魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
【第4章】Vividの補完、および、後日譚。
【第6節】その後のジークリンデとルーテシア。
さて、話はまた10月に遡りますが……。
あの「空中乱打事件」の直後、ジークリンデは後先を考えずに試合会場から飛び出してしまいましたが、今後の行動に関しては、実のところ、全くのノープランでした。
勢いで「中央次元港」の近くまで、何キロも駆けて来てしまってから、ジークリンデはようやく立ち止まりました。息を整え、改めてマントを着込み、フードも深くかぶり直してから、裏通りを抜けて表通りへと歩み出します。
幸い、まだ大々的に捜索が始まったりはしていない様子でした。
(今さら実家に戻っても、ただ家族に迷惑をかけるだけやろうし……。さて、どうしたものやろうなあ。シガルディスへ行こうにも、よぉ考えたら、私、お金なんて持ってへんし……。)
一応は、マントの内ポケットの中も探ってみましたが、やはり、ただ「嘱託魔導師の身分証」が放り込まれたままになっているだけでした。
(こんな時に、また「師匠」がひょっこり現れてくれたりすると、ホンマに助かるんやけどなあ。……さすがに、そこまで都合よくは行かんか……。)
ジークリンデは歩道のベンチに腰を下ろし、そんなことを考えながらも、思わず周囲に「誰かを探すような視線」を巡らせました。
もちろん、それで彼女の「師匠」が都合よく見つかったりはしなかったのですが……その代わりに、意外な二人組とバッチリ目が合ってしまいます。
それは、何と、ルーテシアとファビアでした。
「ルーやんとクロにゃん? 君ら、何故こんなトコにおるの?」
「それは、こちらのセリフよ。チャンピオン」
「よく似た別の誰かを見間違えているのかと思いましたよ」
二人は口々にそう言いながら、ジークリンデの左右に腰を下ろします。
「と言うか、今日って、都市本戦の二日目よね。どうして出場選手のあなたがこんな場所にいるのよ。……まさか、あなたほどの人が2回戦で早々と負けて来たなんてことは無いんでしょ?」
「いや。ごめんな、ルーやん。実は、ちょぉ反則をやらかしてもうたんよ」
「反則と言うと……具体的には、何をやらかしたんですか?」
ファビアに訊かれて、ジークリンデはありのままを答えました。すると、二人は思わず、揃って頭を抱えてしまいます。
「クロゼルグの記憶の中のヴィルフリッドは、もう少し冷静で温厚な人物だったはずですが……」
「ちょっ! クロにゃん。その比較は勘弁してや!」
「それと……まさかとは思うけど、相手の選手、死んだりしてないわよね? 傷害過失致死の上で現場から逃亡とか……結構、重罪になるわよ?」
ルーテシアから軽く脅されると、ジークリンデは一瞬、思わず目が泳いでしまいました。
「い、いや。3回殴って1回蹴っただけやし……最初の2回は、まだクラッシュ・エミュレートも有効やったし……一般人ならともかく、都市本戦にまで出て来るような競技選手やったら、いくら何でも、あの程度で死にはせんやろ」
「本当に?」
「肋骨は何本かイッとるやろうけど、戦技披露会の時のなのはさんみたいな器用な折り方はしとらんし……血反吐を吐いとったから内臓も傷んどるやろうけど、イマドキの医学やったら、あれぐらいはどうとでもなるやろ。……ルーやん、あんまり脅さんどいてや」
そこで、数秒前からデバイスを操作していたファビアが、冷静に報告を入れます。
「速報によると、カマルザ選手は、無事、病院に搬送されたそうです」
(果たして、それを「無事」と呼んでしまっても良いのかしら?)
