邪教、引き継ぎます
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第一章
12.茨の道
この日は晴天ではなかった。
少しだけ、ロンダルキア特有のフワフワした粉雪が降っていた。
「脚は大丈夫か? ワシらが飛行の得意な種族だったら、おぬしを抱えて移動できたのじゃが。見かけ倒しの翼ですまぬの」
「いえいえ、とんでもない! 私の速さに合わせていただいてしまって申し訳ありません」
今は徐々に消えつつある、サイクロプスやギガンテスたちが踏み固めた道。
フォルは老アークデーモン・ヒースとともに、大神殿跡地へ戻るために歩いていた。
「む? 誰か前を歩いておるの」
視界が晴天のときほどよくないため、影のような見え方をしている。
しかしそれが明らかに背の低い人間のものであったため、フォルにはそれが誰なのかすぐにわかった。
「ミグアさん!」
小走りで近づき、祠の白い少女の背中に声をかける。
彼女はゆっくりと振り返った。
「肩が落ちてないね。何かいいことでもあったのかな」
「はい。とても……ではなくて、です! 私はあなたをずっと探していました。何度も祠にお伺いはしたのですが、留守にされていたようでしたので」
「ふーん。なんの用」
「お礼を言わせていただきたかったのです。ローレシアの王子……ローレシアの王に遭ったときに、あのネックレスの宝石が私を守ってくださいました。ありがとうございました」
深々と頭を下げた。
「あー、なるほど。その件ね」
「恥ずかしながら手も足も出ませんで。あれがなければ死んでいました」
「あれがあっても死ぬときは死ぬ。キミがいま生きているのは運がいい」
ミグアは白いマフラーを直し、フォルの斜め後ろに視線を移した。
「そこのアークデーモンに説明をしたほうがいいんじゃないの」
フォルは慌てて振り返る。
「失礼しました。ええと、このかたはロンダルキア北東に位置する祠にお住まいのかたで、信者の格好はしてらっしゃいませんが敵ではなくてですね――」
「よいよい。おぬしを見ていればすぐわかる。おぬしの敵でなければワシの敵でもないわい」
ありがとうございます、とフォルはペコペコ頭を下げ、ふたたび少女のほうに向き直った。
「ここにいらっしゃるということは、どこかに行かれていたのでしょうか?」
「キミのところに行こうと思ってた。でもここで会ったから行かなくてもよくなったね」
「私にご用事だったのですか。なんでもおっしゃってください」
「少し言いたいことがあっただけ。でもその前に、キミがどこに行っていたのか聞いてもいい?」
「あっ、はい。今日はデビル族の皆さんがいる森と、ブリザードの皆さんがいる雪原にお邪魔してきまして」
「……」
白い少女の澄んだ碧眼が、ほんのわずかに翳った。
「何をしに行ったのだろう」
「実は、あれからいろいろとありまして……ええと、あっ! そちらも私にお話があったのですよね? ここで立ち話もなんですし、またお墓のところに来ませんか?」
「気が進まない。私は立ち話でかまわないし」
「そうおっしゃらず。ハーゴン様の遺骨、見つかったんですよ」
「あっそ。よかったね。だから何?」
「せっかくここまでいらしたのですから、ミグアさんにもハーゴン様のお墓をお参りしていただければと」
「どう考えてもわたしはしなくていいでしょ」
「まあまあ。せっかくですから、ぜひ! お茶出しますので!」
「あのさ。『いいえ』って答えても結果が変わらないなら、そもそも質問する意味あったの?」
意外と強引じゃの。まあそれもときには大切なこと――。
後ろで老アークデーモンが笑った。
がれきを整形して作られた長椅子に、フォルとミグアの二人は座っていた。
二人の後ろでは、老アークデーモン・ヒースが少し離れて見守る。
「相変わらず、おいしいね」
彼女の手には、湯気が立ちのぼる器。フォルの淹れたお茶である。
「ありがとうございます」
「いちいち立たなくていいから」
