俺様勇者と武闘家日記
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第3部
第3部 閑話①
王様ゲーム
「あっ、あたしが王様だ!!」
旅の途中立ち寄ったレストラン兼酒場で、シーラの高らかな声が響く。
夕食を済ませたあと、私たち3人は、店の隣にある小さな劇場に足を運んだナギが帰ってくるのを待つため、なぜか3人で王様ゲームを始めていた。
アッサラームの劇場程ではないと言っていたが、様子見がてら一人で行くことにしたナギ。本人は別に踊り子に興味があって行くわけではないとやたら強調していたが、なんとなく言い訳がましく聞こえたのは私だけではないだろう。
そんなナギの言動に半ば呆れつつも、それほど長い時間いないと言っていたので、彼が帰ってくるまでここで待つことになったのだが、なぜか話の成り行きで王様ゲームをすることになったのだ。
食事が終わったあとお酒を追加注文したシーラの目の前には、大量の酒瓶がテーブルに所狭しと並んでいる。シーラはそのテーブルの僅かな隙間に羊皮紙を小さくちぎって見せると、番号と王様の印を書き、裏向きにして伏せた。
伏せたままの紙を3人でそれぞれ選び、中身を確認したあとこの中で王様が誰かを尋ねたら、シーラが名乗り出たのだ。
ちなみに私が手にしているのは1番。ということはユウリが2番だ。
最初は渋っていたユウリだったが、やはり『王様』という単語に心を動かされたのか、結局参加している。
さて、シーラは一体何を命令するのだろうか?
「えっとねえ、1番が2番のほっぺにチューして!」
『は!?』
シーラのとんでもない発言に、私とユウリは唖然としながら声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って!! なんなのその命令!?」
「お前ふざけてんのか? そんなのできるわけ無いだろうが」
二人に責め立てられるが、当のシーラはキョトンとした顔で、
「え? でも本来王様ゲームってこういうもんだよ?」
そう言いながら彼女は、ワインボトルをグラスに注ぎ入れた。
あれ? なんだかいつもより顔が赤い?
「だとしても、こんな公衆の面前でやることじゃないだろ」
「そうだよ! お願いシーラ、命令変えて!」
このまま彼女の命令通り、私の方からユウリのほっぺにチューしてしまったら、後でユウリにどんな毒舌を吐かれるか想像もつかない。私は必死で抗議した。
「え〜? でも、王様の言うことは『絶対』なんだよ?」
「で、でも……」
なぜか『絶対』を強調してくるシーラに負けじと、何か論破できる発言を捻り出そうとするが、なかなか思い浮かばない。すると、
「ふん。そこまで言うならもうこのゲームはお開きだ。俺は先に宿に戻る」
案の定、業を煮やしたユウリがゲーム自体を放棄し、この場から退出しようとする。すると、シーラの目がきらりと一瞬輝いた。
「じゃあユウリちゃん、今日のあたしの酒代払っといてね♪」
「は?」
その言葉に反射的に振り向くユウリ。その顔は不機嫌極まりない形相であった。
「ゲームを放棄した、つまり自分で負けを認めたってことだよね。だから負けた人には、王様の酒代を払わなきゃならないんだよ」
「なんだその理屈は!!」
激高するユウリをよそに、シーラはカウンターにいる店員さんを呼んだ。
「すいませーん!! ウイスキーをボトルで5本くださーい!!」
「シーラ!?」
私とユウリの顔が一気に青ざめる。よく見れば、いつもよりテーブルの上に大量の酒瓶がひしめき合っている。一体酒代だけでいくらかかるのだろう。
いや、待てよ……? もしかしたら……。
「お前、なんてことを……」
まるで親の仇にでも出会ったかのように愕然としているユウリに、そんな抗議などどこ吹く風のシーラ。彼女の分の酒代は、大体ユウリが代わりに支払うことが多い。そんなシーラの酒代をパーティーのリーダーであるユウリは渋々支払っていたが、今回に限ってはあまりにも理不尽すぎる。
まずい、ユウリの目が今にも呪文で店を消し飛ばさんとする勢いで血走っている。これはなんとしても彼女自身に酒代を払ってもらわなければ。
「わかった! ならゲームは続行するよ」
「!?」
何を血迷ったのか、と言わんばかりに私を見返すユウリ。けれど私には、ある一つの考えがあった。
「おっけー! じゃあ、1番が2番のほっぺにチューだかんね☆」
私は戸惑うユウリのそばまで椅子を近づけ、体を接近させた。よし、この角度ならシーラに直接見られることはないはずだ。
「お前、なんで……!?」
私の行動に引き気味のユウリを無視し、私は彼の腕を掴んだ。
うう、恥ずかしいけど、我慢我慢……!
