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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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MR編
  百六十三話 姉、襲来(後)

 
前書き
後編になります。 

 
「わぁ……可愛い……!」
「この子……アバターじゃないですよね?」
癖のあるパープルブロンドの髪を揺らしてこちらに大きく両手を振っているその少女は、白い、一枚布をそのまま服の形にしたような簡素な服装をしていた。人間がアバターを使ってこちらに話しかけているにしては、とてもではないが彼女のいる場所は現実世界には見えない。というより、この服装は見覚えがある様な……

『もー!駄目ですよストレア!ご挨拶はもっと丁寧な言葉を使ってください!』
『えー?人と接するときはフレンドリーな方がいいって博士も言ってたよ?』
『それはもっと仲良くなってからです!』
二つの端末の間できゃいきゃいと言い合い始める二人の様子を見るうちに、明日奈はある種のひらめきに近い気付きに至った。そうだ、彼女の服装は、ユイが何時も人間体としているときに来ているあの服に似ているのだ。

「あの怜奈さん、もしかしてこの子…ストレアちゃんって、“AI" なんですか? それもユイちゃんと同じような……」
「へぇ、そこまで分かるのね。うん、半分くらい正解よ。この子のコアプログラムは、私が SAOの為に作った、MHCPの二号機のサルベージデータを基にした子だから。“ストレア”って言うのも、その子の名前」
「…………」
怜奈の言い方に少しばかり引っかかるものを感じて、 明日奈は無言で続きを促す。 彼女は画面上に移るストレアの頭をなでる様にタッチパネルの上に指を滑らせながら、 少しだけ憂いを帯びた微笑を浮かべた。

「ただ私としてはあの子を復活させた、とは言いたくないかな。半壊してたコアプログラムを、不足分を補って無理やりつなぎ止めたようなものだから。 半分くらいは別人みたいなものだしね、それに、サルベージできたのはこの子だけ。残りの二十数人の子たちは、それもできないくらいだったから……」
「?」
「……」
「姉さん」
静かに声をかける和人の横で、明日奈は画面上で物憂げな表情を浮かべるユイの姿に触れる、 気付いて明日奈の指先に自分の手を平を合わせてくる彼女から、伝わる筈のない温度が指先にしみこんでくるような気がした。

「なーんて、ゴメンゴメン!久々の再開なんだから暗い話は無し!!みんなこの後なんか予定有る?よかったら飛行場ランチとかどう?おごっちゃうわよ~?」
そう言って笑いかけると、途端に直葉が色めき立って詩乃や美幸と相談をし始める。その様子をすっかり元の明るい表情で眺める怜奈の姿に、明日奈は胸の奥がちくりと痛むのを感じていた。
この女性もまた美幸と同じく SAO と一連の事件によって大切にしていたものを奪われ、深く傷つけられた人間の一人なのだ。明日奈が今の明日奈になる為に必要だった多くの事を与えてくれたあの世界によって最愛の従弟や弟を、そして自らが心血と愛情を注いで生み出した娘たちを囚われ、壊された。 それによって彼女が味わった無念や悲嘆、苦痛は想像しきれない……想像しきれるものだと思ってはいけないと、思う。ただ少しだけ、いつか今よりも和人を通じて怜奈との関係がより深いものになった時、自分の中にある SAO と、アインクラッドへの思いを打ち明けたとして、それを彼女に分かってもらえるだろうか…そんな不安が、心の奥底に僅かに浮かんでついさっきまでの温かい心が冷えそうになる。痛みを抑え込むように抱えた掌は少しだけ冷たく、けれどその肩に、温かい手が載るのを明日奈は感じた。

「キリト君……」
「怜姉さんも色々あった人ではあるんだけどさ……」
少しだけたどたどしく、言葉を選ぶように和人は続ける。 少しだけ慣れない気配は、気遣いと自分の身内について語る経験が浅いゆえだろうけれど直前まで自分が考えていたことが、彼には間違いなく伝わっているのだという確信が、 明日奈にはあった。

「あの人はいつも俺達の事を考えてくれてる人だし、尊重してくれる人なんだ、だから••••心配ないよ」
「うん……」
胸に当てた手を彼の手に重ねると自然、指先が絡み合う。その温かさに吸い寄せられるように頬を摺り寄せるころには、手のひらに感じた冷たさはすっかり溶けて消えていた。そう、きっと何も心配はない。この温もりに……この暖かさに出会うために私のあの日々はあったのだから。例え誰に否定されたとしても、されないとしても、その旅路には後悔はない。

「……どーだユウキ、真横でイチャイチャされる気分はよ 」
「んーなんていうかねぇ、ムズムズする、 あとすっごく、 フクザツ」
「わぁ!?」
そんな逢瀬に割り込む声が二人分。 というかそうである、 和人は今左肩に触れてくれていたが、右肩には今も普通にユウキが載ってるのだ。その状態でさっきまでしていた会話を思い出して、たちまち頬が熱くなるのを明日奈は自覚した。