ルーテシアは、そう思いながらも、もうあまり深くは突っ込まないことにしました。
「ちなみに、第三試合は、先程、ミカヤ選手の圧勝に終わったそうです」
「今年は、まあ、ヴィクターでなければ、ミカさんやろうなあ」
ジークリンデも冷静な口調で、かなり正確な予測をしました。
「ところで、結局のところ、あなたはこれからどうしたいの?」
「できれば、すぐにでもシガルディスへ行きたいんやけどな。手持ちのお金が無いんよ」
「どうしてシガルディスなのか、訊いても良いかしら?」
「実は、14年前の9月に、シガルディスの上空で次元航行船が爆発事故を起こしたことがあって、私の、実のお母はんとそのまた実のお母はんが、その事故で死んどるんよ。
それで……自分でも、今さらそんな昔の話を蒸し返すのはどうかとは思うんやけどな。何と言うか、やっぱり、どうにも納得が行かんのや。だから、一度ぐらいは自分の目で当時の資料とかにも当たってみたいんよ」
ジークリンデがやや悲しげにそう言うのを聞いて、ルーテシアは無条件で、彼女に手を貸してあげることにしました。
実は、ルーテシアとファビアも、今回はルーテシアの母方祖母である「リーファ」という人物の素性を調べ直すために、ここミッドに来ていたのです。
そんなルーテシアにとって、ジークリンデの「母親や祖母に対する気持ち」は、いささかながらも「親近感の湧くもの」でした。
「そう言えば、あなた、嘱託魔導師の資格、取ったのよね。今、身分証は持ってる?」
「うん。と言うか、私、今、身分証以外には、何も持ってへんわ」
「それさえあれば、話は簡単よ。私たちの荷物はもうホテルに預けてあるし、私たちの用件は特に急ぐ話でも無いから……半日ほど、手を貸してあげるわ」
「ホンマに? 助かるわあ! ……去年の〈無限書庫〉での一件と言い、何や、私、ルーやんには助けられてばっかりやなあ」
ジークリンデが感謝の言葉を述べると、ファビアはすかさず、こんな茶々を入れます。
「そう言えば、ちっちゃくなって、『お姫様だっこ』とかも、されてましたよね」
「いや。念のために言うとくけど、それ、全部、クロにゃんのせいやからね」
「言われてみれば、そうでしたかねえ」
ファビアは、まったく他人事のような口調でその話題を流しました。その一方で、ルーテシアにはこんな念話を入れます。
《ところで、ルー姉。これって、後から、容疑者逃亡の幇助で罪に問われたりしませんよね?》
《まあ、その時は、その時よ。》
この三人の共通点は、ひとつには、こうした「遵法精神のユルさ」でした。確かに、これでは、三人とも「通常の」管理局員など務まりはしないでしょう。
そして、三人はその足で、次元港に付属する「管理局の転送施設」へ行き、嘱託魔導師の身分で転送ポートの利用を申請しました。
ジークリンデには、こうした「手続きの仕方」が全く解っていなかったので、料金の話を抜きにしても大助かりです。
ルーテシアは規定どおりの料金を払い、三人は「即時移動」で一気に〈管14シガルディス〉の新首都ヴォグニスへと移動しました。
実は、この時点で、まだ「空中乱打事件」の発生から一時間も経ってはいません。
もしも、ジークリンデがヴィクトーリアを振り切って姿を消した後、IMCSの運営が即座に彼女を「容疑者」として陸士隊に通報していたとしても、これほどの素早さなら、おそらく、陸士隊はジークリンデを見つけて任意で同行を求めることなど、できてはいなかったでしょう。
【実際には、IMCSの運営陣は完全に「観客の不安や混乱を鎮め、都市本戦二日目の残りの試合をこのまま予定どおりに続行すること」に全精力を注ぎ込んでいたため、ヴィクトーリアが少し脚色して『彼女は沈んだ表情のまま、「しばらく一人にしてほしい」と言って帰ってしまった』と報告を入れてからも、何時間もの間、その件を放置していました。
