東方守勢録
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第四話
「えっ……外来人……」
「そうさ……私たちも君と同じ外来人。能力がついたのはここに来てから……もしかして教えてもらってなかったとか?」
クルトの発言が信じられず、俊司は思わず聞き返していた。
彼は確かに自分達は外来人だと言った。能力もここに来てからだと言ってるうえに、なにより彼の服装と武器が彼がいた場所を物語っている。
それに自分達と言うことは外来人が複数人いると言うことだ。外の世界とは分離されているこの世界になぜ外来人が侵入しているのだろうか。今の俊司にはわかるわけがなかった。
「さあさあ。早くしないと死んじゃうよ?」
「うあ……くっ……俊司君……にげ……て……」
「まだしゃべるか……しかたない」
命の危機にさらされているのに俊司を気にかけてくれる紫。そんな彼女が目ざわりなのか、クルトは締め付けている触手の力量を増やし、無理やり彼女を黙らせていった。
「くそっ……」
あたりに響き渡る彼女の悲鳴は大きくなり、俊司の頭の中をさらにぐちゃぐちゃにしていく。そんな状態で打開策を何通りも考えても、出てくる結果は悲惨なものばかりだった。
そろそろ時間的にも決断しなくてはならない。窮地に追い込まれ続け何が何だか分からなくなった俊司。そんな彼の脳内には、なぜか幼いころの記憶がよみがえっていた……
俊司が小学5年の時だった頃、その頃の彼は今のように進んで物事を行うような人間ではなかった。努力よりも楽することを優先として過ごし、特別なことのない平凡な毎日を過ごしていた。
そんな彼にはいつも一緒にいる幼馴染がいた。不真面目だった彼とは正反対で、何事にも自分から進んで取り組み、面倒事にも首を突っ込みたがる女の子だ。当時はよく彼女に振り回されていたのが俊司の記憶にも深く刻まれている。
この日俊司とその幼馴染は教室である本の話をしていた。
「どうだった俊司君!あの本よかったでしょ?」
「そうだね……結末がちょっとびっくりしたんだけど」
本の内容はある国に使えていた騎士隊長の話だ。持ち前の槍の腕と敵の策略を見破る頭脳で、自国を次々に勝利へと導いて行くと言ったフィクションの小説である。
この小説のラストシーンでは主人公が大軍を目の前に孤立してしまう部分があり、そこが小説内の最大の目玉となっている。主人公の実力を知っていた敵軍は、自国を裏切ることをこの場で誓えば敵国の将として迎えると伝え、裏切りを選ぶか死を選ぶかの究極の選択を迫る。それに対し主人公は「忠誠を誓った我が祖国に刃を向けるのは己の恥」と突き放し、無謀な戦いを自ら挑んでいくというシーンだ。結果主人公は体中に何十本の矢を一度に受けたのち、祖国のことを思いながら死んでいった悲しい場面でもある。正直なところ、このころの俊司達にとっては少し難しい物語なのかもしれない。
「ええ~あれがいいんだよ!」
幼馴染の少女はなぜか不満そうにそう言った。
「確かに最後主人公が死んじゃうのはいやだけど、自分の正義を貫くってすごいじゃん」
「それは同感だけどさ」
そう言ったものの、当時の俊司にとってこの主人公が死を選んだことを理解できてはいなかった。もし自分だったら絶対に死にたくないという理由だけで裏切りを選択してしまうかもしれないと思ったからだ。
「でしょ! まるで俊司君みたいだよね」
そんな事を思っているとは知らず、目の前の幼馴染はそう言った。予想外の発言に俊司は一度言葉を失うも、呆れた顔をしながら話を続けた。
「俺? それはいくらなんでも違うと思うけどな……」
「そうかな私にはそう見えるよ?だからいつまでも変わらないでよね……俊司君」
幼馴染の女の子は笑顔を見せながらそう言った。
「そうだよな……変わらないほうがいいよな由莉香」
過去の回想を終えて戻ってきた俊司は、なぜかはわからないが自然と思考も落ち着いていた。決心を固めた様子できちんと前を向き呼吸を整えていく。そんな彼に気付いたのか、クルトも再び照準を合わせ直し問いかけた。
「さて?答えは出たかい?」
「ああ」
今だからこそあの物語の主人公の気持ちがわかる。少し形は違うものの、同じ様な場面・選択肢に直面した自分が何を考えていたことが、あの場面に合わせても同じように考えていただろう。
恐怖で少し手が震えている。俊司は無理やり押えこんで震えを止めると、クルトを睨みながらこう言い放った。
「お前とは一緒に行かない!……行くならここで死ぬほうがマシ!」
予想外の発言にクルトは一瞬呆気にとられているようだった。それに彼だけでなく紫も痛みすら忘れて目を見開いている。
俊司は自身にこれでいいんだと言い聞かせ、死に対する恐怖を少しでも和らげようとする。無理やり押えていた手の震えももう止まることはなかった。
「そうか……それは残念だ」
クルトは溜息をつくと、軽くずれた照準を彼の頭に合わせ直す。逃げようともしない俊司に声をかけようとする紫だったが、痛みで声がかき消され彼には届いていないようだった。死期を悟った俊司は静かに目を閉じる。
その数秒後、乾いた発砲音が森の中を駆け巡った。
(……あれ?)
