| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第4章】ザフィーラやヴィクトーリアたちとの会話。
   【第1節】談話室にて、まず六人での会話。



 さて、カナタとツバサが談話室の前に来て、何故か「手動」の開き戸を少しだけそっと()けてみると、案の(じょう)、中からは話し声が聞こえて来ました。
 覗いてみると、部屋の広さは『先ほどの広間(ホール)と似たり寄ったり』といったところでしょうか。六人掛けのやや細長いテーブルが三つ並んでいる中で、ヴィクトーリアとエドガーとコニィが「向かって右のテーブル」の右サイドに、ザフィーラ一人と向き合う形で席に着いており、四人で何やら語り合っています。
 最初に双子の視線に気づいたのは、ヴィクトーリアでした。
「あら。いらっしゃい」
「お二人とも、どうぞ、こちらへ」
 コニィは素早く席を立ち、双子を丁重に招き入れます。
 こうしてみると、コニィは(もちろん、ミウラやヴァスラほどではないのですが)やはり、だいぶ大柄な女性でした。背丈の方もヴィクトーリアと同じぐらいですが、横幅はもう「ほんの少し」だけ広い印象です。
「どうも、お邪魔します」
 カナタとツバサは部屋に入ると、コニィから勧められるままに、それぞれザフィーラの両隣の席に着きました。カナタの席は奥、ツバサの席は手前になります。

「今回は、御挨拶が遅くなりまして。申し訳ありませんでした」
「あら。いいのよ、そんなこと。気にしないで」
 ツバサが丁寧に頭を下げると、ヴィクトーリア執務官はにこやかに笑ってそう返しました。
 それに続けて、今度はエドガーが双子に丁重な口調でこう挨拶をします。
「随分とお久しぶりですが、お二人ともお元気でしたか?」
 昨年の9月の休日に、ヴィクトーリアたち三人は一度、ヴィヴィオの懐妊を祝いに高町家を訪れていました。それ以来ですから、双子がこの三人と会うのはもうほとんど8か月ぶり、ということになります。
「はい。おかげ様で」
「ところで、八神家でこちらに来ているのは、ザフィーラさんだけなんですか?」
「そうなんですよ。私どもは、八神家の方々全員をお誘いしたのですが、他の皆さんは、どうにもお忙しいようで」
 エドガーはいかにも残念そうな表情で軽く肩をすくめました。ツバサがふと問うような視線を向けると、ザフィーラはこう答えます。
「今回は、提督が司令官で、シグナムとヴィータもその副官だからな。新世界に到着してからの行動計画など、いろいろと事前に話し合っておかねばならん事柄があるのさ」

「それで、ザフィーラさんは、その話し合いには出なくても良いんですか?」
「オレは現場の人間だからな。元々、作戦の立案や検討には向いてないんだよ。だから、これは、まあ、適材適所というヤツだ」
 それを聞くと、カナタは思わず心の中で首を(かし)げました。
《ねえ、ツバサ。ボクには、ザフィーラさんが世間話に向いてるとも思えないし、ましてや、あのミカゲさんが会議で何かの役に立ってる状況なんて、ゼンゼン想像がつかないんだけど……。》
《そうですね。リインさんやアギトさんはともかく、ミカゲさんはちょっと……。》
昨年のカルナージでの訓練の時も、昨晩の本局での夕食の時も、ミカゲの言動は相当に小児(こども)じみた代物でした。カナタとツバサの目から見ても、とても自分たちよりも年上だとは信じられないほどです。
(二人とも、フェイトから『自分たちは赤子の頃にミカゲから「祝福のおまじない」を受けたことがある』という話ならば、聞いたことがあったのですが。)

「ところで、お二人は、どのお茶がよろしいですか? 何種類か持って来たんですけど」
 ふと、コニィが双子に尋ねました。
 見ると、談話室の右手奥(双子の席から見ると、正面方向)にはミニキッチンがあり、そこには相当な量の手荷物が高々と積み上げられています。
「え? ……そこの荷物って、もしかして、全部、私物なの?」
「はい。個室があんなにも狭いとは聞いていなかったものですから、つい、いつもの調子で普通の量を持ちこんでしまいました」
《うわぁ……。アレで普通なんだぁ……。》
「それでは、何か緊張がほぐれるような香りのお茶を、お願いします」
 カナタが絶句する中、ツバサは無難にそう答えておきました。
「ああ。じゃ、ボクもそれで」
「解りました」

