邪教、引き継ぎます
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第四章
32.海底の洞窟
溶岩の赤黒い光に照らされた洞内を、フォルたち一同は歩いていた。
「うん! だいぶ奥なのに思ったほどは暑くない!」
自称キラーマシン使い・タクトの興奮気味な声が響く。
洞内には、顔に柔らかく当たる程度の風が吹き続けている。溶岩の輻射熱らしきものは感じるものの、進行に支障をきたすような暑さはなかった。
「外の空気が入るようになってんじゃないか?」
「おお! バーサーカーはもともと洞窟民だもんね? おれ、溶岩が流れてる洞窟って聞いてたから、奥に進むと体が熱気に焼かれて骨になるのかなって思ってたよ」
「もしそうなら教団の拠点として使えないだろ」
「それもそうだ! さすが!」
「お前はしゃべりすぎだ。気が散る。もう少し静かにしてろ」
ウキウキを隠す気配すらないタクトに、もう突っ込むのも面倒臭いという様子のバーサーカーの少女・シェーラ。
後ろには、仮面越しにそれを見守るフォルと、冷ややかに見つめる祈祷師ケイラス。
そして最後尾を歩くのは、老アークデーモンのヒース……ではなく、今回は若アークデーモンのダスクだった。ヒースが体調不良ということで代理で来ることになったのである。
彼が病気になるのを一度も見たことがなかったフォルは驚いたが、
「お前は知らんだろうが、アークデーモンも病気になるぞ。あのオッサンはもう歳だしなおさらだな」
と聞き、大慌てで老アークデーモンに養生するよう伝えていた。
事前の打ち合わせでは、洞内ではシェーラが先頭を歩き続けるはずだった。
しかしタクトは好奇心を抑えられないのか、いつのまにか先頭に出てしまっては注意されて下がるということを繰り返す。
そしてまたまた彼女を追い越してしまい、誰よりも早く曲がり角を曲がってしまった。
「うわッ! 出たあッ」
瞬時に、驚愕の声とともに戻ってきた彼。
一同に緊張が走る。
「ほっ、骨がいた! 焼けちゃったのは誰!? シェーラちゃん?」
「落ち着け。オレはここにいるだろ」
一同が警戒して見つめるなか、曲がり角のむこうから現れたのは、たしかに人型の骨だった。
一体だけではなかった。洞の幅を均等に使うようにそれぞれ離れてはいるが、三体同時にあらわれた。
いずれも金属の胸当てを着けており、剣と盾も持っていた。
「スカルナイトだ」
祈祷師ケイラスの声。普段どおりの冷静なトーンだった。
スカルナイトは、この洞窟の警備の役割を担っていたとされるアンデッドである。
「初めて見ました。しかし、それなら私たちの同志――」
「ではない」
フォルの言葉をさえぎって杖を構えるケイラス。
同時に、ガチャリという金属音が響く。
驚いたフォルは、再度前方を見た。
骸骨三体が剣を一斉に構えた音だった。
「来るぞ」
バーサーカーの少女がそう言うと同時に、三体が突進してきた。
バラけて来てはくれなかった。
三体がすべて、先頭に位置していた彼女のもとへ集まるように急襲。動きも意外に素早く、瞬時に距離を詰められてしまった。
盾で左から来る一体の剣を受け、斧で右から来るもう一体の剣を受ける。
しかし正面から来るもう一体の剣を受けるには腕の本数が足りない。
「う"ああっ!」
振り下ろされた剣。シェーラはまともに肩近くから下腹部まで斬られた。
彼女の体を覆う、緑色で薄い生地の、体に密着する服。派手に火花が散った。
そしてダメージによりできた隙を、三体が同時に咎めてくる。
一体は鋭い横薙ぎ。もう一体は大きな振り上げ。残る一体は力強い突きで。
「ああ"あああっ――!!」
大きなあえぎ声が洞内に響いた。
服から大きな火花を散らす。
体を反らしながら宙を舞い、後方に飛ばされる褐色の少女。地面を何度も転がり、仰向けの状態でとまった。
