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【KOF】怒チーム短編集

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怒チーム オールキャラ
  大切な戦友のために

 空母で生活する隊員には自殺者が多い。毎年、五名程度が自ら命を絶ってしまう。
 これはアメリカ海軍も、ハイデルンの傭兵部隊も同様に抱えている問題だ。

 空母勤務を始めてから早三年、ラルフはすでに十六名の自殺遺体を目の当たりにしてきた。
 首吊り自殺をした隊員の遺体を初めて見た時はショックを受け、数日間不眠と食欲不振に見舞われた。
 戦場で凄惨な死体を山ほど見てきて、すっかり耐性ができていたにもかかわらずだ。
 だが慣れとは恐ろしいもので、二、三か月に一度のペースで自殺者の遺体を見ているうちに「またか」としか思わなくなっていった。
 親しい戦友が自殺した時はさすがに心が痛んだが。

 彼らの自殺の原因は、空母生活特有の『三つの不足』によるものだとラルフは考えていた。
 すなわち、睡眠不足、運動不足、日照不足である。
 そこでまず手始めに、アメリカ陸軍の特殊部隊に所属していた頃に教わった、睡眠の技術とアドバイスを部下達に伝授することにした。
 『二分で眠りにつく睡眠法』と『任務中のうたた寝のすすめ』というものだ。
 前者は筋肉の力を抜いて心身ともにリラックスさせる睡眠法、後者は低下した集中力は短時間の睡眠で回復が見込めるというアドバイスである。
 これらを部下達に指導したところ、寝付きが良くなった、睡眠不足に陥りがちな任務中も集中力を保てるようになったと好評であった。

 残る問題は二点、運動不足と日照不足だ。
 部下達には「なるべく身体を動かせ、天気の良い日には太陽を浴びろ」と指示しているのだが、これがなかなか浸透しない。
 意外にもインドア派の隊員が多数所属していて、任務や上陸休暇の時以外は艦内に籠もりっぱなしという者も相当数に上るからだ。

 実は、クラークがこの『インドア派の隊員』に該当する。
 彼はオフになると途端に本来の内向的な性格に切り替わってしまう。
 そして寝室でコレクションの銃を手入れしたり、図書室で日がな一日読書に耽ったりするのだ。
 日頃からデスクワークが多い身分なのに、オフの日まで艦内に籠っていては心身に悪い。
 クラークの健康を案じたラルフは飛行甲板から艦内に戻り、彼を探しに行った。

 下層甲板に下り、インターネット区画の右隣にある図書室を覗いてみる。
 案の定、クラークが床に座り込み、熱心に本を読んでいた。

「よう、クラーク。やっぱりここにいたか」
「めずらしいですね、大佐。図書室でお見かけするとは。残念ながら、大佐がお望みの本はここには無いと思いますよ」

 クラークは遠回しな皮肉を言い、にやりと笑った。
 ラルフは素顔のクラークを睨め下ろし、

「うるせえ。俺だってたまには高度な内容の本を読んでるんだよ。軍事関連の研究書とかな。それより、これから一緒に飛行甲板へ行こうぜ。天気もいいしよ」
「見てわかりませんか? 読書中ですよ。邪魔しないでいただきたいのですが」

 手にしている本をひらひらと振り、クラークは盛大に溜め息をついた。
 どう見ても嫌味な態度でしかないのに、イケメンモデル並に整った顔のおかげで妙に物憂げに見えるのがまた腹が立つ。

「なんつう言い草だ! 人がせっかく心配してやってるっつうのによ」
「大佐に心配されるようなことは何ひとつありませんがね。それより、ご自身の心配をされたらいかがですか? そろそろ前線から引退する歳も迫ってきていることですし」

 クラークは笑い混じりに言った。
 彼の茶化すような言動に我慢ならなくなったラルフは拳をわななかせ、

「もういい! 鬱になって自殺しても弔ってやらねえからな!」
「……は?」

 怪訝そうな眼差しを向けてきたクラークに背を向け、ラルフは大股に図書室をあとにした。

 ――あんな奴がどうなろうが知ったことか!

