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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第3部
サマンオサ
  死を操るもの


 ルークが湖に潜っている間に現れたのは、不気味な仮面をつけた魔物だった。
 一見人間のような姿をしているが、よく見たら頭が仮面そのものになっており、そこから身体が生えているような出で立ちだ。また、手には杖のようなものを持っており、パッと見る限り呪文を使いそうな魔物ではないかと窺える。
 もしかしてあいつが、『ゾンビマスター』!?
 確かルークが言っていた、厄介な魔物だ。相手は禍々しい気を放ちながら、じっと立っている。
 何処から現れたのかわからないが、魔物は湖の前にいる私を明らかに狙っている。ただ、すぐに攻撃をしないところを見ると、相手も私がどう出るか慎重に様子を窺っているようだ。
『鏡ヲ狙う者……。排除すル……』
「えっ!?」
 突然人間の言葉を話し始めた魔物に怯みつつも、今の台詞の中にある聞き捨てならない単語に反応した。
 あの魔物、さっき鏡って言わなかった!? もしかして、この湖の底にあるのは本当にラーの鏡!?
 それにしてもなぜこのタイミングで魔物が現れたのか。ルークが湖に飛び込んですぐだなんて……。
 いや、もしかしたらこのタイミングだからこそ、襲ってきたのかもしれない。言葉を話すほど知能が高いのなら、なおさらそう考えるのは自然だ。この魔物は鏡が取られないように、常に何処からか見張っていたのだろう。となれば、ますます湖の底にあるものがラーの鏡だという可能性は高い。
 けれど今の状況では、ランタンを水面に照らさなければならないので、下手に動くことも出来ない。きっと魔物もそれを狙っているのだろう。
 すると突然ゾンビマスターが、持っていた杖を地面に突き立てて、何やらぶつぶつと呟き始めた。
 まさか、呪文を唱えているんじゃ!?
 どんな攻撃を仕掛けてくるかわからない。ここは思い切ってランタンを手放し、こちらから攻撃をしかけるべきだろうか? けどその間、こちらに戻ろうとしているルークに目印を見せることが出来なくなってしまう。
 どうすればいいか判断に迷っていると、魔物の周りが鈍い光を放ち始めた。しまった、と心の中で舌打ちをする。
 やがてその光が、まるで意思を持ったかのように、魔物の目の前の地面に模様を描く。複雑な軌跡は六芒星を形取り、光によって完成した六芒星は目映い光の柱となって地面を突き上げた。
 ボコッ、ボコボコッ!!
 光が消失したと同時に地面が盛り上がったので地震かと思ったが、違った。地中から何かが這い出るように現れた。
「なっ、何これ!?」
 そこから現れたのは、腐敗した肉体を持つ『腐った死体』という魔物だった。しかし別の場所でも同じ魔物と遭遇したことがあるので驚かなくて済んだのは幸いだった。なぜならそいつはかつて人間だった名残がありながらも、肉は腐り骨や内臓はむき出しになっていたからだ。最初にその姿を見た時は幽霊の次に嫌いなものとしてランクインしたと同時に卒倒しかけたが、何度も戦いで見慣れた今では多少の動揺は強いられるものの、戦いに支障が出るほどではなくなっていた。
『ガアアァァァァッ!!』
 しかし向こうは完全にこちらに襲い掛かるつもりだ。横で様子をうかがうゾンビマスターに対し、腐った死体は目の前にいる私に顔を向けると、その落ちかけた眼球をぶらぶらと揺らしながらゆっくりとこちらに近づいてきた。
 私は後ろ手にランタンを持ち換えつつ臨戦態勢に入ると、咄嗟に星降る腕輪の力を引き出した。
 腐った死体が腕を振りかぶり襲ってくると同時に、私は体を捻って避けた。攻撃を躱され、腐った死体は勢い余って体が前のめりになる。このまま湖に落ちるかと思ったが、首だけが突然ぐるりと180度回転し、こちらを向いた。
「!!」
 思わず飛び退こうとしたが、ここから離れてしまったらルークが帰って来れなくなる。その間にも腐った死体は体は後ろ向きのまま、私に向かって突進してきた。
「はあっ!!」
 その場で体を反らしながら躱し、拳に力をこめると、腐った死体の胸めがけて思い切り正拳突きを放った。
 ドゴッ!!
