邪教、引き継ぎます
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二章
17.サマルトリアの王子(2)
老アークデーモン・ヒースが、三つ又の槍先をサマルトリアの王子に向けたまま、前に出た。
もし大灯台で戦闘の必要が生じた場合、三人の中で最も耐久力に優れる彼が、最もダメージを受けやすい位置取りをする。それが事前の打ち合わせだった。
そして彼の尻尾の先が、後ろを向けたまま小さく動く。これも打ち合わせどおりで、簡易的な指示だった。
本来は後衛であるフォルが指示役となるべきであるが、戦闘経験がローレシア王戦しかない素人である。そのため、当面は老アークデーモンが肉声または尻尾で指示をおこない、フォルはそれを見て学ぶという話になっていた。
老アークデーモンは前にいたまま呪文攻撃と槍での攻撃。フォルは少し下がり、奥から呪文攻撃。バーサーカーの少女・シェーラは横方向に離れて遊撃に適した位置を取り、スピードとバネを生かして一撃離脱を繰り返す、ということになる。
サマルトリアの王子の思い出話が続いていた間に、老アークデーモンも必死に考えたのだろう。万能と言われるサマルトリアの王子だが、最も警戒すべきはベギラマ。呪文を使う暇をなるべく与えないことが大切という結論のようだ。
しかし残念ながら、そのような苦慮をあざ笑うかのような展開となった。
「マホトーン」
サマルトリアの王子の声。それとともに、持っている細身の剣が、フォルと老アークデーモンの中間あたりの方向へと向けられた。
通常の呪文使いは、杖または素手を向けて発動させる。両手が盾と剣で塞がってしまう彼独自のやり方なのだろう。
同時に、フォルの体内に奇妙な拘束感が走る。
まさかと思い、杖を向けて呪文を唱える。
「ギラ……っ!」
何も起きない。
「ダメじゃ。武器で攻撃するしかない」
いきなり呪文という攻撃手段が奪われた。こんなに簡単にかかるものとは聞いたことがなかったためフォルは驚いたが、杖での攻撃に頭を切り替えた。
いかずちの杖は頭と逆側の先端が槍先のように加工されており、刺突武器としての使用も可能。目の前の強敵に通用するかどうかはともかくとして、フォルは槍に精通している種族アークデーモンであるヒースに技術を教わっているところだった。
位置を前に直したフォルよりも早く、シェーラが三人の先陣を切るかたちでサマルトリアの王子に斬り込んでいた。その表情は鬼気迫るものがあった。
もともとバーサーカーは仲間意識も強い種族。ロトの子孫三人組にはかなりの数の同朋がやられているため、種族全体で彼らに対する敵愾心は強い。シェーラの場合は戦死者に前頭領である父親が含まれているのでなおさらだった。
「……っ」
斧は見切られ、空を切った。十分な気合いも当たらなければ意味がないが、彼女もサマルトリアの王子の剣の速さを警戒はしているため、二振り三振りと欲張らず、体のバネを生かし自分の攻撃が終わるやいなや後方に跳ぶ。
ところが。
着地した瞬間に、少女が身にまとう緑色の服の腹部の箇所が、横に大きく裂けたようにパカリと開いた。
「……!」
サマルトリアの王子を見ると、すでに剣を振り終えている体勢だった。素早く間合いから離脱したはずのバーサーカーの少女の体を、想定を超える凄まじい速さで振り抜かれた剣が、わずかに捉えていたのだ。
裂け目からはよく締まった褐色の腹筋がのぞいている。血は出ていない。生身まではかろうじて届かなかったようだ。
フォルの目には何が起きたのかわからないほどの戦慄の速度だったが、恐怖心を抑えて自身も踏み込み、杖での突きを入れた。
が、ひらりとかわされてしまう。
