英雄伝説~西風の絶剣~
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第94話 上を目指して
前書き
途中で出てきた猿のような魔獣は『イース セルセタの樹海 改』に出てくるゴルヴォンガ、ボズオンガ、コボンガをイメージしていますのでお願いします。
石像のボスは『イース フェルガナの誓い』に出たエルフェールをイメージしています。
side:リィン
翡翠の塔で窃盗犯たちを捕まえた俺達は急に現れた霧に飲み込まれて意識を失った。
「……うぅ、なんだかこの状況にも慣れてきたな」
目を覚ました俺が辺りを見渡すと上に向かって長く広がる通路が確認できた。翡翠の塔よりも遥かに長く広い建物の中にいるのか?
「そうだ、皆は……フィー!!」
俺は一緒にいたメンバーを探すとすぐ近くにフィーが倒れていたので駆け寄って体をゆする。
「んっ……リィン?」
「フィー、大丈夫か?」
「うん、体に特に異常はないかな」
フィーは直ぐに目を覚まして立ち上がった。そして俺は他に倒れていたラウラ、エステル、ジンさんを見つけて彼らも介抱する。
「済まないリィン、迷惑をかけた……」
「気にするなよ、ラウラ」
ラウラに手を差し伸べて彼女の体を起こす。
「それにしてもここは何処なの?翡翠の塔じゃないのは確かだろうけど……」
「大方また特異点とやらに巻き込まれたようだな」
エステルは個々がどこなのか気にするがジンさんは特異点に巻き込まれたと話した。
「うひゃあ……下はなんにも見えないわねぇ」
「落ちたらひとたまりもないな」
エステルは俺達が今いる空中に浮いた円形の足場の下を覗き込む、そこはまるで星や月が隠れた夜空のような深い闇が広がっておりラウラの言う通り足を滑らせたらおしまいだな。
「そういえば彼らは?」
「ここにはいないね。逃げられたのかな?」
窃盗犯の猟兵崩れた違いないことをラウラが指摘してフィーが逃げたんじゃないかと話す。
「まさかここから落ちたんじゃ……」
「そもそもあいつらはこっちに来てないんじゃないの?わたし達をおびき寄せるエサだったのかもしれないよ」
エステルは顔を青くして落ちたんじゃないかと言うが、フィーの言う通りそもそもこの特異点に巻き込まれていない可能性もある。
「どの道ここを脱出しなければそれも分からない、特異点を出るにはそこを支配する存在を倒すしかないみたいだけど……」
「絶対にこの上にいるのよね……」
俺の呟きにエステルは上を見上げてため息を吐いた。少なくともここからでは頂上は見えないな。
「まあ愚痴を言っても仕方ない。上を目指して進むぞ」
ジンさんの言葉に俺達は頷いた。ここでジッとしていても脱出なんてできないだろうし先に進むしかない。
「それでどうやって上に向かうの?」
「あそこに螺旋階段があるぞ。あれで上に向かえるんじゃないか?」
「なら行きましょう」
フィーがどうやって上に向かうのかと言うが俺は空中に浮いた通路の先に螺旋階段があるのを見つけた。エステルを先頭にそこに向かう。
「ん、なんか如何にも罠がありそうな感じ」
「まあ普通には登らせてくれないよな……」
見た目は普通の螺旋階段だがこれまでの経験上絶対に何かが起こると俺とフィーは思った。
だが立ち止まって入られないので罠だと理解して俺達は上を目指す為に階段に足を踏み入れた。
「今の所罠はないね」
「ああ、でもそろそろなにかが起きそうな気がする。油断するな」
半分辺りまで上がったが異常は起きなかった、だが俺は念のためにフィーにそう言った。
「な、なんだ!?」
「地震!?」
すると狙いすましたかのように地震が発生してラウラとエステルが警戒をする。
「上から何か来るぞ!」
「あれは……水!?」
ジンさんは上から何かくると言うと大きな地響きと共に大量の水が流れてきた。
「きゃああっ!?流されちゃう!?」
「それよりも後ろ!なんか棘が出てきた!」
「このままじゃ串刺しだぞ!?」
エステルは悲鳴を上げるがどんどん流されてしまう。するとフィーが下の段から階段の一部がせり上がって鋭い棘の生えた板が現れた事を指摘する。
このままではラウラの言う通り串刺しになってしまうぞ!
