| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第3部
サマンオサ
  その頃の勇者たち(ユウリ視点)

「ねえ、ユウリちゃんはどう思う?」
「は?」
 サマンオサ城の地下牢で、ザル女シーラの甲高い声が俺の脳天を直撃する。
 薄暗い牢屋の中は石造りのせいかひんやりと肌寒く、座っているだけでつま先から冷えてくる。
 俺とシーラはお互い石壁に背を預けながら、向かい合わせになりただじっと座って待っていた。
 なぜ俺たちがここにいるのか、それは話せば長くなるが、かいつまんで言えばサマンオサ王の無茶苦茶な言いがかりによって、理不尽に罪人扱いされ、投獄されたのだ。
 途中でシーラが呪文を唱えようとする俺を止めに入ったが、俺に落ち度はまったくない。むしろ真っ当な対応だったはずである。
 だがこの城の連中は、俺たちを国家侮辱罪などというわけのわからない罪に当たると言い続け、ろくに抵抗もさせないまま俺たちを牢屋に連行した。それが今の状況である。
「何の話だザル女」
「あーっ、まーたザル女って言った!! ちゃんと名前で呼んでよ!!」
 明後日には俺たち3人とも処刑されるという絶望的な状況の中、目の前でボーッとしていた彼女が突然訳のわからないことを聞いてきたのだ。思わず間抜けな声で返すのも無理もない話である。
「お前が俺に対して不快に感じる発言をするからだ。つまりお前が悪い」
「ひどっ!! ちょっと思ったこと口にしただけじゃん!!」
 こいつの話し相手は俺では役不足だ。だが、俺の代わりにこいつの話を聞く奴はいない。一人単独行動をとったミオはもちろんだが、バカザルのナギも今は大事な用のためここにはいない。俺は仕方ないとばかりに話を合わせた。
「俺に意見を求めてたんだろ? だったらわかるように話せ」
「えっと、だからぁ……ミオちんとるーくん2号のことだよ」
「るーくん2号?」
 俺は反芻したあと、それがミオの幼馴染みだか何だかの男のことかと思い出した。いつも思うがこいつのネーミングセンスには疑問を抱く。
「あの二人ってさあ、ただの幼馴染みかなあ?」
 ぴくり、と自分のこめかみが微かにひきつる。
「そんなこと、俺がわかるわけないだろ」
 突き放すようにそう言ったはずだが、向かいのザル賢者は全く意に介していない様子だ。
「ミオちんはともかく、るーくん2号は絶対ミオちんのことが好きだと思うよ」
 ……。
「だからなんだ? そんなこと、俺には関係ないだろ」
「ミオちんの鈍感ぶりは折り紙つきだもんね~。あんなにわかりやすい反応してるのに、ミオちんにとってはるーくん2号は保護者みたいなもんなんだもんなあ」
「ふん、くだらん。もう寝るぞ」
 俺は話の通じない彼女に背を向けると、冷たい石畳の上に横になった。未だにバカザルが帰ってこないが、別に大丈夫だろう。
 なぜバカザルがいないのか、それはこの牢屋にぶち込まれた直後に遡る。
 最後の鍵を持っている俺にこんな鉄格子など全く意味がない。牢屋に入れられてから3秒後に、俺は最後の鍵を使い部屋を出た。
 どうやら牢屋は他にいくつもあるらしく、俺たちは看守に見つからないよう別の出口がないかあちこち探していた。驚くことに、俺たちの他に、何人も牢屋に入れられている人たちがいた。しかもその殆どがその辺に歩いていそうな普通の民間人ばかりであった。
 だが、看守がいる出入り口とは反対方向へ歩いていくと、一番奥の牢屋が他とは明らかに違うことに気がついた。
 古びた鉄格子はかなり年季が入っており、あまり人が行き来している様子もない。明らかに看守に見放されている雰囲気だ。
「なんかここの牢屋だけ他とは違うね。よっぽどの悪人でも捕まってるのかな」
「……もしくは、この国にとって厄介な人物とかな」
 俺の言葉に、シーラの眉がぴくりと上がる。何かに気づいたようだ。
