コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第四章―ロウェルダ公爵邸にて―#2
<聖騎士の証>を認識───アクセスを開始します…
「え?また?」
まさか、これで例のアレが発動してしまうとは思っていなかった私は、間抜けな声を上げる。
魂魄──魔力量──身体能力──技能──経験──オールクリア
【聖騎士】として認定されました
【認識章:雪の結晶】───
リゼラ=アン・ファルリエム名義に書き換え開始───完了
特殊能力【武装化】付与───
特殊能力【盾】付与───
特殊能力【防御】付与───
特殊能力【防御壁】付与───完了
【武装化】発動します───【潜在記憶】検索───【抽出】───【顕在化】…
「え、ちょ…っ」
私の全身を、相当量の魔力と強い光が包んだ。
「リゼ…!?」
光に飲み込まれる寸前、傍にいたシェリアとラナ姉さん、カエラさん、おば様にマイラさんの二度目の驚愕した顔が目の端に映った。
光が消え去ったとき───私が着ていたのは青紫色のドレスではなくなっていた。
「何この格好……」
ちょうど全身鏡の前に立っていたので、自分の全身が目に入り唖然とする。
全体のシルエットは踝丈でオフショルダーのプリンセスラインといったところだ。
後ろで編み上げるタイプの真っ白なビスチェアーマーに、同じく真っ白のバックスカート。正面のバックスカートの合わせ目からやはり真っ白なタイトなミニスカートが覗き、ヒールの高い真っ白なニーハイブーツを履いている。
そして、同じデザインの二の腕まである真っ白なグローブをつけ、首元の真っ白な幅広のチョーカーには、貴族章であるメダルが提げられている。
よく見ると、どれも銀糸でパイピングと随所に刺繍が施されている。
髪は複雑に編まれているが上部だけで、ハーフアップにされている。真珠のような細かい髪飾りが散りばめられ、極めつけに、おそらく聖結晶で造られたであろう細く繊細なティアラが載っている。
それに、耳たぶには同じく聖結晶の三連のイヤーカフ?が輝いている。
それから───腰には、白い太刀が提がっている。白地に星銀の装飾が施されていて、契約の儀でいただいた刀とデザインはそっくりだったけど、その全長が違う。これは、多分90cmはあり、大太刀と呼んでもいいかもしれない。
「……本当に何これ」
「リ、リゼ…!?」
「え、え、どういうこと!?」
シェリアとラナ姉さんが、狼狽して叫ぶ。
「と、とりあえず、レド様を呼んでください……」
◇◇◇
「リゼ、その格好は…?いや───すごく似合ってはいるが…、一体、何があったんだ?」
「それが───私、“聖騎士”とやらになったらしいです……」
「は?」
私はレド様に、貴族章を手に取ったら、いつものアレが発動したことを話す。
「貴族章に使われているこのメダルは、“聖騎士の証”とやらみたいです……」
「………俺は昨日から何度驚かされているんだろうな…」
私も同じです、レド様…。
「それで、どういうことなのか、説明してくださるかしら?」
待ちきれないというように、シェリアが口を挟む。
「夜会の件を終えてからと考えていたが、もうこうなったら、説明してしまった方がいいな」
レド様が、溜息を吐いた。
シェリア、ラナ姉さん、ミレアおば様、シルム、カエラさん、マイラさん、ロドムさんにこれまでの経緯を話す。
話す人選については、予め、おじ様に相談した上で決めていた。
シェリアとラナ姉さんとは深く関わっているから隠しておけないし、現状、どうしたってロウェルダ公爵家を頼ることになるので、おば様やシルムだけでなく、シェリア専任の侍女であるカエラさん、侍女長のマイラさん、家令のロドムさんには伝えておいた方が都合がいい。
「あの儀式で、そんなことになっていたなんて…」
シェリアが誰にともなく呟く。
「わたくしとマイラが契約を交わした時は何も起こらなかったのよね。マイラの忠義もわたくしの信頼も十分だったはずだけど…。その発動条件って何なのでしょうね?」
マイラさんは、ミレアおば様の元親衛騎士なのだ。ロウェルダ公爵家へ降嫁するにあたって、おば様が皇族でなくなったため、親衛騎士ではなくなったのだけれど、おば様を護るためにロウェルダ公爵家の侍女として再就職したのだそうだ。
「おそらく、魔力量は確実に条件の一つではないかと」
レド様が答える。
「まあ、そうなの。わたくし、魔力はそんなにないものね、残念…」
「奥様、契約魔術などで繋がらなくとも、私はこの命尽きるまで、お傍でお護りいたしますよ」
「ええ、もちろん解っているわ。ありがとう、マイラ」
「それにしても、貴族章がそのようなものだったなんて…。我が公爵家の貴族章もそうなのよね?」
「多分。でも、これまで発動してしまったことはなかったのかな?」
「単独で発動するのは、無理なのではないか?リゼの説明を聞いた限りでは、あの例の声が主導したのだろう?リゼの推測通り、これが特殊能力【案内】なのだとしたら、この能力なしでは発動しないのではないかと思う」
「何だ、残念だな。僕も、公爵家を継いだら、その聖騎士になれるかと思ったのに……」
本当に残念そうにシルムが呟いた。
「それで、どうやったら、元のドレス姿に戻れるんですの?」
シェリアに言われて、はっとする。そうだ、元に戻らないと。
「レド様、【解析】で見てもらえませんか?」
「解った」
◇◇◇
「…………」
【解析】を使用したレド様が、黙り込んでしまった。
え───そんなにアレな結果なんですか?