「俺に任せろ!」
ジンさんはそう言うと勢い地面を踏みぬいた。すると階段に亀裂が走りそこから水の一部が零れ落ちていく。
「フィー、ワイヤーだ!」
「ヤー!」
水の勢いが弱まった瞬間、俺とフィーはワイヤーを伸ばして階段の端に立っていた柱に巻き付けた。そして間一髪俺の背中すれすれにまで棘が接近したけど串刺しになるのは避けられた。
「ふう、間一髪だったな……」
「待て、まだ何か来るぞ!」
俺は安堵の息を吐くがラウラは再び上から何かが動く音を聞いてそう叫んだ。
「わわっ!?大きな岩が転がってきたわよ!?」
そして今度は複数の大岩が俺達に向かって転がってきたんだ。
「今度はあたしの番よ!『螺旋金剛突き』!!」
「エステル、私も手を貸すぞ!『獅子連爪』!!」
エステルがスタッフに回転を加えて突きを放ち大岩を破壊する、そしてラウラが豪快な一撃を一瞬で2回放ちその後ろから転がってきた大岩を打ち砕いた。
「よし、このまま一気に突き進むぞ!」
俺達はその勢いのまま階段を登り切るのだった。
―――――――――
――――――
―――
「はぁはぁ……腕が痺れたわ」
息を切らすエステル、結局大岩はエステルとラウラが何とかしてくれたからな。本当に凄いよ。
「だがまだまだ先は長そうだな」
「うへぇ……」
ジンさんの先の長いという言葉にエステルはげんなりといった表情を浮かべる。
螺旋階段の頂上は先程みたいに円形の足場になっており俺達の眼前には大きな塔が聳え立っていた。
「今度はあれを登っていくのか?見たところ階段などはなさそうだが……」
「いや壁から足場が出ている、あれを登っていくしかなさそうだな」
ラウラは目の前の塔には階段が無いと話すが壁からいくつもの薄い板のような足場が出ていてアレを乗り継いで上に上がっていくらしい。
「ゴガァァァァッ!!」
「な、なんだ!?」
「何か来るぞ!」
突然魔獣の方向が辺りに響き渡り俺は驚きつつも即座に武器を抜いた。そしてジンさんは上から何かが来ると言った瞬間、俺達の背後に何かが落ちてきた。
その物体はまるで巨大な猿のような魔獣だった。落下した際に通路にヒビが入って崩壊していく、すると俺達が上がってきた螺旋階段も同じように崩壊して落ちていった。
そのヒビが俺達のいる足元にも走っていく、このままじゃ直に壊れてしまうぞ!
「皆!魔獣は無視して急いであの塔に向かうんだ!」
魔獣に構っていたら一緒に落ちてしまう、俺は皆に魔獣を無視して先を行こうと言い移送で行動を開始する。
だが魔獣も俺達を無視するわけがなくその巨体に似合わない俊敏な動きで追いかけてきた。
「きゃあっ!?危ないわね!」
「構うな!急げ!」
横なぎに振るわれた大きな腕をしゃがんで回避するエステル、反撃しようとするがラウラの叫びにウッと表情を硬くして止めた。
「ゴガァァァァァッ!!」
「はっ!!」
だが再び大きな猿のような怪物が腕を振り上げてきたがそこにジンさんが一瞬で接近して正拳突きを胸に打ち込んで吹き飛ばした。
魔獣は真っ逆さまに下へと落ちていった。
「さっすがジンさん!頼りになるわね!」
「まだまだ若いもんには負けんよ」
笑顔で彼を褒めるエステルはジンさんは得意げな顔で答える。
「さあ、今の内に一気に駆け上がっていくわよ!」
エステルを先頭に俺達は塔を登り始める、全員が身体能力が高いのでどんどんと上に上がって行けるな。
今回はティータやクローゼさんがいたら危なかったな、二人がこのメンバーにいないのは運が良かった。
「はっ!やっ!」
「ッ!?エステル、危ない!」
「えっ……きゃあっ!?」
エステルが巧みな身のこなしで足場を上って行く、だがフィーが焦った様子でエステルの腕を引っ張って体を動かす。
