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ソードアート・オンライン リング・オブ・ハート

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39:願いを込めて



 それからというもの、村では大きな騒ぎが巻き起こった。
 もとより、この小さな村では《風鈴キノコ》収集クエスト以外の目的でやってくるプレイヤーはまずおらず、結果、現在はボクの所属しているレイドパーティの数十名しかこの村に滞在していない。
 よってボクがミストユニコーンのテイミングに成功した、という噂は一瞬で全員に伝染するのは自明の理であった。
 この日のクエストは急遽中断され、全員が村に帰り、まだ明るいというのにいつもの宴が始まった。
 もちろん、その主賓はボクとこの子。パーティ員からは随分と羨ましがられ、「《竜使い》に続くアイドルプレイヤーの誕生だ」「明日の新聞の一面は決まったな」などと矢継ぎ早にもてはやされた。
 もともと人付き合いの経験が無い上に、こういうちやほやした扱いにも耐性が全く無かったボクらは皆に断わって、逃げるように一足先にいつもの宿屋へとチェックインした。

 今では二人きりの個室で静かに過ごし、浮き立ちそうな心を落ち着けている最中だ。
 ボクはベットに腰掛け、この子のことを詳しく知る為、新しく呼び出せるようになった《使い魔》の能力ウィンドウを表示させていた。
 その能力は、一般的な使い魔になり得る小動物型モンスターと比べ、馬型モンスターの特徴であるトップクラスの俊足さを除いては、別段なにも変哲も無い非力なステータスではあったが……ひとつだけ特筆すべき違いがあった。
 ミストユニコーンはもともと任意の場所にワープできるという特殊能力を持っていた為か、一般的な使い魔と違い……【使い魔はビーストテイマーである主人と一定距離以上は離れることができない】という制約に課されていない、という点だ。
 その一文を読み、つい可笑しくなってクス、と小さく笑ってしまう。
 なぜなら……もう、この子とボクが離れ離れになるなんてことは、決してないのだから。

 と……今になって、ベットに腰掛けているボクの肩にずっと寄りかかっていた温もりが無くなっていた事に気づいた。
 一瞬だけ慌て、きょろきょろと部屋を見渡すと、ユニコーンはベットから足を下ろしているところだった。

「……どうしたの?」

 いつの間にか傍から離れていたユニコーンに声をかけた。
 ユニコーンは窓辺に歩み寄り、窓から覗く空を見上げた。
 気づけば外はもうすっかり日は沈みきっており、窓の奥は青と黒の狭間のコントラストで塗りつぶされていた。しかし窓から覗く景色の下半分は薄くランプのオレンジ色に染まっており、耳を済ませば足元から陽気な喧騒も聞こえてくる。宿の一階では、まだパーティ員達による宴が続いているようだった。
 けれどユニコーンは、あくまで窓の上部……夜空に浮かぶ星々と、上弦の三日月をただ、じっと見つめている。

「……まだ、怖いの? あの人達が……」

 ボクはその背に語りかける。
 この子は宴の時、ボクの背から一時も離れようとせず、ひどく怯えていた。それがボクらが今この個室に逃げてきた大きな理由のひとつなのだが……やはり、この子は人の事を信じきれていないようであった。

「だいじょうぶだよ。ボクは、そう思ってる」

 すると、なぜ、と問いたげにユニコーンが寂しげに振り向いた。
 かつてSAO公式ページで見たサンプル画像とは少し違う、真円でなく涙滴型のやや鋭い紅い目が、ボクの翠の目と視線を交わす。
 確かに、ボクには友達と呼べる《人》は居ない。……それは今も同じだ。唯一の友達は、目の前のこの子だけ。
 それに、階下のあの人達とはフレンド登録すらしていない。システム上では、彼らとはただのレイドパーティ関係であり、一般パーティ以上ギルド未満の、大人数協力型クエストのクリアを目的とした単なる集まりの一員だけであるという感は否めない。そして……ボクの心情的にも、彼らにそれ以上の思い入れがある、といえば首を横に振らなくてはならないだろう。
 けれど、パーティ員の人達とは、かれこれもう一ヶ月以上の付き合いになる。それに、今ではボク達の為に宴も催してくれている。
 なにより……