『午後になって、カマルザが搬送された病院の側から「一命は取り留めました。できれば加害者からも事情を聴取したいのですが」と言われて、ようやくジークリンデの姿を探し始める』という体たらくです。
管理局の転送施設の記録から、『ジークリンデはあれからすぐに、二人の嘱託魔導師とともに、シガルディスに飛んだ』と解った時には、すでにいろいろなことが手遅れになっていました。その世界はDSAAには加盟していなかったので、あくまでも「民間団体」であるDSAAには、それ以上は、もうどうすることもできなかったのです。】
まず、ルーテシアは局の施設内で、「予備のカード」の「利用者の変更の手続き」を取り、その上で、そのカードを気前よくジークリンデに進呈しました。
「このヴォグニスでは、大半の場所でミッド語が普通に通じるはずだから、翻訳機が無くても安心して良いわ。ただし、放浪生活は『社会的に、即、アウト』だから、寝る時は必ずホテルの部屋で寝るようにしてね。
それから、こちらのカードには、普通に暮らせば半年ぐらいは大丈夫な額が入ってるから、あなたが自由に使って良いわ。贅沢はダメだけど、あんまり貧乏くさいのもやめてね」
さらに、ルーテシアは自分のカードで、必要な額のシガルディス通貨を引き出すと、街に出て、ジークリンデを現地の服飾店に連れて行きました。
その間に、ファビアは単身、旅行用品店へと向かいます。
こうして、ジークリンデは必要な「普通の服と替えの下着と旅行用のトランクなど」を買い与えられ、ヴォグニスの管理局地上本部ビルにも程近い単身者用のホテルへと案内された後、三人で少し早い昼食を取りました。
他にも、「ヴォグニス地上本部に付属するデータバンクの利用法」や「生活上の注意事項」などをさんざん聞かされた上で、ジークリンデはようやく解放されます。
「二人とも、何から何まで手取り足取りで、済まんかった。私一人やったら、何もできとらんかったわ。ホンマ、恩に着るで」
「私たちのことは、別にいいから。気の済むまで調べものをしたら、せめてヴィクトーリアさんと自分の家族にぐらいは連絡を入れておきなさい。あなたのことは、私たちの側からは、誰にも何も喋らないから安心して良いわよ」
それだけ言って、ルーテシアとファビアは、その日のうちにミッドに戻り、何食わぬ顔で、自分たち自身の調べものに取り掛かります。
当初の予定よりも半日ほど遅れてしまいましたが、その程度のことなど、この二人にとっては、どうと言うほどのことでもありませんでした。
『局からの指示で、外部協力者として、あちこちで「次元航行船の事故」について調べています。こちらでも、新暦66年9月の事件に関して、当時の資料を閲覧させていただきたいのですが』
ジークリンデが現地の地上本部の担当窓口で、ルーテシアから教わったとおり、「嘱託魔導師の身分証」を見せて担当者に丁寧なミッド標準語でそう言うと、担当者はただマニュアルどおりに、その身分証が本物であることを確認しただけで、あっさりと通してくれました。
「今日一日の、ご利用ですか? それとも、明日以降も、継続しますか?」
担当者の今ひとつ流暢ではないミッド語にも、ジークリンデはルーテシアから教わったとおり、『一か月の継続でお願いします』と答えます。
そして、担当者の請求どおりに費用を支払うと、身分証が返却されるとともに、期限が一か月の利用者通行証が手渡されました。
「この通行証で、あちらのドアから、入れば、閲覧用のブースに、行けます。特定の個人のプライバシーや、特秘事項に関しては、データは閲覧できません」
「解りました」
ジークリンデがそう言って、担当者が指差したドアの前まで行き、通行証を所定の位置にかざすと、普通にドアが開きました。真っ直ぐに伸びた通路の両脇には、全く同じ形のブースがずらりと並んでいます。
ジークリンデは、そのうちの一つを適当に選んで、そのブースに入りました。
(何や、めっちゃ簡単やな。セキュリティとか、ホンマに大丈夫なんか?)
