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エゴイストのロマンティズム

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第二章

 彼は桐生にその部長、武田志郎という人物について真剣な顔で話していった。彼がどれだけ素晴らしい人かということを。
 桐生はバーテンダーとしてその話を聞いた、そしてバーテンダーの職業倫理としてこの話は誰にもしなかったが。
 その彼、武田はまた店に来た時に桐生にカウンターの席で飲みつつ笑顔で話した。
「我儘人間はこうしてね」
「お一人で、ですね」
「飲むことだよ」
 こう言うのだった。
「一人で楽しむ、お酒も雰囲気も」
「そうされることですか」
「ロマンに浸ってね。実はここは結婚する前に妻と一緒に来て」
 そしてというのだ。
「今もだよ。妻はもうこうしたお店には来ないけれど」
「それでもですか」
「あの頃のことは今も覚えていてね」
 そうしてというのだ。
「飲んでいるんだ。もう二十五年前かな」
「私が子供の頃ですね」
「そうなんだね、その頃からね」
「この店に来られてますか」
「結婚して子供が出来て」
 さらに言うのだった。
「もういい歳になったけれどね」
「それでもですか」
「こうして時々来ているんだ」
「そして飲んでくれていますか」
「そうだよ、あの頃からね」
「そうなのですね」
「そしてね」
 さらに言うのだった。
「これからもね」
「飲まれますか」
「若い頃の妻と一緒に飲んだ時のことを思い出しながらね」
「ロマンスですね」
「それに浸りながらね、自分勝手にね」
「いい自分勝手ですね」
 桐生は武田に微笑んで答えた。
「それを自分勝手ともエゴイズムと言っても」
「それでもなんだ」
「誰にも迷惑はかけていないですし奇麗ですし」
「奇麗かな」
「ロマンスに浸られることは奇麗ですよ」
 そう言っていいものだというのだ。
「ですから」
「それでなんだ」
「そうです、ですからこれからも」
「このお店に来てだね」
「ロマンスを感じられて」  
 そうしながらというのだ。
「飲まれて下さい」
「お店の雰囲気も楽しみながらだね」
「是非共」
「ではお言葉に甘えさせてもらうよ」
 微笑んでだ、武田は桐生に応えた。
「喜んでね」
「はい、それで次は何を飲まれますか」
「ピーチフィズをね」
 これをとだ、武田は桐生に微笑んで答えた。
「妻が好きなんだ」
「奥様がですか」
「それを飲んでね」
 そうしてというのだ。
「はじめて一緒に来た時のことを思い出すよ」
「それでは」
 桐生も微笑んで応えた、そうしてだった。
 ピーチフィズを作った、そのカクテルを武田の前に出すと武田はそのカクテルを口にした。そして一人ロマンスに浸るのだった。


エゴイストのロマネスク   完


                   2024・2・13 
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