起立してペコリと頭を下げたフォルに対し、座るよう手を振る。
「ハーゴンの骨、どこにあったんだろう」
座っている場所の前には、ついさっき一通り見終わった墓地。
以前に祠の少女ミグアが見たときよりも墓石が二倍近くに増えている。
「はい。破壊神シドー様のご遺体に紛れていたようで」
「じゃあ、あの話は本当だったんだ」
「あの話?」
「ハーゴンは自分の体を生贄にして破壊神を呼び出したってさ」
「ご自身を、生贄、に?」
「ローレシアの王子から直接聞いた。追い詰められて、そうしたらしい」
「……」
「泣いてるの」
「すみません。大丈夫です。ついでに大神殿の跡地を見ていきませんか?」
「それはもっと気が進まない」
「お願いします。ぜひお見せしたいです」
「だから『いいえ』って答えても結論を変えないなら聞く意味ないから」
「あああっ!」
「うるさ。今度は何」
「ミグアさんも私にお話があったのですよね。忘れていてごめんなさい。ここでお聞きします」
「……もうどうせなので、神殿跡を見てからでいいよ」
少し高台になっているところから、大神殿跡地を眺める。
「新しい神殿を作ってるんだ」
「はい。ありがたいことにこちらのヒースさんは前の大神殿の建築工事に参加されていたそうなので、知恵をお借りしながら進めています」
「ワシも専門家ではないゆえ、一階建てのものになるがの……。じゃが以前の塔状の建物は、ロトの子孫たちのような少数精鋭の侵入者が来た場合に各個撃破されて危険じゃ。結果的には悪くないじゃろうて」
現場では何十人ものアークデーモンとバーサーカーたちが、がれきの撤去と、新しく作る神殿の基壇となる部分の石の積み重ねを同時に進めていた。
信者のローブを着ていない白い少女に気付き一瞬緊張を走らせる者もいたが、横に魔術師のローブを着たフォル、後ろにアークデーモンの前族長代行がいるということで、そのまま何事もないように作業を続けている。
一人を除いて。
「お前! この前いた人間だな?」
フォル不在中に現場監督代わりをしていた褐色の少女、バーサーカー・シェーラ。彼女が飛んできた。
「ああ、いかにも真っ先にやられそうな雰囲気だったバーサーカーか」
「なんだと?」
「あっ、ちょっと待ってください。せっかくのご縁です。仲良くいきましょう」
つかみかかろうという勢いのシェーラの両肩を、慌てて押さえるフォル。
彼女はまだ何か言いたげではあったが、おとなしくなった。とりあえずフォルの言うことは聞くようである。
一方、祠の少女はそんなやりとりなど興味はないと言わんばかりに、大きなマフラーから白い吐息を漏らした。
「フォル」
「はい。名前を覚えていてくださってありがとうございます」
そういうのはいいから――と言って少女は続けた。
「キミの口からはっきり聞きたい。キミは教団を再建しようとしている。そういうことでいいの」
「そのとおりです」
「じゃあ、今まで出かけていたのも?」
「はい。今は他の種族の生き残りの皆さんのところにごあいさつにお伺いして、協力をお願いしているところです」
白い少女はしばし沈黙した。
そしてバーサーカーの少女と老アークデーモンを一瞥すると、ふたたびその碧眼でフォルの仮面を見据えた。
「利用されているのかな、キミは。焚き付けられたんじゃないの」
「なんだその言い方は!」
「あっ、落ち着いてくださいって」
フォルは手振りで褐色の少女をなだめると、白い少女に言った。
「促されたのは確かです。しかし最終的には私自身が決めたことです。このままロンダルキアの同志がバラバラでは、やがて残党狩りに滅ぼされるでしょうから」
「ま、すぐじゃないだろうけど、時間の問題だろうね」
「こうなってしまったのは、大神殿がロトの子孫たちに負けてしまったからです。その生き残りが私しかいない以上、私が責任を取らないといけないというのはそのとおりだと思います。私自身にも、元の生活を取り戻したいという気持ちがありますし、大神殿の生き残りとしてこの地に残られている皆さんのお役に立ちたい気持ちもあります」