発砲音から一・二分が経過しただろうか、俊司は今だ来ない痛みとはっきりしたままの意識に疑問を抱き始めていた。脳を撃ち抜かれ痛みを感じる前に死んだにしろ、意識が残っているのは確実におかしい。
発砲音が聞こえていたのは確実だし、ここにきてクルトが冗談を言ってるわけではないはずだ。ただならぬ何かを感じた俊司は、恐る恐る目を開け確かめようとする。
そこにはさっきまで死を覚悟していた自分をわせれさるほど、目を疑うような世界が広がっていた。
「……え?」
彼の目の前に浮かんでいたのは、金属らしい光沢を持ち先端が丸く整えられた鉛玉。紛れもなくクルトが発射したはずの弾丸だった。コースもきちんと俊司の眉間一直線となっており、即死は確定しているだろう。
問題はその弾丸が眉間に到着する前にピタリと止まっていたことだ。別に俊司が何かをしたわけでもないし、クルトや紫が能力を使ったわけでもない。理由もわからずただ呆気にとられることしかできなかった。それに止まっていたのは弾丸だけではない。こっちを軽く睨んだまま銃口を向けるクルトや、目の前の惨劇に目を丸くしたままの紫でさえ動こうとはしなかった。
(時間が止まったみたいだな……咲夜さんか? ……違う。咲夜さんなら俺も動けないはず……)
ゲーム内の登場人物に『十六夜咲夜』という人物が存在する。彼女なら時間を止めたり速さを変えることができ、現状を作り出すことも可能なはずだ。しかしその場合ならわざわざ俊司を動かす必要性もないし、それ以前に彼女が都合よくこんな場所に現れるとは思えない。
ここに来てからぐちゃぐちゃになりっぱなしの思考を無理やり整えながら、俊司は周りを調べるために歩き始めた。
(……どういうことだ……俺は死んだからか? ならなんで……ん?)
そんなことを考えながら歩いていた俊司は、ある場所を見た瞬間その足を止めた。その場所と言ってもさっきまで俊司が死を覚悟して突っ立っていた場所なのだが、そこにはなぜかさっきまでなかった物体が浮いていた。球体状の物体は微弱な光を発し、まるで何かのポイントを表しているかのようだ。
(ボール……じゃないか、別の何かだな。それにあれは……文字?)
近寄って光る物体をよく見てみると、その上には一センチほどの小さな文字が浮かんでいた。光を発しているために顔を近づけないと非常に読みずらい。俊司はゆっくりと顔を近づけると、その文字を呟くように読み上げた。
「デッド……ポイント……?」
一度目をこすって再度確認してみるが紛れもなくそう書かれている。俊司はさっきまでの状況を考えてみると、この点が伝えたいことが大体把握できていた。
(つまり……ここにいれば死ぬ。もしくは死んだのどちらか……なら……あとは……)
俊司は何を思ったのか急にあたりを見回し始める。その仕草はまるで何かを探しているみたいだ。
やがてある場所を見たとたん、俊司の顔には自然と笑みがこぼれていた。
(思った通りだな。俺はまだ……死んでない)
それを見つけるなりその場所に駆け寄ると、静かにうなずいてそう確信した。自分がまだ死んでいないという喜びと、決断は正しかったという安心感に思わず安堵の溜息を漏らす。
そこに浮かんでいたのは、さっきと同じ光る何かと文字だった
(アタックポイント……さっきと違うってことは……)
俊司が目を閉じると同時に、正常に戻っていた思考がうなりをあげて動き始める。動かないもの・光る何か・不可解な文字。それぞれのパズルピースを組み合わせ納得のいく結論を考えていく。
そして結論が浮かび上がった時、俊司はまた無意識に笑みをこぼしていた。
「あのおっさんの声って……こういうことだったのか……」
ぼそっと呟いた俊司はすべてを悟ったような顔をすると、光のある場所へ体を重ねるように立つ。そのままポケットに突っこんでいたあの武器を静かに引き抜いた。
「ほんと…あの人の勘ってなんだろうな…俺にもできることが…あったんだもんな」
右手に握ったハンドガンを見ながらぼそりと呟く。やがてフゥと息を吐いた少年は、目の前にいる誰かの腹部に向けてその銃口を向け始めた。
(これが……運命なら……やるしかない。夢だろうが……一歩進まないとその続きは見れない)
なぜか震える右手を左手でしずかに支えながら決断を下し始める俊司。その目はまるで何かを決意したかのように、まっすぐ何かを見つめていた。
(やってやるさ……どうなってもやりきってみせる! あいつとの……由莉香との約束だ……!)
慎重に狙いを定め引き金に指をかける。その後二度目の乾いた発砲音が森の中を駆け巡り、止まっていた歯車は動きだした。
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