 私の一撃で腐った死体の胸板はあっけなく破壊され、胸の中央に大きな穴が開いた。そのあまりにもグロテスクな様相に、思わず顔をしかめる。
 だが、その判断が一瞬の隙を作ってしまった。今まで様子を見ていたゾンビマスターが、持っていた杖をくるくると回し始めると、たん、とその杖を地面に突き立てて呪文を放ったのだ。
『ザオラル!!』
——ザオラル!?
 その言葉に、私は耳を疑った。確かザオラルというのは、僧侶が使える呪文の一つで、死に瀕した者を蘇らせるという奇跡の技だ。当然僧侶のレベルを相当上げなければ習得できない呪文であり、しかも使えても成功するとは限らない、と以前シーラが言っていた。
 しかし、今あの魔物が唱えたザオラルは、見る見るうちに腐った死体の身体を修復させた。完全とはいかないまでもすっかり元の状態に戻った腐った死体は、何事もなかったかのように再び私に向かって襲ってきた。
「こっ、来ないで!!」
 ドゴッ!!
 近づくなり私の方に倒れこもうとしてきたので、思わず回し蹴りをしながらそう言い放っていた。もともとそれほど強くない腐った死体は、私の攻撃を受け、そのまま力なく倒れた。けれどまたすぐに起き上がり、何度も同じ攻撃を仕掛けてくる。
 ああもう、キリがない!!
 腐った死体——つまりゾンビというのは、いわば意志を持たない操り人形のようなものだ。操る主の命令に従い、ただひたすら実行する。一度死んでいるので痛覚などもない。何度も襲われるとこれ以上厄介な相手はいないだろう。おまけに隣には倒した仲間を蘇らせる呪文使いがいる。これではいたちごっこだ。
 さらに足場の悪い湖の傍で一歩も動かずに攻撃を受け流さなければならない。終わりのない戦いに、次第に私の集中力が切れ始めた。
 何度目かの腐った死体の攻撃を躱し、カウンターを食らわせた時だった。
『ベホイミ!!』
 ゾンビマスターは、今度はベホイミを腐った死体にかけてきた。ゾンビにもベホイミが効くのか、という疑問と、さらに戦いが長引いてしまったという後悔から、私は茫然となった。
 すると、間髪入れずゾンビマスターは再び杖の先を地面に叩きつけた。先ほどと同じ六芒星が現れ、盛り上がる地面とともに二体目の腐った死体が現れた。
 二匹目……!!
 それを凝視した私は、軽い絶望を感じていた。これ以上敵が増えてしまえば、とてもじゃないが捌ききれない……!!
 お願い、早く戻ってきて、ルーク!!
 だが私の願いもむなしく、ちらりと背中越しに見た湖の水面はいまだに人影を映し出してはくれない。私は小さく肩を落とすと、目の前にいる三体の魔物を睨みつけた。
 どうやらゾンビマスターは自ら攻撃を仕掛けてくることはないようだ。その代わり、別の魔物を呼び出したり、回復をするのがメインらしい。対して腐った死体たちは単調な攻撃しかしてこない。しかしこの状況を私の勝利だと結び付けるには、判断材料があまりにも少なすぎる。
 そうこうしている間に、二匹の魔物はまるで事前に打ち合わせでもしてるのではないかと思うくらい連携の取れた動きで、私に攻撃を浴びせようとしてきた。
 向かって右側の腐った死体の攻撃を避けた途端、すぐさまもう一体の魔物の体当たり攻撃が襲ってくる。
 それでもこの僅かな隙を見極めると、私はランタンの明かりを再び湖面に映し出した。すると水面に小さな黒い影が映り始めたではないか。
 戻ってきたんだ!!
 あともう少し時間を稼げれば、ルークが戻ってくる。それまでなんとか持ちこたえなければ!