すると塔の内部から大きな腕が出てきて壁ごと足場を破壊した。その内部からは赤い目がギラリと光り俺達を睨みつける。
「ええっ!さっき落ちていったじゃない!」
「相変わらずあり得ないことが起こるな、特異点は!」
その腕の持ち主は先程ジンさんがつき落した魔獣の者だった。
エステルは驚き叫び俺は一瞬で戻ってきた魔獣に特異点の異常性を改めて思い知らされた。
「ん、皆目を塞いで!」
フィーは閃光手榴弾を投げつけて魔獣の目の前で炸裂させる、吹っ飛ばしても戻ってくるなら視覚を奪って逃げるのは良い手だな。
魔獣が苦しんでいる間に俺はラウラをお姫様抱っこしてフィーを背負う、そしてジンさんもエステルを背負った。
「鬼気解放!」
「龍神功!」
俺とジンさんは身体能力を上昇させて壁を蹴り上がるように駆けあがっていく。
「わぁ、一瞬で登れた……っなによコレ!?」
上に上がったエステルが視線を下ろすとそこにはさっきの猿のような魔獣を小さくした魔獣が大量にいて俺達を待ち受けていた。
「何て数だ。とても相手をしてられないぞ!」
「しかも下からはさっきの奴が追いかけてきてる」
ラウラはあまりの数に戦ってはいられないと言いフィーは目が回復した先程の魔獣が上がってきていると話す。
「リィン、ここはあれで蹴散らすぞ。いけるか?」
「やってみせます!」
「良い変事だ。それではいくぞ!」
「はい!」
「グガァァァァァッ!」
俺とジンさんは皆を下ろすと氣を内部へと溜めていく、そして中型の猿の魔獣の号令で一斉に襲い掛かってきた魔獣たちに目掛けて二人で同時に正拳突きを放った。
「コンビクラフト!」
「『激王波』!!」
俺達の拳から圧縮された氣が一気に放たれて魔獣たちを蹴散らしていく、流石に全部の魔獣を倒す事は出来なかったが俺達の目の前にいた魔獣たちが消えて一筋の道が出来た。
「今だ!」
再びフィー達を背負い俺とジンさんは一気にそこを駆け抜けていった。
「わわっ!?凄い勢いで追ってくるわ!」
生き残った魔獣たちが先程から俺達を襲ってくる大型の猿の魔獣を筆頭にして塔を登って追いかけてきた。集合体恐怖症の人が見たら失神するな。
塔を駆け上がった俺達は目の前に伸びる通路を急いで走りぬいた。そしてフィーが爆薬を通路にセットして起爆する。
豪快な爆発音と共に通路が崩れていく、そして俺達を追いかけてきていた魔獣たちも一緒に落ちていった。
「グルァァァァッ!」
だが先頭にいた大型の魔獣だけがジャンプしてこちらに飛び移ろうとする。
「させないわ!」
「吹き飛べ!」
だがエステルとラウラが息の合った動きで同時にスタッフと大剣を振るい魔獣を吹き飛ばした。
魔獣は悔しそうに俺達に手を伸ばしながら再び奈落の底に消えていった。
「えっと、もう戻ってこないわよね……?」
「多分大丈夫だと思う」
警戒するエステルにフィーは大丈夫だと答える。辺りを見渡したが魔獣の気配はない、一応警戒はしてるが一息ついてもいいだろう。
「はぁはぁ……流石にこたえるな。ジンさんは大丈夫ですか?」
「俺はまだまだ平気だ」
「流石ですね……」
消耗した俺に対してジンさんはケロッとした様子でそう答える。
流石俺よりも長く生きて鍛錬を続けてきただけあってすさまじい体力の持ち主だな、俺も見習わないと。
「ふう、でもまだ先は長そうね」
「うん。ここからが本番かな?」
「だが先程よりは上が見えてきたぞ。私達ならいけるさ」
一息つくエステルは上を見上げてそう呟くがフィーは更に険しそうな道のりを見て溜息を吐く。だがラウラは頂上が見えてきたと話して皆を励ました。
「……よし、休憩は終わりだ。皆、もうひと踏ん張りだ。行こう!」
『応ッ!』
俺は気合を入れなおして皆に頑張ろうと喝を入れる。
そこから先も様々な罠が俺達に牙をむいて襲い掛かってきた。