「レ、レド様?」
「ああ、すまない。…いつも通り、驚くべき結果だったんでな。
まず、その格好は、“聖騎士の正装”だそうだ。そのティアラと髪飾りは、戦闘時、五感の処理能力と思考能力の速度を上げるらしい。そのイヤーカフは、魔素を取り込み、魔力に変換するとのことだ。そのため、魔力量が増量、魔力量の回復速度が上昇するみたいだ。そのメダル───“認識章”はすべての身体能力を大幅に上げるようだ。
これらの装身具はセットで、すべてを装備すると、常に魔力のベールを作り出して身を護るらしい。
それから、その装備一式は…、どれも“神布”と呼ばれる“神獣”の鞣革で出来ていて、破けることは勿論、傷つくことも汚れることもない、伝説級の装備のようだ。
そして、その剣は────“聖剣”だそうだ。
どの装備品も、効果の程度は身に着ける者により変わるらしい。
リゼの場合は────『単独で竜種を屠ることが出来る』ほどの効果が発揮できるみたいだ…」
…はい?え、今、何て?
ドラゴンが魔力に飲まれて魔獣に堕ちたことは、過去何度かあったらしい。
今はもうない北方にあったとある国に魔獣化したドラゴンが現れたときは、国家主導で、その国に存在していた騎士団総出で、何とか討ち取ったと記録にある。損害はかなり大きく、国力はかなり衰退し滅亡の原因になったとか。
その竜種を────単独で屠れる?
「【認識章】を身に着けるか、特殊能力【武装化】を発動すると、その完全装備状態になるそうだ。元の装備に戻るには、【武装化】を解除すればいいらしい」
「【武装化】を解除…」
レド様の言葉を繰り返しただけだったけど、足元に魔術式が現れ、全身を光が包んだと思ったら、元のドレス姿に戻っていた。
「聖剣って本当にあるんですのね…」
シェリアが、ぽつりと呟く。
そうですよね。伝説はあっても、実物は現存していなくて、今や古代人の想像の産物ではないかと思われている代物だもの。
「さっきのリゼの格好、何かに似ていると思ったら、絵本の『邪竜と姫騎士さま』の姫騎士に似てない?」
シルムが首を傾げて言い、シェリアが、あっ、と声を上げる。
「そう言われてみれば、そうだわ。ティアラとイヤリングをつけて、白いドレス姿で、大きな剣を携えていたわね」
そんな絵本あったな…。孤児院に置いてあって、下の子たちに読んであげたっけ。
「あれって、実際にある伝説を元に書かれているらしいですよ」
と、ラナ姉さん。孤児院に出入りしてた商人が確かにそう言ってたな。
「ということは────その伝説になった人は、聖騎士とやらの一人だった?」
「その可能性が高いわね…」
あれ、そういえば、イルノラド公女も、契約の儀のとき似たような格好していた気がする。もしかして────あの絵本の姫騎士か伝説にあやかって、とか?
◇◇◇
その後、何とか気を取り直して、夜会に身に着けるものを選び終えた。
何だかんだで正午までかかってしまったために、昼食までご馳走になり、午後はダンスのおさらいをさせてもらった。
そうして、結局、街に買い出しは行けずに夕方になってしまった。
「晩餐も食べて行けばよろしいのに」
「ありがとうございます、おば様。でも、皇城の門限もありますから。それより、食糧まで分けていただいてしまって…。本当にありがとうございます」
買い出しが出来なかったので、公爵家の備蓄分を少し分けてもらえて本当に助かる。
勿論、お代は払った。いらないと言われたけれど、レド様の食費なんだから、ちゃんと予算から出さないと。
「ロウェルダ公爵夫人、本当に世話になった。夜会服も結局、いただいてしまって─────」
そうなのだ。私の礼服の時同様、レド様の夜会服一式の代金は受け取ってもらえなかった。
「いやですわ、殿下。言いましたでしょう、これはわたくしからの“甥”への成人のお祝いだと。着古したもので大変申し訳ないのですけれども、それでも祝う気持ちは本当ですのよ」
「ありがとう。着古したものなどと、とんでもない。大事な一着を譲っていただけて、本当に嬉しく思う」
レド様とおば様のやり取りを見ていて、私も嬉しくなった。
おば様は、家族に恵まれていないレド様にとって、今のところ唯一好意的に接してくれる血縁のはずだ。
「それでは、皆、今日はありがとう。失礼する」
「結局、一日つきあわせてしまって、ごめんなさい。でも、本当にありがとう」
私たちはそれぞれお礼を告げて、ロウェルダ公爵邸を後にした。
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