コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第七章―拠りどころ―#3
「お前たちの名は?」
「ジグと申します」
「レナスと申します」
「ジグ、並びにレナス────このルガレド=セス・オ・レーウェンエルダが、其方らの命を預かる。必ずや、その忠義に報いることを誓おう」
「「有難き幸せ」」
レド様が高らかに宣言し、ジグ、レナスと名乗った二人がそれに応えたとき─────私たちの足元それぞれに魔術式が展開し、【案内】の声が響いた。
【配下】を認識───発動条件クリア───
【契約魔術】を発動します…
【主君】ルガレド=セス・オ・レーウェンエルダ/リゼラ=アン・ファルリエム───
【配下】ジグ/レナス───契約完了
<主従の証>認知不可───転送───装着───アクセスを開始します…
<主従の証>の起動条件クリア───起動に成功しました
限定能力【念話】の使用が可能になりました───
限定能力【把握】の使用が可能になりました───
【特級支援】を始動します───
【魔力経路】を開通───完了
【配下】の【魔力炉】認知不可───設置します───
転送───設置───完了
【魔力炉】起動───正常───
【主君】の【魔力炉】に【連結】───成功
【配下】の【魔術駆動核】認知不可───設置します───
転送───設置───完了
【魔術駆動核】起動───正常───
【主君】の【魔術駆動核】に【連結】───成功
【配下】の【最適化】を開始します───
【潜在記憶】検索───【抽出】───【顕在化】…
───【最適化】完了しました
魔術式が放つ光が収束し、魔術式がすうっと足元から消える。
「今のは、古代魔術帝国の魔術ですか…?」
「…我々も契約を結んだということですか?」
「…そのようだな」
ジグさん、レナスさんの耳朶に、先程まではなかったピアスが光っていた。
見れば、レド様の耳朶にも、私が差し上げたピアスの隣に少し小さめのピアスが、まるで二つ連なっているデザインのように、嵌められている。
私も自分の耳朶を触ってみると、レド様に戴いたピアスの隣に新たなピアスが着いていた。
「…リゼ、これはどういうことか解るか?」
「どうやら主従の契約を結んだようですが、レド様と私の契約とは少し違うように思えます。多分ですが、どちらかというと、私とネロの契約に近いのではないかと」
レド様と私の繋がりほど、二人とは深く繋がっていない気がした。
「そうか…。検証してみなければいけないな」
「レド様、ともかく場所を移しませんか?お茶でも飲みながら、ゆっくり話しましょう」
「そうだな」
◇◇◇
せっかくなので、隠し通路を通って、厨房へと向かうことにした。ジグさんとレナスさんの先導で、隠し通路や隠し天井?を縫って進んで行く。
どの部屋も天井か壁のどちらかが必ず、隠し通路と接しているとのことだ。
まるで、“忍者屋敷”のようで、私は内心ワクワクすると同時に、こんなものが張り巡らされていたことに気づかなかったことにも、考えつかなかったことにも、ちょっと落ち込む。
「ジグさん、レナスさん───」
「リゼラ様、我々に敬称は不要です。どうぞ、ジグとレナスとお呼びください」
そう言われてしまい、少し迷ったけれど、そうさせてもらうことにする。
「では、ジグ、レナス。時間があるときでいいので、この隠し通路を案内してもらえますか?どの部屋のどの部分が隠し通路に接しているか、何処と何処がどう繋がっているか、頭に入れておきたいので」
「「かしこまりました」」
正直、今回のことは私の不覚だ。レド様に邸を案内してもらって、間取りを確認しただけで満足してしまった。
やはり邸内に施された機能などを把握しておくべきだと思って、暇を見て、色々な個所を【解析】してはいたけど、もっと念入りに調べておくべきだった。
間取りや死角、誰かが潜めそうな空間や隠し部屋などの把握は、護衛なら最初に必ずやらなければならないことなのに────古代魔術帝国の技術力に安心して、それを怠った。親衛騎士として失格だ。
「リゼ?」
私が少し落ち込んでいることを、敏いレド様は感じ取ってしまったようだ。
「申し訳ありません、レド様。こんな隠し通路があることに、私は気づかなければならなかったのに」
