邪教、引き継ぎます
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第四章
36.ロンダルキアの最終兵器
何度目だろうか。
「ベギラマ」
サマルトリアの王子が持つ隼の剣から発せられた、とてつもない勢いの炎。
フォルたちはベギラマ対策で各々が十分な距離を取っていたが、ならば全員個別で火に包んでいけばよいと言わんばかりの連発ぶりだった。
呪文を使う隙を与えてはならない――。フォルは悪魔神官の杖による刺突と風の力、アークデーモン・ダスクは槍と呪文、バーサーカー・シェーラは斧を駆使して、なんとか攻めをつなげようとはした。
だが、相手は剣でも魔法でも足でもフォルたちを圧倒するサマルトリアの王子。やがて戦術が破綻するのは必然であった。
「うっ……」
これまできわどくベギラマの炎の芯を外し続けていたフォルが、体力切れで足が鈍ってきたところで直撃を食らった。
すでに焦げていたローブが火に包まれる中、膝が崩れ、床にドサッと沈む。
「ぐああっ――」
続いて、二度直撃に耐えていたダスクも、三度目でゆっくりと倒れた。
「っうあ゛ああっ――!」
持ち前の素早さでベギラマをかわし続けていたシェーラも、ついに直撃を食らって火に包まれた。
彼女が着ている緑色の服は、一般的なバーサーカーのものとは異なる。タクトから譲り受けた、体を密着して覆う、薄いながらも頑丈な服だ。彼の故郷では『どんなところでも使える作業服』と言われていたもの――耐火性も持っている。
しかしサマルトリアの王子の呪文の威力はそれを上回ってきた。服全体から火花を散らしながら、彼女は倒れた。
「ぅ……ぐ……」
それでもフォルやダスクに比べればダメージを防げていたのだろう。顔を歪めながらも、すぐに起き上がって体勢を立て直した。
「君のピチピチの服は妙に頑丈なんだったね」
「お、オレは簡単には……やられないぞ」
「なら何度でも撃つまでさ」
「させるかっ」
撃たれる前に距離を詰める。が、やはり接近されてもサマルトリアの王子は落ち着いていた。
斧は盾に受け止められ、届かず。
そして反撃の隼の剣の二振りは、彼女を正確に捉えてきた。
「う゛あ゛ああっ!」
胸部から腹部にかけて、クロス状に火花を散らす。
「ベギラマ」
「あ゛あ゛あああっあああ゛あ゛あ゛ああああ゛っ――!!」
ダメージでできあがった隙も的確に突かれ、二度目のベギラマを受けた。
今度は至近距離での直撃。衝撃も強く、服から派手に火花を散らしながら、猛火の勢いに飛ばされた。
床を転がる。
「シェーラちゃん!」
後ろのタクトから心配の声が飛んだ。
「……あぁ……あ゛ぁっ……はあっ……」
洞窟の床で苦悶の顔でもがく彼女。
サマルトリアの王子が近づいてくる。
「……ぅ……く、くそ……」
なんとか起き上がったときには、もうサマルトリアの王子は目の前にいた。
「うう゛あ゛ぁっッ!」
隼の剣を振り上げられ、火花を散らしながら空中を舞う。
まったく受け身がとれず体がバウンドし、右手から斧が、左手から盾が、離れてしまった。
それを見たサマルトリアの王子は、彼女の腹部を力強く踏みつけた。
「はうあ゛っ」
服が頑丈でも、圧はしっかり中に伝わる。
彼女は両足をバタつかせながら、腹部にめり込む足を両手で引き離そうとする。しかし力が及ばない。
サマルトリアの王子はさらに足に力を込めた。
「ぐふっぁッ……う゛ぐぁッ!」
「耐久力があってもそれだけじゃ厳しいんだよね。粘ったところで倒れるのが先延ばしになるだけだから」
そして今度は思いっきり蹴り飛ばされた。
「あぐうああッ」
鍛え抜かれた、それでいて十代の少女らしい柔らかなラインも残っている体が、またも宙を舞う。
大きな石のようにゴロゴロと転がって、とまった。
「ぅ……ぐ……ァッ……ぅッ……ね、粘って……戦い続ければ……いいこと……あるかも……しれないだろ……」
斧がどこかに行ってしまったため、転がった先に落ちていたスカルナイトの剣を拾いながら、なおも彼女は起き上がった。
「なるほど。バーサーカーは戦闘民族だったね。その考え自体は正しいと思うし、尊敬もするよ。ただ――」
足はフラフラで力が入っていない。拾った剣を杖の代わりにして、やっと立っているような状態だった。
服には、細い煙をあげている箇所や、火花で明滅している箇所が無数にあった。
「見た感じはもうそろそろ限界、かな。君が先なのか、その不思議な装備が先なのか、わからないけどさ」
隼の剣が炎を纏う。これまでで一番の火力のようにも見えた。
「ベギラマ」