「念のために聞くよ。本気なの?」
「本気です」
少女がスタスタとフォルに近づき、白く小さな手を伸ばす。
「ちょっと仮面取る」
「え? はい」
仮面とフードが剥がされ、まだ少年の黒髪と素顔が露わになる。
少女は前に見たときとの差異があることを認めた。
「顔がちょっと締まってきたかな」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「信者で居続けたいというようなことは割と最初から言ってた気がするけど……。意志が固くなったのか、いや、もともと固かったけど頭が整理できてなかっただけで、それがここにきてだんだん整理できてきたという感じか」
白い少女は、手元の仮面をチラリと見て、続けた。
「わたしが今日キミに会って言いたかったのは、『教団の再建だけはやめたほうがいい』という忠告だった」
「……」
「キミだけなら、前にも言ったとおり、信者をやめてロンダルキアを去れば、生き延びられるから」
フォルは大きな黒い瞳を、じっと少女に向けることで答えた。
「やっぱり、やめるつもりはない、か」
「そうですね。自分がその器だとはまったく思いませんが、このまま頑張らせていただきます」
「きっと、大変だよ」
剥がした仮面を、少女がフォルの手に渡す。
「はい。それは、わかっているつもりです」
フォルが一礼してそれを受け取り、着け直した。
そして少女のほうは、顔を北に向けた。
気づけば、雪がやんでいる。
北の空、山際は雲が切れていた。
いつのまにか日も落ちてきていたのか、そこから見える空の青はやや濃い。
広がる白い峰々の間。ちょうど今、一つの光がキラリと輝き始めた。
「あそこでは、こちらの動きを見ているかもしれないよ」
「ロンダルキアを見張っていたという大灯台ですね? 今は機能していないのでは」
「人間がいたとしても、今は見ているだけで機能はしてないだろうね。でも、これからムーンブルク城復興が進んだらどうかな。わたしは連携が復活する気がする」
「ではその前に、もう監視は必要ないのでやめていただきたいということを、信者としてお願いしにいきます」
「教団再建は諦めます、とはならないんだ」
「はい。すみません」
「わたしは大灯台に行くのも反対だけど。まあ、その感じだと行ってしまうのかな」
「近いうちに行きます。教えてくださってありがとうございます」
「キミはいつでも、わたしの勧めと逆のことをしてる」
「ごめんなさい。せっかく気にかけてくださっているのに」
ミグアの視線がフォルの胸元に行く。まだネックレスがかかっていた。
しかしそこに、青がゆらめく宝石はない。
「……がんばれ」
本人にも聞こえないように、白い少女はマフラーの中でつぶやいた。
◇
フォルの元を辞したミグアが雪の上を祠に向かって歩いていると、背後に一つ、雪を踏む音が追いかけてきた。
足を止め、振り返る。
「ん。殺しにでも来たの」
「そんな物騒な用件ではないわい」
それは先ほどまで同じ場にいた、老アークデーモン・ヒースであった。
「それに、ワシではお嬢ちゃんに勝てぬだろうて。違うかの?」
笑みを浮かべながら、そんなことを言う。
「『ワシは人を見る目がある』とか『伊達に歳は取ってないわい』とかの自慢?」
「それも違うわい」
「じゃあ何」
「心配なのじゃろ? あやつのことが」
少女は、暗くなった曇天を見上げた。
「わたしは、ハーゴン討伐直前の、ロトの子孫三人組を見てる。あの決死の姿を」
それに比べれば、少し変わってきたとはいっても、あの子の姿はなんと線が細く頼りないことか――少女は独り言のように言った。
「そう思うなら、お嬢ちゃんもフォルの元にいてやってはどうじゃ? あやつも心強いじゃろうて」
「……」
白い少女は答えず、やがてくるりと向きを変えると老アークデーモンの前から消えていった。
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