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ヒダン×ノ×アリア

作者:くま吉
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第1話 クルト=ゾルディック



 現在、クルトはある国の砂浜に来ていた。
 そこは別段取り立てて美しい場所でもなく、観光名所になるような場所でもない。海水浴の時期でもない限り、地元民でも滅多に来ない場所だ。
 では何故そんな場所にクルトが来ているのかというと、ここである人物と待ち合わせしているからだ。

「まさかあんな条件を付けられるとはな…」

 クルトは独りごちながらスマートフォンを取り出す。
 そして、そのスマートフォンの中から、メールアプリを立ち上げ、一通のメールを開く。そこにはこう書かれていた。


『自由に外で出る権利を与える代わりにいくつかの条件がある』


 と。
 その条件の内の一つを片づける為に、クルトは来ている。
 そして、予定通りなら、この辺りにそろそろ仕事の依頼主が現れる筈だ。

「やあ、待たせたね」

 若い男の声が背後から聞こえる。
 その言葉に反応して、クルトは即座に振り向く。そこには、声をかけたであろう一人の若い男と、綺麗な金髪な少女だった。

「気配を消して近寄るとは随分な真似してくれるな…」

 そう凄みながらも、クルトは内心で驚きを隠せないでいた。
 男に声を掛けられても臨戦態勢を取らなかったのは、男が連れている少女の気配を察知していたからだ。少女はみるからに弱者。自分の敵ではない。だからクルトは無視していた。
 その隣にもう一人男がいることなど気付きもせずに。
 その時点で、男の戦闘能力が非常に高いのは見て取れる。

(恐らく兄貴と同等か。親父以上ってのは流石にないだろうが…)

 もしシルバと同等の戦闘能力を有していたら、今のクルトでは万が一にも勝ち目はない。まあ、別段今ここで殺し合うという訳でもないので、いらぬ考えなのだが、暗殺一家で育った故にそういう考えがクセになっている。

「それは悪かったね。―――私の名前はシャーロック=ホームズ。君が私が依頼したゾルディック家の暗殺者さんかな?」

「そうですよ。俺の名前はクルト=ゾルディック」

 先程の動揺も消え、クルトはとりあえず依頼主なので丁寧な口調を心がける。
 といっても、今まで依頼主に直接会ってターゲットを聞いてから仕事を始める、なんて方法取った事がないので、これでいいのかという思いもあるにはあるのだが。

「別にそう固くならなくてもいいさ。素の君でいい」

 シャーロックのその言葉を聞いて、クルトは警戒心を込めた視線で見つめる。

「…あんた人の考えが読めるのか?」

「いやいや、人の考えなど読めないさ。ただ〈推理〉しただけさ」

 そう涼しげに言い放つシャーロック。
 その姿を見て、少しばかりイラッとするクルトだが、仕事の事もあるので、帰りたくても帰れない。

「…それよりさっさと仕事内容教えて欲しいんだが」

「はは、そうだったね。仕事内容は簡単さ。今からここに現れる男を倒して欲しんだ」

「男?男ってどんなや―――」

 言いかけた瞬間、空から何かが降り、砂浜に降り立った。
 その際の衝撃で、砂が巻き上がる。

「おいシャーロック。なんか降ってきたんだが…」

「推理通りピッタリなタイミングで来たね。さて、彼が君のターゲットである吸血鬼、〈無限罪のブラド〉だ」

「まさか吸血鬼だったとはな」

(本や親父から聞いた事はあったが実物を見るのは初めてだ)

 とは言っても未だ砂煙から出てきていない為、その姿は分からないのだが。
 早く出てこないかなー、と思っていると、それに応えたかのように、砂煙から一人の男が出てきた。いや、「男」などと形容するにはあまりにもソレは巨大で、異形の姿をしていた。
 まさに吸血「鬼」に相応しい姿をしている。しかもただ巨大なだけじゃなく、凄まじい威力を出すであろう筋肉も搭載されている。

