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第一章

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 三島由紀夫にはライフワークとして豊饒の海があった、輪廻転生を繰り返しつつ二つの魂が愛を紡ぐ話である。
 三島はこのシリーズを終わらせた後で自衛隊の基地に乗り込み割腹自殺を遂げた、このことは世に知られていることだが。
 若い頃それも三島の生前にこの本を読んだ隅田礼香は定年した夫と一緒に暮らしている家の中でこんなことを言った。若い頃は楚々として清楚な趣の美人だったが今は白髪で小柄な老婆というのが周囲の彼女の外見への評価だ。
「人は生まれ変わっても好きな人と一緒になれるのかしら」
「そんなことわかるものか」
 その夫の正太郎が言ってきた。白髪頭はかなり薄くなっていて大きな丸い目と大きな唇がいささか蛙を思わせる。一七五位の背でまだ背筋はしっかりしていて痩せている。
「死んだ先なんてな」
「そうよね」
「人間死んだらな」
 夫は妻に一緒に家の居間でテレビを観つつ話した、観ているのはBSの時代劇だ。
「もう記憶はな」
「なくなるわね」
「そうなってな」
「だからまた一緒になれるか」
 三島の小説の様にというのだ。
「もうそれはね」
「わかったものじゃないな」
「そうよね」
「ああ、しかし若しな」
 正太郎は礼香に話した。
「生まれ変わっても一緒になったらな」
「いいわね」
「わしはここに黒子がある」
 ここで正太郎は自分の左手の甲を指差した、見れば確かにそこに黒子がある。
「そして婆さんもな」
「つむじが二つあるから」
「そのことでな」
「わかるわね」
「ああ、若しわし等が一緒になったら」
「それでわかるわね」
「わしは婆さん以外の女は嫌だ」
 正太郎はきっぱりと言い切った。
「結婚した時からそう思っている」
「私もよ」
 礼香も答えた。
「もうね」
「そうだな、しかしな」
「生まれ変わっても一緒か」
「そんなことわかるか」
「私達にはね」
「わかるのはな」
 それはというと。
「神様仏様だ」
「神様仏様が決めることだから」
「それでな」
「私達にはわからないわね」
「だから今一緒にいるな」
 夫は妻に言った。
「あと十年で金婚式だな」
「金婚式まで生きることね」
「そうしような、お互い」
「そうね、生まれ変わっても一緒にいたいけれど」
「まずは今の生を全うすることだ」
「一緒にね」
「まずは金婚式までな」
 こう話してだった。
 正太郎と礼香はそれぞれ定年し老後と呼ばれる様になっても一緒に暮らしていった。そうしてであった。
 二人は望み通り金婚式を迎えられた、それどころかダイアモンド婚式も迎えられてだった。
 息子や娘、孫や曾孫達に囲まれてそれぞれ大往生を遂げた、まずは正太郎が去り一年後礼香もだった。二人共思い残すことはないという顔だった。
 その二人の魂を見てだった、仏達は話した。 
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