「これ、ガチで俺達を殺しに来てないか?」
「ん、望むところ。戦場の方がまだマシ、軽く切り抜ける」
不安定な足場に振り子のように動く足場、鋭い棘の付いた丸太に乗ると崩れ出す足場……しまいには下から溶岩が湧き上がって俺達を焼き殺そうとするトラップもあって殺意が凄かった。
フィーは気合を入れていたが俺としては人間を相手する方がまだマシだと思う。達人を相手にする場合は話が別になるけどな。
「んん……強い風でお腹が冷えちゃう」
「いやそんな格好してたらお腹冷えるのは当然だろう?」
「でもリィンがジッと見てたりするからへそ出ししたいし」
「そ、そんなことは無いぞ!?」
「お前さん達、この状況でよくそんな漫才が出来るな……」
強風が吹き溢れる中一本の縄を必死で上っていく場所はきつかったな。こういう訓練は何度もしたけど炎や水、雷や土のアーツがあちこちから飛んで来るのがヤバかった。
その状況でへそ出しについて話す俺とフィーにジンさんが呆れた様子でツッコんだ。
「な、なんなのこの足場!凄い勢いで跳ねあがっちゃうんだけど!?」
「ぐうっ、凄い重力だな!私の大剣の重さもあって凄く跳ねるぞ……!」
「本当に凄い跳ねてるな……」
「リィンのスケベ、お仕置き」
「あがっ!?」
乗ると凄い勢いで跳ねあがる足場を乗り継いでいく場所は危なかったな、足場も動いてるからタイミングをミスったらそのまま真っ逆さまに落ちてしまうんだ。
一回エステルがタイミングを見吸って落ちかけたけどワイヤーを使って何とか助けられたよ。
ただラウラが撥ねた時に胸も弾んでいたので思わず見てしまいフィーに目を指で突かれてしまった。いやあれは不可抗力だから許してくれ……
……まあそんな様々なトラップがあったが俺達はそれを乗り越えた。
「も、もう流石に疲れたわ……いつになったら頂上に着くのよ!」
「だが大分上が見えてきたぞ。もう少しの辛抱だ」
大きな螺旋階段でエステルが座って息を切らす、そんな彼女にラウラがあと少しだと励ましの声をかけた。
確かに天井も見えてきたしあと少しの辛抱だろう、俺達は最後の力を振り絞って上を目指していく。
頂上もあと少しに近づいた頃、上の螺旋階段から誰かの話し声が聞こえてきた。
「えっ、こんなところに人がいるの!?」
「いや、この声は……少し様子を見よう」
小声で驚くエステルにジンさんが身を潜めて様子を見ようと言った。俺達は気配を消して耳を澄ませて声を拾う。
「くそっ、ココは一体どこなんだ!下に降りようにも危険な罠だらけで行けないし上には変な像が置いてあるだけで出口がないぞ!」
「ボス、腹減ったっす……」
「うるさい!俺だって腹減ってるんだ!泣き言を言うな!」
「リィン、この声って……」
「ああ、はぐれの連中だ」
話をしている人物たちの声に聞き覚えがあった俺とフィーは目を合わせて頷いた、間違いなくアイツらだ。
「どうする?ここで捕まえちゃう?」
「なにか知ってるかもしれないしそうするか。フィー、閃光手榴弾を投げてくれ」
「リィン、ごめん。さっき魔獣に使ったのが最後のだったの」
「なら直接捕らえるしかないな」
フィーの提案に俺は頷き閃光手榴弾を投げてと指示を出す、だがフィーはバツが悪そうにそう言った。
身を隠せる場所はないので奴らの前に出ればすぐにばれてしまう、その対策として俺達はジンさんを後方にして前に出た。
万が一奴らに下へ逃げられそうになってもジンさんなら防いでくれるからな。体格も大きいので頼りになる。
「お前たち、そこまでだ」
「げえっ!?リィン・クラウゼル!?」
俺達が前に出るとリーダーの男が驚愕の表情を浮かべた。
「ど、どうしてここに!?」
「ここまで上がってきたんだよ。お前たちこそ何でこんな場所にいるんだ?」