「ひっ…」

 その姿を見た金髪の少女は震え上がり、一歩下がる。

「峰理子、ようやく見つけたぞ…」

 化物がだすであろう重低音の声を響かせそう言ったブラド。
 それをきいた少女…峰理子の瞳には涙が溜まっており、そして尋常ではない恐怖が宿っていた。
 それを横目で見ていたクルトは思う。

 ―――気に食わない、と。

 クルトは自身の後ろにいる少女が目の前の吸血鬼に何をされたか大体の見当は付いていた。
 だから思うのである。
 目の前の男は気に食わないと。

「…おいシャーロック。あいつをぶっ殺せばいいんだな?」

 明らかに声のトーンが変わったクルトを前に、シャーロックは僅かに目を見張る。先程の様子からは想像も出来ない程の強烈な殺気。その殺気に、シャーロックが数瞬だけ呑まれたのだ。

「…出来れば殺さずに生け捕りにして欲しいのだけれどね」

 ―――今の君には無理な相談かな。

 その言葉は言わずに呑み込んだ。
 クルトもそれは理解しているだろう。クルトは黙ってブラド目掛けて歩き出す。

「あ?なんだクソガキ。俺様の邪魔するならころ―――」

「あっそ」

 そんな素っ気ない言葉を放つクルトはブラドの背後から十メートル程の所にいた。その余りにも早い速度に、シャーロックは己の眼を疑う。
いや、それよりも信じがたいのは、クルトの右手には、ドクンドクンと今も鼓動し続けるブラドの心臓。左手にはブラドの頭部が掴まれている事だ。

「―――あ?」

 顔だけのブラドはわけも分からずマヌケな声を出す。完全に何が起こったのか分からない表情だ。
 そんなブラドを気にもかけず、クルトはブラドの心臓と頭を握りつぶした。
 相手が唯の子供だと完全に侮っていた事がブラドの唯一にして絶対的な敗因だ。

「おいシャーロック、仕事完了だ…ぞ…」

 そう言いながら振り返ったクルトは小さく絶句する。
 頭部を失い、更には心臓までうしなった筈のブラドの身体が再生を始めたのだ。そこでクルトはようやく思い出す。
 吸血鬼には、体内に〈魔臓〉と呼ばれる内臓器官が四つあり、それが機能している間、どんな傷も即座に回復してしまう。その〈魔臓〉の効果を向こうかするには、四つある〈魔臓〉を同時に攻撃しなければならない。

「うわ、面倒な能力持ってんなあいつ」

 クルトは迷う。
 現在の自分の戦闘能力では、ブラドを完全に殺すのはほぼ不可能に近い。場所や道具をきちんと揃えればどうにかなるかもしれないが、如何せん砂浜では厳し過ぎる。
 そこでクルトは即座に方針を変更する。

(ムカつくが、殺せない以上生け捕りにするしかないか)

 クルトは駆け出す。
 ブラドが完全に再生し終われば、面倒な事になりかねない。

(仕方ない、念を使うか…)

 クルトは自らの肉体にある精孔からオーラを放出する。このオーラを操る能力の事を念能力と呼び、念能力を使える者を念能力者と呼ぶ。
 そしてクルトは駆けながらオーラを練る。そしてその練ったオーラの全てを拳に集束させる。
 纏、絶、錬、発、という基本の四大行と凝という応用技を使った―――。

 ―――硬。

 全てのオーラを拳に集中させる事で、圧倒的な破壊力、防御力を誇る。

「とりあえずこいつで―――寝てろ!」

 渾身の突きがブラドを吹き飛ばす。
 一気に数十メートル吹き飛び、そのまま奥の岩壁にぶち当たり、ブラドはそのまま倒れ込む。
 しかし、〈魔臓〉が未だ存在している時点で、気は抜けないと、クルトは臨戦態勢を解かない。

「大丈夫さ」

 そんな中、声を掛けたのはシャーロックだった。

「…何が大丈夫なんだ?」

「ブラドは君に頭部と心臓を潰されている。いくら〈魔臓〉が機能しているとはいえ、即座回復は難しい。それに〈魔臓〉の一つである舌は頭部を潰したと同時に君が破壊したし、わき腹にある〈魔臓〉も今の攻撃でダメージを負っている」

