邪教、引き継ぎます
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第四章
42.帰還、そして
ロンダルキア北東には、清らかな水をたたえる湖がある。
湖の東側に浮かぶ島には小さな祠が存在し、大神官ハーゴン討伐の旅をしていたロトの子孫三人組は、神殿へ向かう前に立ち寄っていたという。
祠にいるのは、かつては年老いた神父と小さな少女の二人。
今は、小さな少女の一人のみ……
……なのだが、ときおり客が押し寄せることがある。
「さて、頑張りましょうっと」
石灰と火山灰で作られた仕上げ材が入った容器。それを塗るためのコテ。念のためにたくさん用意したぼろ布。それらを足元に揃えると、フォルはロンダルキアの祠の入り口の前で意気込んだ。
この入り口は、重傷を負った状態で祠にやってきた老アークデーモン・ヒースを介抱するために、祠の主である白い少女・ミグアが破壊して広げていた。元の大きさには戻さず、このままの大きさで仕上げてしまう話になっている。
彼女は当初、フォルに対し修繕のための材料のみを求めていた。しかしこうなったのは教団の責任。フォルのほうから申し出て、作業もやることにしたのである。
「うむ。お嬢ちゃんのためにもきれいに仕上げてやらんとな」
「ええ、そうですよね……って、ヒースさんが手伝うのはだめです! 病み上がりなのですから!」
留守中に“内通者による研究資料盗難事件”を解決してくれた大きな老体を、フォルは両手で奥に押し込めた。
祠の奥では、フォル直属の部下たちや幹部級の者たちが集まり、酒を飲んでいる。
フォルは祠で療養していたヒースを迎えに行くため、そして入り口を修理するため、祠には一人で来るつもりだった。が、またしてもゾロゾロと教団のメンバーがついてきてしまったのである。
「ぼくがやりますよ。早くお力になりたいです」
「いや、あなたもだめですよ? 仕事はもう少し体力が戻ってからでお願いします」
小さな茶髪の男の子もそばに来ていたため、フォルはこちらも奥に追いやる。
彼の名はカリルで、現在十二歳。海底の洞窟の水汲み場で発見された少年である。
海底の洞窟の信者で唯一の生存者である彼は、フォルの下で補佐役として働いてもらうことになった。ボサボサだった髪は程よい長さに整えたものの、やはり痩せた体はすぐには戻らないようで、まだガリガリだった。信者のローブはダボダボである。
「俺がやるぞ」
「ダスクさんもだめです。まだ失血が完全に回復していないでしょうから」
「私は支部で建物の工事の作業経験も施工管理経験もある。君に力を貸してやらぬこともない」
「ケイラスさんもです。まだフラフラじゃないですか」
若アークデーモンと長身金髪の祈祷師も、奥へと追い返す。
ゾロゾロついてきたメンバーにケイラスが含まれていたことは、フォルにとって意外ではあった。
ただ彼は、
「私もご老体をお迎えに行く」
という表現をしていた。ヒースが密かに彼を評価していたことが盗難事件の解決につながっていたため、彼なりの思いがあるのかもしれない――と考察していた。
「オレが手伝ってももいいぞ」
「シェーラさんもだめです。本当はおとなしく寝ていてほしいくらいですよ? お酒も控えめにお願いしますね」
「おれやろっか?」
「タクトさんは元気そうですが……明日からお願いしたいことが山ほどありますので、今日は何もしないでゆっくりしてください」
すっかり戦闘服が復活したバーサーカーの少女や、その戦闘服の提供者であるタクト。そばに来る者を、フォルは次々と奥へ追い返していく。
「相変わらず要領悪いね。こんな雑用キミがやる必要ないのに」
仕上げ材をコテで塗り始めたフォルの横で、ボソッと言ったのは、この祠の主・ミグアである。
「皆さん今回は大変でしたし、今日くらいはのんびりしていただきたいなと思うのです」
白い少女は無愛想に「あっそ」と言った。
そしてそのまま作業を続けるフォルの横顔を見つめていた。
「あれ、私まずい作業の仕方をしていますか?」
「いや、そんなことないけど」
「……?」
なおも彼女はジーっとフォルの顔を見ていたが、やがて大きなマフラーを一度触ってから話し始めた。
「海底の洞窟で妖術師の亡霊に遭ったときに、思ったことがあった」
「思ったこと?」
「キミは前に、大灯台でも亡霊に遭ったと言っていた」
「はい。神託を全うするという強いお気持ちを持たれていた剣士さんでしたよ」
「そういう人たちみたいに、強い思い残しや未練があると、人は亡霊になることがある。じゃあ、キミを息子のように可愛がっていた悪魔神官はどうだったのかな」
「亡霊にはなっていなかったと思いますが」
「それはなぜだろう、と思った。キミから聞いてた当時の状況を考えると、なってもおかしくないのに」
「んー。どうして、でしょうね」
フォルの手が止まり、首をかしげる。今までそんなことは考えたこともなかったのだ。
「それはね。たぶんフォル君のことが心配じゃなかったからだよ」
いつのまにかふたたびタクトがそばに来ていた。
「そうなんですか?」
「そう。いい意味で」
「いい意味?」
「うん。実はおれ、フォルくんが頼りないとか弱いとか思ったことが一度もないんだ」
フォルは驚いたが、白い少女のほうは表情を変えない。
「おれはさ……強靭な肉体があっても意味がない世界にいたからね。竜王のひ孫が言っていたことに少し関係するかもしれないけど、この世界でもこの先、フォルくんのような人間こそを『強い』と定義しちゃう時代がくるかもしれないなーと思ってたりもする」
「さすがに買いかぶりではないでしょうか」
「そうかな。たしかに、今の時代で認知されるような強さはないだろうし、認知されない強さは無いのと変わらないのかもしれない。けど、なんだかんだでここまで生き残って、なんだかんだで人も人以外もついてきてる。しかも嫌々じゃなくて、わりと喜んで。それは事実だよね。
おれはもちろん悪魔神官に会ったことはないよ。ただ話を聞く限りでは、人を見る目も物事を見る目も未来を見通す目も持っていた人物という感じがする。彼の目には、フォル君って何気に頼もしくて、安心して教団の未来を任せられる人間として映っていたんじゃないかなあ」
万一そうなら、うれしいですけど――。
意外なべた褒めに、フォルは拭いていない指でそのまま頭を掻いてしまった。サラサラの黒髪に白い仕上げ材がつく。
「うふふ。まあ、そういうことで。そんなフォル君が今の時代でも認知される強さを手に入れれば無敵だと思う。明日からいよいよ破壊神召喚の儀の準備に手をつけるんだよね? 頑張ろうね」
竜王のひ孫から譲り受けた杖で軽く床を鳴らし、タクトは祠の奥へと戻っていく。
その姿を見ながら、白い少女が「なるほど」とつぶやいた。
◇
「なるほど」
自らの城の会議室でサマルトリアの王子・カインから報告を受けると、ローレシア王・ロスはそうつぶやいた。
二人ともテーブルのところには座っていない。窓の前で並び、どちらも外を眺めている。
「やっぱりロスもそんなに意外とは思ってない感じ? ロンダルキアの祠があっち側についてたってのは」
「まあな」
青い剣士はため息まじりにそう言うと、両肘を窓枠にかけ、焦点をはるか遠くに移した。
もちろんここから見えるわけはないのだが、その方角の先にあるのは、白銀の大地・ロンダルキア。
「いよいよ、か……」
今度は下を見る。
そこでは、ローレシア城の兵士たちが大規模な訓練を続けていた。
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