「わあ♪ ミオちんったら、だいたーん!」
色めき立つシーラを無視し、私はぐいとユウリの腕を引き寄せる。と同時に自分の顔をユウリの横顔に思い切り近づけた。傍から見れば私がユウリのほっぺにチューしていると見られてもおかしくはない。
けれど実際は頬に当たらないギリギリの場所でピタリと止めると、私はユウリに向かって小声で囁いた。
「ユウリ、とりあえずここはシーラの指示通りにして、私かユウリが王様になったら、シーラに酒代払わせよう」
「!!」
ようやく私の意図に気づいたのか、視線で頷くユウリ。その仕草も、第三者には殆ど気づかれないくらいごく自然であった。
「あれ、もう終わり? ちゅーしたの?」
「うん、したした! だから次行こう、次!!」
本当はしてないのだが、半ば強引に話を切り上げる。幸いにも赤ら顔のシーラの目には、私達のやり取りははっきりとは見えなかったようだ。
私が席に戻るのを見計らい、再びシーラはバラバラにしたくじをテーブルに伏せる。そして二回目のゲームが始まった。
『王様だーれだ?』
めくってみると、今度は2番。ちらっとユウリの方を見ると、微妙な表情をしている。ということはまさか……。
「やったあ、またあたしが王様だ〜♪」
あろうことか、またもやシーラが王様になってしまった。さすがのユウリもこれには不信を抱いたのか、ぎろりとシーラを睨めつける。
「おいお前、まさか不正したんじゃないだろうな?」
だが、ユウリの指摘にシーラは目を釣り上げた。
「人聞きの悪いこと言わないでよ〜! あたしは遊びに関してはいつでも真面目で本気なんだからね!」
さすが元遊び人。その言葉には妙な説得力があった。
「それじゃあ1番の人、初恋の相手の名前を言って!」
「いない」
シーラの命令ににべもなくそう言い放ったのは、1番のくじを引いたユウリだ。考える暇もないくらい即答した彼は、女性陣が呆気にとられる中、しれっとした顔をしている。
「またまたあ、ホントはいるでしょ? 初恋の一人や二人」
「初恋が2回もあってたまるか」
「えー、じゃあミオちんは?」
もはや番号など関係なく質問している。うーん、この様子は相当酔ってるな。
「私もいないよ!」
私もユウリと同様、きっぱりと答えた。故郷の村に同年代の子がいなかった私にとって、初恋どころか友達すらもほとんどできなかったのだ。
「本当か?」
「えっ!? ほ、本当だよ! だって村に同年代の子なんていなかったもん」
なんでそこでユウリが食いついてくるんだろう。誤解されても困るので必死に否定する。
「別にお前の初恋相手に興味はないけどな」
自分から聞いといてなんなの、それ!!