他人事ながら、ジークリンデはちょっと心配になってしまいました。逆に言えば、「誰に見せても大丈夫なレベル」の公開情報しか出て来ないのでしょう。
それでも、ジークリンデにとって、これは大きな前進でした。
彼女は8歳の時に「エレミアの力」に目覚めて以来、長らく自分自身を呪って生きて来ました。
何百年も前から受け継がれて来たその力は「何故か」完全な女系遺伝で、事実上の「長女による一子相伝」でした。先祖代々、母から娘へ、娘からそのまた娘へと受け継がれて来たのです。
それなのに、彼女を教え導くべき母親は、その時すでに死んでいました。母親のそのまた母親もすでに死んでおり、彼女に「エレミアの力」の使い方を正しく教えられる人間は、この世にはもう一人も生き残っていなかったのです。
おそらくは、エレミアの一族の歴史の中でも、このような珍事は初めてのことだったでしょう。何しろ、エレミアは、基本的に病気にもかからないし、通常の対人攻撃で殺すこともできません。つまり、寿命以外の理由では滅多に死なないのです。
ジークリンデが3歳の時から彼女を育ててくれた養父は、彼女自身は実父と信じて育ったのですが、実際には彼女の大叔父(母方祖母の年の離れた弟)でした。その妻である養母が「ラグレイト家」の親類縁者であったことは、彼女にとって、せめてもの幸運だったと言って良いでしょう。
彼女が「エレミアの力」に目覚め、養父母がついに匙を投げた後、彼女はその縁でエドガーの祖父母に引き取られ、後に、強すぎる力という「同じ悩み」を持ったヴィクトーリアと出逢い、さらには、「人生の師」とも呼ぶべきエリアスと出逢い……14歳になった頃には、彼女はようやく常人並みの「自己肯定感」を持って、心理的にも「独り立ち」できるようになっていました。
それから、IMCSにも出場して、多くの有力選手から賞賛を受け……今にして思えば、昨年にはもう「人生の次のステージ」に進む心の準備は出来ていたのかも知れません。だからこそ、今こうして「母親の問題」にも改めて取り組める心境になっているのです。
(今までずっと、私はホンマに、自分のことだけで手一杯やったからなあ。……私には、これから皆に返さなアカン恩が一体どれだけあるんやろう?)
心の片隅では、そんなことを考えながらも、ジークリンデは調べを進めていきました。
14年前の事件は、ここシガルディスでも「かつてないほどの」大事件で、実に多くの文書記録が残されていました。
客観的な事実としては、『民間の次元航行船が軌道上でいきなり爆発・四散して、乗客と乗員が間違いなく、一人残らず死亡した』という事件で、地上では無敵のエレミアも真空の宇宙空間ではさすがに生き延びることはできなかったようです。
しかし、文書の数は多いのですが、よく読んでみると、書かれている内容はどれもこれも似たり寄ったりでした。判明している事実の総量が、極端に少ないのです。
要は、『特に原因は見当たらず、「爆弾テロ」の可能性が最も高いのだが、もしそうだとしても、犯行声明も何も無いので、実行犯の特定もできず、テロの理由や目的も全く解らない』というだけのことでした。そもそも、もし本当にテロだったとしても、この犯行で何がしか利益を得られた者など、一人も見当たらないのです。
その後は、事件に関する新たな情報も特に無く、シガルディスでは再犯も模倣犯も全く無かったため、現地でも事件の記憶は早くも風化してしまっていました。
そんな訳で、10月が終わる頃には、ジークリンデももう完全に手詰まりになっていました。
そして、ちょうどその頃、ミッドの管理局員がわざわざ彼女の部屋を訪ねて来ました。
相手が「ジークリンデ・エレミア本人」であることを確認した上で、彼女にクラナガン中央大法院の「市民権剥奪、ミッドチルダ永久追放処分」という判決を伝え、その旨の書面を彼女に手渡します。
