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武士

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第七章

「不埒者か外道か」
「どちらにしてもですね」
「こ奴は」
「放ってはおけぬ」
 水子を売るだけでもおぞましい、しかしそれをどうして手に入れているかは突き止めた鹿にせねばならない、彼は正義の心からこう判断したのだ。
「だからだ。いいな」
「わかりました。それでは」
「こ奴をすぐに連行します」
「あの、お待ち下さい」 
 男は茂平の部下達に周りを囲まれる。その中で必死の顔で彼に対して言った。
「水子を食べればです」
「脚気が治るか」
「はい、脚気が治るのですよ」
 そして命が助かるというのだ。
「ですから」
「確かに俺の命は助かるかも知れん」
 まことに水子が効けばだというのだ。彼はそれは理解した。
 だがそれでもだとだ。男に対して言うのだった。
「しかし俺は人を害してまで手に入れたものを煎じるつもりはない」
「お命がかかってもですか」
「それは外道だ」
 人の道に反するというのだ。
「人を食しまた人を殺めてまで手に入れることもだ」
「為されぬと」
「そうだ。しない」
 彼は言い切った。強い声で。
「断じてだ」
「しかし本当に」
「そこまでして生きようとするのは恥だ」 
 そしてこうも言った。
「武士は恥を知るもの。それ故にだ」
「よいのですか。薬は」
「そうだ。いい」
 こう言ってなのだった。彼は男を捕まえさせてそして水子は口にしなかった。男はすぐに取り調べられた。その結果わかったことは。
「あの者が水子と言っていた薬は水子ではありませんでした」
「そうだったのか」
「水子を粉にしたものだと言って売っていましたが」
 部下の一人がまだベッドにいる茂平に話す。茂平は今も身体を起こしてそのうえで部下の話を聞いている。
「しかしその実は」
「何だったのだ」
「その辺りの牛なり豚なりの肝を安く手に入れ」
 そしてだというのだ。
「それを干し肉にしてから粉にしたものをです」
「水子と称して売っていたのか」
「はい、高く」
 牛や豚は手に入る。その肝もだ。
 そしてそれを水子と偽って売っていた、それが真相だったのだ。茂平はここまで聞いてこう部下に言った。
「あの者は人は殺めておらんかったか」
「そんなことは怖くてとてもできないと言っていました」
「まことか」
「そんなことは絶対にしないと必死に言っています」
 人を殺すことは否定しているというのだ。
「化けものでもあるまいしと」
「しかし水子と言って売っていたがな」
「その方が高く売れるからそうしていたと言っています」
「その粉は調べたか」
「間違いなく牛や豚のものでした」
 その肝だったというのだ。
「ですからまことです」
「小者だったか」
 茂平はそこまで聞いて男が只の小心な、言うならせこい小悪党だとわかった。そうした輩だったとわかったのだ。
 それでだ。こう言うのだった。
「では特に罪に問うこともな」
「ありませんか」
「ない。今度からそんな馬鹿なことを言って売るなと言ってな」
「そうしてですね」
「それで放せ。小者はどうでもよい」
 まさにそうだというのだ。
「これでな。ではな」
「わかりました。しかし」
「?まだ何かあるのか」
「隊長です。そのご病気のことですが」
「そんなことはどうでもいい」
 茂平はこのことは毅然として述べた。
「俺のことはな」
「宜しいですか」
「ああ、いい」
 己のことだが素っ気無く述べていく。
「死ねばそれまでのことだ」
「しかし死ぬことはあの時に」
「確かに怖い」
 このことはここでも否定しなかった。彼も死ぬことは怖いとだ。
 だがそれでもだ。やはり確かな声で言う。
「それでもだ。俺は帝国陸軍の軍人だ」
「そうであるからですか」
「それ故にだ」 
「薬は飲まれずにですか」
「水子でなかったがな」
 だがそれでもだというのだ。
「そうしたことを言って売っているものは絶対に口に入れぬ」
「しかしご病気は」
「恥を口にしてまで生きることはしない」 
 これは絶対にだというのだ。
「そういうことだ。俺は軍人だからな」
 そして武士でもあるというのだ。茂平は毅然として部下達に言った。この後彼は運よくと言うべきかおそらくは食事が米の他に麦をよく食べたのであろうそれで脚気から助かった。その後の義和団事件や日露戦争でも常に毅然として一毛も盗まず嘘を言わず武器を持たぬ者には決して刃を向けたりはしなかった。常に文武を修め己を鍛錬しそういったことを誇りとしてきた。そしてそんな彼を人は明治の侍と呼んだ。彼はそう呼ばれることを終生の喜びとしていた。死に至る時も辞世の句を読みそこでも武士として遂げた。まさにまことの武士だった。


武士   完


                            2012・8・27 
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