そのかわし先を計算したかのように突き出された、老アークデーモンの三つ又の槍。
正確無比。これはかわせないと判断したサマルトリアの王子は、盾で受けた。すさまじい金属音がした。
フォルがふたたび杖を出すも、当たらない。
体勢を立て直したバーサーカーの少女もまた飛び込んでいく、が、やはり斧は空を斬る。
彼女は武器が斧であるため、他の二人よりも間合いを詰める必要がある。
そこをまた狙われた。
「あぁっ!」
今度はサマルトリアの王子の剣に捕まってしまった。
彼女は離れ際に一振り、二振りと斬られ、盾の使用も間に合わなかった。声があがり、顔が苦悶に歪む。
後方に着地するも、今度は胸から腹部にかけて斜めに服が大きく裂かれていた。褐色の素肌がのぞき、さらにそこから血がが線上に噴き出す。
「……うっ」
「シェーラさん!」
「大丈夫かっ」
「だ、大丈夫だ。浅いっ」
そう言いながらもうずくまる少女。
追撃を許すまいと老アークデーモンとフォルで時間稼ぎの手数を出すも、二人だけではサマルトリアの王子の余裕を完全に奪うことはできなかった。
そして、来てしまった。
「ベギラマ」
サマルトリアの王子が呪文を唱え、細身の剣をフォルたちに向けた。普通はこれだけ忙しくされると呪文はなかなか放ちづらいはずなのだが、熟練度が高くタメが少ないのだろう。すぐに細身の剣が大きな炎を帯び、そこからフォルたちに向けて発射された。
「いかん、デカいぞ」
ここで老アークデーモンが驚きの行動に出た。
防御体制を取らず、逆にベギラマの源に飛び込むようにサマルトリアの王子に向けて突っ込んでいったのである。
「むうぅっ」
老アークデーモンが火だるまとなる。
事前の想定を超える威力であることを察し、他の二人はまともに食らえば耐えられないと判断。自分の体を盾にして炎を食い止める判断をしたのである。
「むっ、むむむ、うおおっ」
しかし、炎の威力は想定を超えた想像すらも上回った。受けきれない。
怒涛の勢いで巨体から溢れていくベギラマが、猛烈な炎の風となって後方の二人をも襲った。
「う、うああっ」
フォルはあわててマントで受けたが、まったく受けになっていない。身を包んだマントごと炎に巻き込まれた。
上司であり教団で屈指の魔力を誇る悪魔神官ハゼリオのベギラマを見せてもらったことはあったが、明らかにそれよりも大きく、激しい炎。
そしてあまりに強い火力は、そう思うことすらすぐに許さなくなった。
炎がやむ。
「ぅ…………」
フォルは倒れて全身を痙攣させると、すぐに気を失って動かなくなった。
「う……くっ……」
同じく炎にやられたバーサーカーの少女は、一度立ち上がったが、すぐに片膝をつく。
老アークデーモンは倒れていない、が、当初の位置よりだいぶ後ろにいることが炎の圧を物語っていた。頭から尻尾まで、全身から煙をあげている。
「恐ろしい受け方するね。炎が広がる前に自分の体で止めてしまえってことか。そんなの初めてだよ」
「……ロンダルキアの未来がかかっておるからの」
ヨロっと三つ又の槍を構える老アークデーモン。
体力のある種族といえども、相当なダメージとなっていた。
「そんなボロボロで勝ち筋はあるのかな」
「呪文を封じられようが槍が使えなくなろうが戦うわい。勝ち筋があろうがなかろうが戦わねばならんときはある。それはおぬしもよく知っておろう」
「あ、それはそうだ。すごく失礼なことを言っちゃった。ごめんよ」
サマルトリアの王子の剣に、ふたたび炎がまとわりつこうとしていた。
「二度目は耐えられなそうだよね。これで決まりかな。ベギ――」
「イオナズン!」
「えっ!?」
呪文が封じられたはずの老アークデーモンの詠唱。