「ボクは……信じてるよ。……あの人達のこと」

 現実世界で、友達が出来なくて両親に泣きついていたボクに……お父さんとお母さんは、頭を撫でて慰めながら、よく言っていた。
 人は、信じあうからこそ互いに居られるのだ、と。
 人は、本当は温かい存在なのだ、と。
 ボクは、お父さんがボクと一緒に居るときの幸せそうな顔を見て……そしてお母さんに抱き締められた時の、その全てを委ねられる柔らかな温かさを証に、それを信じて今まで生きてきた。

 ……だから、あの人達もきっと同じなのだと、ボクは信じている。

「……おいで」

 ボクはベッドに座ったまま、膝の上にあった手を広げ、ユニコーンを招く。
 すると、今では何の警戒もすることなくコツコツと蹄で木の床を鳴らして近寄り、ベッドにひょいと飛び乗って足を折り、何も臆することなくボクの膝の上にその首を乗せてくれる。
 そしてボクは、

「ねぇ……これでも、人を信じられない……?」

 と、その首の上に……そっと手を添えた。

「分かるでしょ……今、ボクとキミは互いに安心しきって、身も心も委ねあってるのが……。これが、信じあうってことなんだよ……」

 優しく、諭すように。
 両親が教えてくれたことを……今ボクが、この子に伝えていく。

「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ。キミがボクを信じてくれたように……あの人達のことだって信じられる時が来るよ。きっと……」

 その鬣をゆっくりと撫でる。

「……確かにね、人は冷たかったり、酷い事もするよ。……でもね、本当は違うんだよ。本当は、お母さ――ううん、ボクみたいに、キミと一緒に居られる人が、いっぱいいるんだよ……」

 スク、スクと淀みなく指が透き通る滑らかなそれを、指と手の平で温めるように梳かしていく。
 するとユニコーンの目が、心地良さそうにとろんと少しずつ細められていく。
 その姿が可愛くて、そして今はボクを信じてくれているという愛おしさも同時に胸に溢れ、ボクの心もまた温かくなる。

 そうなのだ……信じあうことは、こんなにも温かく、心地よいものなのだ。
 これをボクは、この子とずっと共有していきたい。
 もっと、知りたい。この子の事を。ずっと……一緒にいたい。
 だって、この子は……ボクの大切な、友達、なのだから。

 ……そしてその想いが、ボクにふとした天啓をもたらした。

「…………そうだ。いいこと、思いついたよ」

 ユニコーンは眠そうな目をチラリと此方に向ける。

「ボクが、キミにいいものを二つあげる。一つは……キミの《名前》」

 ボクは微笑みで、膝の上のその横顔を見下ろす。

「――……《ルビー》。……それが、キミの名前だよ」

 ボクは名付ける。
 ボクを見つめる、その涙滴型の真紅の目にそっくりの宝石の名を。
 この子がボクを信じられた『心』と、人を信じられる『勇気』を宝石言葉の意味を持つ、その奇跡の結晶の名を。

「もう一つは、キミへの《歌》。――……キミが、少しでも人を信じられるように、願いを込めて……」

 そしてボクはすう、と息を吸い、囁くように口ずさむ。

 ……ボクにとって、この世界で何よりも大切な……この膝の上の、小さな命を想う歌を。








 ――この時のボクは知らない。

 ――すぐ足元の階下で、何を画策されているのかを。

 ――そして、この歌が…………ルビーと交わす最後の言葉になることを。



 
 

 
後書き
近づく、最期の時。

 …

この時ユミルが口ずさんでいるのは、azusaさんの「月のうさぎ」です。
azusaさんの最新シングル「太陽のサイン(神姫盤)」にて収録されているので、ぜひ!(宣伝乙)
また、過去にキリトが川でユミルを覗いていた時、シリカがユミルとピナを発見していた時も、ユミルはこの歌を口ずさんでいます。


追記:
累計800P&ご感想計60件越え、ありがとうございます。 
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