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邪教、引き継ぎます

作者:どっぐす
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第四章
  40.青肌の男

「マホトーン――」

 青い肌の男の詠唱は、フォルたちにはやや独特の発音にも聞こえた。
 通常はかすかに見えるか見えないか程度の、マホトーンの赤黒い波動。この男のものは異様に濃く、はっきりと妖術師を包んだ。

「ベギラマ」

 ところが、亡霊の妖術師は何事もなかったかのように呪文を唱えてきた。
 これもロンダルキアの(ほこら)の少女・ミグアが氷を出す謎の呪文で相殺し、消滅させた。被害は出ない。

「ほう。氷か……。それは太古の呪文・マヒャドかの。小娘よ、やるな」
「の前に、アンタのマホトーンも効いてない」
「うむ。そのようじゃ。すまぬなフハハハ」
「あ、いえいえ、とんでもないです。ありがとうございます」

 呪文は効かなかったが、謎の魔法使い風の男が手伝おうとしてくれていた事実に変わりはない。フォルは礼を述べて、杖を構えた。

「いや今のは絶対に失敗したらダメなやつだろ……」
「だな。妙に自信満々だったから多分オレら全員期待したぞ?」
「効かんものは仕方ないフハハハ」

 若アークデーモン・ダスクやバーサーカーの少女・シェーラが思わず入れた突っ込みも、その男は気にするような素振りもなく笑い飛ばした。

「まあ慌てるでない。まだ手段はある」

 そう言うと彼は前に出て、ローブを脱ぎ、杖と一緒に斜め後ろに力強く放った。
 ちょうどその方向にいたタクトが、それらをキャッチする。

「おー? 今度はデカいアレを見せつけて黙らせちゃう作戦?」
「フハハハある意味正しい」

 緊張感のないタクトの言葉も笑って流す。

「皆少しだけ離れておれ」

 すると、意外と筋肉質な裸体を晒していた男に、異変が起きた。
 体が、急速に膨張し始めたのである。

「ぇ?」

 フォルの口がポカンと開いた。
 何が起きているのか、目では確認できても脳の処理がまったく追いつかない。

 男の体は、単に大きくなっただけではなかった。
 青い肌は質感のある鱗へと変化。背中からは大きな翼が、臀部からは太く長い尻尾が、生えた。
 大きく裂けた口からは鋭い歯をのぞかせ、頭部には二本の角、手足の指からは鋭い爪が伸びる。

「も、もしかして、あなたは――」

 翼を持った、巨大な竜。
 フォルの頭の中には、一人しか思い当たる人物がない。

「いかにも。わしは王の中の王、竜王のひ孫じゃ」

 やはりそうだった。
 魔法使い風の男の正体は、今も竜王の島を統治しているという現竜王――約百年前にアレフガルド全土の支配を目指すもロトの子孫に敗れた竜王の、ひ孫――であった。
 この大きな礼拝堂すら狭く感じるのではないかという巨体。その声も、けっして張り上げたものではなかったが、フォルたちの耳に太く響いてきた。

「竜王だったの!? うおー! でっか!!」

 目を輝かせながら驚くタクト。他の者も程度の差こそあれ驚いていた。
 海底の洞窟での資料の回収が終了したら、竜王のひ孫のもとへあいさつに行くという話にはなっていた。だがここで会うことになるとは誰も思っていなかった。

「見ておれ」

 竜王のひ孫はそう言うと、咆哮(ほうこう)をあげた。

 あまりにもすさまじい、大きな大きな雄叫びだった。
 フォルたちは臓腑がもがれるほどの激しい波動を感じ、全身の筋肉を硬直させた。

「ワタシガ……マモル……ベギラマ」

 妖術師も一瞬固まったように見えたが、すぐに竜王のひ孫に杖を向けた。
 だが、今度はベギラマを唱えても何も起きなかった。

「よし。効いたな」

 竜王のひ孫の声。
 祈祷師ケイラスが、何かを察したらしい。空に向けてベギラマを唱えた。
 何も起きない。

「私も呪文が使えなくなったのだが」
「少し効きすぎのようじゃな。全員呪文が使えなくなったかもしれぬフハハハ」

 満足そうに言うと、竜王のひ孫は、もう一つ咆哮をあげた。
 先ほどのものとは、その声色が異なっていた。
 声量こそあったものの、攻撃的でなく、柔らかさがあった。やはりフォルたちの体の中には大きく響いてきたが、今度は体の中が温められるような、不思議な感覚がした。