サマルトリアの王子の頭上に強く輝く火球が現れ、大爆発を起こした。
「うあっ」
爆音に交ざり、サマルトリアの王子の声も響く。
ベギラマのものとはまた違う爆風が、大灯台最上階に吹き荒れた。
いつの間にかシェーラが倒れたままのフォルの前で盾を構え、低い姿勢をとっていた。尻尾でイオナズン発動の合図が出ており、それを彼女がしっかりと見ていたのである。
爆発がやみ、また静寂が戻った。
それに遅れ、あたりを満たしていた煙も晴れていく。
「……!」
老アークデーモンの目が見開いた。
倒れていたサマルトリアの王子がすぐに起き上がったからだった。
「いや、まいったな」
ほこりを払いながら、ぼやくように言う彼。
さすがに余裕綽々という感じではないが、完全に油断していた状態でイオナズンをまともに食らったはずであり、盾で防御も間に合わなかったはず。なのに、起き上がった。ふらつきなどもない。
「マホトーンがまだ効いてるフリをしてたのか。やられた」
「ワシは耐性があるのでな。かからないか、万一かかってもすぐ解ける。まあ、予定ではこれで大逆転勝ちのはずだったのじゃが……」
「残念だったね。じゃ、接近戦でいくよ」
大爆発を起こす魔法は至近距離では使いにくい。サマルトリアの王子がサッと距離を詰めて剣を振っていく。
「むぅっ」
老アークデーモンも熟練した技術で対応するが、やはり速さが違いすぎる。三つ又の槍は当たらず、細身の剣は着実に大きな体を痛めつけていく。
「ぅ……」
すでに大ダメージを負っていた体はすぐに限界を迎え、がくりと膝をついた。
やはり斬り合いでは速度差で勝負にならない。
「まだオレも生きてるぞっ」
横からバーサーカーの少女が斧で再参戦。それをサマルトリアの王子は盾で受けた。
そのまま彼女は斬り合いに持ち込むも、やはりダメージ蓄積のせいで動きに精彩を欠く。
「そんな体じゃ、もうよけられないでしょ」
そう言いながら、サマルトリアの王子が一振り、二振り。
「あっ! ああ゙っ!」
もう一振り、二振り。どんどん斬撃をきめていく。
「ああ゙っ! あ゙ああ゙っ!!」
メッタ斬りにされ、飛ばされる。
着地することすらできず、石の床をゴロゴロ転がった。
「ぁ……ぅ……」
苦しそうにあえいで体をくねらせるバーサーカーの少女。立ち上がれない。肩、胸、腹部、背中と、服のいたるところが切り裂かれており、褐色の肌を露出させていた。かなりの出血も見られる。もはや戦闘不能なのは明らかだった。
「さすがにもうダメかな……わっ」
「ワシはまだいけるぞ」
後ろから三つ又の槍を出していった老アークデーモンだったが、気配で気付かれ、かわされた。
「そっちもそろそろ限界に見えるけどなあ」
「ぬおっ」
老アークデーモンの体からも、血が派手に噴き出す。
サマルトリアの王子の動きについていけていないため、斬り合えば斬り合うほど傷が増えていく。
そしてついに。
「ぐ……」
ドサッと巨体が倒れた。
「どっちも粘ったね。魔物って普通そんな感じじゃないと思うんだけど。一体どうなってるんだろう」
サマルトリアの王子の視線は、床に沈んで動かないままのフォルへと向く。
「このコロッと気絶した魔術師がそんなに大事ってことかな? ということは――」
ゆっくりと、歩きだした。
「ここで確実にとどめをさしておかないと、ロスがいつまで経っても解放されないんだろうな」
剣を光らせながら、倒れて動かないままのフォルへ、ゆっくり近づいていく。
「い、いかん」
「フォル……!」
老アークデーモンとバーサーカーの少女の二人は必死に体を動かそうとするも、やはり立つことすらできず。
両者のかすれた声だけが、フォルへと飛んだ。
ページ上へ戻る