの…、お疲れ様です、レド様…」
夕方、ロウェルダ公爵邸から直接“お城”へと来たレド様は────大変ご立腹なご様子だった。
恐る恐る挨拶をすると、レド様は憮然とした表情で、重々しく口を開く。
「…俺は────無理だけはしないでくれと言ったよな?」
「いえ、あの…、無理はしていませんよ…?ノルンの件は、ちゃんとレド様にお話ししてからするつもりでしたし────共有魔力も使わせていただければ事足りますので、別に無理をするとまではいかないかな、と…」
「…鳥のときも、アルデルファルムのときも、魔力の使い過ぎで倒れたのを忘れたのか?」
「ぅ、あれは───確かに白炎様のときは魔力の使い過ぎですけど…、アルデルファルムのときは、体内の魔力がほぼ空の状態だったからで───共有魔力に切り替えて魔力を補充できれば、倒れるようなことはないか───と…」
言いながら────自分でもこれは言い訳でしかないと自覚する。
レド様は私をあんなに心配してくれていて────私は、心配させるようなことはしないと言い切ったのに…。
「…………ごめんなさい、レド様」
私はレド様の顔を見れなくて、項垂れる。
あれだけ啖呵を切っておいて、昨日の今日で破ってしまうなんて────レド様に呆れられてしまったかもしれない…。
レド様が溜息を一つ吐いて───私に近づくのが、俯いていても判った。
そして───次の瞬間には、私はレド様に抱き締められていた。
「リゼ────お願いだから…、もっと自分を大事にしてくれ。リゼが、ただノルンの願いを叶えてあげたかっただけだということは、解っている。
リゼにとっては────無理をしているつもりはないのかもしれないが…、周囲から───リゼを大事に思っている者から見れば、リゼは抱え込み過ぎだ。もっと周囲を───俺を頼ってくれ」
レド様の声音には、呆れや怒りの色はなくて────私を心配する思いだけが感じ取れた。
大事な人にこんなに心配させてしまったことに────胸が軋む。
「ごめんなさい…」
私はもう一度、心からそう呟いて────レド様の背中に腕を回してしがみついた。
◇◇◇
「なるほど…。では────現在のノルンは精霊獣に近いのか…」
精霊樹の森に場を移して、アルデルファルムを交えて、レド様にノルンの現状を説明する。
アルデルファルムは、レド様が来てくれたことが嬉しいらしく、レド様を囲うように寝そべっている。
まあ───そういう私は、精霊獣たちに埋もれているのだけれども。
「それで───どうすればいいんだ?ノルンに魔力を注ぎ込めばいいのか?」
「はい。“結界の間”のときと同じように───ノルンとの繋がりを辿って、そこに魔力を注ぎ込めばいいようです」
「解った」
「お願いします、主ルガレド」
ノルンがそう言って、ぺこ───とお辞儀をする。…可愛い。
「リゼ、ノルンを感知するのを手伝ってもらえるか?」
「はい」
私は、精霊獣たちを降ろして立ち上がると────同じく立ち上がったレド様と向かい合う。
「では、私がノルンとの繋がりを感知して、レド様の魔力を誘導しますね」
「頼む」
私はレド様の左手を取ると、その大きくて少しひんやりとした手を自分の両手で包み込んだ。目を瞑って視界を閉じて、レド様の掌を通して感じる感覚に集中する。
ノルンの気配は────あった、あれだ。
私はノルンの気配を掴むと、レド様の魔力をそちらの方へと流れていくように誘導する。レド様の魔力が、ノルンの中へと呑み込まれる。
白炎様のときと同様───まるで渦潮のように、大量の魔力がノルンの中へと傾れ込んでいった。
魔力の流れができ、意識に余裕が出た私は、瞼を開けてノルンの様子を窺う。ノルンは、眼を閉じてレド様と私の傍らに佇み、その身体は淡い光を放っている。
大丈夫そうだ────そう思ったときだった。
