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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第9章】バルギオラ事変の年のあれこれ。
   【第6節】背景設定9: 第15管理世界デヴォルザムについて。(後編)



 さて、こうしてようやく次元航行技術を獲得したものの、デヴォルザム人は「外交」があまりにも下手くそでした。
 歴史的な経緯からして、デヴォルザム人は『話し合い、互いに妥協し合って、物事を解決する』という経験に乏しかったのです。
 しかも、社会の中心を占めている階層は軍人(特に、魔導師と魔導技師)であり、どちらもあまり会話スキルの高い人々ではありませんでした。
 後に、南方の(号天文化の影響を受けた)ヴェトルーザやハドマンドとは重大な外交上の問題を起こしてしまい、一触即発の危険な状態に(おちい)りました。
 また、元々が〈号天〉の植民地だったルーフェンやセクターティとも、結局のところ、あまり良好な関係は築けませんでした。
 その当時のイラクリオンとラシティは、ほとんど鎖国のような状態です。
 結果として、本当に「友好国」と呼べる世界は、実利を重んじる〈シガルディス〉と、〈号天〉を共通の敵と認識する〈クレモナ〉の二世界のみとなりました。
 そのため、〈大脱出〉終了のわずか十数年後には、クレモナからも第三大陸へ累計で600万人ほどの移民が来ることになります。

 当然ながら、当時は、クレモナの社会もまだ身分制であり、この大規模な移民事業は「王命」に基づきながらも、いわゆる「八伯家」の主導によって行なわれました。
 後に、八伯家の人々もまた「王命」のままに、クレモナ語で新たに〈カロエスマール〉と名づけられた「デヴォルザム第三大陸」へと移民し、その八大拠点に各々が土着しました。
 その直後、クレモナでは「増長するベルカ貴族たち」の要求を抑え込むために(ただそれだけのために)身分制そのものが早期に撤廃されたのですが、デヴォルザムでは、その後も長らく身分制が存続したため、第三大陸〈カロエスマール〉でも、「八伯家」は長らく領主階級としての地位を保ち続けたのでした。

【なお、歴史的にクレモナは植民地を持った経験が無く、「クレモナ人が百万単位で生活している場所」は、今なお(惑星クレモナそれ自体を除けば)この〈カロエスマール〉以外には一つもありません。
 そのため、(惑星クレモナには七つの大陸があるのですが)この〈カロエスマール〉は、時おり冗談半分で「クレモナの第八大陸」と呼ばれることがあります。】


 その後、統合戦争の時代には、デヴォルザムは、シガルディスとクレモナからの「後方支援」を得て、ほぼ単独で時空管理局との「十八年戦争」を繰り広げました。
(正確に言えば、旧暦465年から483年まで。新暦で言うと、前75年から前57年までの満18年間です。)
 その時代にも、クレモナからはまた何百万人もの「新移民」が第三大陸にやって来て、産業面でデヴォルザムを支援しました。

 しかし、前の章の「背景設定8」で述べたとおり、シガルディスが管理局の軍に制圧されると、クレモナ中央政府からの「勧告」と最後の統王バムデガル九世の「英断」によって、デヴォルザム統一王国は素早く「管理局との停戦」を受け入れました。
 停戦合意の翌年、ミッド旧暦484年(前56年)に、管理局との和平条約が締結され、正式に終戦した後、覚悟していた「王族の処刑」や「賠償金の支払い」などを要求されることも無く、皆が望んでいた平和が無条件で訪れたのですが、それでも、一部の人々はこれを「屈辱的な、事実上の敗戦」と受け止め、「戦犯探し」を始めてしまいました。
 そしてやがて、「昔ながらの煩雑な文字体系」が槍玉に挙げられるようになり、伝統的で非合理的な「線形文字」は丸ごと廃止され、代わりに、より単純なミッド文字がそのまま用いられるようになったのです。