 すると、今度はヴィクトーリアがまた笑って、少しからかうような口調で言います。
「あら。あなたたちでも、人並みに緊張なんてするの?」
「いえいえ。こう見えても、ボクら、根は『繊細なオトメ』ですから」
 カナタがとっさに「ウケを狙って」そう答えると、ザフィーラはそこで思わずプッと()き出してしまいました。
「うわぁ! 傷つくなぁ、そういう態度!」
「済まんな。長い付き合いだが、よもや繊細だったとは、今まで気がつかなかった」
 お互いに、もうほとんど漫才のようなやり取りです。
「……と言うか、少なくとも、カルナージでの印象は『繊細』と呼ぶには程遠い代物だったんだがなあ」
 ザフィーラが笑って続けると、ヴィクトーリアがふと特定の単語に反応しました。
「あら。あなたたちも最近、カルナージに行ってたの? それなら、私たちにも声をかけてくれれば良かったのに!」
「いや。この二人を連れて行ったのは、もう昨年の11月の話だ。確か、あの頃、お前たちはまだ仕事の最中だっただろう」

 ザフィーラが双子に代わってそう答えると、ヴィクトーリアは少し愚痴まじりの口調でこう返します。
「ああ。なんだ、その頃の話だったんですね。……ええ。私たち、昨年はあれから12月の下旬まで、ずぅっと仕事詰めでした。(溜め息)」
「年末年始には、少しまとまった休暇も取れたんですけどね。1月の上旬から4月の初頭までは、私たち、またヴァイゼンとフェディキアの間を行ったり来たりしていたんですよ。……まったく、もう二度手間ですよね。どうせ同じ世界での事件だったら、一度に起きてくれればいいのに」
 コニィもお茶を入れながら、いささか物騒なセリフで会話に加わりました。エドガーはそれを受けて、話を一旦こうまとめます。
「その後は、私たちも先月の8日から、ずっとカルナージに行っていたんですよ。つい十日ほど前まで、半月以上もの(なが)逗留(とうりゅう)になってしまいましたが……それで、ウチのお嬢様もお二人が似たような時期に来ていたのかと勘違いをされたようですね」

「え? でも、三人だけで行って来たんですか?」
「いえいえ。ラウ・ルガラート上級執務官に誘われたんですよ。……ああ。お二人とも、ラウさんのことは御存知でしたか?」
「ええ。確か……フェイト母様の、9歳ほど年上の大先輩だとか」
「ウチのお嬢様も、補佐官の時には随分とお世話になりましたっけ」
 そんなコニィの述懐に、ヴィクトーリアも思わず感慨深げに『そうね』と笑って応え、エドガーはまた双子を相手にこう説明を続けました。
「常時、何人もの補佐官を(かか)えて、しばしば他の執務官たちともチームを組んだりして、随分と手広くやっていらっしゃる(かた)なんですが……『この4月からの新人補佐官の陸戦スキルを確認したいから、お前ら、ちょいと手を貸してくれや』などと頼まれまして」
「ラウさん自身は、なのはさんと同じで、空戦主体の砲撃型魔導師なのよ。だから、自分で確かめるよりも、陸戦主体の私たちに頼んだ方が確実だと思ったみたいで。……まあ、こちらもちょうど休暇中で、特に断る理由も無かったから、お引き受けしたのだけれど」
「最初は『どれだけ使えるのか確認する』という話だったのですが、結局は『三人がかりで鍛え上げる』というトコロまでやらされてしまいましたからねえ。もうほとんど仕事の延長のようなものでしたよ。(苦笑)」
「ああ。それで半月以上も滞在されたんですね」
 ツバサは、ようやく納得できた、という表情です。