<<<いけない…!ルガレド、魔力を注ぐのを止めてください…!>>>
アルデルファルムが、慌てた様子で叫んだ。
その声を受けて、レド様が流れていく魔力を押し止めようとしたのが判ったが、それでも魔力は止まらず────ノルンの中へと怒涛のごとく流れ込んでいく。
私もレド様の魔力を操作しようとしたが、ノルンの中に吸い込まれる勢いが強すぎて、止めることができない。
<<<このままでは、ノルンが魔獣化してしまいます…!>>>
「アルデルファルム、それは与えられた魔力がノルンの器を超えたということ…!?」
<<<いえ、与えられた魔力が大量過ぎて、ノルンがうまく取り込むことができていないのです!このままでは、魔力に蝕まれ魔獣化してしまう…!>>>
私はレド様から手を放して、【心眼】を発動させてノルンを視る。
ノルンの中に入り込んだ魔力が、少しずつ色を変えてノルンの魂魄に溶け込んでいくのが視えた。
でも、魔力が大量過ぎて────処理が追い付いていない。処理できていない魔力が飽和状態になっている。
私は跪くと、ノルンの小さな身体を抱き締め────大量の魔力をノルンの魂魄に融合させるべく、【媒染】を発動させた。
【媒染】は、生地や鞣革に魔物か魔獣の血を染み込ませる【技能】だけど、【心眼】が使えるようになって、詳しく分析してみたら、血の中に溶け込んだ魔力で、生地や鞣革に血を融合させているらしい。
これなら────レド様の魔力を、ノルンの魂魄に融合させることもできるはず…!
「ノルン、私も手伝うから、頑張って…!」
「はい、主リゼラ…!」
ノルンが抱き締める私に、ぎゅっとすがりつく。
ノルンと二人で、徐々にレド様の魔力をノルンの魂魄に融合させていく。
ノルンの魂魄すべてに、斑なくレド様の魔力が行き渡ったとき────私は叫んだ。
「レド様、魔力を止めてください!」
レド様は、あれから魔力のコントロールを試みていたらしく───今度は魔力の供給が、ぴたりと止まった。
ノルンの身体から発せられていた光が一気に強くなり───辺りに迸る。
傍にいた私はその眩さに、咄嗟に瞼を閉じた。
「主リゼラ…」
嬉しそうな声音で呼ばれて、私は、そっと瞼を開けた。
目の前には、あのときと同じ───私と同じ年頃の銀髪の少女が笑みを浮かべて立っていた。
「ありがとうございます、主リゼラ。これで────貴女たちの傍にいられます」
銀髪の少女───ノルンはそう言って、私に抱き着く。
ノルンの喜びに溢れた言動に、私も嬉しくなって笑みを零して────抱き締め返した。
しばらくして、ノルンは私から身を離すと────レド様へと振り向く。
「主ルガレドもありがとうございます」
レド様の方へ駆け寄ろうとするノルンの腕を、私は手を伸ばして掴んだ。
「ノルン?もしかして────レド様に抱き着くつもり…?」
「あ、そうでした!」
ノルンは光を迸らせて、また幼い少女の姿を取る。
「主リゼラ、これならいいでしょう?」
「…まあ、その姿なら」
ノルンがレド様に抱き着くのを横目に、私は両手で顔を覆う。
ああ───またやってしまった…。ノルン相手に妬いてどうするの…。
「リゼラ様、気にすることはありませんよ。ルガレド様は、大変喜んでいますから」
落ち込む私に気づいたレナスが、そう言ってくれる。
「でも───幾らレド様でも、こんな嫉妬深い女は嫌なのでは…」
レド様が私に甘いのは解っているけど、こんな嫉妬深くては愛想を尽かされるかもしれない…。
「いや、リゼラ様の嫉妬など、可愛いものではないですか。ルガレド様の方がよっぽどですよ」
あれ?言われてみれば、そんな気もする…。
白炎様には、まあ、仕方がないとしても────そういえば、ジグやレナスにまで嫉妬していた。
