魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
【第3章】SSXの補完、および、後日譚。
【第2節】事件当時の各人の動向。(後編)
一方、八神はやて二佐(22歳)は、一昨年(76年)の春に機動六課が解散して以来、直接の上司であるレティ提督ともよく話し合った結果、昔の役職である「特別捜査官」として、個々の案件ごとに別個の小規模部隊を率いては、もっぱら〈中央領域〉の主要な管理世界へと足を運んだりしていたのですが、今年からは、もう少し遠方の世界へも足を伸ばしてみることになりました。
その流れで、この年の6月には、リイン、シャマル、ザフィーラとともに〈管46クレモナ〉へと赴き、〈本局〉武装隊の新人陸士たちの訓練も兼ねて、現地クレモナの聖王教会からのちょっとした依頼をこなすことになります。
出発の当日、はやては朝食後に〈本局〉の宿舎で〈管46クレモナ〉という世界について、その方面に詳しいシャマルから、以下に述べるような一連のレクチャーを受けました。
クレモナは、地理的には「東部辺境への玄関口」とされる重要な世界で、ミッドから地球へ行く時にも必ず通過する経由地です。しかし、実のところ、はやてたちはまだ一度もクレモナに上陸したことはありませんでした。
(小6の時に行ったパルゼルマも〈アースラ〉でクレモナ経由やったし……そう言えば、ユーノ君が生まれたとかいう無人世界も、クレモナの近くや言うとったかなあ?)
はやては、ふとそんなことを思い出しました。
【クレモナは重要な世界なので、ここで少し詳しく説明しておきます。】
さて、クレモナの母恒星には、遠い伴星があり、その公転周期は600年あまりです。
いわゆる「赤色矮星」としては最大級で、質量は主星の半分あまり。実際の明るさは主星の数パーセントですが、赤外線での放射が多いので、可視光領域に限ると1%以下、120分の1ほどの明るさしかありません。
伴星の軌道半径は、地球で言う「80天文単位あまり」なので、120分の1を「80余の2乗」で割って、見かけの明るさは主星のおよそ80万分の1になりますが、それでも、夜空に見えると(満月には及ばないものの)半月よりはだいぶ明るく見えます。
【地球における満月の明るさは、太陽の40万分の1程度です。半月ならば、さらにその(半分ではなく)10分の1程度となります。
クレモナの衛星は、地球の月よりも「最大で」2倍ほど明るいのですが、それでも、半月の時の明るさは、最大で太陽の200万分の1ほどにしかならないので、やはり、『クレモナでは、半月より伴星の方が倍以上も明るく見える』という計算になります。】
また、クレモナの衛星は一個だけですが、「ほんの数千年前」に、その衛星に巨大な隕石(もしくは、小型の小惑星)が衝突するという大事件がありました。どうやら、当時、地上からは見えなかった「裏側」のほぼ赤道上に、後方から高速で追突するような形で衝突したようです。
また、その際に、クレモナの地上にも衛星の破片が(だいぶ小さめのモノばかりでしたが)大量に降り注ぎ、莫大な被害が出ました。その時点で『人類はただひとつの大陸を除いて滅亡した』と言っても過言ではありません。
それ以来、その衛星は公転軌道も「やや楕円」となり、今なお、その自転周期は公転周期と一致していません。具体的に言えば、一回公転する度に二回自転する形ですが、公転周期と朔望周期(満ち欠けの周期)は別物なので、結果として『満月の度に「惑星クレモナの側に見せる向き」は少しずつ変わってゆく』ということになります。
リインが『ピンと来ない』と言うので、シャマルはその資料映像を見せました。同じ満月でも、確かに、見た目の大きさや模様は月ごとに随分と異なっています。
それ以来、暦の上でも大変に扱いづらい存在となったため、クレモナでは当時から(つまり、何千年も前から)この衛星は「非合理性」の象徴とされて来ました。
