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コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
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第一部 皇都編
  第十五章―それぞれの思惑―#1


 瞼の向こうが明るくなったのを感じて────私は、瞼を開けた。途端に、思考が廻り出す。

 目に入った光景は────円い天蓋とそこから垂れ下がる、ふんわりとした白いカーテン。いつもの光景だが、何故だか違和感を覚えた。

 あれ、私────いつ眠りについたんだっけ…?

 身を起こすと、何故か、私が被っていたダウンケットの上を、ネロが足元に向かって転がっていくのが見えた。私の上に載って寝ていたらしい。

「え、ネロ…!?」
「ひどいよ~、リゼ」
「ごめんね、ネロ」
「まったく、もう!ボク、すっごく心配したんだよ。リゼの魔力が突然、途切れるんだもん。リゼのところに行こうとしたけど、“深淵”なんかにいるから行けないし、本当に心配したんだからね」

 ネロに言われて、意識を失う前の出来事を思い出す。

 そうだ────私は“深淵”で、古の神の浄化の手助けをして────すべてが終わった後、気を失ったんだ。

「心配かけてごめんね、ネロ」

 ネロが胸元に飛び込んできたので、受け止める。頭を撫でてから、耳の付け根を掻いてあげると、ネロは気持ち良さそうに眼を細めて、ぐるぐるぐる…、と喉を鳴らした。

 ああ、可愛い…。

 ベッドから出ようとして、自分の格好がいつもと違うことに気が付いた。

 私はいつも、何かあったとき即対応できるように、部屋着を兼ねた寝間着で寝ている。

 それは、ラナ姉さんがボタンとカフスを再利用するつもりで購入した古着の男物のシャツで────黄ばんでしまっていて普段使いはできない代物だったが、肌触りのいい高級な生地だったので、ボタンをすべて取り除いた状態のものを、ラナ姉さんから安く譲り受けたのだ。

 第二ボタン辺りまで縫い付けてしまい、シャツ型のチュニックのように着ていた。ちなみに袖は長すぎたので、ラナ姉さんに七分袖になるように直してもらった。

 現在は【最適化(オプティマイズ)】のおかげで、白さが戻り、縫い目や加工跡、ボタンホールが消えて、大き目のスキッパーシャツのようになっている。

 そのシャツに、やっぱり古着の男物のズボンを加工したキュロットを合わせ、ラナ姉さんに編んでもらったリブ織の太腿半ばまである靴下を履くのが、いつものスタイルだ。

 そして───ベッド脇に、履き口が広く足を入れるだけで履けるショートブーツを置くようにしていた。

 ところが───今日は、白いシュミーズを身に纏っていた。いつもの寝間着に負けず劣らず肌触りは良いが透けるほど生地が薄く、体型に沿ったデザインのため体形が丸わかりの上、胸元も開いていて────これは…、他人には絶対に見せられない格好だ。特に、レド様に見られてしまったりしたら、恥ずかしくて死ぬ…。

 カデアあたりが、きっと着替えさせてくれたのだろう。このシュミーズはセアラ様のものに違いない。

 とにかく、着替えよう────そう思って、ベッドから立ち上がった瞬間だった。

「リゼ!」

 勢いよく扉が開き、レド様と、その後ろに控えているジグとレナスの────眼を見開いている三人と、目が合う。

「「「「…………」」」」

 あまりの出来事に、私は硬直して────思考をフリーズさせた。

「………坊ちゃま?一体────ここで…、何を────しているのですか…?」

 カデアの今まで聞いたことがない────聞いた者の肝を冷やすどころか凍らせてしまいそうな、低く凍てついた声が聞こえたような気がしたが────そのときの私は、認識することができなかった…。