そこで、ジークリンデは受領証にサインをして、その局員にお帰りいただくと……判決では通話まで禁止された訳では無かったので、局の転送施設で通話ブースを借り、まずはヴィクトーリアに連絡を入れました。
もちろん、最初はさんざんに叱られたのですが、ヴィクトーリアは今まで溜め込んでいたモノをひととおり吐き出すと、後は冷静に話を聞いてくれます。
そこで、ジークリンデは自分の側の状況を、包み隠さず、すべて報告しました。
「なるほど。あの判決を聞いた上で連絡して来たという訳ね。……それにしても、ルーテシアさんには、また随分と世話になってしまったわね」
「いや、全くや」
それから、ようやくジークリンデに「話を訊く順」が回って来ました。ヴィクトーリアはここぞとばかりに語り始めます。
「まず、都市本戦はミカヤさんの優勝よ。私は5位だったわ。3回戦がグダグダで、気がついたら判定負けにされていたのだけれど、5位決定戦ではアインハルトさんとなかなか良い試合ができたと思っているわ。
それから、カマルザ選手も無事よ。肋骨も何本か折れていて、腹部を開いて見たら、ドス黒い腫瘍が見つかったからそれも切除したという話だけど、術後の経過は順調だそうよ。あの様子なら、年が明ける頃には、もう退院できるんじゃないかしら」
「あの様子って……なんや、ヴィクターは実際に会うて来たんか?」
「ええ。実は、つい先日、私も選手会の代表としてお見舞いに行って来たのだけれど……あなたのお父さんが以前から『機会があれば一度、娘に代わって謝罪しておきたい』と言っていたから、良い機会だと思って一緒に来てもらったのよ」
「ああ……。お父はんにまで、また迷惑かけてもうたか」
「あれだけやっておいて、かけずに済む訳が無いじゃないの……」
ヴィクトーリアも、さすがに呆れ顔でした。
「やっぱり、彼女の毒舌が私のお父はんにも炸裂してもうたんか?」
ジークリンデは父親の身を案じて、随分と心配そうな声を上げましたが、ヴィクトーリアの返答は意外なものでした。
「それが、ねえ……。全員そろって首を傾げるような、不思議な出来事なのだけれど……彼女はいきなり別人に生まれ変わっていたのよ」
「はあァ?」
これには、ジークリンデも、思わず間の抜けた声を上げてしまいます。
「そもそも、彼女は、自分があの時、あなたから何をされたのかを全く覚えていなかったの。人間は普通、経験の内容が『記憶として』脳内に定着するまで、最大で十数秒ほども時間がかかるのだけれど、そのせいで、全く予想外にいきなり意識が途切れると、その直前の経験が記憶に残らないというのも、よくあることらしいの。
その上、医者も『脳にそれほどの衝撃を受けた形跡は見られないし、原因は見当もつかない』と言っていたのだけれど、どういう訳か、性格まで一変してしまっていて……。
本人は今、とても落ち着いた口調で、『自分は今まで数多くの人々に罵詈雑言を投げつけ、傷つけて来ました。これからは、この罪を贖うために、残りの生涯を費やしたいと思います』なんて殊勝なことを言っているのよ」
「残りって! 何や、彼女、寿命が短かったんか?(吃驚)」
「いいえ。医者に言わせると、『平均寿命ぐらいは余裕の健康体』だそうよ」
「ええ……」
「彼女は、あなたのお父さんにも自分の側から『複雑な家庭の事情があると知った上で、その傷口に塩を塗り込むようなことを言いました。本当に申し訳ありませんでした』と涙ながらに謝罪してくれたわ」
「それは……何と言うか、もうホンマに別人なんやね……。しかし、何故そんなことに?」
「古代社会なら『悪い憑き物が落ちた』で説明が済んでしまう話なんでしょうけど……医学的には、本当に説明がつかないみたいね。腹部のドス黒い腫瘍のせいだったというのも、オカルトな説明だし……何だか人相まで変わってしまっていて、医者も頭を抱えていたわ」
「まあ、私の立場で言うて良えコトでも無いんやろうけど……そういう変化やったら、誰もが歓迎しとるんと違うんか?」