 私は二体の魔物の容赦ない攻撃を、紙一重で躱し続ける。攻撃を喰らうのはもちろん、腐った体の一部が自分に触れることもできれば避けたい。
 そんな応酬を繰り広げている間に、またしてもゾンビマスターが別の腐った死体を呼び寄せたではないか。一体何体呼び出せば気が済むの!?
 対してこちらは、星降る腕輪を長時間使っているからか、いつもより襲ってくる疲労感が強い。三体分の攻撃はさすがの私も捌くのに精いっぱいだった。
「くっ、はあっ、せいっ!!」
 避けながらなんとか攻撃を入れようとしているのだが、どうやら星降る腕輪の力を引き出すための体力がなくなってきているようだ。私の攻撃は魔物たちに易々と躱され、反対に魔物の攻撃が私に当たり始めるようになる。
「うぐっ!!」
 鳩尾に、一体の腐った死体の拳が当たった。単調な攻撃だが思いのほかその威力は重く、私はその場で体をくの字に曲げる。
 間髪入れず別の魔物が私の頭を掴もうと手を伸ばした。すんでのところで首を捻り、避けたと同時に髪の毛が一本切り裂かれる。もう一体の魔物の攻撃だ。あと一瞬避けるのが遅れていたら、私の首と体は真っ二つに分かれていただろう。
 だが、その一瞬の隙をついて、先程私の鳩尾に攻撃を入れた一体が、口を大きく開けながら私ののど元に向かって噛みつこうとしてきた。すでに体勢を崩された私の身体は、頭ではわかっていても体が思うように反応してくれない。
 駄目だ、このままじゃ噛まれる!!
 私は決心し、ランタンを目の前にいる魔物たちに向かって投げつけた。
 ぼぉっ!!
 ランタンの中で灯っている炎が、間近に迫った魔物に燃え移った。そしてあっという間に腐った死体の体が炎に包まれる。
『ゴアアアアアアアアアッッ!!』
 その炎はほかの魔物にも燃え移り、三体の死体が一斉に燃え上がった。その急激な炎の勢いに圧され、私は思わず数歩後ろに下がった。
 ずるっ!!
 しかし、地面と湖面の間に足を滑らせてしまい、バランスを崩した私は、背中から湖へと落ちてしまった。
 バシャーーン!!
 激しい水しぶきを上げながら、私は深い深い湖の底へと沈んでいった。海と違い、どんなに腕を掻いても浮上しない。それどころか、吸い込まれるように下へと沈んでいく。
 いやだ、こんなところで死んじゃうなんて……。
 ユウリ、シーラ、ナギ……。三人を助けなきゃならないのに、ここで私が死んじゃったら、三人も殺されちゃう……。
 ——そんなの嫌だ!!
 私はうっすらと紅く光る水面に向かって、必死に両手を掻いた。なのに身体は全く浮き上がる気配はない。それでも何かを掴み取ろうと、手を伸ばした時だった。
「!?」
 突然後ろからすくい上げるように、私の身体が浮上した。
 ザバッ!!