 戦時中に25歳の若さで即位した「最後の統王」バムデガル九世は、正式に終戦した当時もまだ38歳でしたが、本当に英明な君主でした。
 終戦後は、みずから率先して身分制を廃止し、貴族たちの叛乱をも巧みに抑え込み、みずから創案した「共和制憲法」などの先進的な法案を「人民立法院」に審議させ、それらが可決されると、ミッド旧暦486年には、大神官の了承の(もと)に40歳でみずから退位して、子供たち(16歳と10歳の男子、および13歳と7歳の女子)をみな「平民の身分で」ミッドに留学させました。
 また、共和制への移行と同時に、共和制の象徴としての「総首都ドグディガム」の建設も始まります。
 彼等にとっては「王宮の無い都」など前代未聞でしたが、それは莫大な額の公共投資でもあり、また、戦後復興策の一環でもありました。
 そして、退位したバムデガル九世は、もう何年も前から病床に就いていた愛妻(元王妃)とともに山奥の小さな神殿に(こも)って「隠者のような余生」を過ごしたのですが、「初代大統領」は自力で対処し切れない問題が起きる(たび)に「お忍び」でその神殿を(もう)で、「隠者バムデガル」からいろいろと知恵を借りていたのだと言います。

 その後、「王の不在」により、共和制への移行は驚くべき速さで進行し、デヴォルザムは終戦後わずか17年で、ミッド旧暦501年には正式に〈第15管理世界〉と呼ばれるようになりました。
 さらに17年後、「隠者バムデガル」が時代の変化をひととおり見届けた上で、前22年に72歳で妻の後を追うようにして死去すると、「神殿」は彼を「神々の末席に(つら)なる者」として(まつ)りました。
 そして、今もなお、「最後の統王」は人々の信仰の対象であり、デヴォルザム人の意識の中では「聖王オリヴィエとも(霊的に)同格の存在」ということになっています。

【バムデガル九世には元々、兄弟も従兄弟(いとこ)も無く、彼の子供たちもみな、留学先のミッドにそのまま移民して名前を変え、二度と戻っては来なかったため、幾百年にも(わた)って続いた「デヴォルザム統王家」はここに断絶しました。
 また、当然ながら、第三大陸〈カロエスマール〉でも「デヴォルザムの法」に従って、この時期に身分制は廃止され、「八伯家」も法律の上ではさまざまな特権を失った訳ですが、この八伯家はいずれも名家として存続し、今も〈カロエスマール〉では政治的にも経済的にも文化的にも重要な役目を果たし続けています。
 そのため、新暦52年には、八伯家のひとつで大富豪でもある「ガウザブラ家」がテロの標的にされ、同家は莫大な人的被害を受けてしまいました。】


 また、デヴォルザムはしばしば『一つの太陽、二つの月、三つの大地』などと形容されますが、実際のところ、大陸ごとに全く「別個の世界」であるかのような印象を受けます。
 気候風土や植生などもそれなりに違っていますが、それ以上に、「住民の構成」や「第二公用語」や「日常的な法規制」などが大陸ごとにまるで異なっているからです。

 まず、中央の第一大陸では、今も住民のほぼ100%が生粋(きっすい)のデヴォルザム人で、人口は15億人を超えています。
 北緯30度でも、夏至の日には太陽が真上(天頂)に来るような世界なので、当然ながら、夏は大変に暑く、冬は大変に寒い土地です。
 また、「尚武の国」と言えば、聞こえは良いのですが、昔ながらの父系主義と男性優先主義が、今も社会に横行しており、全体的にいささか粗野な傾向があります。
 例えば、ミッドを始めとする多くの管理世界では「乳幼児の親権」は(そもそも、乳幼児は母親にこそ依存している存在なので)当然に母親の側にあるのですが、ここデヴォルザムでは『子供は基本的に(たとえ何歳であろうとも)その父親に属する』というのが「彼等なりの」常識であり、こうした「常識の違い」は、デヴォルザム人があちこちの世界で無用の軋轢(あつれき)を生む原因のひとつになっています。