◇◇◇


「その…、すまなかった、リゼ…」
「「申し訳ありません、リゼラ様…」」

 あの後────三人がカデアに引き摺られていき、一人になった私は、【除去(クリアランス)】で身綺麗にしてから、即着替えた。

 あの三人に会う勇気が出ずに────身悶えること数十分。ようやく気持ちを切り替えることができて、部屋から出て厨房へ赴いたのだが────

「いえ、私はまる二日も眠っていたのだと、ネロから聞きました。
心配してくださっていたのですよね?ですから、何も謝ることはありません。謝らなくて良いので────どうか、さっきの出来事は忘れてください。記憶からすべて抹消してください。露ほども残さないでください。
レド様もジグもレナスも、私の部屋には来ていない────そして、何も見ていない。────いいですね?」

 強い口調で私が言い切ると────気圧された三人が、カクカクと頷いた。

「一体、何があったんですか?」

 何も知らないアーシャが、誰にともなく訊く。

 ちなみに、アーシャはロウェルダ公爵邸から、このお邸に移っている。元々、ロウェルダ公爵邸で預かってもらうのは、厨房の件が解決するまでという話だったのだ。予定通り、こちらに移ったようだ。

 これからは、通いでカエラさんの下、修行をさせてもらうことになっている。

「ううん、何もなかったの。アーシャは何も気にすることないからね?」
「わ、わかった」

 私が笑顔で言い切ると、アーシャもカクカクと頷いた。


「さて────気を取り直して、本題に入りましょうか」

 気まずい雰囲気が漂い、誰もしゃべらないので────仕方なく、自分で切り出す。

「まずは、皆さん────ご心配をおかけして、すみませんでした。カデアとアーシャが世話をしてくれていたと聞いています。ありがとうございます、二人とも」
「いいえ────ご無事でよかったです、リゼラ様」

 カデアは、首を横に振り、そう言ってくれる。

「本当に、無事でよかった…、リゼ姉さん」

 アーシャも物凄く心配してくれていたのだろう────眼を潤ませる。

「ああ、本当に────心配した…。まる二日、目覚めなくて…、“神”が、眠ることで魔力の回復を速めているのだろうと───心配はいらないと言っていたが────目覚めるまで気が気ではなかった…」
「レド様…」

 隣に座るレド様が、私の頬に右手を這わせて────顔を歪めた。

 その様子から、本当に心配してくれていたのが解って、申し訳ないと思いながらも、嬉しくて胸が熱くなる。

 だから、私の眼が覚めたと知って、あんなに慌てて駆けつけて────あ、いや、あれは起こらなかった。うん、そんな出来事はなかった。

「今回のことは────本当に、申し訳ありません。レド様を────皆を、巻き込んでしまった…」

 結果的に害されるような状況にはならなかったものの────レド様を巻き込んでしまったと気づいた瞬間に感じたあの恐怖は、今思い出しても背筋を凍らせる。

 あんな思いは────もう二度としたくない。

「リゼが謝ることはない。あのときのリゼは尋常ではなかった。あの“神”に呼ばれたのだろう?」
「どうなのでしょうか…。私には待っているように────呼ばれたように感じましたが…、“古の神”は呼んでいないと仰っていました。私が勝手に感じ取って────お節介をしただけかもしれません」
「そんなことはない。あの“神”はリゼに感謝していた。リゼがいなければ、浄化することも転生することも出来なかったはずだ。それに────俺は、あのとき、リゼが一人で“深淵”に行くことにならなくて、本当に良かったと思っている。そんなことになっていたらと思うと────本当に…、ぞっとする」
「レド様…」

「俺は────リゼが、周囲や物事を見極め、考察して、慎重に行動することを知っている。きっと、次に何かあったときにも、そうすることも。だから、もう────気に病むな」

 レド様が私を信じてくれているなら、私も自分を────自分が、もうあのような事態を引き起こさないように行動できると────信じられる。

「ありがとうございます…、レド様」

 心からお礼を言うと、レド様は口元を緩めた。


「ところで…、さっきから気になっていたのですが、レド様は、古の神───いえ、あの生まれ変わられた“神”と、お話をされているかのような印象を受けたのですが…」
「…ああ、何度か話している。今現在、あの鳥野郎…じゃなかった────“神”は、“深淵”ではなく、サンルームにいるからな」

 と、鳥野郎?いや、それよりも────何で、サンルームに?