「……」

 亡霊の妖術師は杖を下ろしたまま、動きを止めていた。
 いったい竜王のひ孫が何をしたのか。それはこの場では本人しかわからない。ただ、妖術師が襲いかかってきそうな雰囲気がなくなったことは間違いないと思われた。

「ほれ。これでよいだろう。言葉(・・)をかけたいなら、いまのうちじゃ」
「あ、はい! ミグアさん、ちょっと杖を持っていてもらってもいいですか?」
「大丈夫なの」
「はい。大丈夫です」

 フォルは丸腰で妖術師に近づいた。

「私たちは同志です。もう、大丈夫です。ここが大変なことになっていたとは知らず、本当に申し訳ありませんでした。どうか、ゆっくり、お休みください」

 そう言って頭を下げると、妖術師の左手――グローブを両手で包むように握った。
 妖術師は握られた手を一度見て、それからフォルの顔を見た。
 仮面姿なので、そして中身はおそらく生身ではないので、表情はもちろんわからない。
 ただ、ほんのわずか、うなずいたように見えた。

「……」

 穏やかな白いモヤが、妖術師の仮面やローブの隙間や漏れるように出た。
 そのモヤが、上へと昇り、消えていく。

 杖が、落ちた。
 そして仮面が落ちる。やはり中身は白骨であった。
 やがて骨が崩れる音とともに、ローブも床に沈む。
 どうやら、無事に、安らかに逝ったようであった。






「とても助かりました」
「お前がフォルか? 礼儀正しいな。なかなかよい」

 巨大な竜に見下ろされているのだが、フォルは不思議なほど怖さを感じていなかった。
 その目、佇まい。初めて見る竜王のひ孫の姿は、大きさこそあれど穏やかな雰囲気で、威圧とは正反対の印象ですらあった。

「私の名前をご存知なのですか?」
「もちろんじゃ。お前にあいさつするために来たのじゃからな」
「えっ!? いや、この礼拝堂での用事が終わったら、私たちがそちらにごあいさつにうかがう予定だったのですが」
「そう聞いたから、急いで会いに来たのじゃ」
「えええ!?」

 ロトの子孫三人組からハーゴンの討伐報告を受けていたこと。ラダトームの者から「悪魔神官の部下だったフォルという魔術師が、ロンダルキアで教団を再建している」という噂も聞いていたこと。
 今回、とある筋から、フォルが海底の洞窟に行き、その後に竜王の城に行く予定であるという情報を得たこと。それを受けて自分からロンダルキアに行ったが、フォルたちは海底の洞窟に出発した直後だったということ。そこで慌てて海底の洞窟に追いかけてきたこと。
 ここに至るまでの経緯を、竜王のひ孫は丁寧に説明した。

「しかし、竜王様がわざわざ私などに会うために自ら出向かれたというのは、なぜ――」
「わしなりのお返しじゃ。お前の上司だった悪魔神官が、二度わしのところに来たからな」
「……!」
「わしは教団をあまりよくは思っていなかったゆえ、一度は会わずに追い返した。じゃが彼はあきらめずにもう一度来た。礼節をわきまえた、なかなかよい男であった」

 竜王のひ孫はそう言うと、「他に何か聞きたいことがあれば答えるぞ」とフォルだけでなく全員を見渡して言った。

「はーい、質問! さっき言ってた『王の中の王、竜王のひ孫』って、『王の中の王』の部分はどこに(かか)ってるの? 竜王が王の中の王できみがそのひ孫なのか、竜王のひ孫であるきみが王の中の王なのか、どっちなの?」
「おいこらタクト。お前しょうもない質問するなよ……」

 バーサーカーの少女が(とが)めるが、本人はウキウキした顔のままである。

「お前は礼儀知らずだな。だがそれもなかなかよい。それはどちらの意味にも取れるように言った。解釈は任せる」
「へー! じゃあ次の質問というか、お願い。この杖、もらってもいい? 竜王に会えた記念ってことで」
「よいぞ。やろう」
「やったー! 大事(だいじ)にするよ。鱗も一枚くらいならもらっても大丈夫?」
「うむ。剥がすのは少し痛いが一枚くらいならよいぞ」
「いえーい!」

 ミグア、ケイラス、シェーラ、ダスクは、揃ってタクトの奇行を呆れ半分で眺めていた。
 だが、当の竜王のひ孫本人は、まんざらでもないという様子のようであった。 
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