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ボーイズ・バンド・スクリーム

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第9話 海が凪ぐ Part.2

 
前書き
みなさん、おつマグです!今回はデート会その2です!3部作になりそうです。そんな大層なものではありませんが…それでは、どうぞ! 

 
「じゃあ、ほら。んっ…」

「な、なんだ?」

「お前が『抱きしめたい』って言ったんだろ?早くしろよ」

車から降りるなり両手を広げて瑞貴からの抱擁を待つ桃香。

「そ、それはなんか畏れ多いと言うか、そもそも付き合ってもないのに順序ってもんがあるだろ!まずは手を繋ぐところからだな…」

「ふふっ、白石って純情だな。むっつりすけべのくせに」

「う、うっせぇぞっ!」

「へえ?ほらほら〜、こういうの好きなんだろ〜?」

「や、やめろっ!酒の入ったオヤジみたいな絡みかたしてくんな!」

桃香は両手を頭の後ろで組む。その体勢だと羽織っているブルゾンの間から両脇がチラ見えする。瑞貴は直視できず、とっさに顔を逸らす。

「ふんっ、よそ見した罰だ!」

「はっ、早く行くぞっ!」

「あっ、おい待てよ!」

照れ隠しで駆け足気味になる瑞貴。その後を追いかける桃香。そして彼女はすかさず瑞貴の腕に自身の腕を滑り込ませる。

「っ…かっ、河原木!」

「何だよ?くっつかれて嬉しいだろ?」

「せっ、せめて手を繋ぐぐらいにしてくれよ!心臓がっ…もたないっ」

「大袈裟なやつだな。わかったよ…ほら」

「うっ…」

しれっと自身の指を絡め瑞貴と恋人繋ぎする桃香。完全に彼女に遊ばれていた。自分がリードしなければ。そう思った彼は桃香の手を離した後、再度手の甲を掴んで水族館に向かう。

「何?不満なの?」

「不満じゃねぇけど…緊張するからっ」

「ふーん」

手を繋いだまま水族館に入るとアクアミュージアムへ向かう。700種類の生きものがいるらしい。日本最大級となれば規模が違う。瑞貴は期待と緊張で胸を躍らせる。

「おっ、珊瑚礁かー!へえー、綺麗なもんだな!白石、あの黄色いやつは?」

「キイロハギだな。草食でレタスとかも食べるらしい」

「へえ、詳しいんだな?」

「ま、水族館巡りは趣味だからな」

まず初めに彼らを出迎えたのは珊瑚礁。普段よりも心なしか桃香のテンションが高い気がして瑞貴も誘った甲斐があったと嬉しくなった。

「あっ、シロクマもいるんだ!」

「水族館では珍しいよな。地元だと旭山動物園が最寄りか。俺も久しぶりに見たよ」

「なあ白石…って何に見惚れてんの?」

「ヒゲペンギン。アドベンチャーワールドで初めて見たんだけど。水中から陸地に上がる瞬間を見たら、なんか綺麗だなってさ」

「アドベンチャーワールドって和歌山の?ふーん、そうか。綺麗だったのか」

瑞貴の言葉に桃香は目を吊り上げる。声のトーンも低く不穏な空気が漂っていた。

「何で河原木が怒ってんだよ?せっかくの水族館なんだから推しを見てもいいじゃねぇか」

「お前の推しは私だろっ?!」

「うっ、そうだけど…声でけぇから」

「はっ、すみません…」

彼女を宥めるのに失敗した瑞貴。彼女の声で2人は周囲の人から注目を浴びていた。側から見ると痴話喧嘩とでも思われてそうである。

「お前が1番だよ。照れ臭いから何回も言わせんなよ…」

桃香の近くで囁くようにそう告げると彼女はようやく機嫌が直ったようだ。

「ごめん…ありがとう」

「おう…」

背中がむず痒くなるような空気感の中、大水槽に辿り着く。日本最多のマイワシの群れである。その数はなんと5万匹だ。2人は目の前に広がる魚群に圧倒される。

「っと…そろそろライブの時間みたいだな。河原木はどうする?見に行くか、腹減ってたら飯にするか?」

「そんな気を遣わなくても。白石のしたいようにしろって。ライブ行くぞ」

「ありがとう」

ライブスタジアムの規模は一般的な水族館とさほど変わりないが、八景島シーパラダイスにはシロイルカがいる。瑞貴と桃香は隣り合って座り遊泳するシロイルカを眺めていた。

「俺もいつか、あんな風にイルカと一緒に泳げたらいいな…」

「いつかきっと泳げるだろ」

「うん、そうだよな」

どこか遠い目をしながら呟くように希望を話す瑞貴。桃香は深く考えずに言葉を返した。ライブが終わると2人は昼食に繰り出した。センターハウスのフードコートでチーズバーガー、ポテト、フライドチキンを頬張りながら、のんびりした時間を過ごす。

「あそこ、イルカと握手できるみたいだな。ほら行くぞ!」

「あっ、そんな引っ張るなって!」

自身がリードするつもりだった瑞貴だが、気がついた時には桃香に手を引っ張られていた。それが妙に心地よく感じる。彼女が楽しんでいるのであれば何よりであった。
次に2人が向かったのはクラゲの水槽。ユウレイクラゲに魅入られていた。水槽の中で漂う姿は儚く美しい。幽玄的とはクラゲのためにある言葉なのかもしれない。瑞貴はそう思った。

「ウツボ発見!どこで見ても妙な愛嬌と迫力があるよな」

「私、ウツボはちょっと…なんかさ、ヘビに似てない?」

「蛇、苦手なのか?可愛いところもあるんだな」

「うっ、うるさい」

桃香の声は心なしか震えている。本当に蛇が怖いのだろう。

「それなら移動しよう。ほら河原木、向こうにアオウミガメいるぞ」

「あっ、おい!うわあ…気分はまさに竜宮城ってか」

「…そんなとこだな」

今度は瑞貴が桃香の手を取る。目の前にはウミガメが水槽の上へ向かって泳いでいた。悠々と回遊する姿は、まさに竜宮城の世界。彼らはしばし時を忘れて見入っていた。

「へえ、こんなところもあるんだな」

「うん。フォレストリウムっていうらしいな」

「さすが生徒会長。予習はバッチリだな!」

「からかうなよ…当たり前だろ?楽しみにしてたんだし」

「白石…」

フォレストリウムはレッサーパンダやカワウソ、カピバラにフラミンゴ、さらにはピラニアを始めとする淡水魚まで水族に限らず色々な生き物がいる。先ほどまでとは打って変わり、まるで動物園のような開けた空間で彼らは様々な動物を眺めていた。

「うわあ、凄ぇ…気持ちいいな」

「うん、お前と来れて良かったよ。ありがとう」

「河原木…こちらこそ、ありがとう」

最後は船に乗っていた。2階のデッキで瑞貴と桃香は潮風に吹かれ、海が凪ぐのを全身で感じながら八景島という横浜の大きな楽園を一望するのだった。 
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