「知るかよ!気が付いたらこんなところにいたんだ!」
俺の質問にリーダーの男は怒りながらそう叫んだ。あの怒り具合は演技じゃないな、部下の仲間も不安そうにしてるし本当に予想外の事が起こったようだ。
「まあ良いさ、お前らはどのみち犯罪者だ。ここで捕らえる」
「クソッ、お前なんかに捕まってたまるか!」
リーダーの男はそう言って部下と一緒に上に逃げていった。
「あっ逃げたわ!」
「追いかけるぞ!」
エステルは逃げたと叫び俺は奴らを追いかける。
「ぐうっ……やはり出口はないか」
「ここまでだ、大人しくしろ」
「うおっ!?もう来やがった!」
直に奴らに追いついた俺達は武器を構えて奴らに近寄っていく。
「ねえリィン、ここまで来る際に色々魔獣に襲われたけど支配してる奴はいなかったよね?ここまで上に来たのに何処にいるのかな?」
「いわれてみればそうだな。ここが頂上のはずだけど大きな石像しかないが……」
「まさかこいつらがその支配者なの?」
「それはあり得ないと思うが……」
フィーはここに来るまでに魔獣と戦ってきたが特異点を支配する魔獣はいなかったと話して俺も同意する。
頂上には女性に角と鋭い爪、蝙蝠のような羽根を付けた大きな石像が置かれているだけで魔獣の気配は感じない。エステルは窃盗犯のくずれ達が支配者なのかと言うがラウラの言う通りそれは無いだろう。
「観念して盗んだものを返しなさい!そして町の皆やティオ達に謝りなさい!」
「うるせぇ!ここまで来て捕まってたまるかよ!」
リーダーの男はエステルの怒りの声を怒鳴ってかき消して後ろに一歩下がった。
だがその時だった、石像が動いてリーダーの男に向かって腕を振り下ろしたのだ。
「へっ?」
「危ない!」
エステルがリーダーの男を突き飛ばして攻撃をスタッフで受け止めた。そして攻撃を弾き返すと足場が大きく揺れる。
そして俺達の乗っていた足場が直線状に伸びて石像に色がついていった。淡い青に染まった石像はまるで生きているかのように咆哮を上げて俺達に襲い掛かってきた。
「キョオオオオオッ!!」
「お前らは下に逃げていろ!」
「は、はいっ!」
俺は咄嗟にそう叫ぶと窃盗犯たちは螺旋階段の下に降りていった。逃げられる可能性があるが今はそんな事を言ってる場合じゃないからな、足手まといはよけておかないと集中できない。
「皆、来るわよ!」
エステルの叫びと同時に石像は腕を横に振るう、すると鋭い斬撃が輪になって横向きに飛んできた。
「わわっ!」
俺達はジャンプして回避するが後ろのあった大きな石柱がまるで大根を包丁で切ったかのようにスパッと切断されてしまった。
あんなものに当たったら簡単に体が切断されてしまうな。
「蒼裂斬!」
「緋空斬!」
縦に飛ばされた斬撃を回避した俺とラウラは青い斬撃と赤い斬撃を飛ばして石像を攻撃する。だがその二つの斬撃は奴に当たる瞬間にオーロラのような壁が防いでしまった。
「クリアランス!」
フィーは石像の周りにあった石柱にワイヤーを引っかけて奴の周りを回るように移動しながら銃弾を撃ち込む、だが全て防がれてしまった。
「コイツ、飛ぶ系のクラフトは効果がないのか!?」
「なら直接攻撃を仕掛けるまでだ!」
ジンさんは飛んで来る斬撃を的確に回避して石像に回し蹴りを打ち込んだ。だがそれもオーロラのような壁に阻まれてしまった。
「なにっ!?直接攻撃も駄目なのか!?」
攻撃を防がれたジンさんはそのまま弾かれるように吹き飛ばされた。空中で体勢を立て直したジンさんは俺達の側に着地する。
「ジンさん、大丈夫?」
「問題は無い、だが攻撃が効かないとなると厄介だな」
エステルは心配そうに声をかけるがジンさんは軽い感じでそう答えた。だが攻撃が効かないとなると長期戦は不味いな、斬撃による攻撃は致命傷になりかねない。時間が長引けばこちらが不利だ。