【先に「キャラ設定5」でも述べた「リグロマの実父」のように、それが原因で実際に問題を起こしてしまう人も決して珍しくはないようです。】

 また、生粋のデヴォルザム人たちは、自分たちが暮らす大陸のことを、今もしばしば神殿公用語で「ルグダムザ」と呼んでいます。
(前述のとおり、彼等自身の古代神話における「大地母神デヴォルザムの娘」である豊穣の女神の名前です。)
 大陸の第一公用語は、当然にデヴォルザム共通語ですが、現代では公式にミッド文字が使用されています。また、法律の上では、第二公用語は「昔ながらの神殿公用語」ということになっていますが、実際には(少なくとも日常的には)あまり使われる機会はありません。線形文字も、今ではあくまでも「古典教養」という扱いです。
【なお、他の大陸においても(少なくとも法律の上では)あくまでも、デヴォルザム共通語が「第一公用語」ということになっています。】

 現代では、ベルカ語やクレモナ語やシガルディス語やミッド語に由来する「外来語の語彙(ごい)」も相当に多いのですが、発音が訛っている上に、意味もしばしばズレてしまっているため、デヴォルザム人がそうした単語を口にしても、その言語の母語話者たちにはなかなか理解してもらえないようです。
(要するに、日本人が(しゃべ)る「欧米語起源のカタカナ語」と同じようなものです。)


 一方、東方の第二大陸では、今も住民のほとんどがベルカ系移民の子孫で、人口はこの300年余で40倍にも増えて、今では8億人あまりとなっています。
 大陸の概形は、(あくまでも「概形」ですが)横長の長方形の両端を持ってグニャリとへし曲げ、中央部を大きく南側に垂らしたような形です。
 面積は第一大陸よりもやや広く、2000万平方キロメートルを超えていますが、当然ながら、内陸部の気候は(第一大陸と同様)相当に厳しいものとなっています。
 また、ベルカ系移民の第一世代が犯した「身分詐称の罪」は、(のち)に露見したものの、公的には「とうの昔」に(ゆる)されました。
 しかし、「祖先の罪」に対する罪悪感からか、この大陸の住民には、他の世界のベルカ系の人々と比べても「より勤勉で禁欲的」な人々が多く、今では聖王教会の勢力も相当に強いものとなっています。

 なお、ベルカ系の人々は、この大陸のことを(神殿公用語の「ナブゾルマ」ではなく)ベルカ語で独自に「ゼーガンスライヒ」と呼んでいます。
(当時のベルカ西部方言で「恵み豊かな」という意味ですが、それはあくまでも「ベルカの汚染された大地に比べれば」の話です。客観的に見れば、決して「特別に豊かな土地」というほどのものではありません。)
 今も、この大陸の第二公用語は西方系の近代ベルカ語で、文字は当然に近代ベルカ文字が使用されています。


 そして、西方の第三大陸では、今も住民の9割以上が血筋の上では生粋(きっすい)のクレモナ人であり、他の世界からの移民も含めて今では人口も6億人を超えています。
 大陸の概形は、東西に長い長方形の四つ(かど)を落として、上辺と下辺の「中央やや東側」を少し内側に(へこ)ませたような形ですが、「ひょうたん型」や「鉄アレイ型」と呼べるほどの大きな(へこ)み方ではありません。

 プレートテクトニクスによる「大陸の移動」を考えると、第一大陸と第二大陸は一億年あまり前までは一つにつながっていましたが、第三大陸は数億年前から一貫して孤立していました。土質や植生が他の二大陸とは大いに異なっているのも、そのためです。
 また、第一大陸と第二大陸の分裂以来、第一大陸を乗せたプレートはずっと西進を続けており、その西端部にあった大型の群島はそのまま第三大陸に衝突し、大陸の東側の土地を大きく隆起させました。
 その直下で、東側のプレートは今も「第三大陸を乗せた西側のプレート」の下へと沈み込み続けているため、第三大陸の東岸部は広く山岳地帯で火山帯となっており、一方、大陸の西部もまた、「より古い時代の造山活動」の()()りで、一面の高原地帯となっています。
(その高原地帯にはもう活火山こそありませんが、そこは今もさまざまな鉱産資源の宝庫となっており、八伯家のひとつであるロンディスカ家は、鉱山都市ラスモルガを根拠地として、今なおその一帯の「事実上の領主」であり続けています。)