朔望周期は「平均で」25日あまりです。しかし、それを一か月とすると、1年は14か月半となり、とても中途半端なので、クレモナでは古来、衛星の満ち欠けとは全く関係の無い「純粋太陽暦」が用いられて来ました。
(具体的には、一年を12分割して30日を一月とする、よくあるタイプの暦です。)
昔は「冬至の当日」を一年の起点にしていましたが、現代ではミッド式の暦をそのまま借用し、「冬至の三日後」を元日として、年末にはまとめて「余り日」を置くようになりました。ただし、ミッド式の「週」(6日間)という単位は無く、「旬」(10日間)を単位として社会生活が営まれています。
【例えば、学校などでは、下一桁が「5の日」と「0の日」が休日となります。また、TV番組なども、基本的には旬1回の放送で、1シーズンは半年間の18話。多くの場合、一年の前半に本放送をして、同じ年の後半には再放送をします。
この方式は、後に、クレモナ人の主な移民先である〈管15デヴォルザム〉の第三大陸カロエスマールにも継承されました。】
なお、クレモナの惑星本体はやや大きめで、赤道半径は6780キロメートルほど。質量は地球のおよそ2割増し。半径は6.3%増し。表面積はほぼ13%増しです。
陸海比(惑星の表面における陸の面積と海の面積との比率)は地球とほぼ同じ「29対71」なので、実際の陸地面積は地球より一割以上も広く、1億6750万平方キロメートルあまり。なお、自転軸の傾きは「今では」20度あまりに落ち着いています。
先史時代にも、自力で衛星の表面に基地を築ける程度の文明は持ち合わせていたのですが、今から二千年あまり前の「対〈号天〉戦争」の時代に、クレモナの地上は再び荒廃しました。
そして、クレモナ軍が何とかこれを撃退した後、〈号天〉では内戦によって好戦的な「第四統一王朝」が滅亡しましたが、幸いにも、次の「第五統一王朝」は求心力が弱く、対外的にもあまり拡張政策は取りませんでした。
(ミッドが初めて〈号天〉の文化と接触したのも、この「第五統一王朝」の時代のことです。)
その間に、当然ながら、クレモナでは戦後の復興が進んだのですが、今から1600年あまり前には〈号天〉を襲った次元震の「余波」により、クレモナでも「天変地異」と呼んで構わない規模の自然災害が発生しました。
こうして、クレモナの文明は「事実上の、二度目の滅亡」を迎えたのです。
また、八百数十年前の「第二次、対〈号天〉戦争」の時代には、クレモナの国力も以前より増大しており、それなりの余裕をもって「第七統一王朝」の軍勢を撃退することができたため、その戦争では地上が荒廃することもあまり無かったのですが……。
その後、「揺り戻し」のような次元震によって〈号天〉がさらに荒廃し、他の世界に対して軍事的な行動に出る能力を完全に喪失した際には、惑星クレモナもその「余波」で自転軸が1度以上もブレたため、惑星全体規模で巨大な津波が発生し、人口の多かった海岸部は大半が全滅しました。
やや大袈裟に言えば、これは「三度目の滅亡」です。
後に、クレモナは三度復興を遂げ、今では7大陸のうち5大陸に、また人間が普通に居住するようになっています。
(残る南方の2大陸には、今も管理局の「自然保護隊」の人々しか居住していません。)
また、クレモナでは、こうした三度の滅亡を経て、(その度に、わずかな数の生き残りから文明を立て直した結果として)惑星全土で文化は均質化し、当然に、言語も単一化しました。
そして、クレモナの言語はそういった単一化の過程で、名詞の格変化や動詞の活用などもかなり簡略化されたため、発音も文法も相当に単純な言語となりました。語順は、ミッド語やベルカ語と同じく、いわゆるSVO型で、形容詞も同様に、基本的には名詞の後ろに付きます。
なお、クレモナ標準語には、母音に強弱や高低の「アクセント」が存在しないため、「長母音や二重母音」と「短母音」との組み合わせでリズムを取っています。