すでに満身創痍なバーサーカーの少女に、逃れるすべは残されていなかった。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああ゛あ゛あああ゛あ゛あああああああああ゛あ゛あああ゛あ゛あああう゛ああああああああああああああああああああああッう゛あ゛あああっッあ゛あああああああ゛あああ゛ああああ゛あああああああ゛あ゛あっああああああああああああ゛あ゛あああああああああ゛あ゛ああああああああああああああああああ゛あああ゛あああああああああああああああああああアアアアアアア――――!!」
「しぇ、シェーラちゃん!!」
体を反らし断末魔のような声をあげる彼女。
タクトの悲痛な声も交じり、洞内に響き渡る。
サマルトリアの王子の本気のベギラマは、直接当たった炎だけでなく、通り過ぎた炎すらも彼女の体を巻いて包み込んでくるようであった。爆風で倒れることすら許さぬという意思を持った、まさに地獄の業火のようであった。
炎がやんだ直後も、彼女はその場で体を後弓反張させたまま、硬直していた。目は見開かれ、口は開いたまま痙攣していた。
そして着ていた服の全体が、火花どころか無数の小爆発を起こした。
ついには、服全体が光り輝き…………
……四散した。
「ぅ……ぁ……」
肌着姿となり、顔だけでなく四肢も褐色の肌を露出させた彼女。
口からかすかな声を漏らし、全身からうっすらと煙をあげながら、ゆっくりと後ろに倒れた。
「脱げた……? 仕組みはよくわからないけど、ダメージの蓄積が限界に達した感じなのかな」
サマルトリアの王子がそんな考察をするが、バーサーカーの少女はもはや答えることすらできなかった。
「……ぁ……ぐ……ぅっ…………――――」
彼女はなおも起きあがろうとしたが、ついにはうめき声すらも途絶え、四肢が弛緩した。
完全に気を失ったようだ。
「これでみんな戦闘不能かな」
もちろん緑の魔法戦士は剣を仕舞わない。
「かわいそうだけど、ここにいる全員の首をしっかり胴体から切り離すよ。そうしないと本当の終わりは来ない」
まずはバーサーカーの少女から。
隼の剣を光らせ、サマルトリアの王子がゆっくりと近づこうとした。
「待った!」
緑の魔法戦士の足が動き始めたところで、背後から声がかかった。
「君は……」
振り向くと、一人の魔術師。タクトである。
手に持っているのは杖ではない。これまた適当に拾ったスカルナイトの剣と盾だった。
「まだおれがいるよ!」
「ただの荷物持ちでしょ。素直に首を差し出してほしいな」
「そう見せかけて、戦闘要員でもあるのさ!」
「へえ。非戦闘員じゃないなら戦うけど」
「それも待った!」
「え?」
タクトは仮面を外し、後ろに放り投げた。
短い髪と若い顔が露わとなる。
「こういうときはまず自己紹介からだよね! おれは上の世界から……あ、正確に言えば上の世界のちょっと上から、えーっと、雲よりも高いところから来たよ……って言っても君には全然わからないよね! でも、君たちのご先祖である勇者ロトが生まれた世界に限りなく近いところって言えばまあまあイメージできるよね!? おれはキラーマシーンを作った人たちの末裔にあたるから、いちおう仕組みも本で読んで知ってたし、命令して自在に動かすこともできる。停止した個体に命を吹き込むことだって可能! 大灯台で君が見た個体だって、今ロンダルキアが持っているキラーマシーンたちだって、全部おれが蘇らせたものだよ! あとはフォル君がロンダルキアでローレシアの王子に襲われていたときに空中からどかーんとやって援護して助けたのも、おれ! 今きみが戦ってたバーサーカーの装備を渡したのも、おれだ!」
「そうだったんだ。すごい人、なのかな」
「そう! そのとおり! めちゃくちゃすごいの! 魔術師のローブを着てるけど、実はおれがフォル君の部下の中で最強! 若く見えると思うけど、本当は三百歳超えでハーゴンと同じくらいの超ベテラン! 一部でおれはフォル君の右腕でありロンダルキアの最終兵器だってまことしやかに囁かれてるよ! やる気になればロトの子孫三人組を同時に相手しても勝っちゃうくらいすごいって評判だよ! さあ! どうする!? 怖いでしょ? 逃げるなら早いほうがいいよ! いまのうちだよ! はいどうぞ!」
サマルトリアの王子は、剣を構えたまま固まっていた。
目はじっとタクトを見据えたまま、動かない。
「……」
場は、急に静かになった。
戦闘不能となったがかろうじて意識が残っていたケイラスやダスクらの小さなうめき声と、コウモリのバサバサという羽音だけが洞内に響いた。
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