コントラクト・ガーディアン─Over the World─
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第一部 皇都編
第十六章―真実の断片―#1
「すごいですね。見事に誰もいない…」
「ここが…、リゼラ様が仰っていた打ち捨てられた“隠れ里”ですか」
「ええ」
今日は、ジグとレナスを伴って────ある山の中腹に広がる、深い森の中へと来ていた。その山の中腹は、常に霧が取り巻いていて人を迷わせると有名で、人は麓付近までしか寄り付かない。
ここへ来たのには、二つの目的があった。
一つは────ジグとレナスの対魔物・対魔獣の訓練をするためである。この山は魔素が濃く、魔物や魔獣が多く生存しているのだが、人が入り込むことがないため討伐の依頼をされることがなく、冒険者も来ないので、二人の訓練にはもってこいなのだ。
レド様の場合と違って、ジグとレナスは、冒険者ランクを上げる必要がないどころか、上位ランクに上がってしまうと徴集に応える義務が課せられたりして────逆に困るので、冒険者としてではなく、ただ魔物や魔獣討伐の経験を積むだけでいい。
二つ目は────持ち運びができる、簡易的な拠点を手に入れることである。【創造】で造ることも考えたが、この山に打ち捨てられた“隠れ里”があったことを思い出し、ジグとレナスの訓練のついでに、利用できないか確認してみようと思い立ったのだ。
レド様は、例によって、ロルスの授業を受けている。今日は、ラムルがレド様の護衛を引き受けてくれたのだけれど────
「やっぱり、レド様も一緒に来られる日に来た方が良かったでしょうか?」
レド様は私たちと来たがっていたが、朗らかに笑うラムルに引き摺られて、朗らかに笑うロルスの許へドナドナされてしまった。
あのときの、レド様の────あの哀愁に満ち満ちた表情。
皆で“隠れ里”を探検しに行くとか────こんなワクワクするようなお出かけに参加できないなんて、気の毒だったかな…。
でも、もう新年度の辞令式まで2ヵ月を切ってしまったから、これからもっと忙しくなるし、ロルスの授業は受けられるうちに受けておいた方がいい。
それに────やはり、危険があるかもしれないこの場所に、レド様を連れてくるのは気が引けた。
「いや、まあ、確かに“隠れ里”を探るのは面白そうですけどね…」
「そうですよね、面白そうですよね。ここにいたのは、この家の造りから見て、魔物とかではなく人間だと思うんです。
だけど、何故こんな所に里を造り───どうして捨ててしまったのか、謎なんですよね。ここを初めて見つけたときは時間がなくて、詳しく調べることができなかったんです。だから、いつか時間があるときに、また来たいと思ってたんです」
レナスが賛同してくれたのが嬉しくて、私はつい笑顔で捲し立ててしまった。
「ソ、ソウナンデスカ…」
レナスは片言で応え、目元を赤く染めている。
あれ、もしかして────笑うのを堪えてたりする?
はしゃぎ過ぎたかな…。
ちょっと恥ずかしく思っていると────ジグに話しかけられて、そちらに意識が向いた。
「大丈夫ですよ、リゼラ様。ルガレド様には、我々が詳細を語って差し上げますから。……まあ、先程の様子を話したら、悔しがること間違いないでしょうけど」
「え?」
「いえ、何でもありません。それより、また時間がなくなってしまいますよ」
「あ、そうですね。調べ始めましょう」
この山に入ったのは、依頼された希少な植物を探してのことだった。そのとき、この打ち捨てられたらしい“隠れ里”を見つけた。
山を切り崩して造成された平地に、丸太を組んで造られたログハウスが点在している。平地を囲う塀も、丸太を並べ立てたものだ。
大きさとしては、レド様と二人で潰したオーガの集落ほどある。
家や塀が丸太で造られている点も同じだが、オークやオーガが造るものとは比べ物にならない、精巧な造りになっている。
里を囲う塀も、どの家も────見た限りでは、建てられてそんなに時間が経っていないように見えた。
周囲を森と霧が取り巻き、魔物や魔獣が徘徊していることもあり、この“隠れ里”を見つけるのは至難の業のはずだ。
「しかし───よく魔物に利用されたり、魔獣に潰されたりしませんでしたね、ここ」
「それなんですよね。どうも“防壁”のようなものが張られているみたいなんです。それに、ここに建つ家すべてに、経年劣化を抑えるような仕掛けが施されているのではないかと思うんです」
私の言葉に、レナスが首を傾げる。
「捨てられてそんなに経っていないのではなく────ですか?」
「そもそも、この里は捨てられたのですか?」
ジグも、懐疑的というよりは────不思議そうに訊く。
「家の中を見てもらえば、判ると思います」
私は、一番手近なログハウスの扉を開き───ジグとレナスに中を見るように促す。
「家具も何もない…」
「どの家もこんな状態です。本当に荷物一つ残っていないんです。でも、家具が置いてあった跡がうっすらと残っている箇所があって────誰かがここに住んでいたのは、確かだと思うんです」
「なるほど。それなら、自分たちの意思で出て行った可能性が高いですね」
家具や荷物が残っていて、誰もいない状態だったら────きっと“ホラー映画”や“ホラーゲーム”のシチュエーションみたいで、ワクワクするよりも恐怖を感じていたような気がする。…あれ、それはそれで面白そう?