「ええ。ただ一人、彼女の父親を除いては、ね」
そこで、ヴィクトーリアは、ゼグルがIMCSの運営会議に乗り込んで来た時の話をしました。
「つまりは、元々が『似たもの父娘』やったんやな?」
「ええ。だから、彼は『あんなの、俺の娘じゃない! 何とか、本来の人格に戻せないのか?』と医者に詰め寄ったらしいわ」
「……戻して、どないすんねん……」
ジークリンデが呆れ顔でつぶやくと、ヴィクトーリアは『まったくよね』という顔をしながらも、推測まじりにこんな理由を語ります。
「彼の妻はごく普通の人で、一人娘の変貌ぶりには泣きながら喜んで、聖王陛下に感謝していたと言うから……やっぱり、彼としては、身近なところに『自分の同類』が一人ぐらいはいてほしい、という感覚なんじゃないのかしら?」
「それはまた、傍迷惑な『寂しがり屋さん』やなあ……」
【なお、ゼグル・ドーラスは、後に懲戒降格処分を受けて一等陸尉となり、当然に部隊長の地位も失いました。それでも、なかなか「懲りない性格」をしていたのですが、年が明けると、退院した一人娘から毎日毎日、朝から晩まで「説教」をされ続け、ついには心が折れて(?)次第に自分の言動を改めるようになったのだと言います。(笑)】
さらに、もう少しあれやこれやと話し合ってから、ヴィクトーリアはようやく「最後の話題」を切り出しました。
「それで、あなたはこれからどうするつもりなの?」
「この世界でできることは、もうひととおりやってもうたし、私はもうミッドには帰れへん身の上やし。……今ふと思いついたんやけどな、ヴィクター。ミッドのベルカ自治領以外で、西方系のベルカ人が大勢まとまって暮らしとるトコロと言うと、どこになるやろか?」
「そうね。『西方系』の人々が『大勢まとまって』と言われると……主要な管理世界に限っての話なら、やっぱり、デヴォルザムの第二大陸か、ドナリムの中央大陸北部が、有名なところだと思うわ」
(管理外世界でも良ければ、コリンティアに移り住んだ人々も、おおむね西方系の人々でした。)
「ここから近いのは、デヴォルザムの方やな?」
ジークリンデは、質問というよりも確認の口調で訊きました。
「そうだけど……念のために言っておくと、時差はほとんど12時間あるわよ」
「まあ……それは、何日かすれば慣れるやろ」
「それと、そこからデヴォルザムへ『ミッドを経由せずに』行くとなると、次元航行船に乗るしか無いけど、大丈夫?」
「お金なら、ルーやんから随分と多めにもろうたから、大丈夫や。ルーやんは『半年ぐらいは暮らせる額』とか言うとったけど、私の金銭感覚やと一年は余裕やな。野宿がOKの土地やったら、二~三年はいけるやろ」
「もし足りなくなったら、遠慮せずに言ってね。幾らでも送ってあげるから。そのためにも、落ち着いたら必ず居場所を連絡して」
ジークリンデがその気遣いに感謝すると、ヴィクトーリアは最後に、家族にも今すぐ必ず連絡を入れるように念を押してから、通話を終えました。
そこで、ジークリンデは早速、その通話ブースから二件目の通話を始めます。
そして、養父と「ひととおりの会話」を済ませた後、ジークリンデは最後にふと、養父にこんなことを尋ねました。
「ああ、それからな、お父はん。ちょぉ訊きたいんやけど……私の、実のお母はんとお祖母はんは、14年前に、私をお父はんに預けてから、シガルディスへ出かけたんよな?」
「おお。そうやで」
「その時、何故二人してシガルディスなんぞへ行くことになったのか。それから、具体的にどのあたりに行くつもりやったのか、何か言うとらんかった?」
「ん~。理由も場所も、特に聞いてへんなあ。ただ、二人とも何や観光旅行にでも出かけるみたいな軽いノリやったで。間違うても『今から命がけで何かをしに行く』みたいな感じやなかったわ。せやから、いきなり訃報が届いた時にも、最初は何かタチの悪い冗談やろうと思うたんや。結局、遺体は指一本も、帰って来うへんかったしなあ」