「でも、ヴィクターさんたちが三人がかりって……随分と優秀な人だったの?」
「そうね。16歳でアレなら、相当に優秀と言って良いんじゃないかしら。空戦の方も結構できるみたいだし、学科の方はそれに輪をかけて優秀だそうだから、彼なら今年の秋の執務官試験に一発で合格したとしても、何の不思議も無いわ」
「へ~え。ヴィクターさんがそこまで誉めるなんて……誰だか知らないけど、世の中にはすごい人がいるもんですねえ」
「あら。ジェルバ・タグロンのことよ。二人とも、フェイトさんか、マルセオラさんから聞いてないの?」
 唐突にマルセオラの名前が出て来て、双子は内心、ちょっと慌てました。ザフィーラもすかさず念話で双子にこう念を押します。
《解っているだろうが、二人とも。なのはの「すり替わり」の件は、まだこの三人にも秘密だからな。》
 双子は、念話ではそれにうなずきながらも、表情には巧みに疑問の色を浮かべてみせました。
 ヴィクトーリアはそれを見ると、何やら少し楽しげな口調でこう続けます。
「ジェルバ君は、マルセオラさんの『自慢の弟』なんだけど」

 そして、一瞬の沈黙の後、カナタはいきなり大きな声を上げました。
「ああ! そう言えば、マルセオラさんのフルネームは、マルセオラ・タグロン・ブラーニィ。今までずっと『女性としては変わったミドルネームだなぁ』とか思ってたけど、タグロンって元の苗字だったんだ!」
「そう言えば、7歳年下の弟さんが一人いて、『今は自分に代わって、その弟が執務官を目指している』という話ならば、昨年の今頃、初めて正式に紹介された時にお聞きしたことがありますが……その時は、弟さんのお名前までは伺っておりませんでした」
「ああ。そうだったのね」
 ヴィクトーリアが納得すると、今度はザフィーラがツバサに訊きました。
「なんだ。彼女も元々は執務官志望だったのか?」
「ええ。聞いた話ですが、フェイト母様の許で最大限の努力はしてみたものの、先天的な魔力資質に少し不足があって空戦スキルが思うようには伸びず、それでやむなく断念したのだそうです」

「ああ~。そう言えば、執務官って、空戦スキルが必須だからな~」
「そうですね。普通ならAAAランク、最低でもAAランクが必要になります」
 双子が揃って何やら(つら)そうな声を上げると、ヴィクトーリアは早速、期待に満ちた口調でこう問いかけます。
「あら。もしかして、あなたたちも執務官を目指してるの?」
「いえいえ! ボクら、そこまでの(うつわ)じゃありませんから!」
 カナタは慌てて否定しました。どうやら、これは謙遜という訳でもなさそうです。
「私たちは二人そろって、母様たちの優れた魔力資質を、まるで受け継いではいませんからねえ」
 ツバサも少し自嘲気味にそう言葉を添えたのですが、それでもまだ、ヴィクトーリアの勢いは止まりません。

「大丈夫よ! あなたたち、まだ12歳なんでしょ? アインハルトさんだって、14歳ぐらいまでは、まだそれほどマトモには飛べなかったんだから」
「そうですとも。さらに、ウチのお嬢様に至っては……」
「エドガー! 今、その話はしなくていいから!」
 ヴィクトーリアは慌てて執事の言葉を(さえぎ)りました。どうやら、彼女も空戦には相当にてこずったようです。
「うわ~。やっぱり、空戦って、むつかしいんだな~」
「私たちのように、ただフワフワと飛べるだけでは、お話になりませんからねえ。高速で動きながら、索敵とか、攻撃とか、防禦とか、回避とか……なかなか母様たちのようには行きませんよ」
「シグナムやシャマルの見立てでは、カナタもツバサも空戦の魔法資質は充分に『常人(ひと)並み以上』ということなんだがなあ。なのはやフェイトに比べると、さすがに少し見劣りがするらしい」
 双子の溜め息まじりの言葉は、半ば独り言のようなものでしたが、ザフィーラはそこに一言そう解説を加えました。