「それに、まったく嫉妬されないというのも、相手にとっては寂しいものですよ。嫉妬するということは、それだけ想ってくれているということでもありますから」
それは、確かにそうかもしれない。
だけど、まあ────程々にするようにしなければ。嫉妬に狂って、レド様に嫌われるようなことにはなりたくない。
「ありがとう、レナス」
気遣ってくれたレナスに気持ちを返したくて、私は笑みを向けた。
「主リゼラ、主ルガレドが私がお邸に行くことを許してくれました!」
レド様から離れたノルンが、再び私の許へ来て───私の腰に抱き着く。
私はさっきの嫉妬のことなど忘れ、その微笑ましい様子に笑みを零した。
「ふふ、それじゃ、今日はお邸に一緒に帰ろうか」
「はい!一緒に寝てもいいですか?」
「勿論」
はしゃぐノルンが可愛くて、ノルンの頭を撫でていると────ヴァイスが寄って来て、私を見上げた。
「我が姫、我も一緒に連れ帰って欲しい。我も、我が姫に侍りたい」
「え?でも───ヴァイスは、精霊獣の長なのでしょう?森を離れて大丈夫なの?」
「この森は原初エルフの結界で護られているし、アルデルファルム様もおられる。我がいなくとも、大丈夫だ」
<<<ヴァイス───それなら私だって、森を出て、ルガレドの傍に侍りたいです>>>
アルデルファルムまで、そんなことを言い出してしまった。
「いや───前にも言っただろう、アルデルファルム。その気持ちは嬉しいが───アルデルファルムが邸に来るのは無理だ。大騒ぎになる」
レド様が慌てて口を挟む。
アルデルファルムはレド様の言葉に、しょんぼりと項垂れた。可哀そうだけど、こればかりは仕方がない。
「我なら、行っても良いだろう?神竜の御子よ」
ヴァイスがレド様に期待の眼を向けるが────レド様はにべもなく首を横に振った。
「いや、お前は駄目だ、ヴァイス」
「何故だ?」
確かに、何で?
「お前、リゼに四六時中つきまとうだろう?────二人で過ごす時間が無くなる。絶対に駄目だ」
レド様…。
「ほら、リゼラ様。オレの言った通りでしょう?リゼラ様の嫉妬など、可愛らしいものですよ」
「そうかもしれないです…」
レナスの言葉に、私は苦笑して頷いた。
まあ、でも、確かにレナスの言う通り、嫌な気はしない。
それだけ────レド様は私との時間を大事にしてくれているということなのだから。
「姫…、わたしも一緒に行きたいです」
「ボクも!」
「それなら、私だって」
いつの間にか、私の肩に戻っていた栗鼠のような精霊獣───ローリィが言い出したのを皮切りに、肩や頭に舞い戻って来た小型の精霊獣たちだけでなく、狼型や豹型の子たちまで次々に言い出す。
「でも、皆、森から離れることになってもいいの?」
私が訊くと、皆一様に可愛く頷く。
「わたしたちは姫に魔力をもらってるから」
「長や聖竜様の傍にいなくても、大丈夫!」
「それより、姫の役に立ちたい!」
そんなことを言われ、私は眼を瞬かせた。
「魔力をもらってるお礼をしたいです」
「ボクも姫のために何かしたいです」
そういえば、ネロも名前をあげたとき、そんなことを言ってたっけ。
だけど───精霊獣たちが手助けしてくれるのは、正直なところ、助かるかもしれない。
「それなら…、色々と手伝ってもらおうかな。それと、私の大事な人たち───私の仲間や友達の手助けをしてあげてくれる?」
私の言葉に、精霊獣たちは物凄く嬉しそうに────その円らな眼をキラキラと輝かせて、口々に叫んだ。
「やります!」
「もちろんです!」
「まかせて!」
もふもふたちの嬉しそうな様子が本当に可愛らしくて────私は自然と微笑んでいた。
「皆────ありがとう」
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