私はふつふつと湧く怒りを必死に抑えながらユウリを睨みつけるが、当の本人は素知らぬ顔を決めている。
「うーん、そっかあ。じゃあ次!!」
シーラの一声に、険悪になりつつある雰囲気が霧散した。切り替えの早い彼女はすぐにまたくじを裏返しにしてテーブルに伏せる。今度こそ、と思いながら私は手近にあった紙を取る。
「う……」
なんということか、手にした紙には再び2番の文字が。嫌な予感がしつつも、くじを手にしたシーラの方を見る。
「わぁい、また王様だ〜☆」
「……」
喜ぶシーラを横目でにらみながら、わなわなとくじを持った手を震わせているユウリ。さすがにこんなに連続で王様が続くのは怪しいと、再びシーラの様子を探るが、別に怪しいところは見られない。元々遊び人だった彼女のことだ、きっとくじ運に恵まれてるのだろう。というかそう思い込むしかない。
「えーとそれじゃ、1番が2番の体をくすぐって!!」
え!? ユウリが私をくすぐる!? てことはつまり、ユウリが私の体に触れるってことで……。
「……!!」
想像して恥ずかしくなった私は、無意識に自分の体を抱きしめた。
「……」
ああほら、ユウリも微妙な反応してるし!!
でも、ここでゲームを放棄したら負けとみなされて、いくらかかるかもわからないほどのシーラの酒代を払わなければならない。私は意を決して両腕を真上に上げた。
「えっと、あの、お手柔らかにお願いします」
実を言うとくすぐられるのは苦手なのだが、お金がなくなるくらいならここは我慢するしかない。
「その割には腕が震えてるぞ」
駄目だ、無意識に防衛本能が働いてしまう。
「き、気にしないで!! 思い切りやっちゃってよ!!」
なんて強気な態度で宣言したが、思い切り強がりだった。ユウリもそんな私の態度を見透かしているのか、呆れたように私の二の腕を控えめに触り始めた。てっきり脇の下あたりをくすぐられると思ったが、彼の慈悲の心が働いてくれたらしい。けれどそんな彼の優しさも虚しく、脇だろうが二の腕だろうが私の擽られスイッチは、容赦なくオンになってしまった。
「っ……」
だめだ、もうこの時点で我慢できない。その上ユウリはあまり触れないよう優しく触ってくるからか、逆効果だった。
「ふふっ、うくっ……、も、もうダメ……、あははははは!!」
耐えきれなくなった私は、体を捩りながらユウリから離れた。ユウリもこれ以上深追いすることはせず、何とも言えない表情で、笑いが止まらない私を眺めている。
「いやいや、ミオちん弱すぎでしょ〜。それにユウリちゃんも諦めるの早すぎるよ」
「だ、だって……、そういう体質なんだもの」
「なんでわざわざ人の嫌がることを続けなきゃならないんだ」
「ユウリちゃんには言われたくないんだけど★」
その意見には散々ユウリに髪の毛を引っ張られている私も賛成だ。
ともかく、私の訴えとユウリの正論に、シーラは納得したのかこれ以上は何も言わなかった。
このまま続けても、元々運の強いシーラにばかり王様が当たってしまうんじゃ、そう思っていたときだった。
「なんだよお前ら。またナントカゲームってのやってんのか?」
「ナギ!!」
後ろを振り向けば、いつの間に劇場から帰ってきたのか、ナギが呆れたように立っていた。
「もう、遅いよナギ! 待ちくたびれちゃったよ」
「悪い悪い。ちょうどキリの良いところで帰ろうと思ってさ」
そう言いながら、私とユウリがシーラの無茶振りに振り回されてるのも知らず悪びれることなく笑うナギに、私は軽い怒りを覚えた。
「よしバカザル。お前もこの茶番に付き合え」
「は?」
ユウリは目を吊り上げたまま椅子から立ち上がると、ナギの首根っこを掴み強引に空いている椅子に座らせた。
「今度はこいつも参加させるぞ」
「おー♪ いいねぇ☆ やろやろ!!」
ユウリの提案に、シーラは乗り気のようだ。それにしても急にナギを誘うだなんて、何か考えでもあるのだろうか?