「へえ〜、例えば王様の母親とかか?」
 唐突に現れたバカザルの答えに、思わず後頭部をぶん殴ろうとした手を止めた。バカザルは何も考えず答えたと思うが、あながちその可能性もなくはない。自分勝手に国を動かせる自分にとって、自分を戒めてくれる存在でもある親の存在は疎ましい場合もある。下手に殺してしまえば、まずは自分が疑われるかもしれない。ならばここは生かさず殺さず、病気で臥せっているという名目で誰の目にも触れることなくずっとこの牢屋に閉じ込めれば、バレることはないだろう。
 いや、そんなことをここでいくら考えても埒が明かない。俺はためらわず目の前の扉を開けた。扉はギシギシと軋む音を立てながら、ゆっくりと開いた。
 その部屋は案外広く、奥にはベッドがあった。布団の膨らみを見ると、そこに誰か寝ているようだ。
「……誰か、いるのかね?」
 俺たちの気配に気づいたのか、布団が動いた。だが、身体を起こす気力がないのか、すぐに静かになった。
 ベッドのそばまで近づいてみると、そこには一人の老人がいた。十年間一人で生活をしていたノアニールのジジイよりも、さらに痩せこけた姿をしていた。
 しかしそれよりも衝撃だったのは、その顔がこの国の王と瓜二つだったことだ。
「俺はユウリ。アリアハンから来た勇者です。俺たちは旅の途中、国家侮辱罪という罪に問われ、牢に送られました。……あなたと同じ顔の人に」
 俺が何を言わんとしているか、相手は俺の顔をじっと見据えながら考えているようだった。
 そしてしばらくして、相手の眦から涙が流れ落ちた。虚ろな目をした彼は静かに泣いていた。
「ねえ、おじいちゃん。あなたは一体誰? どうして王様と同じ顔をしているの?」
 シーラが涙を流す老人の顔を覗き込みながら尋ねる。老人はひとしきり泣いたあと、ゆっくりと口を開いた。
「私に構うな……。私に構えば、この牢に入れられるだけでは済まない。かつての英雄のように、遠い流刑地へと送られてしまうかもしれない……」
「!! おい、それって……」
 逸るバカザルを制し、俺は再び老人に向き直る。
「その英雄というのはもしかして、サイモンのことですか?」
「っ!!」
 今まで生気を失いかけていた彼の顔が瞬時にして、何かを恐れているような切迫した様子に切り替わった。
「俺たちはサイモンの行方を探しています。ここに来る前にサイモンの奥さんに話を聞きました。彼は『祠の牢獄』というところに囚われていると。まさかサイモンを祠の牢獄に送るよう命じたのは、あなたですか?」
「違う!! 断じて私ではない!! それ以前から私はここに囚われていたのだ。彼をそこへ送るよう命じたのは……、私の偽物だ」
『偽物?』
 すると興奮したからか、老人は激しく咳き込み始めた。普段から人と会話することがなかったのか、あるいは病気にかかっているのか、この程度の会話でも彼にとっては相当の負担になるらしい。
「偽物って、王様が? てことは、あんたが本物の王様ってこと?」
 本物の王様と思しき人物を指さしながら声を上げる無礼者のバカザルを、俺は横目で睨んだ。おそらく彼は本物だ。この状況下でわざわざ王の名を騙るような発言をするのは無意味だからだ。
 それに、あの国王が偽物だとしたら、色々と合点がいく。玉座の間で俺たちがサイモンの名を出した途端、奴はおれたちの言い分も聞かず問答無用で俺たちを牢へ送った。国民を人と思わず、自己中で自分勝手な発言。あれが真っ当な人間なら正気を疑うレベルだ。
 その後途切れ途切れに話す国王の話は、どれも信憑性があった。約15年ほど前、サイモンが不在のこの国に奇妙な旅人がやってきたこと。その旅人が城にやってきた直後、城は魔物に乗っ取られてしまったこと。その旅人が実は魔物であり、その魔物が今度は自分と同じ姿に化けたこと。そしてその魔物の策にはまり、この牢屋に囚われてしまったこと――。