「何故…?」
「…リゼを追ってきたんだそうだ」

 物凄く言いたくなさそうな表情で、レド様が答える。

「私を…?」
「本当は、かなり────かなり不本意だが…、リゼが目覚めた以上、あの“神”に会わせないわけにはいかない…」

 言葉通り、レド様は不本意そうな表情で、不本意そうに言う。

「とりあえず、朝食に致しましょう、旦那様」
「そうだな…」

 ラムルの提案に、レド様は溜息を()いて、頷いた。


 カデアが、ラムルとアーシャを伴って───孤児院のカデア専用の厨房へ、すでに作ってある料理を取りに行っている間、私はレド様と二人、ダイニングルームで待つことになった。

 カデアは、ここの厨房にあったワゴンを持ち出し、そのワゴンで料理を運んでいるようだ。カデアのために、早いところ、何かいい方法を考えないとな…。

 ちなみに、【転移門(ゲート)】はレド様か私が許可すれば、【配下(アンダラー)】も単独で使用できる。ただ、いつ何処に跳んだのか記録されるようだけど。

「二日間も何も食べていなくて、空腹なのではないか、リゼ」

 心配そうにレド様に訊かれたけれど、正直、いつもの状態と変わらない。

「ご心配ありがとうございます、レド様。ですが、いつもと変わらないみたいです。二日も眠っていたとは、自分でも信じられないくらいで」

 肌や唇が乾燥しているとか、背中が床ずれしているとか────変調を来たしている様子が微塵もない。

「…やはり、あのベッドのおかげか?────実は、リゼが目覚めないことに気づいたとき、ベッドの魔導機構が作動していたから、【解析(アナライズ)】をかけたんだ。そうしたら、あのベッドは────“自分の意志で眠ったのではない場合は、身体や精神が全回復するまで昏睡状態を維持して────その間、自動的に生命および健康を維持し続ける”とあった」
「…健康まで?」

 水分や栄養補給とか、逆に排泄とか何とかしてくれた上で、筋力などの衰えなども何とかしてくれるってこと?

 それは────凄すぎる。

 1日3時間あのベッドで眠れば、身も心もコンディションが調うというだけでも凄いのに────まさか、そこまでとは。

 上座の席から立ち上がり、レド様が私の傍らに歩み寄り、跪く。

 長身のレド様と、イスに座る私の目線が合う。レド様は私の眼を真っ直ぐに見て、口を開いた。

「本当に…、心配した────リゼ。倒れているリゼを目にしたときでさえ、血の気が引く思いだったのに────このまま…、目覚めなかったらと思うと────本当に肝が冷えた…」

 レド様はそう言って、先程と同じように顔を歪め────私の存在を確かめるように、両手で私の頬に触れた。レド様の手は、レド様の恐怖を表すかのように、微かに震えていた。

 レド様のその表情に───様子に、先程とは違い胸が痛くなった。私は、レド様の両手に自分の手を重ねる。

「心配かけて────本当にごめんなさい…」

 レド様は、ふっと表情を緩め、私の額に自分の額を寄せた。

「リゼのせいじゃない、謝らなくていい。────本当は、リゼの傍にずっとついていたかったんだが…、眠っているだけだと判った途端、カデアに部屋を追い出されて────様子を見ることもさせてもらえなかったんだ…」

 それは────レド様には申し訳ないけど…、カデアにお礼を言いたい。

 ダウンケットを掛けていたから見えないとはいえ、もし…、寝返りかなんかで(はだ)けて、あんな────あんな格好を間近で見られでもしたら────し、死ぬ…。

 ラナ姉さんに頼んで、こういった場合の───着替えさせやすくて、人に見られても大丈夫な寝間着を、大至急で作ってもらおう…。
 いや───勿論、こういうことが起きないように気を付けるつもりではあるけど。
 
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