 すると、それから一拍おいて、ヴィクトーリアは実にしみじみとした口調でこうこぼしました。
「ああ。やっぱり、親が立派すぎると、同じ道に進んでしまった子供は苦労するものなのねえ」
「……え? でも、ヴィクターさんの御両親って、魔導師でしたっけ?」
 カナタの質問に一瞬だけキョトンとした表情を浮かべてから、ヴィクトーリアは慌ててこう答えます。
「ああ、ごめんなさい。今のは、独り言というか……私の話じゃなくて、兄の話よ。私の兄は、父の後を継ごうとして政治家になったのだけれど、元々、父ほどのカリスマは無いから、やっぱり、随分と苦労してるみたいなの。最近は、父も少し体の調子を悪くしてるから、私としても、兄にはもう少し頑張ってほしいところなのだけれど……」
「管理局に勤めているのは、お嬢様のお父上ではなく、上の叔父上の方ですね。聞いた話によると、いずれは〈中央評議会〉の評議員も狙えるほどの(かた)なんだそうです。……はい。お二人とも、どうぞ。お茶が入りましたよ」
 コニィはそう言って、二人の前にお茶を出しました。小さなお茶菓子もついて来ます。
「あ~。ありがとうございます」
「では、早速いただきます」
 双子はひとしきり香りを楽しんでから、お茶に口をつけました。

 その一方で、ザフィーラはヴィクトーリアにこう尋ねます。
「上の叔父は、確か、今は少将だったか?」
「はい。私が十代の頃はまだ一佐で……あの頃までは、あの叔父も本当に立派な人だったんですけど……」
「何だ。今はもう違うのか?」
「ええ。その……何と言うか……階級や役職によって『求められる能力』は変わって来ますから。特定の階級で有能だった者が、昇進した後に、その階級でもまた同じように有能と評価されるかと言えば……必ずしもそうとは限りません」
「組織の中で立ち位置が急に変わるというのは、やはり難しいものなんだな」
 ザフィーラは、いまだに「三佐らしいコト」を何もしていないシグナムとヴィータのことを念頭に置きながら、そう応えました。
(その点、彼自身はそもそも階級を持っていないので、気楽なものです。)

 左右の席で双子が美味しそうにお茶を飲んでいる中、ザフィーラは何気なく自分のティーカップを持ち上げてから、それがすでに(から)であることを思い出しました。
「済まんが、コニィ。オレにも、もう一杯、もらえるか」
「はい。ただいま」
 そうして、ザフィーラが二杯目のお茶を待っている間に、ツバサはふと思いついた疑問を言葉にします。
「ところで、ヴィクターさん。先程のお話なんですが……」
「え? どの話?」
「お兄様の話ですが、ヴィクターさん自身は、お父様の後を継ごうとは考えなかったんですか? 私たちからすると、ヴィクターさんには充分なカリスマがあるように見えるんですが」
「ああ! そう言えば、ヴィクターさんと相部屋になった二人組も、さっきボクらの部屋に来て、『執務官様は、やっぱりオーラがゼンゼン違う!』とか言って驚いてましたヨ」
 カナタが少し悪戯っぽい口調でそんな言葉を添えると、ヴィクトーリアは思わず、やや困惑気味の笑顔を浮かべました。

「そうなの? 私は努めて気さくに接していたつもりだったんだけど……」
「まあ、持って生まれてしまったオーラは、どうしようもありませんよねえ」
 コニィの容赦ない指摘に苦笑を浮かべながらも、ヴィクトーリアは改めて、ツバサの質問にこう答えます。
「私も小さい頃から、兄が少しばかり頼りないところのある人だということは解っていたから……自分が兄に代わって父の後を、というコトも『全く考えなかった』という訳ではないのだけれど……。私には一族の血に由来する、それこそ『持って生まれた』強い魔力があったから……」
「お嬢様も、当時はまだ、強すぎる魔力の制御が上手くできず、『並みのデバイスなど与えても、すぐに壊してしまう』という有様でした」
 カナタとツバサも魔力はだいぶ強い方ですが、さすがにそこまで強くはありません。

「ああ。そう言えば、『提督も昔はそうだった』というお話を聞いたことがあります」
 ツバサはエドガーの言葉にそう応えながら、ちらりとザフィーラの顔を覗きました。その視線に促されるようにして、ザフィーラはこう応えます。
「うむ。それは、まだ提督が車椅子に乗っていた頃……9歳か10歳の頃の話だ」
「お嬢様も、当時は似たような年齢でした。やはり、魔力そのものは一般に、それぐらいの年齢で急激に伸びるものなんですねえ」
「あの頃は、私も『自分は逆の意味で、正規の魔導師には向いてないのかも』なんて考えてしまったこともあったけれど……ちょうどその頃だったかしら。自分よりも遥かに厳しい状況に置かれていたジークと出逢って、『この程度の魔力で、そんな泣き言を言ってちゃいけないんだ』と自分の考えを改めたわ」

