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邪教、引き継ぎます

作者:どっぐす
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第四章
  38.仮面

 現れたロンダルキアの祠の少女・ミグアは、呼吸を整えると、スタスタと寄ってきた。
 もちろんサマルトリアの王子・カインのそばにではなく、フォルのそばに。
 そしてサマルトリアの王子を、フォルたちの側から見つめた。睨みつけるわけでもなく、微笑むわけでもない。ただ見つめた。

 緑の魔法戦士がキョトンとしたのは、一瞬だけだった。
 すぐに彼女に対しても微笑んだ。
 ボロボロの服や明らかにダメージを負った体のせいもあるかもしれないが、それは彼特有のどこか飄々(ひょうひょう)としていながらも人懐っこい笑みではなく、やや疲れた印象のものだった。
 白い少女はマフラーを少しずらし、口を開いた。

「アンタ、そんなに驚いてなさそうだね」
「考えてはいたからさ、ロンダルキアの祠が裏切っている可能性は。ああ、ごめん。裏切ったというのは正しくないな――」

 一つ、彼は息を吐いた。

「正確には、ロンダルキアの祠がそちら側を選んだ可能性、かな。いや、それも本当の意味では正しくないかも。祠は神の意思で存在していたはずだから……まあ、つまり、そういうことなのかな?」

 白い少女は、じっと彼を見たまま。その質問には答えなかった。

「あーあ、残念だなあ。フォル君を暗殺できる最後かもしれないチャンスが消えた。しかも、今の僕たちの側に神も精霊もついていないという証拠がまた増えてしまった」

 ここでタクトが、しっかり白い少女の真後ろに位置取ってから話に入ってきた。

「天が味方してないって思ってるなら、もうロンダルキアの討伐だとかそんなこと言うのやめたら?」

 少女とは背丈の差があるので、その位置のままでも会話するには問題がなさそうである。

「ん? やめないよ?」
「なんで? 神の意思なんでしょ? 神は間違わないんでしょ? きみたちにとって絶対なんでしょ?」
「うーん、普通の人はそうなのかな。でも僕には神の意思って割とどうでもいいことなんだ。見えない神や精霊よりも、見える友達のほうが大事さ。ロスが続けたいと思う限りは終わらないよ」

 いつのまにかサマルトリアの王子の笑みが、いつものものに近くなっていた。

「それに、考えてもみて。神が絶対で間違いがないなら、そもそも大神官ハーゴンがこの地上に現れたのはどうしてかな。どうして台頭を許したのかな。どうしてムーンブルクは滅んだのかな。どうして手遅れになってから急に思い立ったようにロトの子孫に討伐をさせたのかな。もっと言うなら、大昔に大魔王ゾーマや竜王のようなのが出てきてしまったのはどうしてなのかな」
「……」
「明らかだよね。神も精霊も絶対じゃない。それに、意思を示すことはできるけど、それ以上のことは不可能。その意思にしたって固定的じゃなくて流動的なもので、この先また変わるかもしれない」

 緑の魔法戦士は、隼の剣を肩にかついだ。

「結局、世界を動かすのは地上の者たちってことさ。じゃあ、またね。リレミト」

 あ――というフォルとタクトの声の反響がなくなる前に、サマルトリアの王子の姿は消えた。






 フォルたちは、すぐに白い少女へと視線を移した。

「ミグアさん、ありがとうございました」
「いやあ、おれも奥の手がある(ふう)にして時間稼いだ甲斐があったよ! 感謝感激雨(あられ)!」

 フォルは深々と頭を下げながら、タクトは身振り手振りを交えながら、礼を言った。

「奥の手があったの?」
「そんなのあるわけないじゃん! 超怖くておしっこチビりそうだった!」
「あっそ」

 タクトに無愛想な返しをする白い少女。
 一方、フォルはやや慌てながら彼女に話しかけた。

「ええと、どうしてここにいらしたのかですとか、堂々とこちらに付いて大丈夫なのかですとか、いろいろお聞きしたいことはあるのですが、その前にお願いが――」
「ベホマ」
「あっ、ありがとうございます。でも私ではなくてですね、あちらの――」
「わかってる。転がってる三人に、だよね」
「はい、そうです。お疲れのところ申し訳ありませんが、お願いできますでしょうか」
「別に疲れてない。走ったんで息が切れてただけ」