「リィン、アーツが使えない。EPが空っぽになってる」
「なんだって?」
俺はアーツで攻撃をしようか考えているとフィーがEPが無くなってると言ってきた。
EPとはアーツを使う際に消耗するエネルギーの事だ、コレが無いとアーツは使えない。
よく見ると戦術オーブメントから石像の体に向かって青い光が出ていた。奴がEPを奪っているのか。
「アーツも封じられてしまうなんて……これじゃ勝てないって事?」
「いや、絶対に倒せない不死身の存在なんていて堪るか。絶対に何か勝てる手段があるはずだ」
「……そうね、まだ諦めるには早いわ!」
エステルが少し弱気になるが俺がそう励ますと気合を入れなおして攻撃を続けた。
そこから数分は戦いを続けたが奴に攻撃を当てる事は出来ずに俺達に傷だけが増えていった。
「はぁ……はぁ……リィン、このままだと不味いぞ」
「ああ、なんとか状況を打破しないと……」
傷だらけのラウラが息を切らしてそう言うが俺達も限界が近いな、なんとかしないと……
「おい!いつまでそんなことやってるんだ!早くソイツを倒せよ!」
すると後ろから窃盗犯のリーダーがそう言ってきた。
「何もしてないくせにうるさい、少し黙ってて」
「へぇ、そんな事を言っていいのか?俺はあいつの弱点を見つけたかもしれないってのになァ」
「なんだって?」
フィーが鬱陶しそうにそう呟くとリーダーの男はムカつくニヤケ顔で弱点に気が付いたと答えた。
それに対して俺は不審に思いながらもラウラとジンさんに石像の気を引いてもらいリーダーに話しかける。
「おい、どういうことだ?本当にあの石像の弱点が分かったって言うのは本当か?」
「知りたいか?俺達を見逃がしてくれるなら教えてもいいぞ」
「あまり調子に乗るなよ?お前をあの石像の前に出して囮に使ってもいいんだぞ?」
男は調子に乗って見逃せと言ってきたので俺は殺気を込めて睨みつける。
「ぐっ……分かった、教えるよ。さっきから見ていて思ったんだがあの石像を守るバリアみたいな奴、周りには出てるが上には出てないように見えないか?」
「上に……フィー」
「ん、了解」
男は渋々話を始めた。そしてバリアが上には出ていないと聞いた俺はフィーに攻撃をお願いすると彼女は既に銃を構えていた。
フィーの放った銃弾はバリアに防がれたが確かに上にはバリアが無いように見えた。
「もしかしたらいけるかもしれないな……ラウラ!」
「ああ、任せろ!」
俺はラウラに頼んで大剣に乗せてもらい大きく跳ね上げてもらった、だが奴は目を輝かせると俺に向かって雷を落としてきたんだ。
「させない!」
だがそこにフィーが双剣銃を上に構えて割り込んできた。そして避雷針に誘導されるように雷が向きを変えてフィーに落ちる。
「きゃあああっ!?」
「フィー!」
「リィン……行って……っ!」
「ッ!!」
俺はフィーの覚悟を受け取って太刀を構える、そして勢いよく奴の脳天に叩きつけた。
「龍炎撃!!」
炎が龍のように太刀に纏わり強力な一撃が石像に入った。その一撃はバリアでは防がれずに石像に大きなヒビを入れていく。
そして奴の周りを守っていたオーロラのような障壁にもヒビが入って粉々に割れてしまった。
「グガッ……アアアッ!」
「させない!」
石像は右腕を振り下ろして斬撃を放とうとしたがラウラの放った蒼裂斬が右腕を斬り飛ばした。
「緋空斬!」
そして続けざまに俺の放った緋空斬が奴の左腕を断ち切った。
「これでトドメよ!桜花無双撃!!」
「駄目押しだ!龍閃脚!!」
エステルのスタッフとジンさんの逞しい量差しから放たれた怒涛の連撃が石像の体に亀裂を走らせていった。
「やああっ!!」
そしてエステルの渾身の一撃が石像の体を粉々に打ち砕いた。