「ねえユウリ。急にナギを王様ゲームに参加させるなんて、どういうつもり?」
「別に。こいつの他人事のような顔が癪に触っただけだ」
そんな理由で参加させられるナギがかわいそう。
「そんじゃあ、ゲームさいかーい!!」
もはや手慣れた動作で、新しくしたくじの紙をテーブルに伏せるシーラ。何が何だかわからない様子のナギも、流れで何となく理解できたのか、裏返しになっているくじを手に取った。
『王様だーれだ?』
私とシーラが掛け声を上げ、全員一斉にくじを見る。最初に声を上げたのは……。
「あっ、オレがおうさ……」
ドゴッ!!
重い打撃音が聞こえたと同時に、声を上げようとしたナギの姿が一瞬見えなくなる。瞬きの間に何か変化が起きた気がしたが、気のせいだろうか?
「俺が王様だ」
そんなナギの隣に座っていたユウリの手には、『王様』と書かれたくじの紙が堂々と広げられていた。
「おー、ユウリちゃん、初王様~♪ そんで、何を命令する?」
「シーラ。今夜の飯代と酒代、全部お前が払え」
はっきりとした口調で言い放ったユウリの言葉に、一瞬ぽかんとするシーラ。ややあって、やっと彼の言葉が耳に入ったのか、まるでこの世の終わりのような形相で悲鳴を上げた。
「ええええええええっっっっ!!??」
グッジョブ、ユウリ!! けど一瞬、何か不正があったような気がしたけれど、気のせいだろうか? いや、気のせいであれ。
「ちょ、ちょっと待て!! なんか今後ろから思い切り殴られたような……」
「ベギラマ」
ぼぉんっ!!
「ぎゃああああ!!」
店内なのでいくらか威力は抑えているが、ユウリの放ったベギラマは、ナギの頭髪を一部焦がしてしまった。
「待ってユウリちゃん、いくら王様でもそれは……」
「俺とこいつの迷惑料込みだ。安い方だろ」
「そんなあ〜……」
往生際の悪いシーラを軽くあしらうユウリと目が合うと、私は彼のマントを引っ張った。
「? なんだ?」
「えと、あの……、王様ゲーム、ユウリは嫌だった?」
「は?」
「迷惑料って言ってたから……。私はそんなに嫌じゃなかったけど」
「!?」
ユウリにとってははた迷惑だったかもしれないけど、内容はともかく3人で遊んだことは私にとっては嬉しかった。普段あまりユウリがこういう遊びに参加することは殆どないからだ。
「酒代は気になってたけど、別にゲーム自体は楽しかったよ」
素直にそう伝えると、一瞬にしてユウリの顔が赤くなった。そして私から視線を逸らす。
「お、お前はそうでも俺は……」
「あー!! シーラが逃げたぞ!!」
「!?」
ナギの叫び声に、はっと我に返る。
「えーん、きっとユウリちゃんが払ってくれると思って、調子に乗って飲みすぎちゃったよ~!!」
気づけば店の入り口に向かって走っていくシーラの姿があった。
「あのザルウサギ! やっぱり俺を頼ってやがったな!!」
そう言い捨てると、ユウリは必死の形相でシーラを追いかけ始めた。続いてナギも彼らの後を追いかける。
「……どうするの、この状態……」
冷静さを取り戻した私がとりあえず今やるべきは、無銭飲食で犯罪者になりつつあるシーラを捕まえることだ。考えを切り替えた私は、すぐに皆の後を追うことにしたのだった。
後日、店の厨房でひたすら皿洗いをしているシーラを見かけるが、それはまた別のお話。
ちなみにゲーム中のことは、あまりにも酔っていてほとんど覚えてないらしい。それはそれで良かったかな、と思う。
おしまい
後書き
4人の運の良さ比較↓
シーラ >> ナギ > ミオ > ユウリ
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