(例えば、TIERAMAURという単語は、「長、短、長」というリズムになります。)
ちなみに、クレモナ文字は(後の時代に付け加えられた「外来語表記のための文字」を除くと)元々は、わずか16文字しかありませんでした。母音を表わす文字は、A、E、Oと、I、Uの5文字で、子音を表わす文字は、P、B、T、D、K、Gと、S、M、N、L、Rの11文字です。
(つまり、ラテン文字の、C、F、H、J、Qと、V、W、X、Y、Zに対応する文字は存在していません。)
ただし、S字は前後を母音に挟まれると、自動的に濁ってZ音で発音され、I字とU字も、母音が後続する形で語頭に立ったり、前後を母音に挟まれたりすると、自動的に半母音として発音されます。
なお、長母音は、同じ母音字を二つ続けて綴ることで表現します。
(したがって、「ユーノ」という名前をクレモナ文字で書くと、「IUUNO」といった感じの綴りになります。)
なお、クレモナ標準語は、基本的には「母音が優勢」の言語です。
二重母音は、本来はAI、AU、EI、EU、OI、OUと、IA、IE、IO、UA、UE、UOの12種類でしたが、後の時代に、EUはEOに、OIはOEに変化しました。
(現代では、綴りも発音に合わせて変わっています。)
また、許容される二重子音は、「破裂音(P、B、T、D、K、G)+流音(L、R)」の組み合わせのみであり、音節の末尾に破裂音や二重子音が来ることは許されません。
(つまり、音節末に来る子音は、S、M、N、L、R、の5種類のみです。)
なお、本来は「外来語表記専用の文字」だった、F、V、Z、Sh、Jの5文字も、今ではごく普通に使われています。21文字とも、外形は丸々とした可愛らしい文字ですが、直線的な文字に慣れているミッド人には、ちょっと字形の判別が難しいかも知れません。
【ラテン文字に翻字しているので、「Sh」と表記していますが、「現地では」これは1文字で表記されます。また、H音は「有気符号」によって表記されます。】
リインは以上のような話を聞いて、思わず『全自動翻訳機の「上位機種」が必要だ』と主張しました。
しかし、シャマルの対応は、なかなかに手厳しいものです。
「少しずつ人間に近づいて来ている、とは言っても、私たち守護騎士は元々、人間どころか生物ですらない『プログラム集積体』ですからね。まとまった形のデータであれば、丸ごとインストールすることも可能です。……リインちゃんも、その気になれば、同じことができるはずですよ?」
リインは小声で、何やらぼそぼそと言い訳をしました。どうやら、リインは(はやてと同様に)言語関係はあまり得意ではないようです。
【原作では、『守護騎士は、「プログラム生命体」が「実体具現化」した存在である』という表現になっていますが、私は『今時は、「プログラム生命体」と言うと、もう少し「攻殻機動隊」的なモノを想像してしまう人が多いのではないだろうか』と思い、この作品では少し表現を変えてみました。悪しからず御了承ください。】
シャマルのレクチャーはさらに続きました。
クレモナでは、文化が均質化してゆく過程で、現世利益的な伝統宗教もまた衰退したのだと言います。
そこで新たに勃興した宗教はいささか現世否定的な代物で、基本的には『どんなに努力して戦争に勝っても、やはり、天変地異は起きる。だから、この世には、神などいない。神はあの世にこそいるのだ』という考え方でした。
やがて、そこからさらに発展して、『人間がいくら祈っても、神はこの世の人間を助けたりはしない。神はただ、あの世で死者の魂に「評価」を下すだけだ。努力は、必ずしもこの世で報われるとは限らないが、あの世では魂に対する「重要な評価基準」のひとつになる』といった、極めて現実的な(?)考え方が主流となりました。
それだけに、聖王教会が説く「死後の魂の救済」という発想それ自体は、かえって受け入れやすかったようです。