「や、やった……」
「どうやら終わったようだな」
エステルは魔獣を倒せたことに安堵の息を吐きジンさんは爽やかな笑みを浮かべた。
「フィー!」
俺は雷を喰らって倒れていたフィーに駆け寄って彼女を抱き寄せる。そしてティア・オルの薬を取り出してフィーに飲ませた。
「フィー……」
「……ん、やっぱり薬は苦いね」
「フィー!」
目を覚ましたフィーを俺は思いきり抱き締めた。
「リィン、苦しい……こういうのは二人っきりの時にしてほしいな。べろちゅーもセットだともっと嬉しい」
「そんな軽口が言えるなら心配はいらないな。ただ町に戻ったら教会で見てもらうぞ、何か異常が残っていたら大変だからな」
「ん、了解」
俺はフィーの軽口に苦笑して安堵のため息を吐いた。
「フィー!無事か!?」
「ラウラ……うん、大丈夫だよ」
「そうか、良かった……そなたまでリィンのような無茶をしないでくれ。心臓に悪いじゃないか」
「ごめんね、咄嗟に体が動いちゃったの」
「まあ私もきっと同じことをしただろう、それでも心配は賭けさせないでくれ。そなたも私の大切な存在なのだから」
「ん、分かった」
ラウラはそう言うとフィーを抱き寄せて力強くハグをする、そんなラウラにフィーも嬉しそうに笑みを浮かべてラウラの背中に手を回して甘えていた。
俺みたいな無茶と言われてちょっと反論したくなったが、実際に二人にこんな風に心配をかけていたと実感したので何も言えなくなってしまう。
「リィン、どうしたの?わたし達をジッと見て……あっ、もしかして混ざりたい?」
「そう言う事なら後でホテルでいくらでも抱きしめてあげるぞ」
「うん、いっぱいぎゅ~ってしてあげるね。なんならべろちゅーもしていいよ」
「どれだけしたいのだ、そなたは……ま、まあリィンが望むなら私もいくらでもするが……」
「ははっ……」
そんな事を考えていたらフィーとラウラになにか勘違いされてしまったようだ。誤魔化すのも面倒だったので取り合えず笑った。
「あー!あいつらいなくなってるじゃない!?」
すると背後からエステルの悲鳴が聞こえた、振り返ってみると窃盗犯たちの姿が無くなっていたんだ。
「どさくさに紛れて逃げたのか、直ぐに追いかけ……っ!?」
俺が奴らを追おうとすると空間にヒビが入って辺りの景色が歪みだした。
「これって……」
「多分先程の魔獣が特異点の支配者だったんだ、それを倒したから私達は外に出られるんじゃないか?」
エステルの察した雰囲気を感じ取ったラウラが代わりに説明をした。彼女の言う通り支配者を倒せば特異点から出られる、じゃあ俺達も時期に……
そして強い光が辺りを包み込んで気が付けば……
「……ここは翡翠の塔か?」
俺達は翡翠の塔の一階に戻ってきていたんだ。
「ボス!ここってあの塔の中じゃないですか!?」
「俺達戻ってこれたのか……」
「がーはっはっは!!やはり俺の悪運は伊達じゃないな!このままずらかっちまうぞ!」
すると離れていた場所で豪快に笑う男がいた、それは窃盗犯の男達だったんだ。あいつらも戻ってきていたんだな。
俺とエステルは顔を合わせるとリーダーの男に一瞬で駆け寄った。そして……
「破甲拳」
「とりゃあっ!」
「ごふっ!?」
死なない程度に威力を抑えた破甲拳とスタッフの一撃を腹に受けたリーダーの男は地面を転がりながら気を失った。
奴のアドバイスには助けられたけどそれはそれ、これはこれだ。
「動くな、もう逃げられんぞ」
「観念するんだな」
驚く肥満の男にノッポの男の二人をラウラとジンさんが取り押さえた。
「ん、これで一件落着だね」
そしてフィーが笑顔でそう言うのだった。
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