 本心とは裏腹なことを心の中で叫びながら、隣にあるインターネット区画に立ち寄る。娘や友人からメールが来ているかどうかチェックするためだ。
 空いている座席に腰を下ろし、専用のメールシステムにログインする。娘と三名の友人から返信が届いていた。
 ラルフは早速返事を書き、メールを送信した。

 席を立ち、インターネット区画から廊下に出ると、偶然ウィップと鉢合わせした。

「おはようございます、大佐」

 ウィップはラルフの前で立ち止まり、折り目正しく敬礼した。
 おはよう、と返しながら、ラルフはオフの日にウィップを見かけた場所を思い出す。
 ラウンジやインターネット区画でよく見かけるが、レオナと一緒にトレーニングに励んでいることもある。
 天気の良い日に飛行甲板でばったり遭遇したことも何度かあったので、運動不足や日照不足に陥っている可能性は低そうだ。
 だが、ここで会ったのも良い機会だ。ラルフはウィップを日光浴に誘うことにした。

「ムチ子、一緒に飛行甲板へ行かないか? 天気もいいし、日光浴するにはうってつけだぞ」
「えーっ、大佐とですかぁ? どうせならもっと若いイケメンと一緒に甲板デートしたいんですけどぉ」

 ウィップは口を尖らせ、露骨に不満を表した。まったく可愛げのない部下だ。

「うるせえ! 俺だってなあ、お前みてえな色気のねえガキより、もっとセクシーな女がいいっつーの!」
「ちょっと! 今の発言、セクハラですよ!」
「先にハラスメントしたのはお前のほうだろうが! 遠回しに俺のことを不細工なおっさんだと言いやがって」
「そんなこと、一言も言ってないじゃないですか!」
「言ったも同然だ! ほんっとにお前はいつも可愛げのねえ――」
「静かにしてください! 読書に集中できないじゃないですか」

 突然、男の怒声が響き渡った。
 ラルフとウィップは揃って振り返り、声の主を見る。図書室の出入口からクラークが苛立ちを滲ませた顔を覗かせていた。
 ちょうど自分より若いイケメンを――ウィップが所望する甲板デートの相手を見つけて、ラルフはぽんと手を打った。

「クラーク! ちょうどいい。ムチ子を飛行甲板に連れて行ってやってくれ」
「……なぜですか?」

 クラークは険のある表情を和らげ、探るように尋ねてきた。

「ムチ子を日光浴に誘ったら、俺より若いイケメンと一緒に甲板デートをしたいと言われちまってな。理想の高いムチ子嬢の相手役には、お前が適任だと思ったわけだ」
「そういうことなら仕方がないですね。その役、俺が引き受けましょう」

 事情を説明すると、クラークは二つ返事でウィップのデート相手になってくれた。
 これで筋金入りのインドア男と反抗的な部下をまとめて日干しにすることができる。やれやれだ。

「よかったな、ムチ子。若いイケメンと甲板デートできるぞ」
「うーん……確かにイケメンですけど、若いかと言われると……」
「文句言うんじゃねえ! ほら、さっさと行け」
「はーい」

 ウィップはどことなく嬉しそうに返事をした。
 ぶつくさと不服を口にしていたわりに、クラークとの甲板デートには乗り気なようだ。
 図書室から出てきたクラークがウィップを伴い、ラルフの前から去っていく。
 楽しげに喋りながら歩く二人の後ろ姿は、歳の離れた仲睦まじい兄妹のように見えた。

 クラークとウィップを見送り、再び一人になったラルフはレオナを探しに行くことにした。
 レオナはオフの日もトレーニングに励み、飛行甲板で走り込みをして身体を鍛えている。
 クラークやウィップよりよほど健康的に過ごしているので、運動不足や日照不足の心配はほとんど無い。
 ただ、一度だけ自殺しようとした過去があるため、他の部下よりも注意深く様子を見ている。

 さて、レオナはトレーニングルームにいるだろうか。それとも飛行甲板で走り込みをしているだろうか。
 そう考えた矢先、インターネット区画の左隣にあるテレビルームのドアが開いた。中から姿を現したのはレオナだった。

「おお、レオナか。テレビルームにいたとはめずらしいな。何観てたんだ?」
「世界の巨大工場という番組を観ていました」

 レオナは敬礼をしながら答えた。
 やはりと言うか何と言うか、工場見学が大好きな彼女らしい番組チョイスだ。

「ほんと好きだなぁ。今日はどんな内容だったんだ?」
「M1エイブラムスのオーバーホール工場についてです。普段、我々が操縦している戦車の改修過程がよくわかり、大変興味深かったです」
「へえ、そんな工場まで紹介してるのか。その番組は」
「はい。次回はスイスアーミーナイフの工場が紹介される予定です。大佐も興味を持たれる内容なのではないでしょうか」
「おっ、そりゃ面白そうだな。来週は一緒に観ようぜ」
「はい。ぜひ」