「いや、ずっと住んでいた俺でさえ気づかなかったくらいだ。来たばかりのリゼが気づかないのも、無理はない」
「その通りです、リゼラ様。この隠し通路は、神眼持ちのルガレド様に気づかれないよう、厳重に仕掛けが施してあるのです。リゼラ様が気づかなくとも無理はありません」
レド様に続いて、レナスが慰めてくれる。
「でも、疑問に思ってはいたのです。レド様は左眼を損傷された件で、『護衛が暗殺者を抑えきれなくて』と仰ったでしょう?ラムルさんやカデアさん、シェラさんのことは役職ではなく名前で呼んでいたので、三人の使用人とは別に『護衛』がいたのかなと、お話を聞いていて思ったんです。それなら、その護衛は何処で寝泊まりしていたのだろうって疑問が掠めたのに───もっと突き詰めて考えるべきでした」
「いや…、そこで疑問に思うリゼはすごい。俺は、暗殺者が入り込んできたあのとき、ジグたちが何処から駆け付けたのかなんて考えもしなかった」
「それは───仕方がないことだと思います。レド様は、お母様を亡くされた上、左眼を損傷してしまったのですから、それ以外のことに意識が向かなくても仕方がないです」
私がそう応えたとき、何故かジグとレナスが小さく声を上げて笑った。
「リゼラ様は真面目な方ですね」
「それにとても賢い」
「え、そんなこと」
ない───と私が言い終える前に、レド様が嬉しそうに頷く。
「そうだろう?俺のリゼは、美しいだけでなく───優しくて、真面目で賢い上に───とても頼りになる」
「…っ茶化さないでください、レド様」
「俺は真実を述べただけだ」
真顔で言わないでください、レド様…。
「…レド様は私に対する贔屓目が酷過ぎます」
レド様は楽しそうに笑いながら、いたたまれなさで縮こまる私の頭を優しく撫でた。
◇◇◇
「この真下が、厨房となります」
ジグとレナスに先導されて辿り着いたのは、レド様の私室と厨房の間に造られた隠し部屋だった。
「厨房の天井は、他の部屋と比べ少し低い気はしていましたが…、こんな部屋があったなんて────」
「いえ、ここも元は立つことが出来ない、もっと狭い空間でした」
ということは、【最適化】で拡張されたのか───とすると、ここは異次元空間なのかな。
部屋の真ん中部分の床に、硝子のようなものが嵌っており、厨房を見下ろせるようになっている。厨房の天井に設置された窓型ライトが、どういう仕組みなのかマジックミラーのようになっているようだ。
「どうやって降りるんだ?」
「以前は設置されていた出入り口からしか降りられなかったのですが、今は『降りたい』と思うだけでどこからでも降りられます」
「では、まずオレが降りてみせます」
レナスがそう言うと、レナスの足元に魔術式が現れ、それに吸い込まれるようにしてレナスが消える。厨房を見下ろすと、レナスが厨房に降り立っていた。
「では、順に降りていきましょう」
◇◇◇
中肉中背で、茶色い短髪と緑色の眼をしているのが───レナス。
レナスより少し小柄で、焦茶色の短髪と紅い眼をしているのが───ジグ。
明るい所で見てみると、髪や眼の色、体格に違いはあるものの、二人とも雰囲気はどこか似通っている。
どちらも、顔の造りが凡庸というより、やはり化粧か何かで印象が残らないように特徴となる箇所をぼかしている感じだ。
「では、このピアスを通して、ルガレド様やリゼラ様とお話したり、お二人の居場所を確認したり出来るのですね?」
「はい。声に出さずに話すことが出来るので、誰かいるときでも密談出来ますし、緊急時も人目を気にせず連絡出来ます。後で試してみましょう。事前にどういうものか体験しておいた方がいいですから」
「「よろしくお願いします」」
まだ簡単に確認しただけだけど、ジグとレナスとの契約は、やはりレド様と私の契約とは少し違うようだ。
「ジグとレナスの魔術使用に関しても、早急に検証した方が良さそうだな」
「そうですね。【現況確認】で確認した限りでは、ジグとレナスの【魔力炉】と【魔術駆動核】がレド様と私のものと連結しているみたいなので、私たちのものから魔力と魔術式を引き出して、魔術を行使するのではないかと思います」
ジグとレナスは、レド様や私に比べたら、魔力量はかなり少ない。二人の魔力では、魔術によっては発動出来ないはずだ。