今や、クレモナでは中央政府の無策ぶりも手伝って、聖王教会の支持勢力は「相当に」強いものとなっていました。
はやて「なんや、そんなに無策なんか?」
シャマル「ええ。特に、福祉関連で無策ですね。その昔は、移民政策の迷走ぶりも随分とヒドいものだったと聞いています」
具体的に言うと、三百年あまり前の〈大脱出〉の時代には、クレモナに来たベルカ系移民は総計で600万人ほどいたのですが、彼等はみな、当時はまだ開拓途上だった「第四大陸」に住まわされました。
しかし、そのわずか十数年後には、ほぼ同数のクレモナ人が、もっぱら「口減らし」のために、他の3大陸から〈管15デヴォルザム〉の第三大陸へと送り込まれたのです。
『こんなにも早く「口減らし」が必要になるぐらいなら、何故それほど多くのベルカ系移民を受け入れたのか?』
それは、人々が中央政府に不満を募らせるのも無理は無い、という状況でした。
【なお、クレモナ語では、この「デヴォルザム第三大陸」のことを、独自の固有名称で「カロエスマール」と呼びます。また、当時、クレモナで「王命」に従って移民事業を主導した八つの伯爵家は、後に、みずからも「カロエスマール」に土着しました。現地では、彼等は今もなお「八伯家」と呼ばれ続けています。】
また、クレモナでは、増長するベルカ貴族たちの過大な要求を封じ込めるために「身分制」そのものが廃止された後、旧暦の末、統合戦争の時代には、さらに数百万人を「友好国デヴォルザム」の第三大陸へと再び送り込みました。
しかし、統合戦争の終了とともに人口は減少に転じ、管理世界の一員となった後、新暦30年代から40年代にかけては「優遇措置」で釣ってまで「統合戦争時代のカロエスマール移民」の子孫を可能な限り呼び戻したりもしました。
迷走と言えば、確かに、ヒドい迷走ぶりですが、その「移民帰還事業」には、カロエスマールの「歌姫」アディムナ・サランディスも協力したのだと伝えられています。
【アディムナは当時、カロエスマールでもクレモナ本土でも、知らない者など一人もいないほどの人気ぶりでした。
それなのに……新暦32年に16歳で「衝撃のデビュー」を飾り、50年代に入っても、その人気は全く衰えてなどいなかったにもかかわらず……彼女は新暦52年の秋、一連のテロ事件の直後に開催された「デビュー20周年記念コンサート」のラストで「衝撃の引退宣言」をブチかました後、36歳で業界からは「完全に」姿を消してしまいました。
もし生きているのであれば、今年(新暦78年)で62歳になっているはずですが、「公式には」その生死は確認されていません。】
さて、今回は仕事の内容上、「法律的に」執務官の同行が必要でした。
そこで、ファトラ・ヴァドレニエ執務官(29歳、独身女性)がはやてたちに同行することとなります。
はやてとは初対面ですが、聞くところによると、彼女は「聖王教会がらみの案件」の専門家でした。はやてよりも7歳年上で、執務官としては今年で10年目の「中堅どころ」だそうです。
シャマルのレクチャーが終わった後、昼食前に実際に会ってみると、彼女は中肉中背で、やや金に近い薄茶の髪をしていました。表情も豊かで、見るからに活発な女性という印象です。
ファトラは入室するなり、満面の笑顔ではやてに握手を求めて来ました。
「初めまして! フェイトさんの方から、お噂はかねがね伺っておりました」
その手を握り返しながら、はやてもようやく思い出します。
「あ~。どこかで聞いた名前やと思うたら、フェイトちゃんと同期の!」
「はい。あの年は、たまたまミッドでの合格者が四人しかいなくて、他の二人は男性でしたから、フェイトさんとは特に仲良くさせてもらっています。
アルフさんがカッコ良くて、私も彼女を見てから、慌てて実家の牧場に帰り、病気になっていた子を選んで使い魔にして、補佐官に迎えたぐらいなんですよ。(笑)」
そう言って、ファトラは自分の補佐官をはやてたちに紹介しました。ウェルザは牝牛を素体とした使い魔で、当然のように大柄で豊満な体つきですが、性格の方は随分と控えめな様子です。