 それからずっとこの国は魔物が化けた偽物の王によって牛耳られている。国中の物価を上げ、国民に重税を課す。それに不満を持つ者がいれば問答無用で牢屋送りにする。牢屋に入った人間はいつの間にか忽然と姿を消しており、噂では偽物の王に殺されたのではないかと囁かれている。そもそもこの話はここから動けない国王が実際に目の当たりにしたわけではなく、いずれの話もこの城の兵士や従者から聞いた情報だという。
「私一人ではどうにもできず……こうして15年も無為に過ごしてきた。だが……君たちになら託しても良いかもしれん。頼む……。我が国の宝である『ラーの鏡』を……、取り戻してはくれないか?」
「ラーの鏡? それがあれば、あなたを牢屋からお救いすることができるのですか?」
 国王の話によると、ラーの鏡とはこの国では真実を映す鏡とも言われており、代々城の宝物庫に保管されていた。だがその存在を知った偽物は、自分の正体が明るみになることを恐れ、その鏡を手下の魔物に渡し、町の外にある洞窟へと隠してしまったらしい。特殊な魔力が込められているためそう簡単に壊されることはなかったそうだが、今もその洞窟にあるかどうかはわからない。
「なんだよ、そんな便利なものがあるなら早速取りに行こうぜ」
 俺は今にも行こうとするバカザルの首根っこを掴んだ。
「バカザルは本当にバカザルだな。俺たちは仮にも罪人だぞ。ここで俺たちがいないことがバレたら大騒ぎになるだろ」
「あ、そっか……」
「でも、明後日にはあたしたち処刑されちゃうんだよ? それまでになんとかラーの鏡を手に入れないと……」
 そこまで考えて、必然的にある考えが浮かび上がる。だが、それを実行するにはあまりにもリスクが高すぎた。
「……」
 シーラもちょうど同じことを思いついたのか、ハッとしたきり口を閉ざす。
「な、何だよ二人とも。なんか思いついたんじゃねーのかよ?」
 焦れたように促すバカザルの顔面を殴りたい衝動に駆られたが、ここは堪えてシーラの代わりに口を開いた。
「一人だけ捕まってない奴がいるだろ。そいつにラーの鏡を取りに行かせる」
「一人だけ……って、まさかミオか!?」
 それがどういう意味か、さすがのバカザルもわかっているはずだ。
「バカザル。盗賊のお前なら、少しの間城を抜け出して、あいつのもとに行くことくらいできるはずだ」
「で、でもよ! ミオ一人でそんなあるかどうか分かんねえ鏡を取りに行かせるなんて、無茶にもほどがあるだろ!!」
「無茶でも、今はあいつに託すしかない。誰かがやらなきゃ俺たちは無駄死にだ」
「……くそっ」
 舌打ちをしたあと、バカザルは埃にまみれた石の床を蹴った。埃が舞い上がり、重い空気とともにそれが落ちていく。
「ナギちん。ミオちんを信じよう。きっとミオちんなら、ラーの鏡を見つけてくれるはずだよ」
 シーラの強い口調に、バカザルは顔を上げた。
「……お前らがそこまで言うなら、こっちは納得するしかねえじゃねえか」
 自分に言い聞かせるようにそう言い放つと、バカザルは部屋を出ていこうとした。
「おい、バカザル。何も考えずに飛び出すなんてホントにバカザルだな。せめて鏡のある場所を聞いてから行け」
「んだと!? つーかさっきからバカザルの使用方法間違ってねえか!? いや、使用方法ってなんだよ!?」
 バカザルの叫びと同時に、遠くのほうで足音が聞こえてきた。まずい、看守が見回りに来たのかもしれない。
「バカザル!! 早く場所を聞き出せ!!」
「わーってるよ!! えっと、紙と書くもの……」
 バカザルがのんびり洞窟の場所を聞いている間に、看守の足音がどんどん近づいてくる。一番奥ならしばらくは来ないだろうが、俺たちが入っていた牢屋を先に見られたら、脱走したことがバレてしまう。
「俺たちは先に牢へ戻る!! お前はそのまま町に戻れ!!」
 バカザルの返事も聞く間もなく、俺とシーラは急いで元の牢屋へと向かった。バカザルがいないことがバレたら厄介なので、俺がマヌーサを応用してバカザルの幻影を作り出し、ひとまずは難を逃れた。