【契約】については、今のところはこんなものかな。
「…後は、雇用の問題でしょうか」
「というと?」
「ジグとレナスの給金などについてです」
「俺の予算から出すのではないのか?」
「レド様の予算から出すとなると、雇用契約をして公式に記録を残すことになります。彼らの立場上、それにいざという時のためにも、それは避けた方がいいのではないかと思うんです」
「では、どうするつもりなんだ?」
「私の───ファルリエム子爵の使用人として雇用するつもりです。給金も私の年金から捻出します」
「それは駄目だ。リゼに負担をかけるわけにはいかない」
「ですが、それが一番良い方法だと思います。それに、レド様、私はこの邸に住まわせてもらって、レド様に食費も出していただいています。ドレスや装身具だってセアラ側妃様のものをお譲りいただきましたし、年金も手付かずの状態です。二人の給金を払ったところで負担にはなり得ませんよ」
「だが────」
「それでは、こうしましょう。ジグとレナスはこの8年、給金をもらってはいないはずです。その分をレド様の資産から出してください」
「それは勿論、出すつもりだったが────」
「はい、決まりです。それで、ジグ、レナス、ファルリエム辺境伯家では、どのくらい給金をもらっていたんですか?」
レド様の気持ちは嬉しいけど、これだけは譲れないので、私は有無を言わさず押し切る。
「…リゼは頑固だ」
レド様が不服そうにぼやき、ジグとレナスはそろって苦笑を浮かべた。
ファルリエム辺境伯家に雇われていた時代の給金を参考に、ジグとレナスの給金の額面を決めた。
「確認すべきことはこれくらいでしょうか?」
「ああ、今のところはこれぐらいだろう」
「…あ、そうだ。もう一つだけ。ジグとレナスにも、私たちの鍛練に付き合って欲しいんです。お互いに実力を把握しておいた方が良いと思いますし、なるべく色々な人と手合わせした方が鍛練になりますから」
「そうだな。それに、共闘する場合もあるだろうから、お互いの動きに慣れておいた方がいい」
「それはそうですね」
「こちらとしても願ったりです」
ジグとレナスは私とレド様の言葉に頷いた後、二人で目配せしてから、ジグが口を開いた。
「ところで───ルガレド様。ラムルとカデアを呼び戻すおつもりはありませんか?」
「……ラムルとカデアを?」
「はい。ルガレド様は成人されて、もう使用人を直接雇い入れることが出来るはずです」
「だが…、もう8年経っている。ラムルとカデアだって、自分たちの生活があるのではないか?」
ジグの提案に、レド様は戸惑ったような表情を見せる。レナスが後を引き取って話を続けた。
「オレたちはこの8年、ずっとラムルたちと連絡を取り続けておりました。シェラは結婚して家庭を持ったらしいので無理ですが、ラムルとカデアは、今だにルガレド様にお声をかけられるのを待っております」
「…本当に?」
「はい。ルガレド様が成人されることを知らせたら、ぜひルガレド様にお伺いを立てて欲しいと返信がありました。どうか、考えてはもらえませんか?」
「俺としては勿論、二人が帰って来てくれれば嬉しいが───だけど、俺の立場は未だに危うい。あの二人は…、そろそろ高齢に入る。負担になりはしないだろうか」
「それは無用の心配です、ルガレド様。お忘れですか?あの二人がファルリエム辺境伯家門でも屈指に入る実力者であることを。だからこそ───セアラ様とルガレド様の側付きとして送り込まれたことを」
「それに、リゼラ様のことを考えれば、あの二人がいた方がよろしいかと思います」
「リゼラ様の負担も減りますし、女手があった方がいいのではないですか?」
あ、ずるい。私のことを持ち出したら───そんな言い方をされたら、レド様は頷くに決まっている。
でも、私は黙っていた。レド様のためには一人でも味方は多い方がいい。
それに───何よりも、レド様はラムルさんとカデアさんに戻って来て欲しいのではないかと思うから────
レド様は意を決したような強い眼を、ジグとレナスに向けた。
「ラムルとカデアに連絡を取ってくれるか?どうか───俺の下へ戻って来て欲しいと」
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