さて、ファトラの外見的な特徴は、完全にクレモナ人のものでした。その点を指摘すると、彼女はまた喜んで自分の出自を語り始めます。
「ええ。私の母はカロエスマールの生まれで、血筋の上では純血のクレモナ人です。若いうちに、ミッドからの旅行者だった父と出逢い、恋に落ちてミッドにまでついて来てしまったのだと聞きました。家の中はクレモナ語も普通に飛び交う環境だったので、私もクレモナ語は、いささか『カロエスマール訛り』ではありますが、翻訳機なしで話せます。
一方、父はベルカ系のミッド人なのですが、私は外見も性格も、どうも父とは似ていなくて……父から受け継いだものと言ったら、この魔力と近代ベルカ式の魔法ぐらいのものでしょうか」
「なるほど。……それはそうと、なんや、語呂のええ名前ですなあ」
「ヴァドレニエは、ヴァゼルガム地方ではさほど珍しくもない苗字なんですが、わざわざ『苗字とよく似た発音の名前』をつけるとは、我が親ながら一体何を考えていたんでしょうか。(笑)……ところで、あなたの名前も、子音も母音も全く連続していないとは、まるでモザヴァディーメ人のような名前ですね」
「ああ。そう言えば、あの世界の連邦標準語も、私の故郷の言語と、よぉ似た音感ですなあ」
【モザヴァディーメでは、今も多くの世界で使われている「先史ルヴェラ文字」をそのまま使用しているのですが、これは、日本語のカタカナにも似た、個々の文字が「単子音+単母音」を表わしている音節文字です。
ただし、日本語は、濁音半濁音を含めても15子音 × 5母音で、(拗音や促音「っ」や撥音「ん」を除けば)75文字しかありませんが、モザヴァディーメ標準語では、20子音 × 6母音で120文字もあります。
(驚くべき「偶然の一致」ですが、モザヴァディーメの「連邦標準語」は元々、子音の数も母音の数も、先史ルヴェラ語とほぼ同じだったのです。)】
さて、それから、はやてたち一行は、まだ人もまばらな本局内の食堂で、少し早めの昼食を取ることにしたのですが……。
その食事中、はやてとファトラはいきなり「乳もみ談議」で意気投合してしまいました。(笑)
「私たちは、決して十代の少女たちから性的な搾取をしているのではありません!」
「そうや。私らは、ただ純粋に愛でとるだけなんや!」
「そう! 私たちの乳もみは、リビドーの発露ではなく、親愛の情の表現なのです!」
「……我が同志よ!」
「同志はやて!」
二人は感極まって唐突に立ち上がり、互いに正面から勢いよく抱き合いました。(笑)
リイン「また、変なトコロで意気投合してしまいました……」(深々と溜め息)
ウェルザ「すいません。アレさえ無ければ、本当に良いマスターなんですけど」
ザフィーラ「まあ、世の中、完璧な人間などいない、ということさ」(遠い目)
シャマル「あなたも随分と苦労をして来たみたいね」(豊満な胸を見ながら)
ウェルザ「ええ。まあ、それなりに。(苦笑)」
「ところで、クレモナの文化や習慣に関して、何か注意点とか、解りづらいタブーとかはありますか?」
食事が終わった後、はやてが何の気なしにそう問うと、ファトラはいささか言いづらそうな口調でこう答えました。
「実は……我々ミッド人の目には、とても奇妙に見える慣習なのですが……古代ベルカ人が一般に竜族を『大変に嫌悪』していたのと同じように、クレモナ人は今も例外なく鳥類を『本気で憎悪』しています」
「ええ……。(絶句)」
「ひとつには、『昔の号天人が「鳳凰」とかいう「鳥をモチーフにした空想上の生物」を自分たちの帝国のシンボルにしていた』ということも、その理由なのでしょうが……どうやら、古い土着の宗教においても、鳥類は『人間の魂が天に昇るのを邪魔する邪悪な生き物』という位置づけだったようですね。