「ホンマに? もうちょっと何か無かったん? 是非とも思い出してほしいんやけど」
「そう言われても、なあ……」
男はしばらく考え込んでから、こんなことを言い出しました。
「推測まじりの話でええなら……二人は『誰かに、初めて会いに行く』みたいなノリやったなあ。……ああ! それから、今、思い出したんやけどな、ジーク! そう言えば、姉貴は最初、一か月ぐらいはかかりそうなことを言うとったわ」
彼の言う「姉貴」とは、ジークリンデの母方祖母オルトリンデのことです。
「それなのに、ほんの十日あまりで『ミッド行きの次元航行船の事故で』という訃報が届いたからなあ。それで、なおさら冗談かと思うたんや」
そうした会話の後、ジークリンデはまた改めて感謝と詫びの言葉を述べました。
「永久追放処分とかも、そう気に病まんでええぞ。本当に会いとうなったら、俺らの方から、お前のところへ顔を出せばええだけのことやからな」
昔から「表裏が無い性格」の養父に真顔でそう言ってもらえると、ジークリンデも安心して通話を終えることができました。
また、三件目の通話で、明日のデヴォルザム第二大陸行きの次元航行船の予約を取ると、適当な店で夕食を取ってから、ジークリンデはホテルに戻り、フロントで明朝にはチェックアウトの予定であることを知らせて、自分の部屋に戻りました。
(誰かに会いに行ったけど上手く会えへんかったから、予定を切り上げて早めに帰ることにした、ということなんやろか?
それと、資料には、シガルディスの遺族には「部分的に」ではあっても、おおむね遺体は戻って来た、と書いてあった。……やっぱり、他の世界から来た人の遺体は、本人確認ができへんかったから、間違って別人の遺体を送ってしまうぐらいなら……ということだったんやろか?)
まだまだ疑問は尽きませんでしたが、ここでいくら考えてみたところで、情報が足りなさ過ぎてどうにもなりません。
こうして、ジークリンデは翌日、シガルディスを離れ、デヴォルザムの第二大陸へと向かったのでした。
一方、『あれから、ルーテシアとファビアは』と言うと……。
二人は、シガルディスでジークリンデと別れて、その日のうちにミッドへ戻って来ると、まずは中央政府の「移民管理局」に行って当時のデータを調べ、何日かして「ザグロス・ディガルヴィ」の妻となる「リーファ・カルザム」が、元々は「セクターティからの移民一世」であったことを突き止めました。
しかし、新暦32年、彼女は18歳の時に、父娘ほども齢の離れた夫「モゲッロ・カルザム」と二人きりでミッドチルダに移民して来てから、その「直後に」離婚しています。
これは、典型的な「移民のための偽装結婚」の手法でした。
管理世界では、一般人が合法的に他の世界へ移民するためには、まず「今いる世界の市民権」を持っていなければいけません。そして、市民権を得るには、一般には『その世界の公用語を習得し、かつ、その世界に5年間「実際に」居住する』ことが必要です。
つまり、『他の世界からその世界に移民して来た人物が、さらに別の世界へ「再移民」しようと思ったら、その世界に5年間は「足止め」をされる』ということです。
ただし、この規定には、ひとつだけ「抜け道」がありました。
管理世界では、一般に「男女は平等、ゆえに、夫婦も平等」が大原則なので、『市民権の持ち主と結婚した者には、自動的に市民権が与えられる』のです。
「まあ、おおよその見当はつくけど……」
「何か確証を得ようと思うと、やはり、一度は実際にセクターティへ行くしか無さそうですね」
「やっぱり、そうなるわよねえ」
ルーテシアはいかにも面倒くさそうに溜め息をつきました。
二人は10月のうちに、一旦、カルナージに戻り、年が明けてから、また改めてセクターティへ行くことになります。
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