 また、そうした〈東部山脈〉と〈西部高原〉に(はさ)まれた「大陸の中央部」は、南岸部から北岸部に至るまで、比較的標高の低い一面の平原となっており、人口の大半は今もその〈中央平原〉に集中しています。
 標高は最大でも400メートルに満たず、海流などの関係で、その一帯は季節による気温の変化も「やや」穏やかになっています。他の二大陸に比べれば、いささか過ごしやすい土地だと言って良いでしょう。
(西部高原のさらに西側、大陸の西岸部にも、それなりの平地は拡がっているのですが、そちらは〈西部辺境〉と呼ばれ、今はまだ「ほぼ無人」のまま放置されています。)

 なお、大昔から、クレモナ人の中には『人生は、生きているうちに楽しまなければ損だ』と考える人々が多く、今やこの第三大陸では、享楽的な傾向の強い「大衆文化」が不道徳なまでに発展を遂げています。
 また、クレモナ系の人々は、この大陸のことを(神殿公用語の「ベドリムガ」ではなく)クレモナ語で独自に「カロエスマール」と呼んでいます。
(古いクレモナ語で「美しき大地」という意味です。これは、必ずしも実態に即した名前ではありませんが、クレモナからより多くの移民を呼び込むために、わざと良い名前をつけたのです。)
 今も、この大陸の第二公用語はクレモナ標準語で、文字も当然にクレモナ文字なのですが、大衆文化の面では、ベルカ文字やミッド文字、さらに他の世界の文字なども無節操に氾濫(はんらん)しており、デザインなどの方面では、時として昔ながらの「線形文字」が用いられることすらあります。


 なお、行政区分としては、各大陸はまたさらに「三つの州」に分かれており、合計「九つの州」には、それぞれに州都があります。
 また、それらの州都とは別個に、第一大陸の「中心点」には、極めて人工的に築かれた「総首都ドグディガム」があります。
 つまり、「デヴォルザム中央政府」は、全体としては「総首都直轄地」と「九つの州」から成り立っているのです。
 公的には、第一大陸の三つの州は各々「中央東部州、中央南部州、中央西部州」と呼ばれ、同様に、第二大陸の三つの州は各々「東方第一州、東方第二州、東方第三州」と、第三大陸の三つの州は各々「西方第一州、西方第二州、西方第三州」と呼ばれています。
 なお、広大な「総首都直轄地」は、事実上の「十番目の州」であり、一般には「中央北部州」とも呼ばれています。

 また、「デヴォルザム中央政府」は、個々の大陸にほとんど独立国のような「広範な自治権」を認めているため、今では、南洋に面した「東方第二州都ブルートブルグ」は事実上、「ゼーガンスライヒの首都」として、また、北極海に面した「西方第三州都モルセーラ」は事実上、「カロエスマールの首都」として、政治的に機能しています。
 両首都は、ともに「総首都ドグディガム」とは6時間ほどの時差がありますが、一方、ミッドチルダの首都クラナガンから見ると、「西方第三州都モルセーラ」はほとんど時差の無い場所です。
(ただし、緯度はクラナガンよりもだいぶ高くなっています。)
 また、カロエスマール南岸部の「西方第一州都ネイザル」と「西方第二州都ウルバース」は、ほぼ同じ緯度にあるのですが、それぞれクラナガンとは1時間ほどの時差があり、これら三つの州都を互いに直線で結ぶと、ほぼ「一辺3000キロメートル余の正三角形」になるような位置関係にあります。
(ネイザルやウルバースの緯度は、クラナガンよりも少し低くなっています。)

【なお、「東方第二州都ブルートブルグ」は、クラナガンとはほとんど12時間の時差があり、さらに東側の大陸東岸部(東部辺境)の時差は、逆方向で9~10時間となります。
 つまり、「クラナガンとは7時間の時差があるアルピーノ島」は、その土地とは2~3時間の時差しかありません。
 そこで、その地域に住んでいた人々の中でも『もっと季節の変化が穏やかな世界に住みたい』と切実に願っていた人々が、新暦87年以降に、スラディオ・サラサールらの勧誘に応じて、続々とアルピーノ島に移民して来たのです。】