今でも……全体として見れば、魔法はもうミッド式が主流になっているのですが……昔ながらのクレモナ式魔法で、空を行く鳥の群れをまとめて皆殺しにするためだけの『専用の魔法』が何種類も残っているほどです」
「ええ……。(またもや絶句)」
「ですから……クレモナ人は割と着飾ることの好きな人たちですし、また、クレモナ語は歌にすると、とても綺麗に聞こえる言語なのですが……クレモナ人の美しい衣装や歌声などを、間違っても鳥に喩えたりはしないでください。
あの温厚な歌姫アディムナ・サランディスですら、ベルカ系の人物からそう喩えられた時には、『髪を振り乱して激昂し、その場で相手に謝罪と訂正を要求した』という逸話があるぐらいですから」
「解りました。それは最大限に気をつけるとしましょう」
【大半のクレモナ人は、『鳥類など、すべての世界で絶滅させても構わない』と今も本気で思っているため、管理局の「自然保護隊」の人々に言わせると、『クレモナ人は、みんな頭がおかしい』ということになります。(苦笑)】
さて、はやてたち一行は昼食後に、あらかじめ待機していた小規模部隊(二十名ほどの新人陸士たち)を率いて、〈本局〉の転送ポートから直接にクレモナの地表へと「即時移動」をしました。
(もちろん、先程の「注意点」は、すでに全員に通達済みです。)
【ちなみに、こうした通常の「即時移動」も、本来ならば「個人転送」と同じように、基本的には「同じ緯度、同じ経度、同じ高度」の座標に転送されるものです。
(この場合の「同じ経度」は「時差が無い場所」の意味です。また、ここで言う「高度」は、一般に「その土地なりの」地表が基準であり、樹木や建築物などの存在は考慮されないので、個人転送は本来、「安全のため、事前に少し高度を取ってから」するべき行為です。)
もちろん、通常の即時移動の場合、実際には出現地点を「現地の転送ポート」に設定することが可能なのですが、「本来の、あるべき緯度・経度・高度」からのズレが大きくなればなるほど、余分なエネルギーが相当にかかってしまうので、管理局はなるべく「そうしたズレの小さな場所」を選んで転送ポートを設置するようにしています。
特に「経度のズレ」は莫大なエネルギーロスとなるので、あからさまに大きな時差のある場所へ「即時移動」をする際には、しばしば『時差が無い場所の上空に、あらかじめ次元航行船を待機させておき、一旦その船内の転送室に転送してから、その船で目的地の上空へと移動して、そこから地表に再転送する』という手順を取ります。
(一般に、魔導師が他の世界へ行く時に「時差」の問題を大変に気にしているのも、もっぱらこのためなのです。)】
そうして、一行はまず「新首都ティエラマウル」の郊外にある「第四大陸中央次元港」に隣接した管理局の転送施設に到着しました。
(今から13年前の新暦65年には、ユーノも地球へ行く際に利用した例の施設です。)
その後、一行はすぐに「人員搬送用の特別車両」で、その次元港からそれほど遠くはない「聖王教会クレモナ本部」へと直行しました。
(聖王教会は、世界ごとに「本部」を構えており、「ミッド本部」がそのまま「総本部」を兼ねている、という状況です。)
ティエラマウルは、新暦の初期にクレモナが管理世界になった後、意図的にクラナガンとは時差の無い土地を選んで作られた新しい首都なので、人口はまだそれほど多くはありません。
しかし、それでもやはり、事件は起きてしまうものです。
教会側の担当者は、修道騎士のシスター・グラメリエという人物でした。
結果から先に言えば、この事件を早期に解決した後、はやては彼女からも大変に信頼され、ファトラ執務官とともに彼女とは大いに親交を深め合うことになります。
【なお、シスター・グラメリエは実に優秀な修道騎士であり、ミッド総本部のカリム・グラシアとも同い年で、新暦91年の春には44歳で「クレモナ騎士団長」に就任することとなります。】
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