「捨てられて時間が経っていると考えているのは、何故ですか?」
「この里の周囲の道が消えてしまっているからです」
「ですが、“隠れ里”なら、巧妙に隠しているのでは?」
「いえ、道だったような跡が所々あるんですが────巧妙に隠しているというより、時間が経って森に呑まれたという感じなんです」
いつものように、地中から魔素を探ったからこそ、気づけたんだけど。多分、私がこの霧に惑わされずに、この山で行動できたのも、そのおかげだ。
「いつものアレで確かめるんですか?」
レナスの言い回しに────私は、思わず笑みを零す。
些細なことだけど、ジグともレナスともすっかり馴染んだように思えて、何だか嬉しくなった。
「ええ、いつものアレで確かめます」
私は答えて、里全体を【解析】にかけるべく、発動させる。私の足元を起点に、里全体を包む巨大な魔術式が、瞬時に展開した。
【森エルフの隠れ里】
約1600年前に打ち捨てられた森エルフの隠れ里。エルフ独自の【固定魔法】の【結界】が里に張られ、同じく【固定魔法】の【迷走】が周囲に張られている。すべての家に【固定魔法】の【静止】がかけられている。森エルフの寿命は500~600歳なので、この里に存在する家の持ち主は、もうこの世にいないと思われる。
ええと────これは、またとんでもない情報が…。
“エルフ”って────あの“エルフ”?耳の先がとんがってて、不老長寿で、男女問わず美しいっていう────あの?
エルフは、前世のフィクションのみならず、この世界の伝説でも登場はする。
だけど───近代は目撃例は一つもなくて、実存は疑われていたんだけど────いたんですね…。
しかも、独自の魔法まで持っていらっしゃる────と?
「リゼラ様?」
「ああ…、ごめんなさい。ちょっと、またアレな結果だったので…」
私は、ジグとレナスに、結果を話して聞かせる。
「鳥────じゃなかった…、神の次は────エルフですか…」
「リゼラ様は、何かこう…、引き寄せてしまうんでしょうね」
遠い目をして言わないでください、二人とも…。
「それにしても、リゼラ様の予想通りでしたね。経年劣化を防ぐ魔法とは…」
「いえ、まさかここまでとは思っていませんでした」
せいぜい百年くらいだと思ってた…。
「すごい魔法ですよね。1600年経つとは思えない…」
ジグが、しみじみと呟く。
「1600年前なら、古代魔術帝国が」
繁栄していた時代ですね────と続けようとして、私は言葉を呑み込んだ。
古代魔術帝国の版図は、正確には判っていない。ただ────この辺りは、確実に古代魔術帝国の領域だったはずだ。
エルフたちは、何故────この里を捨てたのか────
そして────どこへ行ってしまったのか────
一体…、あの時代に────何があったのだろう?
