熟年離婚
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第一章
熟年離婚
普通の夫婦に見えた、だが。
西尾和博は突如として妻の明子に離婚届を出された、そしてだった。
彼自身は戸惑っていた、だが妻の決意は変わらずだ。
彼は独身になった、子供も孫もいたがそうなって年老いた顔で言うのだった。
「何であいつ出て行ったんや」
「いきなりでしたね」
「またそうでしたね」
「定年した途端に奥さんが離婚届突き付けて」
「それで、でしたね」
「離婚や、そしてや」
親しい者達に言うのだった。
「わしは家に一人や」
「奥さんは娘さんのご家族に迎えられて」
「それで、ですね」
「西尾さんは今はお家にお一人ですね」
「一軒家にな、家はあってな」
そしてというのだ。
「老後の為の貯金も年金もや」
「あってですね」
「生活は困らないですね」
「そうですね」
「そやけどな」
それでもというのだ。
「一人や、家事全部な」
「しないといけないですね」
「これからは」
「そうなりましたね」
「ああ、難儀なことや」
ぼやいて言ってだった。
彼は全くしたことのない家事に四苦八苦しながら老後の一人暮らしを過ごしていった、その彼に声をかけたり家に来る親戚はいなかった。
その話を聞いてだ、妻だった明子は言った。小柄で短い白髪に丸眼鏡の穏やかな顔立ちの老婆である。
「もうずっと決めてたのよ」
「お父さんと離婚するって?」
娘の佳穂理が応えた、母親をそのまま若くした様な外見だ。
「そうだったの」
「あの人が定年したらね」
娘夫婦の家の中で話した。
「そう決めていたの」
「そうだったのね」
「ただ私も一人暮らしするつもりだったのよ」
娘にこうも言った。
「けれど」
「それはいいのよ」
娘はすぐに返した。
「お母さん放っておけないわよ、うちの人もね」
「拓郎さんもなのね」
「そう言ってくれて卓也もね」
小学生の二人の息子もというのだ。
「お母さんに懐いてるし」
「それでなのね」
「一人暮らしするよりも」
それよりもというのだ。
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