 そこで、コニィがザフィーラのティーカップに二杯目のお茶を(そそ)ぎました。
「はい。どうぞ」
「うむ。済まんな」
 そんな短い中断の後、ヴィクトーリアは少し砕けた口調で言葉を続けます。
「それに、よく考えたら、私は元々、根が単純というか、何というか……。策略とか、駆け引きとか、腹の探り合いとかって、昔から苦手なのよ。『だから、政治家には全く向いてないんだ』って、遅ればせながら12歳の時に気がついたの」
「ちょうど、お嬢様がIMCSに初めて参加された頃のことですね」
 エドガーの説明を聞くと、カナタは思わず、ポンと手を打ちました。
「ああ! IMCSと言えば、ボクらも姉様から当時の資料映像を幾つか見せてもらったことがあるんですけど、確かに、ヴィクターさんの試合運びは全部、すごくマジメって言うか、『正々堂々、駆け引き無しの真っ(こう)勝負』ばかりでしたよネ」
「もっと素直に『突撃バカ』って言ってくれても良いのよ?」
「いえいえ! ボクはマジで誉め言葉のつもりだったんですけど!」
「お嬢様。あまり若い人をいじめてはいけませんよ」
 コニィに言われて、カナタもようやく、自分が軽くからかわれていたことに気がついたようです。

 皆でひとしきり笑ってから、コニィも改めて自分の席に着いたところで、ヴィクトーリアはまた唐突に話題を変えました。
「ああ、そう言えば……ごめんなさい。本来なら、これは、あなたたちに会ったら真っ先に訊いておかなければいけないコトだったんだけど……ヴィヴィオさんはお元気? 出産予定日ってもう今月だったんじゃなかったかしら?」
「ええ。下旬という話ですので、まだ半月ほどは間があると思うんですが」
「じゃあ、遅くてもそれまでには、アインハルトさんを助け出して、ヴィヴィオさんの許に連れ帰って、彼女を安心させてあげないといけないわね」
「ええ。姉様も『兄様が新世界に置き去りにされた』という話を聞かされてからは随分と落ち込んでいますから」
「それで、姉様は昨日、第二次調査隊が翌日には出航すると知るや、急いで提督に『自分も連れて行ってほしい』と直訴(じきそ)したんですけどネ。さすがに『妊婦はダメだ』と断られたので、代わりにボクたちが行くことにしたんですヨ。ボクたちが近くにへばりついてるよりも、その方がむしろ姉様は安心できるんじゃないかと思って」
 双子の説明を聞くと、ヴィクトーリアもひとつ深々とうなずきます。
「ああ。やっぱり、そういう経緯(いきさつ)だったのね。昨晩、シグナムさんから最小限の言葉で『高町家の双子も参加することになった』とだけ聞かされた時に、『大方、そういった流れなんだろうな』とは思ってたけど……」

 そこで、ヴィクトーリアは、また不意に口調を変えて言葉を続けました。
「でも……また話は変わるけど、ヴィヴィオさんって、今はどちらにいらっしゃるの? 私たち、先月の26日に〈本局〉に戻って、その日の晩に初めてアインハルトさんのことを知らされてから、慌ててミッド地上の御自宅の方へ連絡を入れたのだけど、留守だと言われたきり、本人に転送もされず、録音すらできない状態で……」
「ああ、すみません。実は、しばらく前から、姉様は聖王教会本部の方でお世話になっているんですよ」
「あそこって、何故か、一般の回線じゃ外部とつながらないんですよネ」
「ああ、そうだったのね。……やっぱり、『教会にとって、ヴィヴィオさんは特別な人だから』ということかしら?」
「ええ。まあ、そんな感じです」
 ツバサがごく曖昧に答えると、ヴィクトーリアは、そこで不意に何かを思い出したかのような表情を浮かべ、さらにこう言葉を続けました。
「あ、そうそう! それと、もう一つ訊いておかなければいけないと思っていたコトがあるんだけど……なのはさんは、今、一体どちらに入院してらっしゃるの?」
 唐突にその話題を振られて、双子の表情に一瞬、思わず緊張が走ります。