 ちなみに、移民がその世界で「市民権」を得ようとすると、一般に「その世界における公用語のうち、少なくとも一つを一定の水準まで習得すること」と「その世界に、実際に5年以上、居住すること」の二つが必要条件となります。
 そのため、移民先を自由に選べるような状況下では、「公用語」を基準にして移民先を選ぶ人も決して少なくはありません。
 先に、「背景設定8」で述べたとおり、シガルディスへの移民希望者がとても少ないのもこれが理由ですが、同様に、デヴォルザムへの移民希望者の大半が具体的には「カロエスマール」を選択するのも、デヴォルザム共通語や近代ベルカ語と比べれば、クレモナ標準語は発音も文法もかなり単純で、相当に習得しやすい言語だからです。
【なお、クレモナ標準語の概要については、「プロローグ 第3章 第2節」を御参照ください。基本的には、子音の種類が少ない、母音優勢型の言語です。】

 また、惑星デヴォルザムはわずかながら自転軸の傾きが30度を超えてしまっているのですが、北緯60度線より北にはほとんど陸地が存在しないため、船で北極海に繰り出しでもしない限り、「白夜」を観ることはなかなかできません。
 なお、三つの大陸に囲まれた「広大な北極海」は、日付変更線の側で大きく南方に開かれているため、第二大陸の東側を北上する(地球で言う黒潮のような)強大な暖流がそのままに流れ込んでおり、冬場にも意外と「凍りにくい海」になっています。
 特に、カロエスマールの側では凍りにくく、モルセーラは「北極海航路における(観光と物流と漁業の)一大拠点」としても繁栄を遂げています。


 最後に、「二つの月」の話ですが……。
 実のところ、かつてのデヴォルザムにおける諸言語には、一般的に「月」を意味する「単語」が存在していませんでした。
(今ある単語は、本来「衛星」を意味する、ベルカ語起源の学術用語です。)
 観光用の「売り文句」としては、解りやすく「二つの月」と言っていますが、デヴォルザム人にとっては、「マッガル(大の月)」と「シェブザ(小の月)」は、あくまでも「別個の天体」だからです。
 例えば、地球のような「月が一つしかない世界」の言語には、一般に「太陽と月の二つだけ」をまとめて呼ぶ「単語」は存在しません。太陽と月は、あくまでも「別個の天体」なので、最初から別々の名前で呼んだ方が手っ取り早いからです。
 昔のデヴォルザムの諸言語に、「マッガル」と「シェブザ」だけをまとめて呼ぶ「単語」が存在していなかったのも、同じ理屈です。

【しかし、「月が二つある世界」では、こうした発想の方が普通なのだとすると……ミッドにおける〈最初の人々〉が(もと)いた世界には月が一つしか無かった、ということなのでしょうか。
(ミッドでは古来、二つの月は「赤の月」、「白の月」と呼び分けられており、デヴォルザムとは逆に、マッガルやシェブザのような「固有名称」は存在していませんでした。)】

 また、デヴォルザムの地表から見た「視半径」は、角度1度の六十分の一を「1分」とすると、マッガル(大の月)が20分弱もあるのに対して、シェブザ(小の月)はラグドゥム(太陽)と同様に16分弱しかありません。
 しかし、「実際の半径」はシェブザの方がだいぶ大きく、マッガルが1130キロメートルほどなのに対して、シェブザは1440キロメートルほどもあります。

【質量で言うと、マッガルが「地球の(ルナ)」の27.5%ほど、シェブザが同じく57%ほどなので、二倍以上もの開きがあります。ただ単に『シェブザの方が遠くにあるから、小さく見えている』だけなのです。】