「ぁ……ん……ぁ……」
痛みに顔を歪ませながら、のたうつ。
しかしスカルナイトの渾身の大きな動作による攻撃は、自らの隙も生じさせていた。
さらに、想定以上の力により彼女が大きく後方に飛ばされたことは、フォルたちが味方を巻き込まずに呪文で反撃する好機となった。
「ギラ」
「ベギラマ」
「イオナズン」
フォル、ケイラス、ダスクが、それぞれ呪文を唱えた。
フォルは悪魔神官の杖を以前よりも使いこなせるようになっている。ギラとは思えないほどの火力が出た。
一瞬にして、三体は灰となった。
「シェーラさん、大丈夫ですかっ」
フォルは慌てて駆け寄った。彼女のそばには、すでにタクトがいた。
「だ、大丈夫だ。たいしたことない」
そうは言っても……ということで、フォルとタクトは一緒に肩を貸そうとした。
が、彼女は自力で起き上がった。
ダメージはあるようだが、タクトの故郷で作業服として使われていたというその服は、やはり前衛として戦う彼女の体をしっかり守っているようであった。
「なぜスカルナイトさんたちが……」
「ハーゴン様が亡くなられたからだろう」
呆然とするフォルに、ケイラスが淡々と答えた。
「この洞窟のアンデッドは、ハーゴン様の力で人間の死体より生み出されたものだ。創造主を失えば理性も失う。そう考えるのが自然だ」
「えっ、ハーゴン様が人間の死体から?」
「君はハーゴン様やハゼリオ様の近くにいた人間なのだろう? なぜ知らない」
彼の口調は責めるような調子ではなかった。だが呆れたようではあった。
「すみません。言い訳にはなりませんが、お茶くみや掃除、裁縫などを仕事にしておりましたので」
「……。君がロトの子孫の襲撃で生き残ったのは、ハゼリオ様が君を神殿から脱出させたゆえと聞いた。それは本当なのだろう?」
「はい。本当です」
「不思議だ。なぜ君だったのか」
「最後にハゼリオ様のもとにいたのが私だったからだと思いますが……」
顎に片手をやるケイラス。
「おい、失礼だろ」
我慢できないという感じで若アークデーモン・ダスクが声をあげた。わかりやすく憤怒の感情がこもっていた。
「黙って聞いてれば。好き放題言いやがって」
フォルは慌ててダスクの胸を押さえた。
「あっ、私は全然問題ありませんので! お気持ちありがとうございます」
「ん、ああ、まあ、お前がいいならいいけどよ……。あんま我慢すんなよ?」
「はい、大丈夫です! あ、そういえば、ケイラスさん」
「何かな」
「ベギラマを使えたんですか? すごいです。実は祈祷師ではなく妖術師だったりされるのでしょうか?」
一般的には祈祷師が使える攻撃呪文はギラであり、ベギラマは妖術師以上が使用する。
フォルの質問は空気を変えるためにしたものであり、そこまで深い意味を持つものではなかった。
しかし、ここで不思議な間が空く。
「……支部崩壊後に覚えた」
そしてこの返答。
「そんなことより、だ」
「はい」
「私はロンダルキアに来るまで、教団を立て直しロトの子孫を退けたという君のことを、さぞ心身ともに屈強な人間だろうと想像していた。だが、だいぶその想像とは違ったようだ」
「……」
「だから先に言っておきたい。私の予測が正しければ、このさらに先には地獄のような光景が待ち構えているだろう。見るのは君にとってつらいはずだ」
仮面を着けているため、ケイラスの表情はうかがい知れない。洞内特有の反響と重さが乗せられた声だけが、フォルへと向けられる。
ケイラスは続けた。
「もし降りたくなったら無理せず降りるといい。私はいつでも君と代わる用意がある」
降りる。代わる。
何を?
この洞窟におけるパーティのリーダーという狭義にとどまらない意味にも取れるような、そんな言い方だった。
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