 それからどれくらい経っただろうか。腹の減り具合からして2時間は経っているが、あのバカは未だに帰って来ない。
「でもさ、案外るーくん2号と一緒に探してるかもしれないね」
「は!?」
 思考を遮られた俺は、起き上がりざまに振り向いた。
「どうする? るーくん2号があたしたちと一緒に旅したいです、なんて言ってきたら」
「戦闘の邪魔になるような奴はいらん」
 気持ち悪い笑みを浮かべる賢者を、俺はこれ以上余計なことを言うなと言わんばかりに睨み返す。
 こういうときのザル賢者は、大抵俺をからかって楽しんでやがる。
「でもるーくんさあ、並みの鍛え方してないよね。きっとあたしよりレベル高いかも」
「……」
 頼む。誰かこのおしゃべりな賢者を黙らせてくれ。
「顔も爽やか系のイケメンで、優しくて。さらに包容力があって、いざというときには頼れるくらい強い。なかなかこんなハイスペックな男子いないよ?」
「……何が言いたい?」
 自分でもわかるくらい、胸の奥からジリジリと焦げ付くような怒りがこみ上げてくる。いや、これを怒りだけで表すには到底物足りない。
「強力なライバル出現だね、ユウリちゃん」
 その瞬間。ぶちっ、と何かが切れる音が聞こえた気がした。俺はシーラに向き直るなり激昂した。
「俺には関係のない話だ!! 次くだらんこと言ったらもう二度と酒場に行かせないからな!!」
「ああっ!! それだけはやめてぇ!!」
 半泣き状態のシーラにひとしきり文句を言うと、再び俺は彼女に背を向けて寝転がる。だが、さっきの発言が気になってしまい、眠ろうと思ってもなかなか寝付けない。
 あの男といるときのあいつの表情を思い出し、俺は苦い顔を作る。ただの幼馴染みなら、再会しただけであんなに嬉しそうな顔をするものだろうか?
 いや、あいつのことだから、たとえどんな相手でも……、例えばその辺のジジイにでも、ああいう反応をするはずだ。
「……くだらん」
 そう言い聞かせようとしている自分がなんだかむなしくなり、俺はこれ以上考えるのをやめた。
「明日あいつがここに来たら、慌ただしくなると思う。今のうちに休んどけ」
 ぼそりと俺が忠告すると、一瞬の間を置いてシーラが何やらクスクスと笑い始めたではないか。
「何がおかしい!!」
 俺は顔だけシーラの方を向いて、眉間にシワを寄せながら尋ねた。すると彼女は、これ以上ないくらいニヤニヤしながら俺を眺めている。
「へ〜。ユウリちゃんってば、何だかんだでミオちんのこと、絶対来るって信じてるんだね」
「!!」
 ザル女ごときに図星をつかれ、俺は言葉を失う。駄目だ、こいつのペースに飲まれてるくらい、どうやら俺は疲れているようだ。
「……違うなんて言えないだろ」
「そうだよね。それでいいんだよ、ユウリちゃん」
 何がいいのかわからないが、たまに見せるこいつの上から目線な態度が気に入らない。一体俺のなにがわかるっていうんだ。
「あーあ。ユウリちゃんをからかってたらお腹空いてきちゃった。何かご飯でも出ないかな」
「お前は一生酒でも飲んでろ」
「なんか扱い方急に雑じゃない!?」
 こうしてる間にも、あいつの事を考えてしまう。けれど今までなら、心配はしても期待はしなかっただろう。今回あいつを信じることにしたのは、ようやくあいつが俺の隣……の隣の隣くらいまで立てると思ったからだ。シーラに言われるのは癪だが、俺ができるのは信じて待つことだけ。そう思わせてくれたのは、今までの旅の経験があったからこそだ。
 誰かの無事をこんなに祈ることも、かつての俺なら考えられなかったことだろう。
「頼む……。無事でいてくれ」
 自分にしか聞こえないくらいの小さな声で、俺は神に縋るように呟いた。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