「リゼラ様?」
「どうされました?」
ジグとレナスは、私が絶句した理由に思い当たらないらしく───ただ首を傾げている。
ジグもレナスも敏い方なのに何故だろうと考えて───私は、はっとした。
そうか────この二人は、私たちの…、“古代魔術帝国に関する疑念”を聴いていないんだ。
聴けるはずがない。あれは────地下調練場だった。【転移門】で移動したのだから、あの時点では、この二人がついてこられるはずがない。
これは、盲点だった。ジグとレナスなら、聴いていただろうから話すまでもないと思い込んでいた。
当然、二人からラムルとカデアにも伝わっていると思っていたのだ。
帰ったら、レド様に進言して────皆で、この情報を共有した方がいいかもしれない。
◇◇◇
「どの家にしますか?」
「そうですね…」
森エルフの家の様式は、三角屋根のシンプルな造りで────前世の“中央ヨーロッパの標高の高い地域に建てられた山小屋”みたいな感じだ。
バリエーションとしては、二階建てのもの、平屋のもの、単身者用らしき小屋程度のもの────と幾つかある。
野宿しなければならないような場合に使いたいので、なるべく大きくない方がいい。建物が大きいと、狭いスペースでは取り出せない。
でも、レド様に使っていただくことを考えると、小さすぎるのも困る。
一緒にいるメンバーにもよるしな…。
ジグとレナスだけなら、天井に隠し部屋をつければ大丈夫だけど────ラムルやカデア、アーシャが一緒なら、二階建ての方がいいよね…。
「…………」
あれ?別に一つに絞らなくて良くない?
拠点として登録できる数には制限はないようだし、私たちのアイテムボックスは無限で何戸でも入るはずだから────いくつか所持して、状況に応じて使い分ければいいんじゃない?
うん────そうしよう。
「あの二階建てと…、あっちとそこの平屋二つ────それに、あの小屋三つにします」
まずは、この里の中でも一際大きい二階建てから。まあ、大きいと言っても、皇都にある冒険者ギルドよりも小さいんだけど。
私は、その二階建ての家を見上げた。その家は、丸太で組まれた長方形のテラスの上に、二階建ての家が建っている。
【解析】の情報が確かなら、この家の持ち主はもう亡くなっているだろうが、何となく『大事に使わせていただきます』と心の中で断ってから、梯子のような低い階段を上って、テラスへと乗り上げた。
「【案内】、この建物をテラスごと【拠点】に登録」
了解───【拠点】に登録します───完了
登録できたので、アイテムボックスに送ってみようと思う。こんな大きなものをしまったことがないから、ちょっと不安もあるが、多分できるはずだ。
テラスから下りて、【遠隔管理】を発動させたとき────
【拠点】を専用スペースへ移動します…
聞き慣れたアナウンスが、そう告げた。魔術式が展開し、私たちの拠点となったログハウスを魔術式から発せられた光が包む。
光が霧散した後には、ログハウスは消え失せていた。
“専用スペース”?え、そんなものがあるの?アイテムボックスとは別次元に────ってこと?
後で、確かめてみよう。
この後、ジグとレナスの訓練が控えているし────今は拠点登録してしまわなきゃ。
【最適化】や内装などは、後でやるつもりだ。
「さてと、これで────登録と収納は終わりです」
私は、ジグとレナスに向き直る。
「訓練に移る前に、少し早いですけど、ここでお昼ご飯を食べてしまいましょうか」
「いいですね」
「森の中では、落ち着いて食べられなさそうですしね」
「それでは───あの家を借りて、あの中で食べましょう」
二人の賛同を得られたので、目についた家の中で食べることにする。
そこは単身者用の小さな家だったが、厨房が壁に造り付けられているだけで、家具も何もないので、特に狭くは感じない。
アイテムボックスから、円いテーブルとイスを3脚、部屋の中央に取り寄せる。
これは、孤児院に設えた拠点で座る場所がなくて不便だったので、用意したものだ。アイテムボックスに入れておけば、何処でも使えるというのは、本当に便利だ。
「今日は、“ホットサンド”です」
ハムとチーズを挟んだものと、“ポテトサラダ”を挟んだものの2種類だ。それから、“チキンナゲット”と三日月型のフライドポテト。スープはあっさりめの野菜スープにした。
「いつもの“ベイクドサンド”とは、どう違うのですか?」
「ベイクドサンドウィッチは、焼いたパンで具を挟んだだけのもので───このホットサンドは、パンに具を挟んだ状態で焼いたものなんです」
前世で一時期ホットサンドに嵌って、朝そればかり出してたら、“お兄ちゃん”に文句を言われたっけ。具材はちゃんと毎回変えてたんだからいいじゃない────と今だに思うけど。
まあ、そんなことはどうでもよくて────ホットサンドを作りたくなって、前世の記憶から、ホットサンド用のフライパンを創り出したのだ。
これなら、ジグとレナスも、護衛しながらでも食べやすいんじゃないかな。
勿論────レド様には、このお弁当を作ったとき、試食と称して同じものを食べていただいている。ジグとレナスに先に出したら、拗ねてしまわれる気がしたので…。
ページ上へ戻る