 ちなみに、マッガルの軌道半径は20万キロメートル弱で、シェブザのそれは31万キロメートルほどで、両者の公転周期は「1対2」の単純な整数比(9.9日弱と19.8日弱)になっており、会合周期は当然にシェブザの公転周期と一致しています。
 しかし、両者の軌道面は互いに完全には一致していないので、夜空に二つの月がピッタリと重なって見えることはなかなかありません。
(それは、日蝕や月蝕と似たような頻度の現象です。)
 また、おおよそ年に一回ぐらいは、夜空に「丸い姿」となった「マッガルとシェブザ」が仲よく並んでいるのが見えます。

 また、シェブザの朔望周期(満ち欠けの周期)は20.92日で、これを「一か月」とすると、一年は「17か月半」というとても中途半端な数値になってしまうので、デヴォルザムでは古来、マッガルの朔望周期(10.17日)の方が暦の基準として用いられて来ました。
 つまり、この周期の6倍がほぼ正確に61日になるので、『10日を「1旬」とし、6旬(60日)を「1季」とし、各季の最後に1日ずつ「余り日」を置いて61日にした上で、1年を大きく6季に分ける』という暦が用いられて来たのです。
(実際には、年末にも「余り日」が置かれるのは、四年に一度の閏年だけです。)

 しかし、現在では、実際のマッガルの満ち欠けには関係なく、純粋な太陽暦として運用されています。
 一年の起点は(シガルディスの暦と同様に)春分の日で、6季の名称はあえて直訳するならば、「播種(はしゅ)季、雨季、暑季、収穫季、乾季、寒季」となります。
 具体的な例を挙げると……惑星デヴォルザムでは、一般に夏至の日は春分の日の92日後なので……暦の上で「夏至の日」は毎年おおむね「雨季の第4旬の2日目」という日付(ひづけ)になります。
 しかし、これは正式な表現ではあっても、随分と堅苦しい言い方なので、日常会話ではもう少し簡単に「雨季の32日」と表現されることの方が多いようです。


 なお、デヴォルザム共通語では、破裂音が音節末に来ることも大変に多いのですが、クレモナ標準語では本来、破裂音が音節末に来ることはあり得ないので、デヴォルザム共通語の固有名詞も、〈カロエスマール〉ではしばしば「クレモナ風に」(なま)って発音されます。
 一般則としては、まず、原音で「促音」として発音されている場合は、「長音」に変化します。それ以外の場合では、音節末のP字やB字はm音で読まれ、同様にT字やD字はn音で読まれ、K字やG字は「二重母音の後続要素」としてのw音で読まれます。
 結果として、シェブザ(小の月)は「シェムザ」と、マッガル(大の月)は「マーガル」と、ラグドゥム(太陽)は「ラウドゥム」と発音されます。

【漢字の「東」(原音は無気音のtong)が、日本の音読みでは、「トン」ではなく、訛って「とう」と読まれてしまうのと同じようなノリです。つまり、クレモナ標準語においても、古い時代の日本語と同様に、鼻音の代表は(N音ではなく)M音なので、その両唇音から遠くかけ離れたNg音は「鼻音の一種」としては認識されないのです。】

 また、これとは逆に、第三大陸カロエスマールの地名や人名も、第一大陸ルグダムザでは、しばしば「デヴォルザム風に」訛って発音されます。
 一般則としては、まず長母音は短母音に、二重母音も単母音に変化します。また、デヴォルザム共通語では、摩擦音が音節末に来ることはあり得ないので、クレモナ語における音節末のS音は、おおむねR音に変化します。また、子音と母音の順番が(デヴォルザム人にとって発音しやすいように)入れ替わってしまうこともあります。
(具体的には、KAROESMAALが「カロセマル」になったり、ULBAASが「ウルバル」になったりします。)

 お互いに上記のような「訛り」があるので、同じ惑星(ほし)に住んでいても、デヴォルザム人とクレモナ人の会話には、やはり全自動翻訳機が不可欠なのです。

【全くの余談ですが、英語におけるthirteen(13)の「thir-」も、語源的にはthree(3)の造語形である「thri-」が(なま)ったものです。彼等は(彼等なりに)発音しやすいように、rとiの順番を入れ替えてしまったのです。】



 
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