 レオナはほんの少しだけ唇の両端を上げた。
 ごくわずかな変化にしかすぎないが、今の彼女の表情が最大限の喜びと歓迎を表していることを、ラルフは理解していた。

「ところで、これから一緒に飛行甲板へ行かないか? 天気もいいし、コーヒーでも飲みながらのんびり日光浴でもしようぜ」
「それはいいですね。ご一緒させていただきます」

 ラルフの誘いに、レオナは快く応じた。こういうところがウィップと違って素直で可愛い。

 早速レオナを連れてカフェに行き、カフェ・アメリカーノとカフェラテのトールサイズを購入した。
 艦内のカフェはメニューが少ないので、ラルフはいつもカフェ・アメリカーノを、レオナはカフェラテを注文している。
 ラルフはレオナにカフェラテを手渡し、連れ立って飛行甲板に上がった。
 今日は雲ひとつない快晴で、澄み渡った青空から燦々と陽光が降り注いでいる。
 無機質な甲板に戦闘機が並び、制服姿の隊員達がそこかしこに見えることを除けば、美しい海の上でちょっとしたバカンス気分を味わえるのだ。

 二人は艦橋の外壁にもたれ掛かり、コーヒーを飲み始めた。
 レオナの唇にカフェラテの泡が少しだけついてしまったのを見て、ラルフは思わず頬を緩めた。
 穏やかな潮風に吹かれながら甲板を見渡す。待機中の戦闘機の側で、楽しそうに談笑しているクラークとウィップを発見した。
 ラルフは彼らを指差し、

「お前と会う前にムチ子を日光浴に誘ってやったんだがよ、あいつ、『どうせならもっと若いイケメンと一緒に甲板デートしたいんですけどぉ』と抜かしやがってな。そこにちょうどクラークが現れたから、ムチ子の甲板デートの相手としてあてがってやったんだ。少なくとも俺よりは若いイケメンだからな。おかげで二人まとめて日干しにできたから万々歳だ」

 と、先刻の出来事をレオナに話した。

「ふふ……ウィップらしい反応ですね」
「まあ、らしいっちゃらしいけどよ……ほんと可愛げがねえんだよなあ、あいつは。そのくせカフェに誘った時だけはちゃっかりついてきて、一番高いハニーキャラメルマキアート蜂蜜多めのトレンタサイズを注文しやがるんだぜ? あの厚かましさにはさすがの俺も閉口するぜ」

 ラルフは天を見上げて溜め息をつき、大いに呆れていることをジェスチャーで示す。
 それを見て、レオナが控えめに噴き出した。

「ウィップったら、そんなものを飲んでいたのね。だから最近、太ったって騒いていたんだわ」
「へえ、ムチ子の奴、そんなことを言ってたのか。あんな馬鹿高いカロリーの飲み物をバカスカ飲んでたら、そりゃあ太るに決まってるよな」
「ですよね。ところで、なぜウィップと中尉を日干しにできて万々歳なのですか?」
「ああ、それはだな――」

 自殺予防になるからだ。
 ……と言うのも何だか重すぎるような気がして、ラルフは別の言い回しを考える。

「ほら、クラークは筋金入りのインドア派だろ? オフの日は図書室に籠もって読書してるか、コレクションした銃の手入れをしているかのどっちかだ。それじゃ健康に悪いから、たまには飛行甲板に出て、ムチ子と一緒に日に当たる気になってくれて良かったなぁと。そういうことさ」
「なるほど……。日光浴をすれば鬱や自殺を予防できますからね」

 レオナの言葉に驚き、ラルフは目を見張った。
 どうやら彼女はラルフの意図を正しく理解していたようだ。

「ああ、その通りだ。大事な戦友を、自殺なんかで失うわけにはいかないからな」
「何だかんだ言っても、ウィップのことも大切な部下だと思っているんですね。大佐」

 レオナはくすりと笑い、いつになく温かな眼差しをラルフに向けた。

「そりゃまあ……それなりにな」

 目を逸らせたラルフはわしゃわしゃと頭を掻き、飲み頃になったカフェ・アメリカーノを呷る。
 ラルフにとってはクラークも、レオナも、ウィップも等しく大切に思っている部下であり、決して失いたくない戦友でもあった。 
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