 フォル・タクト・ミグアの三人一組で、回っていく。
 まずは、最も重傷と思われたバーサーカーの少女・シェーラのところに。次に、若アークデーモン・ダスクのところに。
 そして最後は、祈祷師ケイラスである。

「誰なの、この人」
「このかたはベラヌール支部所属だったケイラスさんです」
「ああ、噂のね。ベホマ」

 回復して立ち上がった祈祷師ケイラス。
 仮面がベギラマの直撃で外れていたため、崩れていた美麗な容姿が一瞬で復元されていくことが見て取れた。

「君がフォル君の言っていた、ロンダルキアの祠の主か……。感謝する」
「あっ、大丈夫ですか? ケイラスさん」

 ベホマは失血を元通りにする力はない。ケイラスが立ち上がって白い少女に礼を言ったときに若干のふらつきが認められたため、フォルは心配の声をかけた。

 だが金髪の祈祷師はそれに答ることはなく、じっとフォルの目を見つめた。
 だいぶ身長差がある。フォルは頭上にクエスチョンマークを出しながら彼を見上げた。

「あれ? 私の顔、何かついてます?」

 眉間に寄るシワは元々あったので回復呪文でも消えていないが、フォルの目には、それがやや浅くなったように見えた。

「君に覚悟はあった。私が見えていないだけだった。逆に私は覚悟と思い上がりを履き違えていたようだ」

 それで、フォルは彼が何を言いたいのか理解した。

「いえいえ、そんな。サマルトリアの王子にいろいろ言われていたと思いますが、気になさらなくて大丈夫だと思――」
「いや、結果がすべてだ」
「……」

 慰めの言葉を必死に探すフォル。
 他の面々は、それを察した。

「オレの親もロトの子孫と戦って死んでるしな。因縁がある奴はお前だけじゃないぞ。気負いすぎると身が持たないだろ」
「そうそう。今の教団はロトの子孫被害者の会みたいなもんだし」

 バーサーカーの少女に同調しながら、「おれは何も被害を受けてないけどね」とタクトはおどける。

「だな。だいたい、誰が戦っても同じ結果だろ、サマルトリアの王子は。あれはもう人間じゃねえよ」
「……人間が到達できる限界は超えてるだろうね」

 若きアークデーモンの族長の意見に、ミグアもボソッとつぶやくように補足を入れた。

 祈祷師ケイラスは小さくうなずき、手に持っていた仮面を着け直した。
 顔が見えなくなる直前、わずかに微笑を浮かべたように見えた。

 安心したフォルが、そういえば、と自分の仮面を探す。足下すぐのところに落ちていた。
 それを拾おうと、しゃがみ込もうとしたときだった。

「一つ、君に意見をしてもよいか」
「え? あっ、はい。それはもちろん! 何でもおっしゃってください」

 慌てて姿勢を正すフォルに、仮面姿のケイラスは言った。

「君はもう、仮面を着けるな」

「えっ、なぜです?」
「ハーゴン様がそうだったからだ」

 金髪の祈祷師は、その一言しか理由を述べなかった。

「あの、その、それは、えーっと」

 どう答えてよいかわからず、しどろもどろになる。

「わたしは賛成。キミは素顔のほうがいい」
「おれも賛成かなー。そのほうがイケてるよ」
「オレも賛成だ。紛らわしくなくていい」
「俺も。たぶん俺だけじゃなくアークデーモンはみんな賛成……つーか誰も反対はしねえだろ」

 全員の後押しがあってもなお頬や髪を()くフォルだったが、やがてそれはとまった。
 手元の杖の宝玉を見て、そして洞の天井を見上げ、それから答えた。

「わかりました。僭越(せんえつ)ではありますが、以後そのようにいたします」 
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