 そこで、ザフィーラは努めて平然とした口調で問い返しました。
「ああ。その件か……。ところで、お前たちは、その話を誰から聞いたんだ?」
「え? 私は、カルナージを()つ直前に、マダム・メガーヌからお聞きしたんですけど……。これって、もしかして特秘事項だったんですか? 私、そうとも知らず、あちらこちらに()いて回ってしまいました」
【第2章の「第3節」でゲンヤと話をしていた相手は、実は、ヴィクトーリアでした! 皆さん、予想は当たりましたか?(笑)
『ゲンヤも、相手がヴィクトーリアだったからこそ、「同じ執務官ならば何か聞き及んでいるかも知れない」と思って、ティアナの所在について尋ねてみた』という訳です。】

《うわあ! 多分、ルーテシアさんから聞いたんだろうけど……ルーテシアさんのお母さん、意外と口が軽い!》
《それなりに身近な人物の話ですから、「特秘事項あつかい」だとは思っていなかった、ということでしょうか? ……カナタ。ここは、やはり「例のヤツ」で乗り切りましょう。》
《うん。やっぱり、「準備したモノ」はきちんと使わないとネ。》

「いや。まあ、特秘事項と言っても、第三級だからな。士官であれば、別に誰もが知っていて構わない話なんだが……」
「え? じゃ、私たちはギリギリ、アウトなんですか?」
 ザフィーラの言葉に、コニィは少し悲しげな声を上げました。
 エドガーとコニィは、武装隊では陸曹長という待遇なのですが、一般に「士官」というのは准尉以上を指して言う用語であり、曹や曹長はあくまでも「下士官」なのです。

 それでも、ザフィーラは割と軽い口調でこう続けました。
「まあ、厳密に言えば、そういうコトになるが……お前たちならば口も堅いし、別にいいだろう。入院している場所は、ミッド首都の東部郊外にある局員専用病院の特別病棟だ。
 ただ、実を言うと、なのは本人が『こんな姿は、あまり他人(ひと)には見られたくない』と言い張っているのでな。できれば、実際に病室を探し出したり、見舞いに押しかけたりといったコトは遠慮してやってくれないか?」
 その言葉に、ヴィクトーリアは思わず少し表情を強張(こわば)らせます。
「それって……もしかして、だいぶ悪いってことなんですか?」
「さあ、どうなんだろうな? オレも詳しい話は聞いていないんだが……検査入院と言いつつ、もう一月(ひとつき)以上になる。なのはには『14年前の古傷』もあるし、心配だと言えば、確かに心配なんだが……」

「でも、なのは母様は、そうやって『自分が他人(ひと)から心配されてしまう』というコト自体を本気で嫌がってますからね」
「もう先月の話なんですけど、ボクらも、なのは母様から『あなたたちは、私の心配などする暇があったら、もっと自分らの成すべきことを成しなさい。私だって、たくさん心配されればそれだけ早く退院できるようになる、という訳じゃないんだから!』なんて言われちゃったんですヨ」
 ツバサとカナタは、ザフィーラの言葉に合わせて、こんな時のために二人で密かに決めておいた「台本」どおりの台詞(せりふ)を使いました。
 もちろん、それは「真っ赤な嘘」だったのですが、それでも、ヴィクトーリアは疑うこともなく納得してくれたようです。
「ああ、なるほど。……それは確かに、なのはさんらしい言い(ぐさ)よねえ」
 ヴィクトーリアは小さく何度もうなずきながら、そう応えました。
「じゃあ……なのはさんが退院したら、私たちにもすぐに教えてもらえるかしら? 『快気祝い』ぐらいは、私たちにもさせてほしいわ」
「そうですね。そうしていただければ、母様も喜ぶと思います」
「できれば、姉様の出産には間に合ってほしいんですけどネ」
 こうして、双子はこの件に関する追及を巧みに(?)かわしたのでした。



 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