「だから死なないけどすぐには回復しないって?」

 正直に言えば、クルトはそんな事自体は関係なかった。ムカつき、苛立った感情は、今の戦闘で粗方発散出来た。
 それよりもクルトが気になるのは、シャーロックがブラドの〈魔臓〉の位置を把握していながら教えなかった事だ。最初から教えられていれば殺せた、なんて強がりをクルトは吐くつもりはなかったが、それでも手持ちのカードは多ければ多いほど良い。

(まあ、特に文句を言うつもりはないけどな)

 感情的になっていたものの、依頼主の意向を聞き入れるのは、殺し屋に関わらず、仕事をするにあたっての基本だ。それを考慮すれば、結果的にブラドを生きたまま捕まえるという依頼主の条件はクリアしている。
 徐々に冷静になっていく頭でそう考え、クルトはシャーロックの前に立つ。そして、一枚の紙を渡す。

「これで仕事は完了だ。この紙に書いてある口座に五十万ドル入れといて」

 クルトはそう言い放つ。
 ちなみに五十万ドルという金額は料金としては超格安である。これはクルトが金に対して執着していない事、そして、これからの度において大金は必要ないからと考えたからだ。本来なら億は軽く超える。
 とはいっても、十歳の子供に五十万ドルという金額は大金なのだが、如何せん育ちが育ちな為、五十万ドルを大金と思う感覚は失っていた。

「わかったよ。それにしてもそんな安くていいのかい?」

「この十倍払うほうが良かったか?」

「ははは、喜んで五十万ドル払わせて貰うよ」

 飄々と、楽しそうに笑うシャーロック。
 そんなシャーロックを無視して、クルトは峰理子の前に立つ。

「おいお前、名前は?」

 同年代の少女と話す機会など皆無なクルトは、ついついぶっきら棒な口調で言ってしまった。まあ、普段から割とぶっきら棒ではあるのだが。

「み…、峰…理子…リュパン四世…です…」

「ふうん。俺はクルト=ゾルディック。一応ゾルディック家の後継者って事になってる。よろしくな」

 そう言いながら手を差し出すクルト。

「え…あ…えと…よろしく…お願いします…」

 その手を顔を真っ赤に染めながら握る理子。
 そんな理子の様子に気づかず、初めて同年代の子供と知り合えたという喜びに一杯なクルトは、クールな表情を気取っているが、内心は飛び上がりそうな程喜んでいる。

「おい理子」

 調子に乗っているクルトは、早速下の名前で理子を呼ぶ。

「またあいつが何かしてきたら俺に言えよ。特別にタダで請け負ってやるから」

 その言葉を聞いた理子は、クルトを顔を、瞳をしばらく見つめ、そして、少しだけ嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「うんっ。ありがとうっ」

 それは、クルトにとって初めてのお礼だった。
 今まで他者から投げかれられた言葉は、「立派な殺し手になれ」、「暗殺者に感情は不要だ」、「助けてくれ」、「お前を呪ってやる」などという言葉だけ。褒められたとしても、それは殺しの技術に関する事だけ。
 だから、理子のこのお礼は、クルトの心にダイレクトに響いた。
 クルトは頬を微かに染めてそっぽを向く。照れくさくなり、理子の顔を見れなくなったのだ。
 そんなクルトを見て、シャーロックは楽しそうに笑っている。

「私ね…、頑張って強くなって…そして…自由になるからっ」

 照れているクルトには気付かず、理子はそう言い放つ。
 それは憧れからくる決意。自らを縛りつけていたブラドという悪夢を、圧倒的な力で粉砕したクルトに対する強烈な羨望を、理子は抱いていた。

「―――自由…」

 クルトは小さく呟き、その後、無意識に理子の頭をポンポンと優しく叩き、その場から踵を返す。

「おや、もう帰るのかい?」

「―――シャーロック、理子はお前が責任もってあいつから守れ。それが約束出来るなら金は振り込まなくていい」

 それだけ言って、クルトはその場から立ち去った。
 この時言われた「ありがとう」という言葉と、「自由」という言葉は、後にクルトにある感情を抱かせることになる。

 
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