 何だかわからないまま、水面に顔を出した瞬間、必死に新鮮な空気を吸い込んだ。
「ミオ、大丈夫!?」
 すぐ耳元で呼び掛けてきたルークの声にはっとなり、思わず後ろを振り返る。
「るっ、ルーク!! 助け……」
「大丈夫だから! 落ち着いて!!」
 ルークは私を抱き上げたまま湖岸に上げると、自身も湖から這い上がった。そして、目の前の光景に目を見張る。
「一体何があったの!?」
 彼が驚くのも無理はない。私たちの目の前には、炎に包まれた腐った死体たちがひとかたまりになって絶叫を上げていたからだ。
「ごめん、説明はあと!! あともう一体、魔物がいるの!!」
 私が燃え盛る炎の向こう側にいる魔物に視線を移すと、ルークは驚愕した。
「まさか、『ゾンビマスター』がいるのか!?」
「そう!! そいつがどんどん腐った死体を呼び寄せてきたの!!」
「そうか、じゃああの炎に包まれてるのが腐った死体ってことか。ランタンの灯を使ったのは正解だよ。あの魔物は火に弱い。それにゾンビマスターの方も、あの炎が目の前にあるおかげで魔物を呼び出すことも出来ないから隙だらけだ」
 彼の言うとおり、私たちが陸に上がる間も魔物はその場にじっと動かないでいる。魔物を呼びたくても呼べないのか、それとも様子を窺っているのかわからないが、私たちにとってはチャンスだ。
「ミオ。炎の脇を抜けて、挟み撃ちにしてあいつを倒そう」
「わかった!!」
 即答すると、私とルークは同時にその場からダッシュした。その動きに気づいてゾンビマスターが杖を構えるが、星降る腕輪の力を発揮した私のスピードの前では、自身の杖が真っ二つに折られたことにすら気づかなかったようだ。
 一瞬の間を置いて状況を把握した魔物は、慌てて私から一歩退く。しかし、後方に気が回らなかったのか、次の瞬間ルークが放った回し蹴りをまともに食らい、地面に倒れ伏した。
「ゾンビさえ呼び出さなきゃ、ものすごく弱い魔物なんだよね。こいつ」
 ピクリとも動かない魔物を見下ろしながら、ルークが事も無げに言った。すごく弱いと言いつつ、彼の一撃は思わず目を留めてしまうほど完璧な動きだった。
「ごめん。ルークのランタン、あの腐った死体たちに向けて投げちゃって」
 私が謝ると、ルークは申し訳なさそうに首を振った。
「いや、むしろよくギリギリまで耐えたよ。ミオが頑張ってくれたから、僕は戻ってこれた。それに、目的のものも無事に手に入ることが出来たよ」
 見ると彼の手には、しっかりと鏡のようなものを抱えていた。
 金で縁取られたその鏡は意外にも小ぶりで、人の頭ほどの大きさをしていた。鏡面は今しがた磨かれたかのように艶やかであり、覗き込んだ私たちの顔を鮮明に映し出していた。
「やっぱり、これってラーの鏡、だよね」
「……多分ね。でなければ、魔物が見張ってるわけないもの」
 ただの鏡なら、わざわざ魔物が私たちに襲いかかることはしないはずだ。けれど、もしラーの鏡だとしても、なぜ魔物が待ち構えていたのか。
 色々と疑問は残るが、取り敢えず目標は達成できたのだ。私は複雑な顔をしながらもルークから鏡を受け取った。
「ありがとう、ルーク。ルークがいなかったら、きっとラーの鏡を手に入れることは出来なかったよ」
 私は笑顔でルークにお礼を伝えた。彼がいなければ、ここまで到達することすら出来なかっただろう。
「僕も頑張った甲斐があったよ。これで君の仲間を救うことができるんだね」
「うん!! 本当にありがとう。ルークと会ってから助けられてばかりだよ」
「そうかな? 逆に僕の方がミオに助けられてばかりだけど」
「え? なんで? 私なにもしてないけど?」
 ルークの言葉に全く心当たりがなく、首をかしげる。
「君と一緒に冒険したり、魔物を倒したりしたことだよ。カザーブにいたあの頃に戻れた気がして、すごく楽しかった」
「ああ。それなら私も同じだよ。まさかルークと一緒に冒険ができるなんて思いもしなかったけど。それにルークってば、しばらく見ない間にずいぶん強くなったしね」
「そう言うミオだって、ゾンビマスターの杖を折ったときの蹴り、すごく綺麗に決まってたよ」
「そ、そう!? なんか同業者に褒められると嬉しいな」
 普段あまり褒められ慣れてないからか、口許が緩みっぱなしなのが自分でもわかる。すると、突然ルークが私の頭に手を置いた。
「でもね、ミオ。君は無茶をしすぎだ。僕がいない間、腐った死体の連中から攻撃を何度も食らっただろ? それに昨日からずっと寝てないじゃないか。目的のものは見つかったし、あとは町に戻るだけだ。だからそれまで、ゆっくり休んだ方がいい」
「ルーク?」
「ラリホー」
 ルークの口から、予想だにしない単語が出てきたと同時に、私の意識は一瞬にして暗転した。
 そして、昔似たようなことをルークにされたあの頃の記憶を、ゆっくりと思い返していた。
 

 
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