「ユウキ、ち、違うの!」
「違わねぇだろ、何を空港のど真ん中でイチャついてんだお前らは」
「いや、別にそういうわけではないと言いますかそうでもないと言いますか」
「責めて否定するにしてもハッキリしろお前、ったく、さっさと行くぞ幸せカップル」
呆れ気味の声でそう言って既に歩き始めた怜奈たちを追いかけて先行する涼人を、 和人たちは慌てて追いかける、背後に続く彼らの姿を肩越しに眺める青年は、どこか嬉しそうに笑っていた。

────

夜、 川越の桐ケ谷家に戻ってきた涼人達四人は、夕食の片付けも終え、就寝までの思い思いの時間を過ごしていた。

「お風呂頂きましたー、はー、やっぱり湯舟に浸かるのが前提の家って良いわ……これに関しては間違いなく日本が最高ね」
「お姉ちゃんまた言ってる、それ帰ってくる度に言ってない?」
「スグも外国に暮らすようになればわかるわよ」
「えー、 私は日本でいいかなぁ、英語できないし」
「教えようか?」 という呼びかけに 「学校のだけでいいよぉ」と弱弱しい声で返しながら、直葉は自分の着替えを持って風呂場へと去っていく。怜奈がリビングを見回すと、床に座り込んだ涼人だけが残っていた。

「あれ、叔母さんは?」
「明日の準備するって部屋、カズは大学の調べものだとよ」
「お、良いわねちゃんと考えてんだ、で、アンタは何してんの?」
「爪切り」
言った言葉に合わせて、 パチン、 パチンと景気のいい音が響く。 少し見下ろす形で後ろから覗き込んだ怜奈はふと思いついたように、静かに弟の背中から前へと腕を回した。

「……爪切ってるんだっつの、刃物」
「今ので終わったでしょ?ちゃんと勢いつかないように気を付けたってば」
「ったく……治んねぇなその“癖”」
「癖じゃないです愛情表現です~」
しがみついた弟の背にこすりつける様に首をぐりぐりと回しながら、どこか楽しそうにそういった彼女はけれど、不意に動きを止めてそれまでより少し強く涼人を抱きしめる。

「なんぞ」
「別に、ちゃんと生きてるかなって思っただけよ...」
「死んでるように見えんのか俺?」
「そうじゃなくって……」
しがみついた姉の顔が、自分の背中に押し当てられているのを感触で感じ取る。 彼女が何を求めてそうしているのか、一応は分かっているつもりだ。

「んな心配しなくてもちゃんと動いてるっつーの」
「そうね、そう思う……でもゴメン、こうさせて」
「……」
泣きそうにすら聞こえるその声で自分の鼓動に耳を澄ませる彼女にそういわれてしまうと、 涼人としては何も言えなくなる。 SAO をクリアした翌日の夜、 ほとんど大学に居たその格好のままで病室に飛び込んできたときの姉の顔は、今でも覚えている。 母が死んだときにはじめて見せた顔をもう一度見せて、何も言えずに泣きじゃくりながら自分に縋り付いて泣いた彼女の姿は、二年ぶりの再会であったことを抜きにしても、いくらかの罪悪感を涼人に覚えさせる程度には弱弱しい物だった。今の彼女は……涼人と二人きりの時にしか見せる事のない姉のこういう表情は、どうしても涼人を弱らせる。

「……最近どう?調子いいの?」
「まぁ、ぼちぼちってとこだな、何事も問題なく普通に生活してるぞ」
「そう……ゲームばっかりしてないでね」
「……そいつは何とも言えないとこだなぁ」
「ねぇ、リョウ……」
「わあってるって、 姉貴が言いたいことは分かるけどな……」
「……ほんと、そういう所はアイツに似てるんだから」
呆れたような、諦めたような声でそういった怜奈はふぅ、と一つ息を吐いて、背中から離れるそうして振り返れと促す様に肩を叩くと、首を回した涼人の頬を指先でプスリと刺した。

「…………なん」
「別に~姉を心配させる罰だ~」
うりうりーと痛みのない程度に指を押し付ける姉の姿を半目で見てから、ティッシュペーパーの上に並べた爪を包んで立ち上がる。

「ガキか。ったくつーか寝ろよ長旅で疲れてんだろ!」
「やーん!明日はとりあえず予定もないし打ち合わせも無いんだもん、いいでしょ?もっと構ってよ~ホラお酒出して、一緒に飲むとか~」
「お前の弟ギリギリ19だっつーの!!」
夜の桐ケ谷家に、久方ぶりのじゃれ合う声が響く。結局その日、リビングの窓から漏れる灯りは23時頃まで消える事は無かった。
 
 

 
後書き
前後編でお送りしましたが、後編は少し短めでお送りしました。

という訳で今回は、涼人の姉である怜奈と、ゲームシリーズから、ストレアに登場してもらいました。
怜奈については此れからの物語で追い追い語るとして、ストレアについてはよくご存じの方も多いかと思いマス、実をいうと、初期に彼女がMHCPの開発者であるという設定があったため、ストレアが登場した当初から、どこかで登場させたいと思っていました。
ゲーム内にアバターとしてあまり登場させると話の筋が変わってしまいかねない為基本はユイと似たような扱いで登場させていく予定ですが、彼女が必要な場面もいくつか考えているので、愛でてあげて頂ければ幸いです。

原作ではミトやイーディスも登場してにぎやかなSAO界隈。どうかこの先も忘れられずにいてもらえるキャラクター達が増えていきますように! 
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